第8章 男の娘じゃない!
男の娘展開が発生します。みどりとクレアもノリノリ。
『ワルプルギス』という名のダンス・バーが、聖水の販売元だと、強面おじさんは、そう自白した。
「調べてみたけど、ここは会員制のバーね。警戒も厳重で、簡単に忍び込めそうにない」
調べ上げた情報を慧、クレア、アーガトンに話す。
「ただし、女性ならば会員でなくても入れることがあるみたいなのよ。まー、理由までは解らなかったけど」
「女性限定か……。あたしとみどりなら、入れるな」
女性限定でもクレアならば何の気兼ねなく、入れる。
「それにコスプレも可能だから、モデルガンと言い張れば、クレアの銃も持ち込めるわよ」
深緑色の鎧姿でも、コスプレと言い張れる。
「でも2人だけで行かせるのは心配だよ。特にみどりちゃんは」
クレアは戦闘力はあるが、みどりは戦闘に関しては素人。
店内には、どんな変異魔物がいるか分からない。ブーガがいる可能性だってある。
クレア1人では心もとない。後、1人は戦闘要員が欲しい。
どうしたものかと慧は悩む。
突然、みどりが笑顔になる。そのにっこり顔には、悪い子が隠れていた。
「いい方法があるわよ、慧ちゃん」
「嫌だ、絶対に嫌だ~」
断固、慧は拒否。今、いる場所は女性専門のブティックの入り口。
みどりとクレアに手を引かれ、強引に店内に連れ込まれようとしているところ。
「男の子でしょ、私たちが心配って言ったじゃない」
「男の子だから、嫌なんだよ」
なぜか、ノリノリのみどり。
今の慧は、かなりの力を持っている。強引に振り払うことも出来るが、そんなことをすれば、みどりを大怪我をさせてしまうので、とても出来ない。
「そうさ、男の娘だろ、覚悟を決めろ」
クレアもノリノリ。
「なんか、今、男の子のニュアンスが違う―」
抵抗も空しく、慧は店内に引きずり込まれてしまった。
店内の店員も客も慧が入ってきたのに、咎めもしない。それどころか、
「いらっしゃいませ」
無料スマイルをしてきた。店員は誰一人、慧が男の子だと疑いもしていない。
ああ、万事休す。
とてもとても、ものすごく楽しそうなみどりとクレア。様々な服を持ってきては、慧に着せては大喜び。
「慧ちゃん、可愛い」
「すごい、似合っている、似合いすぎている」
まさか着せ替え人形の気持ちを味わうことがあるなんて、思ってもいなかった。
そのうち店員までやってきて、
「とても、お似合いですよ。本当に可愛いお嬢さんですね」
内心、僕は男だと! 叫び出したかったが、そんなことすれば、大変ことになる。堪えるしか道はなし。
男の子は辛抱強いもの。
みどりとクレアに、やりたい放題、遊ばれてしまった慧ちゃん。
世界各地から取り寄せた酒と、官能的なダンスが売りのダンス・バー『ワルプルギス』に慧、みどり、クレアは入った。
情報通り、会員じゃなくても、入ることが出来た。店の入り口にいた店員は、全く注意はしない。
バーの中は店名に相応しい、背徳的で背信的なデザインがなされていた。
ふりふりの白いドレス姿の慧、髪はツインテールにされている。
みどりは赤い頭巾の付いたマント。店名に相応しい魔女をイメージ。
テンガロンハットにウエスタンポンチョ姿のクレア。腰のガンベルトに差しているのは【天空】と【大地】である。
店内にいた客たちは思わず、慧に見とれいた。それほどに似合いすぎ、プリンセンスの様に見られていた。
そんな客たちの視線に、慧は顔を恥ずかしそうに赤らめ、俯いてしまう。
ある意味、道場の稽古よりも辛い。
当然ながら会員でもないし、女装すれば大変なことになってしまうアーガトンは、今回も待機。いざとなれば踏み込む準備している。
こんな店に入るのは初めて、さらに女装姿であるために緊張気味で、慧は何も注文は出来なかった。飲み物を飲んでトイレに行きたくなったら、どうすればいいのか。
「なんか、変ね」
ボソッとみどりは呟く。
「何が?」
クレアが聞いてみた。彼女は注文したオレンジジュースを飲んでいる。
「私はともかく、慧ちゃんやクレアは、どう見ても未成年よ。それなのに、あっさりと店に通されたことよ」
気恥ずかしさとばれたらどうしよういう思いが、頭の中で一杯になり、慧は気が付かなかった。いくら本当の年齢がみどりと一緒でも、慧の見た目は未成年。
やっと冷静さを慧は取り戻した。
そもそも女性なら、会員じゃなくても入れるのもおかしい。
「君、可愛いね俺たちとも踊らない?」
似合いもしていないキラキラした服を着たチャラ男が慧に話しかけてきた。疑う必要のないナンパ。
ナンパされるのも初めての経験、ましてや同性からの。
「私の妹に、気安く声を掛けないでくれる?」
慧を庇い、みどりは前に立つ。
「なら、姉さんも一緒にどう? なんなら、姉妹と俺とで踊ろうぜ」
これしきの事では諦めるつもりはないらしい、しつこい。
「いい加減にしないと、地獄見るよ」
笑顔で物騒なことを言うクレア。
「またまた、そんなじょー」
冗談と言おうとしたが、それ以上、台詞が出てこなかった。
笑顔のままでクレアは睨む。本物の戦い、本物の怪物と戦った彼女の眼力に、チャラ男はたじたじになり、
「す、すいませーん」
と逃げていく。
ホッとしたのもつかの間、慧に対するナンパは、ひっきりなしにやってくる。
その度にクレアが睨んで追い返す、その繰り返し。
不機嫌になるクレア。
「なんで、さっきから慧ばかり、声がかけられるんだ?」
彼女の世界でもナンパはあった。クレア自身、何度か声を掛けられたことがある。断ったけど。
こんな場所ではナンパが頻繁に起こるのは、二つの世界でも共通している。
なのに、さっきから声を掛けられるのは慧ばかり。
正真正銘の女の子であるクレアから見ても、慧は可愛い。背の高いことを悩みにしているクレアにしてみれば、羨ましいぐらいに小柄。
そんな慧と、一緒にいるクレア。彼女の役回りは睨んで追い返すのみ。このまま黙っていても、ナンパが続くだけ。
「なぁ、みどり。そろそろ、始めないか? ナンパを追い返すのも飽きた」
折角、店内に忍び込めたのに、何の進展もない。
「そうね、じゃ、やってみましょう」
強面おじさんから聞きだした、聖水を買う方法。花びらを1枚だけ、赤く塗った白百合をテーブルの上に置く。それが合図。
前もってみどりは花を用意。ポケットから百合の花を出そうとした時、
「よろしいでしょうか」
先程までのナンパ共とは違い、丁寧な口調で声を掛けられた。
タキシード姿のボーイが立っている。
「店のオーナーがお嬢様とのお話をなさりたいと、もうしております。ご同行、願えますか?」
口調と同じように慧に向かって、丁寧なお辞儀。
この瞬間、慧もみどりもクレアも解った。女性ならば会員でなくても、どうして店に入れるのか、未成年なのに、あっさりと店に通されたのか。
客もナンパばかりなら、オーナーも同じ。
すぐにみどりは断ろうとした。
「分かった、行きます」
あっさりとOK。
驚いているみどりとクレアの方を見る。目がものがっていた、これは情報を得るチャンスだと。
心配するみどりに笑顔を見せて、ボーイに着いていく。
ふと、気が付いてポケットを探ってみると、中に入れておいたはずの花びらを1枚だけ、赤く塗った百合の花が無くなっていた。
ボーイに案内されて入ったオーナーの部屋。
床に敷かれたペルシャ絨毯、大きくて高そうなテラコッタの壺、壁に掛けられた絵画と鹿の首の剥製。
「やぁやぁ、よく来てくれた」
革張りのソファーに座ったオーナー。ガウンの隙間から見える筋肉質のガタイ。プロテインで作った筋肉だと、容易に知れる。
指にはでかい宝石の付いた指輪、首には金のネックレス、耳にはプラチナのピアス。
部屋も本人も成金丸出し。
オーナーは手でボーイを、しっしと部屋の外に出ていてくように指示。
ボーイは一礼すると部屋の外へ。
「お嬢さん、怖がることはない、さぁ、こっちこっち」
ボーイとは逆に手招き。
女装姿でこんな男と、悪趣味な部屋で2人きりになりたくはないが、今はがまん。
横に座るように促されたが、出来るだけ離れて座る。
「俺はな、本当に可愛い女の子しか、この部屋に招かねぇんだ。ここに呼ばれただけで、友達に自慢できるぜ」
オーナーは遠慮することなく、慧に接近。テーブルの上に置かれたワインクーラーから、シャブリのボルトを取り出し、グラスに注いだ。
「お嬢さんには、こっちな」
さらにアップルジュースのボルトを取って、もう一つのグラスに注いで、慧の前に置く。
「アルコールは入ってない、心配するな」
本能が告げていた。アルコールは入ってないが、何か別のものが入っていると。
ここまではがまんが出来た。オーナーが肩に手を回し、乳を揉もうとした。(偽乳だけど)
ここで切れた。がまんにも限度がある。何か危ないものの入ったアップルジュースをオーナーの顔にぶっかけた。
本当に危ないものが入っていたようで、慌ててオーナーはナプキンを手に取り、顔を拭く。
「なにするんだ!」
怒りを示すオーナーの目の前で、1枚花びらを赤く塗った百合の花をテーブルの上に投げる。
「き、貴様、それをどこで!」
「屠或組」
そう告げた途端、オーナーの顔色が変わる。彼にも屠或組襲撃の一報は届いていた。オーナーのは立ち上がると、
「敵だ、出てこい!」
成金部屋に先ほどのボーイが入ってきた。
「やっちまえ、だが、殺すなよ。たっぷりと楽しみたいからな」
いろいろと聞くこともある、趣味も楽しみたい。そんなことを考えているから、とても嫌らしい顔つき。
ボクシングスタイルで殴りかかってくるボーイ。その手首を掴み、投げ飛ばす。
床に叩き付けられながらも、起き上がり、変身。全長2メートルを越す巨躯、赤黒い剛毛で覆われた熊。
肩を怒らせ突進してくる。ヒラリと避けたところ、鋭い爪での攻撃が襲いくる。
完全には躱しきれず、ふりふりの白いドレス姿の胸の部分が切り裂かれ、胸パットが落ちた。その下は平らな胸。
「なんだテメー、男の娘じゃないかねぇか!」
オーナーは叫ぶ。
「僕は男の娘じゃない!」
慧も思わず言い返す。
「男なら遠慮はいらねぇ、ぶっ殺しちまえ!」
許可を得たボーイは、オレンジ色の目を爛々と輝かせ、吠える。
その体躯にあった強力な攻撃。変身してもボクシングスタイル。
その攻撃を完全に見切る慧。
「さっさと、たたんじまぇ!」
興奮したオーナーが大声を放った時、その大声を消し去るが如く、銃声が轟く。
ドアノブか撃ち抜かれ、蹴破られる。
成金部屋に入ってくるみどりとクレア。クレアの手には【天空】と【大地】が握られていた。
マントの中に隠した木刀を取り出し、みどりは慧に投げて寄こす。
木刀を受け取ると、ボーイの急所目がけ、連続で叩き付け、最後に強烈な突きを鳩尾に入れた。
巨躯を揺らし、倒れるボーイ。
ボーイを倒されたオーナーは、先ほどまでの威勢は姿を消し、慌てて逃げ出す。
その眼前に、みどりが立ち塞がる。彼女は非戦闘員なのだが、そんなことオーナーには解らない。進路を変えて逃げようとする。今度は木刀を持った慧が立ち、また進路を変えたら、そこに【天空】と【大地】を構えたクレアが待ち構えていた。
真っ青になったオーナーの額に【天空】の銃口を押し付ける。
「ひぃぃぃぃ、命だけは~」
震えながら命乞い。
「ブーガはどこにいる?」
意図的に冷たい口調で脅す。
「ブーガ? 何なんです、それ」
「とぼけるんじゃない。ブーガを知らずに聖水を作れるわけないだろ!」
声に加え、冷たい視線を突きつける。
おまけだよとばかり、慧はオーナーの首筋に木刀を突きつけた。
「こ、ここでは聖水は作っていないんです。ここは販売をしているだけで。本当なんです、本当なんだ、信じてくれ~」
怯え方からして、嘘は言っていない様子。
「なら、どこから仕入れている!」
クレアの恫喝。
一瞬、喋るのを戸惑ったが、慧、クレア、みどりに睨みつけられ、降参。
「二袈市です」
素直に白状した。
「「二袈市」」
二袈市、同時に慧とみどりは反応。
「本当です、本当に二袈市から仕入れているんです。それ以外は何も知らないんです。誰が作っているのかも、信じてくれ~」
怯えきったオーナー。本当にこれ以上は何も知らないようだ。
クレアの、
「失せろ」
一言で、死に物狂いで逃げ出す。
神妙な表情の慧とみどり。
「どうしたんだ? 慧、みどり」
慧とみどりは、その名前をできるだけは聞きたくはなかった。辛い、悲しい、懐かしい思い出のある場所。
よりにもよって、二袈市に繋がった。
「二袈市は僕とみどりの生まれ育った場所。故郷なんだ……」
今回もアーガトンの出番はありませんでした。
次回、慧とみどりは故郷に帰ります。