第6章 遭遇
前回から、15年の月日が経っています。みどりも大人に。
この話でクレアが登場。みどりと出会います。
来栖医院火災から、15年の月日が流れた。
アーガトンの警告に従い、みどりは高校卒業と同時に、大学進学を理由に二袈市を離れ上京。
大学卒業後はミステリー雑誌『ハーミット』の記者になる。
『ハーミット』は幽霊やUFO、UMA、超能力、超古代文明、都市伝説など、ミステリーなことは全般に扱う月刊誌。
みどりの趣味そのもの。
空間が歪んで、その向こうにファンタジーな世界が垣間見えた。そんな手紙が編集者に届き、みどりは取材を命じられた。
「やれやれ、これもガセの可能性が高いわね。この前も町田で妖怪のひょうすべを見たって、ハガキが届き、調べに行ったら、ひょうすべ似の人間だったし」
ぶつぶつ文句を言いながらも、現場の公園にたどり着く。
入社して以来、みどりは日本国内のあちらこちらへと取材に行ったのだが、そのほとんどがハズレ。
本心を言えば、一度でもいいから、海外のミステリースポットの取材に行ってみたい。
人のいない時間を狙ったため、周囲には人はいない。とにかく、写真を撮ろうと、ケースからカメラを取り出す。
「さて」
まずは1枚、カメラを構えたとき、ぐにゃっと景色が歪む。
「あれっ?」
カメラから顔を上げ、肉眼で見てみる。
目の前の空間の歪みは大きくなっていき、届いた手紙に書いてある通り、向こう側にファンタジーな世界が見えた。
「マジ?」
今回は当たりも当たり、大当たり。子供のころから、変わらないミステリー好きの血が騒ぎ始める。
撮影しようと、再度、カメラを構える。シャッターを切ろうとしたら、
「!」
歪んだ空間の向こうから、深い緑の鎧を着た少女が出てきた。腰には大型拳銃の入ったガンベルト。
空間から完全に出て来ると、キョロキョロ、物珍しそうに辺りを見回す。
「よし大成功、世界の壁を越えたぞ」
状況と姿、台詞から、異世界から来た女騎士というのがぴったり。唯一、違和感があるのは腰につけているのが剣ではなく、大型拳銃であること。
どうしたものかと、みどりは戸惑う。
さらに何かを探すように、辺りを見回している間に、みどりは目が合ってしまう。
「そこの人、アーガトンを知らないか?」
その名前をみどりは知っていた。
クレア・ティナ・シフォンハートと名乗った少女の姿は目立ちすぎる、だって鎧だもん。
取りあえず、クレアを車に連れて行き、詳しい話は自宅のマンションで聞くことにした。
車のロックを解除。
「うおっ、今、こいつの目が光ったぞ」
腰の【天空】と【大地】を抜こうとする。
「警戒しないでいいわよ、噛みつきやしないから」
運転席のドアを開けて中に入り、助手席のドアを開け、手招き。
おっかなびっくり、中に入る。
「ちゃんと、シードベルトしないと駄目よ」
シートに座ったクレアに対し、安心させるために、自分からシートベルトを締める。
とまどいながらも、クレアもシートベルトをする。
それを確認してから、車をスタート。
「わっぁっ!」
最初は吃驚していたが、しばらく走っていると慣れてきて、
「こいつ、馬もいないのに走っている。しかも鉄で出来ているじゃないか、すごいすごい。どんな魔法なんだ」
車の中で大はしゃぎ。
マンションに着いてからも大変だった。運良く誰にも見られず、エレベーターの前まで連れてきたまでは良かったのだが、ドアが開いたら、先が無い、閉じ込められると騒ぎ。
見られると厄介なので、強引に押し込み、なんとか部屋まで連れて行くことに成功。
お客を部屋に連れて行くだけで、こんなに苦労する日がくるとは、みどりは思ってもいなかった。
「なんだって、アーガトンと出会ったのは15年前!」
驚きを見せるクレア。
自宅の部屋に連れてきて、みどりはアーガトンと出会った時の経緯をした。
「そうか、壁を越えたときは一緒だったのに、たどり着いたのは15年もの差が付いてしまったのか。そんなことがあるかもしれないとは聞いてはいたが……」
一通りの話をみどりは聞かされた。魔王ブーガのこと、魔皇神タルナファトスのこと、アーガトンのこと。
クレアは逃げたブーガを追ってきた、異世界の勇者。
本来、にわかには信じがたい話なのだが、物証と言うべきものを目撃し、今も目の前にいる以上、信じるほかにない、みどりは頭の固い科学者ではないのだから。
『いくらなんでも、これは記事には出来ないな』
特ダネが目の前あるのに、記事に出来ないのは、残念だなっと、みどりは思う。
みどりも廃墟で見た怪物のことや、アーガトンに出会った時の話をした。
「1つ聞きたい。この世界には、元々、化け物はいるのか?」
クレアの世界では魔族は壊滅状態になっているが、人に危害を与えるモンスターが、全部、いなくなったわけではない。
「いいえ、廃墟で目撃した以外にはいないわ。伝説や神話では語られていても、私自身が、この目で見たのは、あの時が初めてよ」
あれ以来、みどりは怪物に遭遇したことはない。こんな仕事をしていても。
「ならブーガが関わっていると考えて、間違いないな」
何かを考えるように、クレアは腕を組む。
「それじゃ、そのブーガは、この世界でも、何か悪だくみをしているの」
間違いないと、クレアは頷く。
みどりの中で、もしかしたら慧の事件もブーガが関わっているのかもしれないとの疑念が湧く。
「私の職場では、その手の情報が入ってくるわ。それらしい話があったら、知らせる。アーガトンのことも」
「それはありがたい」
クレアにとってはブーガ討伐すべき敵。みどりにとっては慧の事件の真相が分かる可能性。両者にとっての協力関係を築くのは悪くない。
ここで改めて、クレアの出で立ちを見る、鎧姿のまま。
みどりの世界とクレアの世界では、文化、文明そのものが、かなり異なるのは明白。
ブーガを追うにしろ、まずはこの世界のことを教える必要がある。
どうやって教えたらいいのか、考えるみどりの目がテーブルの上に置かれたTVのリモコンに止まる。
リモコンを手に取り、スイッチを入れる。パッと映るTV。
「おお、なんだこれは! みどりの世界の魔法なのか」
驚きを見せ、TVに抱きつくようにして見る。
「魔法じゃないわ。そもそも、この世界に魔法は存在しないのよ。これを見れば、あなたの世界との違いや、この世界のことが分かりやすいと思う。後、近くで見ると目が悪くなるわよ」
クレアとみどりが、出会って初めての土曜日。
服を買いにシッピングモールへ。今、クレアの着ている服は、みどりのお古。
「なんと、この建物1つに町1つが収まっているのか!」
食料品、飲食店、雑貨、嗜好品、ペットショップ。クレアの世界には、無かった映画館まである。
シッピングモールには、ありとあらゆる施設が立ち並ぶ。
クレアの言ったように、建物1つに町が丸ごと1つ収まっていると言う表現はピッタリ。ゾンビに遭遇したら、ここへ逃げ込めと言われているほど。
慌ててみどりはクレアを端に引き寄せる。
「あまり、はしゃがないの」
そう言われ、クレア本人も反省。何せ、異世界から来た身、変に勘繰られるのは良くないこと。
「クレア、早速、服を見に行きましょう」
勝手に階段が動くエスカレーターにも驚きそうになったものの、目立ってはいけないと、必死に堪えたクレア。
女性用の服のコーナーに並ぶ服、服、服。
その中からみどりはどんなのが似合うかな、どれを着せたら、可愛いかなと、クレアが着た姿をイメージしながら服を選んでいると。
「あたし、これがいい」
シンプルなデザインのレザージャケットにレザーパンツを手に取った。
「えっ、それでいいの? もっと、可愛いのにしたら」
彼女が選んだレザージャケットにレザーパンツは、一応、女性用だが、可愛いとは程遠い。
「これが気に入ったんだ。それに動きやすい」
確かに動きやすい服装ではある。
「本当に、それでいいの」
元気よく頷くクレア。とても気に入っている様子。
よくよく見れば、このレザージャケットとレザーパンツはクレアに似合っているように見える。
可愛いではなく、カッコイイであるが。
「分かった、それにしましょう。後、何着か見て回ろうね」
頃合い時間になったので、ショッピングモール内のファミリーレストランで昼食をとることにした。
「私はこれにするか」
ウィンドの内側に並ぶ、精巧なサンプルで作られたメニューから、みどりは照り焼きチキンのセットを選ぶ。
「よし、決めたぞ」
クレアが選んだのは、なんと、お子様ランチ。
「えっ、これでいいの?」
お子様ランチは文字通り、お子様向けのメニュー。クレアは大人ではないが、お子様ランチを食べるような年齢でもない。
「いろんなものが乗っているし、ハンバーグやソーセージはあたしの世界にもある。それにライスの上の旗が気に入った」
細かく説明するのも難儀そうだし、ここまで気に入ったのなら、まぁいいかと、みどりは考えることにした。
お子様ランチと言ってもお子様以外に食べてはいけないとのルールはない。
各々の食べるものを決めて、みどりはクレアと店内に入る。
クレアの年齢で、お子様ランチを注文するのは珍しいので、他の客の目を引いたが、クレアの容姿が外国人の容姿なのが功をなし、外国の人だから、それで注文したんだろうと辺りの客は解釈してくれた。
その日から、みどりは『ハーミット』に届けられる手紙を読み、それらしい内容を探し、その間、クレアはこっちの世界のことをTVで学ぶ。
何故か言葉は通じたのだが、文字まではそうもいかず、帰宅後は新聞や本を使って、クレアに文字を教えるみどり。
クレアの方も物覚えよく、めきめき、文字を覚えていった。
半年ばかりが過ぎたころ、みどりとクレアは山の近くにある、目守町にやってきた。
この町に住んでいる女子中学生から、最近、ペットが行方不明事件が多発。現場で何度か、化け物としか言えないものが目撃されたとの投稿が届く。
ペットが行方不明になったぐらいでは警察は動かず、悲しいことに日本の法律では、ペットは器物と同じ扱い。
化け物と言うフレーズもさることながら、みどりがこの手紙に注目したのは、噂では怪物は山の中の廃校に潜んでいると言われていること。
廃墟に潜んでいた怪物、廃校に潜んでいるとの噂の怪物。何となく、関連性があるように思えたのだ。
それに廃校も、ミステリースポットの定番。
車から降りたみどりとクレア。ブロンドは目立つので帽子を目深に被り、隠している。
【天空】と【大地】はクレアの手にある旅行鞄の中。
2人して、思いっきり背伸び。長時間、車に乗ったので、鈍った体をほぐす。
こんな自然の多い場所は、みどりは好き。昔、住んでいた二袈市を思い起こさせる。
あれから一度も帰っていない、悲しい思い出でもあるが、今の二袈市を見たくはない。
「しかし、この車というのは、本当にすごいな。みどりの世界では、魔法が無かったから、こんな技術が発展したんだな」
この世界で見るものさわるものが、とても珍しいクレア。
逆にみどりも、話に聞くクレアの世界のものは見たことも触れたこともない、珍しいものばかり。
投稿者と連絡が取れたので、話を聞きに行く。
「そうなんですよ、パッと見は人間みたいなんだけど、闇の中で目が光って、物凄い速さで走るんです」
実際に見た女子中学生は、その時のことを思い出しながら話す。
話を聞きながら、携帯に録音。
目撃者は、他にもいて、怪我人などの被害者は出ていない。もし出ていたなら、流石に警察が動いていただろう。
女子中学生と、他の目撃者から聞いた話を総合すると、怪物は人間の姿で服を着ている。
闇の中で目が光る、足が速い、大体は二足歩行だが、たまに四つん這いで走る。
爪は鋭く、長い、言葉は喋らないが、唸り声のような声を出す、目撃例は夜。山の方に逃げていく。
「クレア、あなたの世界で、思い当たる怪物はいる?」
生まれ育った世界、怪物との戦い。勝つために、怪物の生態のことも、いろいろ学んだ。その知識を頭の中で引っ張り出す。
「思い当たる奴は何匹かいるが、人間に似ていることが異なる。それが気になるな」
今のところ、人間の被害者は出ていないが、それも時間の問題かもしれない。
「とにかく、行って確かめて見ましょう」
夕日が差し掛かりつつある山を見上げるみどり。
「同意、このままじゃ、埒が明かない」
虎穴に入らずんば虎子を得ず。みどりとクレアは山の中の廃校を目指す。
山の中にある廃校なので、着いた頃には辺りは真っ暗。
2人で中に入る。
たださえ、誰もいない夜の学校は不気味なもの、廃校となれば、さらに不気味さは倍加する。
そんな不気味さはみどりの好物。こんな状況でなったら、かなり楽しめた。
懐中電灯片手に、みどりが荒れ果てた廊下を進んでいると、否が応でも、あの廃墟のことを思い出す。
あの時は慧がみどりを助けてくれた。でも、今は……。
周囲を明かりで照らして見てみると、首輪や骨が転がっている。
「喰ってたんだな」
この場の状況は、それを色濃く物語っていた。
「そうみたいね」
みどりも頷く。
盗まれたペットは食用にされていた。考えるだけでも、悍ましい行為。
この場にはペット以外にも、野生動物の骨も転がっていた。これも食べられたのだろう。
「止まれ、みどり」
クレアが制止、彼女は懐中電灯を持っていない。このぐらいの暗闇なら、夜目がきく、鍛錬しているから。
何より片手に明かりを持っていたら、戦闘力は下がるし、敵の標的になりやすい。
明かりを持っているみどりは危険だけど、夜目が効かないので懐中電灯が無ければ、何も見えない。
その方が危険と判断し、明かりを持つことにした。
鍛錬したクレアの目と耳は、闇の中に何かを捉える。
コトン、床に置いた旅行鞄が音を立てた。訪れる静寂と緊張。
何かが闇の中で動く気配がする。
みどりも解った、奥に何かいる、その何かが襲いかかってきた。
目撃証言通り、人間に似た姿、服を着て闇の中に光る眼、鋭い爪を有する怪物。
旅行鞄を開くと同時に【天空】と【大地】を取り出し、発砲。命中、怪物は吹っ飛ぶ。
一瞬、状況についていけず、沈黙していたが、ようやく、把握したみどり。パニックになりかかるも、
「落ち着け」
ポンと肩を叩かれ、何とかパニックにならずに済む。
恐る恐る、懐中電灯の明かりを怪物に向けてみる。
明かりに照らし出された怪物、ピクリとも動かず、息もしていない。
「変だ、こいつ、あまりにも人間に似すぎている」
クレアの指摘通り、姿はもちろん、着ている服は、何処でも手に入る市販品。
それでも人間には持ちえない、光る眼と爪。まるて人間と怪物を合わせたような姿。あの廃墟で見た怪物に似ている気がする。
また闇の中で動く音がする。
反射的にみどりが懐中電灯を向けると、今しがた倒された怪物と、同じ怪物がそこにいた。
一体だけではなく、あっちにもこっちにも、うじゃうじゃ、怪物が出てくる。
「ここは奴らの巣か!」
【天空】と【大地】を撃つ。
目撃された怪物が一種類だったため、怪物は一体だと、勝手に思い込んでいた。みどり、クレア共に失態。
怪物を撃っていくが、数が多い。
その一体がみどりに襲いかかる。クレアの位置から発砲すれば、みどりにも当たってしまう。かといって、位置を変えていたら、間に合わない。
『慧ちゃん』
思わず目をつぶる。
闇より暗い稲妻が走り、怪物を貫く。
さらに黒い稲妻が迸り、次々と怪物を貫いていった。
「この攻撃は……」
この攻撃は見覚えがある、深闇城で見た攻撃。
黒い稲妻の飛んできた闇の奥に懐中電灯を向ける。明かりに照らし出された、その姿は……。
「慧ちゃん!」
小柄な雀色の髪、よく女の子に間違えられた容姿。15年前、そのままの姿の慧がそこにいた。
髪の毛は長くなっていて、黄色いリボンでポニーテールにしていた。そのリボンにも見覚えがある。みどりが選んだ、恵美のリボン。
「タルナファトス!」
感動の再会を打ち砕き【天空】と【大地】の銃声。慧が使った技は、間違いなくタルナファトスのもの。
「やめて、あの子は慧ちゃんよ!」
みどりの制止も届かず、クレアは発砲を続ける。
見えない防壁が張られ、弾丸が止められてしまう。
ならば接近し、直接、弾丸を撃ち込もうと距離を縮める。
間合いが詰まった瞬間放たれる掌打。
【大地】を盾代わりにして、受け止めたものの、バランスを崩した隙をつかれ、足払いを掛けられ投げ飛ばされてしまうクレア。
この技もみどりは見覚えがあった。道場で見せてもらったことのある円条流の技だ。
一度、慧はみどりの顔を見る、とても懐かしそうに。
みどりは何かを言おうと思うが、様々な思いが一杯になり、何も口から出て来ない。
そうしている間に、慧は闇の中に走り去り、消えて行く。
後を追おうとしたが、
「待て、1人で行くな」
立ち上がったクレアに腕を掴まれ、止められてしまった。
「慧ちゃん!」
その呼びかけは闇の中に静かに消えた。
最後に慧の登場。みどりとの再会は僅かでした。次回は本格的に、再会します。




