第一話 リハビリ
(視点が賢一に戻ります)
「そうですか。最近、アリスちゃんとあんまり会ってませんよね」
俺のアパートのこたつの向かいで詩織がアリスの話題を出した。
アリスが退院した頃は週一でちょくちょく会っていたのだが、夏祭りの後はだんだん会う回数が減っていた。
俺の恋人である詩織に遠慮したという事もあるのだが、アリス自身が忙しいらしく平日は都合が付かないこともあった。
彼女の記憶は未だに戻っていない。
ただ、麗華の話によれば、普通の生活は送れているということなので、気に病む必要は無いのだが…。
「ああ」
俺は蜜柑の皮を剥きながら曖昧な返事をした。くそ、綺麗に剥けなかった。割れた房を口に放り込む。
「やっぱり、会いたいですか?」
「まあな」
麗華の家でアリスと会って話はしているが、どこか物足りなさも感じてしまう。
「う。それって、好きだから…?」
「いや、妹分としてだよ。友達として、アリスは好きだぞ? アイツ、手編みのマフラーだってくれたし」
クリスマスプレゼントだと言って白の手編みのマフラーをアリスがくれた。保護して助けてくれたお礼だと言っていたが、良い奴だ。
「ら、来年は私が手編みのセーターをプレゼントしますから」
「はは、何を張り合ってるんだよ。それに、来年はもう国家試験の準備をしないといけないだろ。いいよ、時間が掛かるし」
「でも…」
「俺は詩織とこうして会えるだけで満足だから」
「ううん、私も、賢一さんと会えるだけで満足ですけど…」
「じゃ、それでいいさ。俺達は俺達のペースでいいだろ?」
右手を詩織に伸ばす。
「はい。そうですね」
詩織も左手を伸ばして、指を絡ませてくれた。細く柔らかい詩織の指。
つきあい始めてもう半年以上になるが、俺達は未だにキス以上にはステップが進んでいない。珠美が凄く馬鹿にしてくるが、いいんだ。詩織は俺が抱きしめるとやたら緊張して身を強ばらせてしまうし、俺も詩織も奥手だから無理をして今の関係を壊したくはない。
時間はたくさんあるのだから。
「じゃ、お茶、入れますね」
「ああ」
詩織が立ち上がり、俺は医学書のページをめくる。
「美樹ちゃん、ギプス、取れたそうですね」
急須で湯飲みにお茶を入れながら詩織が言う。
「そうだったな」
佐伯美樹の経過は順調で、今週にはもうギプスが取れるまでになった。轢き逃げの犯人もすぐに捕まり、めでたしめでたしと言いたいところだが、俺自身も子供の頃に骨折したことがあるので、ここから少し大変だと知っている。
「あれ? 俺、そのこと君に話したっけ?」
「ううん、いいえ。ごめんなさい。実は昨日、私も美樹ちゃんのお見舞いに行ってきたので」
詩織が美樹と会っていたのは知らなかった。
「ああ、そうなんだ。わざわざ、君が行く必要は無い気がするけど」
「そうですけど、ちゃんと真田賢一さんには白百合詩織という恋人がいるんだって、牽制…じゃなかった、教えて上げた方がいいかと思いまして」
「牽制って…。お前まだCPRの事、気にしてるのか」
美樹を助けるときに人工呼吸をしたのだが、その事を話すと詩織が他の人はいなかったのかと不満そうだった。こっちはそれどころじゃ無かったし、他にできる奴もいなかったと思う。
「だって、マウスツーマウスじゃないですか。しかも相手は女子中学生、ファーストキス」
「いや、ううん…」
俺の方は全然気にしてないのだが、詩織の嫉妬だな。ああいうのはファーストキスとは言わないと思う。
「たぶん、あれは初恋だと思います」
「ええっ?」
携帯が鳴り、相手は時坂だった。またか。こいつ、やたら電話掛けてくるなあ。
「何してるのよ。美樹ちゃんがアンタのお見舞い、待ってるんだけど?」
「ちょ、ちょっと先輩、そんな要求するみたいな言い方、止めてってば!」
美樹の病室から掛けているようで、後ろに美樹の慌てたような声が混じった。
「俺、今、彼女とデート中なんだが」
「はあ? 知り合いが大変なときに、何言ってるのよ。デートしても良いけど、顔くらい見せてあげなさいよ」
「分かった分かった」
時坂と言い争うのも面倒なので、出かけてくることにする。
「悪い、詩織、ちょっと美樹ちゃんのお見舞いに行ってくるよ」
「ええ。じゃあ、私はもう帰りますね」
「そう。悪いな」
「いいえ。また来ますね」
詩織を途中まで送ってから、白百合総合病院に向かう。
道路にはまだ積もった雪が解けずに残っていて、日は照っているがこの分だとまだ冬は続きそうだ。
一階の受付ロビーで面会の紙を出す。
「あ、佐伯さんの病室は変更になっています。612号室です」
「そうですか。どうも」
エレベーターで六階へ上がる。
「来てやったぞ」
俺は病室のドアを勢いよく開けた。
それほど不機嫌では無かったのだが、いかにも不機嫌だぞという顔を作っておく。
「きゃあ!」
「ちょっ!」
「うおっ?!」
病室の中の二人の反応が通常では無かった。どうやら美樹が着替え中だったらしく、彼女のブルーのブラがちらりと見えた。
えーと。
「いいからドアを早く閉めなさいよ!」
「お、おう、すまん」
素早く閉めて回れ右。
待つ。
……。
いや、確かにノック無しで入った俺も悪かったが、呼び出したの、あいつらだしな?
何で今、着替えてるんだよ。
「いいわよ。入って」
時坂がドアを開けてきたので、改めて病室に入る。ベッドの上で水色のセーターを着た美樹が真っ赤な顔でうつむいていた。
「や、やあ。悪かった」
「いえ、さっきのは、記憶から全部消しといて下さい!」
美樹が叫ぶように言う。
「あー、分かったよ」
「次からノックしなさいよね」
時坂が言う。
「そうだが、なんで着替えてたんだよ」
「だって、美樹がこの服じゃ嫌だって言い出して」
「ええ? あっそ。怪我人なんだから、格好なんて気にしなくて良いんだぞ」
「そうはいかないのよ。乙女心が分かんない奴ね」
乙女心を出されてしまっては分が悪そうだ。
「悪かったよ」
「はい。忘れて下さい。あー」
美樹が頭を抱えて呻くが、そこまでの失態でもない。
「分かった分かった。ギプス、取ったんだな」
俺も話題を変えておく。
「あ、はい。もー、かゆくてかゆくて、垢とかもうボロボロ、あっ、うあ、今の、聞かなかったことに、いーやー」
また頭を抱えて叫き出す美樹。可愛い奴だ。
「いや、そんなに気にしなくても。それより、美樹、リハビリ頑張れよ」
俺は言っておいてやる。
「え? ああ、そう言えば静香先生もニヤニヤしながら、そんな事を言ってましたけど…キツイ?」
「まあ、キツイと言えばキツイだろうな。前は普通に動かせてたのに、固いって言うか。関節が固まってるからなあ」
「うう、固まるって」
美樹が左腕を気にしたか、庇うように右手で押さえる。伸ばすときが痛いんだよな。
それでも動かさなきゃいけない。
「ほらほら、脅かしたら駄目でしょ。大丈夫、美樹なら、すぐできるって」
そのときは俺も同じ事を思っていたが、美樹のリハビリは予定より大幅に遅れ、二月になっても、まだ歩けない状態だった。
そんな時、俺は姉貴から呼び出しを食らった。
「話って何? 姉さん。電話で話せばいいのに」
「悪いわね、呼び出して」
「気持ち悪いな…変な頼み事は止めてよ?」
「ふふ、鋭いじゃない。あたしの、お願い、き、い、て」
「いや、そういうのは…ここ、病院だぞ」
「あら、何を変な気になってるのよ、バカ。美樹ちゃんのことだけど」
「うん」
「しばらく面会に来ないで欲しいの」
「え? 何で?」
「これは私の女の勘なんだけどね…あの子、退院したらあなたのお見舞いが無くなると思って手を抜いてる気がするのよね」
「ああ…でも、それなら、退院の後に遊ぶ約束したり、俺が応援すれば…」
「それ、もうやってるでしょ?」
「まあ、ね。でも、そんなズルをする子には見えないぞ」
「んー、無意識にでしょうね。芝居とも思えないし。それに、心肺停止したじゃない? あの時のトラウマと腕と足の痛みが結びついちゃって、それが抵抗感になってるんだと思うわ。ご両親にもそう説明して、心療内科の受診を勧めたんだけど、拒否反応が強いのよ。私、心療内科もやってたのにね」
「ああ…ま、精神病に対して、偏見というか、怖さはあるだろうしな」
「でも、放っておくと、あの子、留年よ。それに、下手をすると一生歩けなくなる」
「ええ? それはないだろ? あるのか?」
「あくまで可能性よ。でも、留年はもう目前ね。春休みに補習と追試を受ける前提でぎりぎりだから、三月を過ぎるとアウトなんですって」
「それ、説明したの?」
「もちろん。それにご両親や先生からも言われてるはずよ。ちょっと放任主義的過ぎると思うんだけど…私は教育方針にまでは口を出せないし」
「分かった。じゃあ、それとなく…」
「ああ、ダメダメ、あなたがそう言う企みで動いてるってちょっとでも悟られたらパーだもの。何も言わず、面会に来ないで頂戴」
「んー、何も言わないってのもかえって怪しくないか?」
「それはこっちで上手く言っておくから」
「いやー…それで一つ問題が」
「なあに?」
「時坂が誘ってきてるから。あいつ、俺がしっかり応援すれば大丈夫だと思ってる節があるんだよな」
「そんなこと。時坂さんはあなたが上手くあしらえばいいじゃない」
「いや、あいつの場合、嘘を突き通せるようには思えないし」
「ああ、じゃ、時坂さんにも内緒で」
「ああ…むう、それも…」
「あら、彼女に嫌われたら嫌なの? まるで恋人さんね」
「違うっての。でも、いいんだな? 俺は一向に構わないが、裁判の方、不利とは言わないが、長引くだけだぞ。話を聞いてると、どうも親戚の中ではあいつが最強硬派らしいから」
時坂悠里の祖父が手術で亡くなったのを医療ミスだとして、時坂家が姉貴と病院を相手取って裁判を起こしている。悠里が怒りそうなことはあまりしたくなかった。
「それ、美樹ちゃんの治療と何か関係が有るの?」
「いや、それは無いけどさ…」
「アンタ、美樹ちゃんの一生と、私の裁判、どっちが大切なの?」
「そりゃ、両方だよ。医師免許、怪しくなってるって聞いたぞ。あの黒井って弁護士、マスコミの使い方も上手いし、もうちょっと姉さんは上手く…」
「そう、じゃ、私、担当を降りるわ。それなら構わないわよね?」
「ええ? いや、心療内科の経験のある姉さんが一番だと思うけど…」
「私もそう思って抵抗しているけど、病院内では違う動きがあるわ」
「違う動き?」
「アンタは知らなくていい話。でも、私は担当を外されるかも知れない。できれば早く決着を付けたいのよ。あくまでも美樹ちゃんのためにね」
「担当を外れる…まあ、元々臨時ってことだから、姉さんが担当に付いてること自体、変だよな…執刀医が主治医になる決まりがあるわけでも無いんだろ?」
「そうね。今回は私が担当を強く主張したから。でも、それがあの子達を苦しめるかも知れない。少し、ミスったわね」
「んん? 苦しめるって、そんな事はないと思うけど」
「テレビを見ればすぐに分かるわよ」
「テレビ?」
「それじゃ」
さっぱり話が見えないが、美樹の留年が係っているなら、姉貴の治療方針に従うしかない。
「うーん、まあいいや、あいつに見つかる前に…」
「誰に見つかる前に?」
「うわっ、いたのかよ、時坂…」
ダッフルコートの時坂が俺の後ろに立っていた。俺と同じ白色のマフラーをしている。下は制服だが、もう学校が終わったらしい。
「なんだかなー、その驚き方は。静香先生と話してたんでしょ? さっき、看護師さんが教えてくれたから」
「ああ。うん、まあ…」
「何よ、ぼーっとして、美樹ちゃんの話でしょ」
まあそう考えるのが妥当なのだろうが、困った。
「いや、決めつけないでくれ。俺はあいつの保護者じゃない」
「保護者じゃないって…何よそれ」
「違うか?」
こいつは頭は良いのでごまかしにくい。
「いや、違わないけど…むぅ。ま、いいや、美樹ちゃん、首を長ーくしてアンタのこと待ってたんだから。試験だかなんだかしらないけど、顔を見せるくらいしなさいよね」
「ん、ああ…いや、俺は医大生だからな。試験、落ちたらしゃれにならん」
「まあ、それはそうかもだけど、余裕なんでしょ? 前にそう言ってなかった? 自信満々で」
「ああ、あれは冗談だ」
「え? ぷっ、何それ~。じゃ、結構必死に勉強してたんだ。あー、なんだ、そういうことかぁ。はいはい。でも、試験終わったんだよね?」
「いや、まあ、一応…たぶん?」
「んんん? ちょっと。今日から春休みじゃなかったの? ったく、何で二月で春休みなのよ。どう考えても冬じゃん」
「そうだな。じゃ、俺、急ぐから。おい…」
腕を掴まれた。
「ちょっと。ああ、美樹ちゃんのところへ、急ぐのよね?」
「そうじゃない。大学で用事があるんだ」
「用事って?」
「いや、何でも良いだろ。お前には関係ない」
「む。言わないと離さない」
「おい…追試だ、追試」
「追試ぃ? 試験終わって早々で? それ、変でしょ。欠席したとか?」
「ああ、ちょっと、寝過ごしてな。出られないヤツがあった」
「ええ?」
「とりあえず、離せ」
「い、や」
「あのな…俺を留年させたいのか?」
「そうじゃないけど、ちなみに科目は?」
「はあ。解剖Ⅲ。これでいいか」
「少し待ってて。ええと、たしか…」
携帯をかける時坂。
「もしもし、私、真田さんの友人で、時坂悠里と言いますけど…はい、ええ、そうです。急に電話してすみません。ちょっと、大学のスケジュールを教えて欲しいんですが。はい」
「うえ…」
「こら、逃げない」
力尽くで、と思ったが、思った以上に時坂の力が強い。スレンダーな感じの中学生女子なのに。
「ああ、そうですか。今日からですね? ええ、ちなみに、追試の期間は…はい、じゃあ、解剖Ⅲという科目は、ああ、そうですか、とっくの昔に単位を取っていると、はい、ありがとうございます。え? ああ、はい、そうです。ふふ。じゃ、代わりますね。はい」
「え? 俺? と言うか、誰にかけたの? もしもし、お電話代わりましたけど…」
「賢一~」
珠美だった。
「お前かよ…」
「お前かよじゃないわよ。今の子、何? アンタの新しい彼女?」
「ちげーよ。怖いこと言うんじゃない。ほら、前に車で撥ねられた子を助けたって言っただろ?」
「あー、ぶちゅーっとファーストキスを奪って、胸をもみもみして、ハアハアしちゃった子かあ。そりゃ仕方ないね」
「アホか。心肺蘇生しかやってねえ。しかもハアハア、ってなんだよ。相手、中学生だぞ」
「この、ロ、リ、コ、ン」
「お前な…」
「今からさあ、春休み開幕スペシャルで、華道部とESSとあとなんだっけ? 柔道部と女バスの合コンとボーリング大会やるんだけどさ、あんたも来る? あ、こら」
「レッツ、カモン」
野太い声。柔道部だろう。
「そいつ、シメといて。あー、ごめんごめん、ちょっとマナーの悪いアホがいてさあ。こいつ、不参加だから、安心して。どう?」
「いや、激しく止めとく」
「ちっ。しゃーないなあ。じゃ、またね」
通話が切れた。
「これで、言い逃れはできないわね」
時坂が自分の腰に手をやって余裕の顔をする。
「うーむ。と言うか、何でお前が珠美の電話番号、知ってたんだ?」
「ああ、前にアンタの携帯、見たじゃない」
「そうだったか?」
「記憶力悪っ。どうしてあたしがアンタの携帯番号知ってるか、考えてみてよ」
「ああ、美樹が撥ねられた日か」
「そ。で?」
「ん? じゃ、じゃあ、俺はちょっと、私的な事情が有って、都合が悪いから」
「じゃあ、ちょっと、外に」
時坂が俺を引っ張るようにして病院の外に出る。
そして俺に向き直った。
「ふざけないでよ! 都合が悪いって何よ! アンタねえ、あの子がどれだけ楽しみにしてたと思ってるか分かる? 賢一さん、まだかなー、先輩、予定、知りませんかって、あたしに毎日電話かけて聞いてくるくらいよ?」
「ああ…、そりゃ、迷惑だったな」
「迷惑だなんて、一度も思ったことない! そりゃ、少しはうざって思ったけど、あたしは断ったり、電話を切ったり、逃げたりなんかしてない。美樹ちゃん、下手したら留年なんだよ? わかってるの?」
「ああ、いや、ふうん、そうか」
「何なのよ、その反応は…」
「それってさ、俺が怒鳴られて足止めされるほど、重要な事か?」
「なっ。重要に決まってるでしょう。留年よ?」
「留年なら、早くリハビリして学校に行けばいいだろ」
「だから! それができれば苦労しないっての」
「まあ。落ち着け。ちょっと人も集まって来ちゃったし…」
通行人が気にしたように立ち止まってこちらを見ている。
「落ち着けないわよ! 美樹ちゃんがこのまま歩けなかったらどうするの? あんた、まさか、歩けない女が面倒だって思ってるんじゃ…」
「え? いやいや、それはないぞ」
時坂の言うことは大袈裟すぎる。仮に美樹が歩けないとしても、それは会わない理由じゃないし。
「じゃ、見舞いに行きなさいよ」
「だから、俺は用事があるって言ってる」
「どんな用事よ?」
「プライベートな用事だ」
本当に用事があるわけでは無いので、ごまかしにくいな…。
「言わないと、行かせないわよ」
「そりゃ、横暴だな。俺は別にお前の許可なんていらないぞ。放せよ」
掴まれてる腕を振り払おうとするが、逆にひねり上げられた。
「いててて、おい、暴力はよせ。いくらなんでも酷いぞ」
「酷くない。アンタが美樹ちゃんにしようとしてる仕打ちより、よっぽどマシよ」
「む」
俺は動揺してしまった。美樹は俺に会いたがっているが、理由も告げずに会わないというのは、彼女も辛いことだろう。初恋の相手らしいしなぁ。
「歩けなくて、不安で、その上、アンタまでいなくなったら、どうすんのよ」
「待て。別に俺はいなくなるわけじゃ…ううん」
「ほら、やっぱり、逃げようとしてる」
「そうじゃないんだ」
「そうでしょうが」
「…ま、そう思いたいなら、そう思え。俺は大学に戻る用事がある」
「だから、何の用事よ?」
「いいだろ、何でも…」
「良くないから聞いてるんでしょうが。殴るわよ」
「警察呼ぶぞ」
「呼びなさいよ」
「いや…お前が困るだろ。じゃあな」
「あ、ちょっと」
また掴まれるかと心配したが、時坂はその代わりに付いてきた。
俺は気にせず歩く。時坂も付いてくる。




