第5章 復活、タルナファトス
この回で、タルナファトスが復活します。
焼け落ちた来栖医院。黒く焦げた建物の残骸や家具が残っているだけ。
焼け跡からは4体の焼死体が発見された。数から来栖医院の人のたちと入院患者と断定。
現場状況から、警察は火事の原因は放火の可能性が高いと発表。
辰夫に誘われ、みどりは焼け跡に来た。
「慧ちゃん……」
現場には、沢山の花が添えてあった。でもみどりは花を供えられないでいた。
無言で辰夫は焼け跡に花を添えると、目を閉じ、両手を合わせた。どう見ても、親友を悼んでいるようにしか見えない。
そんな姿を見ても、みどりは手を合わせようともはせず。
手を合わせ終えた辰夫は、まじまじとみどりの顔を見つめ、
「みどり、冷たい言い方かもしれないが、ちゃんと、現実は見た方がいい。いつまでも、そうしていると慧も浮かばれないぞ」
それを聞くと、とてもいたたまれなくなり、その場から、みどりは走り去る。
その後姿を見た辰夫は、チッと舌打ち。
夜、辰夫はランニングに出た。町の周囲を2キロほど走ったところで、立ち止まり、
「あの遺体は慧たちのものか?」
曲がり角の闇に向かって問いただす。
「さて、どうでしょうね~」
闇の中から、ブーガが出てきた。まるで闇そのものが抜け出してきたように。
「ですが、あたくしの力は分かっていただけたでしょう。あんなことは、簡単に出来てしまうのですよ~」
何の躊躇いもなく、今回の1件を実行したブーガ。その恐ろしさを知った辰夫。それでも協力体制はやめるつもりなし。
「まだまだ、あたくしの力はこんなものではありま~せん。これポッチも実力は見せてはいないので~す」
親指と人差し指の指先の間に、小さな小さな空間を作る。
辰夫はブーガの顔を見た。その表情からは、何も読み取れない。
「そんな、あたくしと手を組んだあなたは、幸せ者ですよ~」
それだけ言い残し、出来た時とは逆に、闇の中に消えてく。
しばらくは、その場に留まってたいたが、何事もなかったかのように、再び辰夫は走り出す。
二袈市にある、お寺で来栖家の葬儀が執り行われた。
葬儀場に集まった弔問客、来栖医院は評判が良かったこともあり、かなりの数。
皆、悲しげな顔をしていた。
慧のクラスメートたちも涙を流していた。特に辰夫は号泣、誰もが親友を失ったんだから、しかたがないと考えていた。
しかし、弔問客の中にみどりの姿はない。
いつも3人一緒にいて、とても仲の良かったはずなのに、みどりの姿がないことを、みんな不思議がっていた。
お寺の外にある木陰に、みどりは1人立っていた。葬儀にきてみたものの、どうしても中に入れず、ここにいる。
「別れはいいのか」
喪服姿の剛三がやってきた。
何も答えられないみどり。傍から見れば、幼馴染みの葬式にも出ない、薄情者に見えているかもしれない。
よっこいしょと、剛三はみどりの隣に腰を下ろす。
「慧が生きていると、信じておるのか?」
そう言われ、驚きと共に剛三を見る。その通りだった、未だにみどりは、慧が死んだとは、どうしても、思えない。
「わしも同じじゃよ、あいつが死んだとは、とうてい思えぬ。ある日、ひょっこり、帰ってくる。そんな気がしてならんのじゃ」
みどりも同じ思い。自分以外に、同じことを思っている人がいた、不謹慎かもしれないが、嬉しい思いを持つ。
「ところでの、辰夫が変わったと思うか?」
唐突に問われ、答えが出せないみどり。そんなこと、考えたこともなかった。あの火事で考える余裕がなかったと表現する方が正しい。
そんなみどりを見ながら、鬚を摩る。
「分からぬか、そう感じているのはわしだけかのう」
翌日、来栖医院跡に向かうみどり。
剛三に言われた『分からぬか、そう感じているのはわしだけか』という言葉と、辰夫に『みどり、冷たい言い方かもしれないが、ちゃんと、現実は見た方がいい。いつまでも、そうしていると慧も浮かばれないぞ』と言われた言葉が重なり、ここにきてしまった。
思い返してみれば、あの時の辰夫は、冷たすぎる気がする。
焼け跡には黒いロングコートを着た細マッチョの大男が立って、焼け跡を調べていた。
「そんなところで、何をしているんですか」
みどりは声を掛けた。まだ放火犯は掴まっていない、犯人は現場に戻ると聞いたことがある。
振り向いた男は無精ひげを生やし、厳つい顔ではあるが、悪い人物には見えない。
それに外国人、日本語は通じていない可能性がある。英語では何んて言えばいいのか、学校の授業で習ったことを頭から捻りだそうとしていると、
「この家のものか」
日本語で尋ねられてた。この男は日本語は理解している。
「大切な人の家です」
だったと過去形は使わない。
「そうか……」
男は焼け跡に何かを見つけ、気になったのか、拾い上げた。それは黄色いリボン。煤けているが奇跡的に焼け残っていた。
「それは恵美ちゃんのリボン!」
慧が妹の恵美の誕生日にプレゼントした黄色いリボン。どんなものを買ったらいいのか、相談され、みどりが選んだもの。
昔の映画から、黄色いリボンを思いついた。
「この辺りで、化け物を見なかったか?」
唐突に変な質問をする。普通なら、冗談か、4月1日か、それとも、中二病を拗らせたのかと思うところだが、実際にみどりは目撃している。
言うべきか、言わざるべきか、
「見ました」
直感だった、この人は敵ではない、話した方がいい、そう感じた。だから正直に答えた。
「俺はアーガトン・バッハシュタイン」
男は名乗った後、
「この町、いや、この都市から、離れた方がいい。じき、ここは危険になる」
男、アーガトンは言う。これは警告だ。みどりは、その警告が正しいと信じることが出来た。
意識を取り戻した慧。起き上がろうとするも体が動かない。床の上に四肢を金属の拘束具で固定されていた、全裸で。
何とか頭を動かし、周囲を見た。
見たこともない場所でかなり広い部屋。むき出しのコンクリートに窓1つもない壁。このことから、ここが地下室だと推察できる。
床の上、壁、天井には不可解な幾何学模様が描かれ、慧はその中央に拘束されている。
みどりとの付き合いで、ミステリーの知識のあったから不可解な幾何学模様が魔法陣であることが解った。
「お目覚めになられた~ぁ~ようですね~ぇ」
魔方陣の外から、ブーガが声をかけてきた。
ブーガの顔を見た途端、記憶が蘇る。
父親の浩一、母親の栄美、妹の恵美、名前の分からない若い女性。
大切な家族を無残に奪った相手が、そこに立っている。
「お前は!」
滅多に怒ったことのない慧。これまでに経験したことのないほどの怒りがこみ上げてくる。
起き上がろうとするが、四肢を拘束する金属は頑丈でビクともしない。
魔方陣の周囲を肉食動物、草食動物、爬虫類、鳥類、虫類、様々な生き物の姿をした怪物たちが取り囲んでいた。怪物たちの中には、豹と蟹の怪物もいる。
全員が聖職者の着るような服を纏う。
「あなたはかなりの霊力を持っています。そ・れ・も・とってもとっても~良質な霊力。すばらしい素材。したがって、あなたを魔皇神タルナファトス様、復活の生贄にしてあげますねぇぇぇ。これは名誉なことなんですよ。喜んでもいいですよ~ぅ」
タルナファトスが何なのかは慧には解らなかった。ただし、生贄というフレーズから、自分の命が失われることだけは想像するに容易い。
「いやだ」
もがいて逃げようとしても、四肢を拘束する金属は彼を離そうとはしない。
「これで、あなたも~ぉ、パパやママや妹に会えますよ。あの世とやらで一家団欒を楽しんでくださいませ。嬉しいでしょう、感謝してください~ね」
嫌味たらしく笑う。それにつられて、魔方陣の周囲の怪物たちも笑い出す。
笑い終えたブーガ。一呼吸の休息を挟んで、呪文を唱え始める。慧には意味すら理解できない呪文。
魔方陣の周囲の怪物たちも呪文を唱えてゆく。呪文と呪文が重なり合い、独特の音楽を奏でる。
呪文を唱えながら、ブーガは懐より、金属製の箱を取り出し、蓋を開ける。中には闇を凝縮したような半球状のタルナファトスの魂が入っていた。
優しくタルナファトスの魂を掴み、魔方陣の中央にいる慧に向かって投擲。
逃げたくても逃げれない慧の胸に、落ちたタルナファトスの魂は溶けるように体の中に入り込んでいった。
その途端、頭の先、顔、腕、指の先、胸の奥、腹の中、足の指先、全身のいたるところにタルナファトスの魂が広がってゆく。
「うあっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
絶叫する。痛い、苦しいどころではない、今までに経験したことのない、ありとあらゆる苦痛や恐怖が体中に滲み渡り、蝕む。
ブーガの唱える呪文、怪物たちの唱える呪文が激しさを増してゆく。
呪文を唱えているブーガの顔は笑っていた。タルナファトスの復活が嬉しいだけではなく、人が苦しむさまを見るのも楽しいのだ。
道場の特訓で何度も何度も苦しい思いをした慧。今、味わっている苦痛は、比べ物にならないほどの地獄の責苦。絶望が慧の内側から全てを喰らいつくそうとしていた、全てを支配しようとしていた。
今にも慧の意識、心は闇に飲み込まれ、消えようとしている。
刹那、慧の脳裏に浮かんだのは家族の姿。知的で尊敬していた父親の浩一、とっても優しかった母親の栄美、いつも過剰に甘えてくる可愛い恵美。
みんな目の前で殺されてしまった。
守ることが出来なかった。何もできなかった。このまま何もできないまま死にたくはない、消えたくない、諦めたくない、喰われたくはない。
『私、慧ちゃんのことが好き』
真っすぐ慧を見て、告白するみどりの真剣な顔が浮かぶ。
「負けてたまるものか!」
そう強く慧は思った。
全身を蝕んでいたものが、瞬く間に吸収されていくのを感じる。
そして……。
四肢を拘束していた頑丈な金属をいとも簡単にぶち壊し、起き上がる慧。
呪文が止んだ。地下室に訪れる静寂。
「なななななななな、何が起こったのですかぁぁぁ」
混乱するブーガを慧は睨み付ける。雀色の髪が緋色に変わり、瞳が真紅に染まっていく。
地下室を揺らすほどの慧の咆哮、タルナファトスと同じ咆哮。
「ま、ま、ま、ま、ま、ま、ま、ま、まさか、タルナファトス様を吸収したと言うのですか。そんな馬鹿な、そんな馬鹿な、そんな馬鹿な、そんな馬鹿な、そんな馬鹿な、そんな馬鹿なぁっ。た、たかがぁぁ、たかが人間の分際でタルナファトス様を喰ったの言うのですかぁぁぁ!」
ゆっくり、ゆっくり、慧はブーガに向かい、歩いてゆく、放たれているのは怒りと殺気。
これまでブーガは恐怖といものを感じたことは無かった。クレアと対峙した時にも邪魔者と思っただけで、恐怖は感じなかった。そのブーガが初めて、恐怖を感じていた。
慌てて、怪物たちに一斉に襲い掛かるように合図を放つ。
まず襲い掛かってきた豹の怪物の首を掴む。バキッリ、首の骨は簡単に砕けた。動かなくなった豹の怪物を怪物たちに向かって、投げつける。
とんでもない勢いで投げつけられた豹の怪物は凶器となり、何体もの怪物を死に至らしめた。
ハサミを振り上げ襲ってきた蟹の怪物を捕まえて、持ち上げ、床に叩き付け、足を上げて踏み潰す。
見るからに固い蟹の怪物の甲羅はあっさりと砕け、蟹らしく口から泡を吐き、絶命。
次に襲いかかってきたイグアナの怪物の背骨をへし折り、さらに襲いかかったサイの怪物の頭蓋骨を割り、背後から襲いかかってきた狼の怪物の頭を裏拳で殴って砕く。
襲いかかってくる怪物たちを、次から次へと葬り去っていく慧。返り血を浴びながらも止まらない。
失敗を悟ったブーガは、怪物たち捨て駒に使い、自分はこっそりと非常口から逃亡。
薄暗い階段を駆け下りるアーガトン。
姿をくらましたブーガを追っていたアーガトンとクレアは、ブーガがタルナファトスの魂を持って、世界の壁を越え、別の世界に逃亡したことを突き止め、その後を追い、世界の壁を越えた。
アーガトンが、この世界に着いた時、一緒に越えたはずのクレアの姿が周囲に見えない。
探しても見つからず、ブーガを追っていれば、いずれ会えるだろうと。ブーガを追うことにした。
ブーガ探索を続けているうちに、二袈市のこの町に辿り着き、ついに潜伏場所を突き止めたアーガトン。
ここはホテルを建設しようとしたものの、三分の一ほど建てたところで、会社が倒産。解体するにも、金がかかるためにほったらかしにされていた建物のなりそこない。
アーガトンは、通常口から地下室に飛び込む。
そこでアーガトンは深暗城で感じた“力”を感じた。それはまさしくタルナファトスの気配。
「間に合わなかったか」
部屋の中には魔物を全滅させ、全身に返り血を浴びた慧が立っていた。体より放たれる気配は間違いなくタルナファトスと同じもの。
髪の色以外は、姿かたち、性別は違うがタルナファトスは復活したとアーガトンは考え、コートの裾に隠していた、業物ハンマー【ライトニング】を構える。
様子からして、まだ完全に力を取り戻せていない。今なら倒せる。
攻撃に転じようとした時、気が付く、確かに全身から放つ“力”も漂わせている気配もタルナファトスのものだが、吐き気を催す不快感が無いことに。
「泣いているのか」
慧の真紅の瞳の目は涙に溢れていた、とても悲しそうなに。深暗城で戦った、タルナファトスには無かった感情。
それを理解したアーガトンの闘争心は消え失せる。
【ライトニング】をベルトに付けたケースに収納して、慧に近づく。
緋色の髪は雀色に戻り、瞳も元の色に戻り、倒れた慧をアーガトンは優しく抱き留めた。
当初、タルナファトスには女性だので、慧をTSする案もありましたが、一度、タルナファトスを男性にした時に、没にして。再び、女性にしましたが、慧を少年のままにしました。
次回は時間が進んで、15年後になります。また、以前、別サイトで投稿した話と、随分、変わります。




