第4章 悲劇
サブタイトル通り、悲しい展開になります。
この日の登校風景は、いつもと違っていた。慧とみどりの2人だけで、辰夫の姿が見えない。
電話では、昨夜、薄着でランニングに出たことが原因で風邪を引いてしまったとか。
学校へ向かう慧とみどり。2人とも意識していないが、以前よりも2人の距離は縮まっている。
休憩時間、慧とみどりは雑談していた。みどりは告白したが、いつも通りの学校生活を続けようと、2人で決めた。
教室のみんなは、みどりの告白のことも、距離が縮まっていることにも、気が付いていない。
いつも3人でいるのに辰夫が風邪で休んで、珍しいこともあるもんだな程度に思っているぐらい。
「辰夫、大丈夫かな」
風邪はこじらせると大変。
「お見舞いに行きたいけど、うつるといけないからって、断られちゃったものね」
今朝、辰夫にお見舞いを申し出たものの、電話の向こうで本人に丁重に断られてしまった。
風邪の所為なのか、電話を通したためなのか、声に元気がない。
「辰夫のことだもん、2、3日したら、元気になって出てくるよ」
「うん、そうね。元気になったら、お祝いに何かしてあげましょうね。慧ちゃん」
辰夫が回復した後、どんなお祝いをして驚かそうと楽しそうに話し合う。
放課後、今日も慧は道場で訓練。
「ハァ、ハッ、ハァッ!」
慧は畳の上で技や足さばきの訓練を行う。今日も手を抜くことなく、剛三の稽古を受けていた。
厳しい稽古を続けていると、どうしても昨日の辰夫との練習試合のことが思い出される。
あの時の辰夫には間違いなく、殺気を放っていた。
何故? そんな考えを吹き飛ばすそうと、いつも以上に、一生懸命に稽古に励む。
「ただいまー」
慧は家に帰ると、若い女性の眠っている病室へ向かう。今朝は目が覚めていなかった。
静かにノックしてから、病室に入る。
今日は休診日なので父親の浩一が付きっきりで、若い女性を診ていた。
「おかえり、慧」
振り返って声をかけてきた。
心配そうに若い女性をみる。
「お父さん、まだ意識は戻ってきていないんだね」
「ああ」
昨夜、浩一、栄美、慧は話し合い、若い女性の意識が回復してから、話を聞き、場合によっては警察に連絡することに決めた。
とりあえず、シャワーを浴びることにする。一生懸命に稽古したので、シャワーでさっぱりしたい。
熱いシャワーを頭からかぶり、汗と一緒に稽古の疲れを洗い流す。
なにやら、外でごそごそ、音がしている。
「なにをしているんだ、恵美」
ごそごそしていた動きが、一瞬、止む。
「背中を流してあげようと思って。てへ」
外なので慧には見えなかったが、恵美は、ペロッと舌を出していた。
「遠慮するよ、それぐらい、自分出来るから」
お断り。
「何よ、よくお風呂に入った仲じゃない」
「いつの話をしているだよ。小学生になる前の話じゃないか」
いくら兄妹でも、男と女、幼いころならともかく、高校生と中学生にもなって、一緒にお風呂に入ってはいられない。
それでも強引に入ってこようとする恵美。慌てて扉を抑えて、防御。
華奢な体だが武術をやっていることだけあり、どう頑張っても、恵美には扉を開けることは叶わない。
「もう! 頼まれたって、一緒に入ってあげないんだから!」
そう言って、恵美は出て行ってしまう。
やっと、ドアから手を放すことができた。
「いつまでたっても、兄離れれが出来ないんだな。でも、そんなところも可愛いんだけど」
妹として。
夕食の準備が出来たので、父親の浩一をを呼びに病室へ慧は行く。
ちょうど、浩一は点滴のパックを取り替えているところ。
「父さん、ご飯だよ」
「そうか、これが替え終わったら行くよ」
その時、若い女性の口から声が漏れ、やがて目を開き、まだ意識がはっきりしていないようで、うつろな眼差しで辺りを見回す。
「ここは……」
か細い声で聞く。
「ここは来栖医院だ」
浩一の声を聞いて、意識がはっきりした若い女性は、慌てて起き上がろうとするが、傷の痛みに顔をしかめた。
「まだ寝ていなさい、傷は浅くないんだ」
若い女性を制し、ベットに寝かせる。
「心配しなくてもいいよ。ここは大きくない病院だし、安心して、お姉さん」
優しげに慧、建前ではないもの。
「大きくないは余計だ」
軽い突っ込み。
「母さんを呼んできてくれ」
母親の栄美を呼んでくるように指示をした。
「うん、解った」
浩一と栄美は病室へ。その間、先に慧と恵美は食事を取る。今までも、急患が来たり、手術の時は、こうやって兄妹だけで食事を食べた。
「何かあったのかな、お兄ちゃん」
患者の容態が急変することは、今までも、度々あった。最悪の事態にでもなれば、あまりいい気持ではない。
「心配はないよ、ちよっと、話を聞くだけだからね」
そう言って、安心させるために慧は恵美の頭を撫ぜてやる。
大好きなお兄ちゃんに頭を撫ぜられ、恵美は、ふにゃ~んとなる。
口では心配ないと言ったけど、若い女性がどんな事件に巻き込まれたのか、不安な気持ちは消しきれない。
そんな不安な気持ちを振り払い、立ち上がった慧は電子レンジに入れていたものを取り出す。
「父さんと母さんには内緒だよ」
そう言ってテーブルの上に置く。
「たこ焼きだ!」
恵美の1番好きなものはお兄ちゃんの慧。2番目めに好きなのはたこ焼き。
1番目と2番目の好きなものが揃って、恵美は大喜び。
病室では、浩一と栄美が若い女性との話を始めていた。
「君が何者かに追われているのは察しが付く、その相手を恐れているのも理解しているつもりだ。だからといって、治療した相手を追い出すような薄情な家族ではない、私たちは。だから君の話を聞き、場合によっては、警察に連絡を取ろうと思う」
浩一の話を黙って聞いていた若い女性は、しばらく考える様子を見せてから、口を開く。
「私には結婚すると約束していた彼がいました。ハンサムじゃないけど、とってもいい人だった。私と彼は結婚資金を稼ぐために新発売の栄養補助食品のモニターのバイトを受けることにしました。とっても報酬が良かったから」
ここで気持ちを落ち着かせるためか、栄美の入れたミルクティーを一口飲む。
「面接に行った私たちは監禁されたの。監禁場所には他にも沢山の人がいたわ。みんなは聖水と呼ばれる薬の実験体にされた」
話を聞いた浩一は医師としての興味からか、
「その聖水というのは、どんな薬なんだね。もしかして麻薬の類か?」
と尋ねる。
「いいえ、肉体と運動能力を強化する薬だって。連れていかれた人は誰も戻ってこなかった……」
そこまで聞き、浩一は思い当たる薬品の名前を頭の中に浮かべたたが、そのどれも該当しない薬品のようだ。
「隙を見て私と彼は逃げ出したの。この町まで逃げてきて、廃墟の洋館に隠れていたけど、見つかってしまった。彼は私を助けるために、持ち出した聖水を飲んで……」
当時を思い出したのか、カップを持つ手が震える。
「廃墟って、林の奥にある洋館のこと?」
慧たちが蝉の森と呼ぶ、林の奥にある廃墟のことを栄美も知っている。
頷く若い女性。
もしここに慧がいたら、あの廃墟の怪物との関連性に気が付いたかもしれない。
「私は彼のおかげで怪我を負いながらも、逃げることが出来ました、でも彼は……」
若い女性の目からは、涙が零れ落ちる。
その後、力尽きたところを慧たちが見つけ、この医院に連絡を入れた。
「ふむ、どうやら、かなりやばい連中のようだな。ここは警察に連絡した方がいい」
浩一の意見に、栄美も同意。
「ここにいれば心配ない。すぐに警察が保護してくれるだろう」
警察に連絡するため、浩一は部屋を出た。
「ごちそうさまー」
夕食を食べ終えた慧と恵美。
「恵美、一緒に食器を洗おうか?」
「うん」
食べ終えた食器を運び、2人で食器を洗い始める。
仲良く並び、スポンジに付けた洗剤で汚れたお皿をゴシゴシすると、たちまち皿は泡まみれ。
「ねね、お兄ちゃん、私たち、いい夫婦になれるね」
「また、そんなこと言って」
軽い口を叩きながらも、皿を洗う。
廊下に出た浩一は受話器に手を伸ばし、警察に電話をしようとした。
突然、玄関のドアが乱暴に開けられる。
浩一が視線を向けた玄関にいたのは、どこにでもいる何の特徴のないサラリーマン風のスーツ姿の男2人とブーガ。
「何者だね、君たちは」
家族を守るため、玄関に向かい、堂々と浩一は立つ。
チャイムも無しに入ってきたことといい、ブーガから放たれている雰囲気といい、真っ当な人間ではないのは、容易に知れる。
「こんばんわ、あたくしはブーガと申すものでぇす。夜分、失礼、いたしまぁ~す」
態度は丁寧てある。しかし、その体から滲み出る悪意は隠しきれない。
ドアの開けられた音で慧も恵美も栄美も、廊下に出てきた。
「ここにぃぃ、1人の女性が来ているはずです~ぅ、引き渡してもらえませんかぁ~ねぇ」
つい浩一は病室を見てしまう。
「そ~こで~す~かぁ~」
ニタ~リ、他者に嫌悪感をもたらす、笑顔を顔面に刻み込む。
「帰れ、すぐに出て行かないと、警察を呼ぶぞ!」
そんな浩一を気にも留めず、ブーガは意気揚々と合図を放つ。スーツの2人が土足で家に踏み込む。
そこで信じられないことが起こる。1人が猫背になったかと思うと、スーツから露出した顔や手が体毛に覆われ、顔が変形し、たちまち豹の怪物に変化。
もう1人はスーツを引き裂いて、体が膨らみ、皮膚を赤い殻が覆っていき、両手が大きなハサミに変わり、蟹の怪物に変化。
まるでB級映画のような情景。ただし、今、起こった現象はスクリーンの中ではなく、目の前で起こった。
パニックと恐怖、常識を超えてしまった光景に、理性が追い付かず、浩一も栄美も恵美も金縛り状態。廊下に出てきていないが、怪我のために若い女性もベットから動けない。
そんな中、恐れを振り払い、慧は襲いかかってくる怪物に立ち向かう。
豹の怪物のスピードは人間のものではない、見た目通りのもの。だが動きは単調。慧は先読み、あっさりと攻撃をやり過ごし、カウンターで掌打を腹に打ち込んだ。
振り下ろされたハサミを躱して腕を掴み、足を払い、蟹の怪物を投げ飛ばす。
これは稽古や練習試合、喧嘩とは次元の異なる戦い、命の取り合い、本物の実戦。油断や隙が命取り。
家族を守る位置に立ち、周囲一体にも注意を払う。
「ほぉ~、意外にやりますね~ぇ」
薄気味悪い笑みが、さらに広がっていく。
「さて、ここで問題で~す。この場所をあたくしたちが、どうして知ったのでしょうか?」
この場所は誰にも知られていないはず。家族と、一緒に女性を見つけたみどりと辰夫以外は。
「答はですね、教えてもらったのです、あなたの、お・と・も・だ・ちのぉ、円条辰夫くんにぃ~い」
「えっ?」
それを聞き、隙を見せてしまった。
「裏切られちゃったね~ぇ!」
襲い掛かってきたブーガに、咄嗟の反応できずに捕まって床に押さえつけられてしまう。
「慧を離せ!」
息子のピンチを目にした浩一は我に返り、慧を助けようとした。
倒れていた豹の怪物は起き上がり、浩一に噛みいた、飛び散る血。
悲鳴を上げる栄美に蟹の怪物のハサミが襲い掛かる。
「離せ、離せえぇぇっ!」
必死に振りほどこうとするが、その痩せ細った体とは裏腹に、ブーガの力は凄まじく、抑え込まれたまま動けない。どんなにどんなにもがいても、ビクともしない。
病室に蟹の怪物が入る。たちまち、聞こえてくる若い女性の叫び声。
恐怖のあまり、腰を抜かしてしまった恵美は逃げることが出来ない。
一歩、また一歩、豹の怪物は近付いていく。
「お、お兄ちゃん」
それが、恵美の最後の言葉だった。
「恵美ぃぃぃぃぃぃぃ!」
けたたましいブーガの笑い声が、鳴り響く中、黄色いリボンが慧の目の前に落ちてきた。
自分の部屋でみどりは宿題と復習と予習をしていた。窓の外から消防車のサイレンの音が聞こえてくる。
「あれ、火事かしら?」
ちょっとした野次馬気分で窓から外を覗く。夜空を赤く染めている場所は慧の家の方角。
「まさか!」
慌てて家を飛び出し、慧の家に向かう。心の中では違っていほしいと何度も何度も願いながら。
願いは打ち破られた。燃え上がってたのは慧の家である来栖医院。
熱膨張によって、窓が割れ、そこから炎と黒い煙が噴き出す。
「慧ちゃん!」
思わず燃え上がる家に飛び込もうとしたが、誰かに腕を掴まれた。
「今、飛び込んだら、危ないよ、みどり」
いつの間にか、そこに辰夫が立っていた。混乱した状況で幼馴染みの辰夫に声をかけられ、思わず泣きついてしまう。
泣きじゃくるみどりは気が付かなかった。慰めてくれている辰夫の顔が笑っていることに。
この章に出てくる豹と蟹の怪物は、仮面ライダーV3のハサミジャガーのオマージュになっています。父を母よ妹よもです。




