表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔皇神タルナファトス  作者: マチカネ
3/13

第3章 誘惑者

 舞台は現実世界に戻ります。妹の恵美ががんばる。

  円条辰夫の心の中には、ドロドロとした淀み渦巻く、感情が芽生え始めていた。

 その感情が何なのか、まだ辰夫は気が付いてはいない、それを恐れている。




 今日も、いつものように登校している慧、みどり、辰夫の3人。昨日と違うのは表情は明るくないこと、原因は昨夜の怪物。

「慧ちゃん、辰夫くん、昨日のアレは何だったの?」

「……」

 何も答えることが出来ない辰夫。恐怖のあまり、みどりに情けない姿を見せてしまったから。

「解らない、でも鉄パイプで殴ったとき、感触があったんだ。幽霊じゃないのは間違いない」

 怪物を撃退し、みどりを守ったのは慧。

『あの技は……』

 自分にしかに聞き取れない、小さな小さな声。廃墟で怪物を撃退したとき、慧の使った技。以前、一度だけ、祖父に見せてもらったことのある円条流の上級者の使う、刀法の技の一つによく似ていた。

 辰夫も慧も刀法においては、基本中の基本の技しか教えてもらっていないはずなのに。

『ひょっとして、じっちゃんは慧にだけ、あの技を教えたんじゃないか……』

 慧も意図して出したものではない、みどりを守ろうとして、偶然に出した技。

 頭の中では理解できていても、どうしても疑惑は膨れ上がっていく。

「でも辰夫にもみどりちゃんにも怪我がなくて、本当に良かったよ」

 優しい微笑み。悪気無し、みどりと辰夫に怪我がなくて嬉しいだけ。

 そんな慧を見ているみどりの眼差し。

「……」

 拳を握りしめる。皮膚が破れ、血が滲み出てきそうな力で。

 そんな辰夫に気が付くこともなく、3人は道の角を曲がる。

「あっ」

 走り出す慧。

 道端に1人の女性が倒れていた、歳は若い。

 倒れている若い女性の様子を診る。医者の息子なので、見様見真似でも多少の心得はある。

「息はあるけど、ひどい怪我だよ。早く救急車を呼ばないと」

 診察通り、女性はひどい怪我を負っていた。意識もあり、慧たちを見つめている。その瞳にあるのは不安。

 慧はスマートフォンを取り出し、119を押そうとした。

「だ、だめ、病院は“奴ら”に見張れている。だから、救急車は呼ばないで、お願い……」

 それだけ言って、女性は意識を失ってしまう。

「救急車を呼ばないでって、で、でも、このままじゃ、この人、死んじゃうよ。どうしょう、慧ちゃん」

 慌てふためく。みどりの言うことは正しい、素人が見ても命に係わるほどの大怪我。女性の訴えは必死ではあったが、このままにはしては置けない。

「父さんに連絡を取ろう。“奴ら”って、何のことかはか分からないけど、うちなら個人医院だし、きっと大丈夫だと思う」

 慧は家に電話をかける。

「そうね、それがいいよ、流石は慧ちゃんね」

 ホッとして慧にすり寄るみどり、笑顔。それを何も言わすに見つめている辰夫。




 授業が終わり、今日は稽古もないので、まっすぐ慧は家に帰った。

「ただいまー」

「お帰りなさい、お兄ちゃん!」

 今日も抱きついてくる恵美。彼女は女性のことは詳しくは知らない、ただの急患だけとしか聞かされていない。

「ごめん、恵美、ちよっと、お父さんに話があるから」

 ぶーぶー言っている恵美に謝りつつ、若い女性の寝ている病室へ。




 病室では浩一と母親の栄美が、若い女性の治療を行っている。まだ、意識は戻ってきていない。

「父さん、どう?」

「手術は成功だ、命に別条ない。いずれ意識は戻るだろう」

 命に別条ない、それを聞いて、よかったと、胸を撫でおろす。

 どこの誰かも解らない赤の他人でも、人の命が助かるのは嬉しいこと。

 若い女性は身を明かすものを何一つも持てはいなかった。

 病院は“奴ら”に見張れている。そう言った時の彼女の顔は何かに怯えている顔。

「多分、この人、何かの事件に巻き込まれたんじゃないかしら」

 栄美の言ったことと、慧も浩一も同じ考え。




 夕食の時間、慧と恵美が隣同士、浩一と栄美が隣同士。今晩のメニューは鮭の粕汁、具は鮭の他は大根と人参、油揚げ。

 慧と恵美と栄美は葱を入れ、浩一は葱と七味を入れた。

「美味しい」

 一口食べ、慧は素直な感想を口にした。

「えっへん、今日は私も手伝ったんだよ」

 自信満々に胸を張る。

「それはそれは、きっと、恵美はいいお嫁さんになれるよ」

 それを聞いた途端、頬を膨らませる。

「私はお兄ちゃんのお嫁さんになるの、前にも言ったよ。これは決定事項!」

 そんなこと言われて、慧は照れたり戸惑ったりしてしまう。なんと反論すればいいのやら。

「あらあら」

 思わず微笑んでしまう栄美、それにつられて浩一も微笑む。

 暖かい一家団欒。




「ひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 恐怖のあまり辰夫が悲鳴を上げ、床を這いずって逃げ出す。

 辰夫が顔を上げると、みどりが見下ろしている、その隣には慧。寄り添うように立っている2人の目は冷たい。

 情けない辰夫をあざ笑う慧とみどり。




 目が覚めた辰夫は、布団から飛び起きる。

 息は荒い、汗で髪がべっとり。

『ふん、何が出てきても俺がぶちのめしてやる』

 そう言ってカッコイイつけた結果がこれだ。昨日まで、辰夫自身、こう思っていた、俺は強くて勇ましいと。

 怯える辰夫を尻目に、強く勇ましく慧は怪物を撃退した。

 辰夫の中で小さかった慧の姿が、大きく、自分よりも大きくなっている。




 早朝、抜き足差し足忍び足、こっそりと慧の部屋の前に来る恵美。

「えへへ、お兄ちゃんの寝顔、写メで撮っちゃおう」

 ドアのノブに手をかけようとしたら、独りでに開いた。

「何をしている、恵美」

 パジャマ姿の慧が出てくる。

 罰の悪そうな顔をする恵美。

「あーっと、えーっと、そうだ、顔を洗わなくちゃ」

 いそいそと廊下を走り去っていく。




 登校時間、慧と恵美は一緒に家を出た。

「お兄ちゃん、私、決めたよ。来年、お兄ちゃんと同じ高校を受ける」

 そう言って、元気よく手を振りながら、自分の学校へ向かう。




 昼休みを告げるチャイムが鳴り響く。

 『体育館裏にきてほしい』とメールが届き、慧は体育館裏に急いだ。後を尾行している辰夫には気かつかずに。




「みどりちゃん、何か用なの?」

 体育館裏で待っていたみどりは、あのねとか、そのとか、何度も繰り返しながら、もじもじして、話しにくそうにしていた。

 このままでは、昼休みの時間が終わってしまう。そのことにみどりは気が付き、決心を固めるため、大きく深呼吸をしてから、真剣な顔で、しっかりと慧の目を見つめた。

「私、慧ちゃんのことが好き」

 最初、何を言われたのか理解できなかったので、ポカンとした顔を慧はしていた。やがて言葉の意味を理解した途端、体温が上昇、真っ赤な顔になる。

「廃墟で助けられたときに、気が付いたの。ずっとずっと、慧ちゃんのことが好きだったってことに」

 最初は慌てふためいていた慧も大きく深呼吸して、気持ちを落ち着ける。

 みどりが冗談でこんなことを言わないのは、100も承知している慧。

 真剣に告白したからには、慧も真剣に答えなくてはならない。

「返事、待ってもらえるかな。僕自身、真剣に考えて、答えを出したいんだ」

 まだ自分自身の中で整理が付いていない。それでも、しっかりと答えを出さなくてはならない、男として、人として。

「うん、私、待ってる。慧ちゃんが真剣な答えを出してくれるのを」

 今はそれで十分。自分の本当の気持ちを慧に聞いて欲しかった。



 物陰で、一部始終を辰夫は見ていた。辰夫の中の何かに亀裂が走った。




 道場で慧と辰夫は練習試合。

 放たれる辰夫の拳を慧は払う、すぐさま放たれる二撃目の攻撃も払う。

 激しい攻撃を繰り出す辰夫。その攻撃を防御する一方の慧。

『今日は、いつもより力が入っている』

 いつもと何かが違う、慧は感じていた。

 突然、辰夫は足払いを掛けてきた。辰夫らしくない不意打ちに足を取られてしまい、慧は床の上に転ぶ。

 倒れた慧に馬乗りになった辰夫は、拳を振り上げた。

 いつの間にか、傍にきていた剛三が辰夫の手を掴んで止める。その目はとても厳しい。

 その目で辰夫は正気に返ることが出来き、剛三が手を離すと、慌てて慧から飛び退く。

「憎しみに飲み込まれれば、破滅しか待ってはおらぬ。憎しみに打ち勝ってこそ、真の強さを手に入れることが出来るのじゃ」

 厳しくも諭すような言葉。

「……」

 何も言い返させない辰夫。

 師匠、剛三の言葉は慧にも、重く届いた。

「本日はここまでじゃ!」

 剛三にしては珍しく、声を荒げて道場を出て行く。




 部屋の中で辰夫は寝っ転がって、携帯ゲームをしていた。どうしてももやもやして、気が晴れず、すっきりしない。

「くそっ」

 携帯ゲームを布団の上に投げ出し、トレーナに着替える。こんな時は、くたくたのへとへとになるまで走って、深く眠るのが一番の特効薬。。

 外に出て走る。ただ、がむしゃらに走り続けた。




 走って走り回る。何も考えずに力の限り。

「あっ、ここは」

 足を止めた。ここは怪我をした女性を見つけた場所、いつの間にか、こんなところにきていた。

 まだ道路に血痕が残っているかもしれないが、アスファルトの色と夜の闇に紛れ、確認できず。

 今、慧のところにいる若い女性は何者なんだろうか。そんなことを考えていると、

「そこの人~、ちょっと、いいですかぁ。聞きたいことがあるのですがね~ぇ」

 いきなり声をかけられた辰夫が振り向くと、視線の先に灰色のトレンチコートを着た、病的なまでに青白い顔のひどく痩せた男が立っていた。

「何者だ、お前」

 こいつは危険だ。武闘家を目指している辰夫の直感が教えてくれた。構えを取る。

「こんな人、見ませんでしたか~ぁねぇ~」

 辰夫を気にすることなく、1枚の写真を出す。そこに写っているのは、道端で倒れていたあの若い女性。

「あっ」

 思わず声を出してしまう。

「ほぉぉぉぉっ、知っているようですねぇ」

 図星を突かれ、知っていることを表情で証明してしまう。

「だから、なんなんだ!」

 開き直ることにした辰夫。

「あなた、いい目をしてますねぇ、実にいい目です。気に入りました~ぁ」

 青白い顔を近づけられ、

「な、何だよ、おっさん!」

 警戒を強め、距離を捕る。

「あなたは~ぁ~、自分自身の感情を恐れていますね~ぇ」

 心の中で渦巻く、どす黒いもの。

「しかしぃぃぃぃぃぃですね~ぇ、恐れることなどないのですよ。それは人が人として当然にいぃ、持っているものなのですからね。当たり前のことなのです。恥じることなどありませ~ん」

 そのセリフは凍える水のような冷たさで、辰夫の心に染み込んでいく。

「ますます、いい目になりましたねぇ。あなたのこと気に入りました。あたくしと手を組みませんかぁ?」

「手を組むだと?」

 誘いの言葉、辰夫の理性は危険信号を発している。

「あたくしの協力者になれば、望むものは全て手に入りますよ。金、権力、女も。そして、この世界でさえ、あなたのものになります」

 『女も』の言葉に、辰夫は反応を示す。

 それをしっかりと見て、いかにも愉快そう。

「お前、頭は大丈夫か」

 口ではそう言いながら、男の言っていることは本当のことのような気がしていた。以前、みどりが話していたメフィストフェレスの物語を思い出す。

「あたくしの話は真実です。間違いなく、真実なのです。あたくしと手を組めば、全ての願望が叶いますよぉ。正しぃぃ、こちらにも条件があります」

 再び顔を近づけてくる。辰夫は構え解かない、いつでも攻撃できる体制にもかかわらず、拳を放てない。

「魂を売れと言うのか」

 いつの間にか辰夫は男の話を信じ、そして魅せられていた。 

「いいえ、そんなものに興味はありませぇぇぇん。ただ、写真の女の居場所を教えてくれるだけでいいのです~。実に簡単なことでしょ」

 倒れていた若い女性が言った“奴ら”とは、こいつのことだと、辰夫は解った。

 なら話せばどんなことが起こるのか、見当はつく。辰夫の心の中を負の感情が支配していく。

 ゆっくり構えを解き、拳を下す。

「確かに、その女の居場所を知っている……」

 裏切ったのは慧が先だ。みどりに告白するのを手伝うと言っておきながら、あいつが悪いんだ。辰夫の心の中で繰り返される自己欺瞞。

 男の顔に薄気味悪い微笑みが浮かぶ。

「もうし遅れました、あたくしめはブーガと申します」




 最後にブーガが登場しました。次回は悲劇的な展開になります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ