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魔皇神タルナファトス  作者: マチカネ


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第1章 円条流のアンバランスコンビ

 以前、別のサイトに投稿した作品を修正して、投稿いたしました。

「ねぇねえ、慧ちゃん、辰夫くん。2人の将来の夢ってなぁに?」

「えっ、みどりちゃん。いきなり、何、その質問?」

 高校2年生にしては小柄な体格、雀色の髪の一見すると、女の子にも見えてしまう少年、来栖慧(くるすけい)がいつも通り、3人仲良く、高校からの下校中に同じ年の少女、鈴木(すずき)みどりに質問された。

 なんて答えようか、慧が戸惑っていると、

「俺は世界征服!」

 慧とは対称的に、同年代にしては大柄な円条辰夫(えんじょうたつお)が、拳を振り上げ、豪語。

「なにが世界征服よ。本当に馬鹿ね、辰夫くんは」

 わざとらしく、呆れたような口調と仕草。

「なら、みどりの将来の夢は何なんだよ」

 こちらも負けてはなるものかと、やり返すように質問。

 思いっきり、胸を張り、自信満々に、

「そんなの決まっているじゃない! 私の将来の夢は冒険家になって、世界中のミステリースポットを見て回るのよ」

 辰夫以上に、強く豪語してVサイン。

 可愛い顔なのに、みどりは筋金入りのミステリーマニア。

「あはは、みどりちゃんらしいね。僕も応援するよ」

 慧も辰夫と一緒に幼いころから、つき合わされ、心霊スポットで幽霊探しをやらされたり、一晩中、広場でUFOを呼ぶため、ペントラ~、ペントラ~と唱えさせられたりした。

 結果はミステリーなものには遭遇できなかったけど。それらは、3人の大切な思いで。

「で、慧ちゃんは?」

 再度、尋ねられ、ほんの少し、考え、

「やっぱり、父さんの後を継いで医者になるのかな……」

 との答えを出す。答えを出しはしたが、慧は医者になり、診察や怪我の治療をしている自分の姿をどうしても思い浮かばない。

 医者になりたくないのではなく、何故か大人になった自分の姿がイメージできないでいた。

 小学生のころの慧は中学生の自分をイメージ出来たし、中学生のころには高校生の自分をイメージ出来た。なのに今は、大人になった姿どころか、大学生になった自分すらイメージが浮かび上がってこない。

 どうしてそうなるのか、慧自身にも解らないこと。


 慧と辰夫とみどりの3人は幼馴染み、大の仲良しで、いつも一緒に遊んだ。

 こんな幸せな時間がいつまでも続けばいいなと、慧が思っていると物陰から、ヌーと男が出てくる。

 今までどんなことも暴力で解決してきたことを全身で主張する男。男を表現するのに相応しい単語は、チンピラかゴロツキのどちらか。

 チンピラの顔には、包帯が巻かれていた。

「探したぜぇ、『橘高の辰夫』さんよ」

 陰険なチンピラの笑顔。だがしかし前歯が1本無いために、滑稽に見えてしまう。

 橘高とは慧、辰夫、みどりの通っている高校の名前。

「あっ、お前、一昨日、慧を女と勘違いしてナンパしたおっさんじゃん」

 辰夫はチンピラを指さす。



 それは3日前の休日のことである。いつものように仲良く、慧と辰夫とみどりの3人で映画に行った帰り、チンピラに遭遇。

 慧を女の子と間違え、ナンパしてきた挙句、辰夫に高校生の癖に、女を2人も連れやがってと生意気な奴だと、絡んできた。

 そんなチンピラを辰夫は容赦なく、ぶん殴り、その前歯をへし折ったのである。




「歯医者へ行ったの。早く治療した方がいいよ」

 嫌味ではなく、本気で慧は心配して言ったのだけど、脳みそまで筋肉になっているチンピラにはその気持ちが伝わらず。

「なめやがって、オイ、出てこい!」 

 チンピラの合図で物陰から暴力事が大好きなことを、ちっとも隠していないチンピラ集団、もしくはゴロツキ集団がゾロゾロと出現。慧たちを取り囲む。

「ちょっと、面貸せ、ガキども」

 歯のない顔で、またも陰険な笑み。




 自然豊かな二袈市(にけし)に流れる河川敷に、慧たちは連れてこられた。

 慧の前には1人のチンピラが立ちふさがり、辰夫の前には3人のチンピラが立ち塞がっている。さらに残りのチンピラが逃げられないように周囲を取り囲む。

 みどりは近くの橋脚の物陰に避難。みどりの顔に怖がっている様子は見られず、むしろチンピラたちを憐れんでいる眼差し。


 小柄な上、慧は華奢で女の子の様な容姿。とても暴力ごとに縁があるようには見えない。だからチンピラたちは1人で前に立ち、大柄な辰夫には3人が立っている。

 嘗め切っているチンピラの顔に最上級の余裕が浮かび、見下ろす慧をどうやっていたぶってやろうか、痛めつけてやろかと嗜虐なサディスティックな妄想が渦巻き、それを隠そうとはせず、外部に溢れ出させていた。

「くたばれ!」

 チンピラの手が慧の制服の襟を掴み、もう片手の拳を振り上げ、顔面を狙う。

 もしかしたらチンピラには鼻血を撒き散らして、倒れる慧の姿が見えていたのかもしれない。

 片手で慧は襟を掴む腕を掴み捩じる。途端、襟を掴むチンピラの手に激痛が走り、力が緩んだ隙に、足払いを掛け、投げ飛ばし、地面に叩き付けた。

 叩き付けておいて、

「あの大丈夫でしょうか……」

 目を回したチンピラに尋ねる。これは皮肉ではない。


 辰夫の方も喧嘩を始めていた。

 打ち込まれたパンチを払い、チンピラの鳩尾に拳をねじ込み、その反動を利用して、もう1人のチンピラのこめかみに裏拳を叩きこむ。

 殴りかかってきた残りのチンピラの攻撃を身を低くして躱し、拳を突き上げて下顎を殴りつける。

 喧嘩が始まって十分もたっていないのに、4人のチンピラがノックアウトされた。驚いたチンピラたちは一斉に慧と辰夫に襲い掛かる。

 投げ飛ばす慧、殴りつける辰夫。2人のコンビネーションは見事。

 ここでチンピラの筋肉の脳みそが緩みを見せる。

「……女みたいなくせにやたらと強い小柄な少年と見た目通り強い大柄な少年のコンビ。まさか! お前ら―」

 そのセリフを耳にした辰夫、自分自身を親指で指さす。

「そうさ、この俺様が円条流の円条辰夫様だ!」

 肩を掴まれ、慧は引き寄せられる。

「そして、こいつが俺のマブダチの来栖慧。2人合わせてアンバランスコンビ!」

 辰夫の高笑いを聴いたチンピラたちの顔色が、みるみる真っ青な色に染まっていく。

「あの武闘派の暴走族、覇魏巣(はぎす)をたった2人で潰したという」

「じ、冗談じゃねぇ、俺たちが束になったっも勝てる相手じゃねぇ」

「聞いてねぇぞ」

 動けるチンピラたちは蜘蛛の子を散らすように逃げた。1人、後ろに控えていた前歯の折れたチンピラも顔を真っ青にして逃げ出す。

 気絶して取り残されたチンピラたちを慧は見回し、

「一応、救急車呼んだ方がいいよね。このままじゃ、風邪ひいちゃうよ、この人たち」

「ほっとけばいいだろ。風邪ひけば、少しは頭が良くなるんじゃないか」

 そんな会話をしていると、物陰に隠れていたみどりが近づいてくる。

「みどりちゃん、俺、カッコよかっただろ」

 白い歯を輝かせ、みどりに向けて笑顔。

 問答無用! みどりの学生鞄は辰夫の頭を叩く(はたく)。かなり中身が詰まっていたので、辰夫は悶絶。

「辰夫!」

 慌てて近づき、頭を調べる。怪我もたんこぶもない。

「よかった、頭は大丈夫みたい」

 悪口ではない、慧本人も聞き方によれば悪口になることに気が付いていない。

「なにが『俺、カッコよかっただろ』よ。全部、辰夫がまいた種じゃない。あんたが『俺は橘校の辰夫だ』なんて言ったから、あいつら嗅ぎつけてきたんでしょ。バカ辰夫」

 そういえばそんなこと言ってたなと、慧も思い出す。

「それと、また喧嘩したんだから、きっと剛三(ごうぞう)さんに叱られるわよ」

 少し意地悪な悪い子笑顔。

 今度は辰夫の顔が青ざめる。

「慧、みどり、頼む。このことはじっちゃんには黙ってくれ~」

 頭の痛みも吹っ飛んだようで、慧とみどりに懇願。

「無理だよ、師匠に隠し事なんて出来ない。それに辰夫がどんなに隠し事したって、いつもばれるじゃないか。皿を割ったときも0点の答案用紙を隠したときも、全部、見破られて、こっぴどく叱られたじゃないか」

「ここは素直に謝って叱られた方がいいわよ。慧ちゃんは巻き込まれただけって、弁護してあげるね」

 頭をなぜられ、子ども扱いされているような気がして、少し複雑な気分になる慧。


 スマートフォンで病院に連絡を入れ、慧は辰夫とみどりと一緒に、道場へ向かう。

 辰夫のテンションは低い、とてもとても。




 円条流武術(えんじょうりゅうぶじゅつ) 打撃と投げ技を組み合わせた実戦的な古武術、上級者は刀法も使える。師匠は辰夫の祖父の円条剛三(えんじょうごうぞう)

 慧と辰夫は物心ついたころより、円条流武術を習っている。




「馬ぁぁぁぁぁぁ鹿かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ者ぉぉぉぉぉぉぉん!」  

 師匠、剛三の声は決して大きくはないが、道場も慧と辰夫の体も震わせる迫力があった。

 慧も辰夫も道着姿で畳の上に正座させられている。

「でもよ、じっちゃん。喧嘩を売ってきたのはあいつらなんだ」

「ここでは師匠と呼べと言っとるじゃろ」

 睨まれた辰夫は大柄な体を畏縮。

 壮年の剛三は小柄で痩せている。しかし背筋はピンとし、足腰もしていて、鬚も髪も黒く、好々爺という風貌。

 一見、優しそうな好々爺の剛三。慧と辰夫が2人がかりで戦いを挑んでも、一瞬で負かされてしまう、それほどの実力者。

「みどりちゃんにも迷惑かけたみたいじゃな、すまんかったのう」

 2人を叱りつけた時とはうって変わって、本物の好々爺で接する。

「いえいえ、2人が守ってくれましたから」

 満面の笑顔で寄ってきて、慧の隣に座る。

「ところで、今日は怖い話を聞かせてくれると聞きまして」 

 瞳が輝いている。とても期待している証し。

「怖い話と言えば怖い話じゃが、どちらかと言えば教訓の意味合いもある話じゃよ」

 鬚を撫ぜながら、語り始めた。

蘇芳夜叉(すおうやしゃ)という銘の妖刀があっての、こいつは斬った相手の血肉を食らうのじゃ、それ故に刀身には血も油も付かん。切り口は鮮やかで、血も流れぬため、斬られたことに気が付かないこともあるそうでな、そのため、鎌鼬(かまいたち)という別名もある。蘇芳夜叉は抜刀した相手を操り、血に餓えた殺人鬼に変えてしまうと伝えらておる。刀は人が使うものじゃが、蘇芳夜叉は人を使う妖刀」

 一旦、剛三は言葉を区切り、一息ついてから、話の続きを語り出す。

「かって自他ともに、円条流最強と言われた達人がおった。その男は自分ならば蘇芳夜叉を支配できると慢心し、それを確かめるため、とある神社に封印されておった蘇芳夜叉を盗み出しよった」

「で、その人はどうなったの」

 身を乗り出しすみどり、目がキラキラ、ここから怖い話になりそう。

「案の定、蘇芳夜叉に操られ、多くの人を斬り殺した挙句、捕縛されて、処刑にされてしもうた」

 剛三は慧と辰夫を交互に見据える。

「どんなに実力があってものう、力に溺れれば、しっぺ返しが待っておる。2人とも忘れぬでないぞ」

 慧も辰夫も大きく頷く。

「今、その蘇芳夜叉はどこにあるんですか?」

 みどりの目の輝きの度合いが増している。

「そうじゃのう、随分、昔のことじゃからな。どこにあるやら……」

 顎を掻く剛三の目が泳いでいることに、慧だけが気が付いていた。

「みどりちゃん、これから稽古が始まるからの。遅くなるといけないから今日は帰りなさい」

 腕時計で確かめた、稽古の見物をすると剛三の言うとおり、かなり遅い時間になる。

「解りました、今日は帰りますね。また怖い話を聞かせてください」

 本当は稽古を見て行きたいが、遅くなってはいけない、親に叱られてしまう。

「ああ、それなら俺が送っていくか―」

 送っていくからと立ち上がろうとした辰夫の耳に、剛三の咳払いが響く。

「さて、今日はお仕置きをかねて、たっぷりとしごいてやるかのう」




 鍛錬後、慧は更衣室で服を着替えていた。剛三の鍛錬は厳しかったが、受け身が上手くできたので、さしたる痛みはない。

「イテテ、じっちゃん、本気で投げ飛ばしやがって」

 受け身を上手く出来なかった辰夫は痛みを訴えながら、着替えていた。

「辰夫は攻撃ばかりじゃなくて、防御もしっかりと学ばないと」

「なに言ってんだ、武術は攻撃だ!」

 拳を振り上げるが、腰に痛みが走って思わずをさする。

「大丈夫?」

「平気だよ、平気、俺は最強なんだぜ」

 ガッツポーズを取って見せる。

 この様子だと、本当に大丈夫だなと、慧は安心する。

 そんな慧を見ていた辰夫は突然、

「なぁ、慧、お前はみどりのことどう思う?」

 唐突な問いかけ。なんて答えようか、少し考える。

「そうだね、正直、可愛いと思うし、それに大事な友達だよ。辰夫と同じく」

 その答えを聞いた辰夫は、いつになく真剣な顔をした。

「俺、みどりのこと、好きなんだ。異性として……」

 驚いて大きな声を出しそうになったが、口を塞がれる。

「じっちゃんに、聞こえたらどうするんだよ。地獄耳なんだぞ」

 慌てて言葉を飲み込む。

「今、言ったことは冗談じゃない、本気の本気でみどりを好きなんだ」

 冗談じゃないのは辰夫の顔を見れば分かる。慧は辰夫もみどりも親友として見ていて、その意味では“好き”である。たが、異性としてみどりを好きかといえば、正直、分からない。そんなことを意識はしたことがない。

「慧、頼む、告白を手伝ってくれないか。お前だけが頼りなんだ」

 こんな真剣な辰夫の顔は初めて見た。少々の戸惑いはあったものの、親友にこんな顔で頼まれたら、慧の性格では断れない。

「うん、分かったよ……」

 頷いた慧。

「ありがとう、慧。やっぱり、お前は俺のマブダチだ」

 辰夫は大いに感謝。

 ただ慧の心の中には、もやもやしたものがあった。




 来栖医院、整形外科、リュウマチ科、リハビリテーション科。慧の父親の浩一(こういち)は自宅で開業医を開いて、その腕はとてもいい。

「ただいまー」

 慧が家に入ると、黄色いリボンで髪の毛をポニーテールにした女の子が抱き着いてきた。3歳年下の妹の恵美(めぐみ)

「お帰りなさい、お兄ちゃん!」

 頬ずりしてくる。

「いつもいつも、抱き着いてくるなよ、来年は受験なんだぞ」

「いいもん、受験に落ちたら、お兄ちゃんのお嫁さんなるから」

 恵美は抱き着いたまま、離れようとはしない。彼女は大のブラコン。

 いくら武術をやっていても、妹をぶん投げることはできない。どうしようと困っていたら、ふと、ポニーテールを縛っている黄色いリボンに目が行く。

「いつも、そのリボンで髪を結んでいるね、お気に入りなの」

 なんとか離れてもらおうと、話題を振ったところ、

「覚えていないの、これ、お兄ちゃんが誕生日プレゼントでくれたものよ。私の宝物なんだから」

 見せびらかせるようにして自慢。

 ああ、そんなことあったなと、慧も思い出す。

 そんな兄妹の様子を浩一と母親の栄美(えみ)は微笑ましく見ている。

 慧は母親似で、恵美は父親似。

 とても仲のいい家族。




 日の静まった夜、林の奥にある古びた洋館の中に、男女が息を潜め、隠れていた。

 白い服の若い女性は震えていて、今にも泣きそう。短い髪のワイシャツにジーンズ姿の男性は割れた窓から、外の様子を伺う。

 男性の首元には3つ並んだホクロがある。

「くそ、奴ら、来やがった」

 若い女性も外を見てみる。外には数人のコートの男がいて、辺りを探し回っている。

 夜、しかも林の奥というのに、懐中電灯の一つも持ていないのに、平気で見回している。

「こうなったら」

 短い髪の男性は胸のポケットから青い色のガラス瓶を取り出す。

「あなた、それは―」

 驚愕する若い女性。

「心配するな、オレがこいつであいつらを倒す。その間にお前は逃げろ」

「でもあなた」

 それでも躊躇している若い女性を短い髪の男性は優しく抱きしめた。

「ここから生き延びて、結婚しよう、必ずな」

 不安が若い女性の中から消えていく。

「解ったわ、あなた」

 音を立てないように、女性が裏口に向かうのを確認した短い髪の男性は、

「オレたちは生き延びてみせる」

 青い色のガラス瓶の蓋を取り、中の液体を一気に飲み干す。




 河川敷での喧嘩から一週間、慧と辰夫はみどりへの告白作戦を練ったのだが、いいアイデアが浮かばす。

 武術は習っていても、色恋沙汰は習うものではない。そのことに関しては慧も辰夫も、とても初心な少年であった……。




 大きなマンションにある206号室に辰夫の家族は住んでいる。中間管理職の父と母と辰夫の3人暮らし、祖父とは別々。


 自分の部屋のベットに寝そべり、何気なく携帯アプリを辰夫は弄っていた。

「!」

 あるサイトに書き込まれたネタに目が留まる。

「これだ!」

 告白作戦のアイデアが浮かび、早速、慧に電話を入れた。




 いつものように仲良く、慧と辰夫とみどりは揃って登校。

 大きな欠伸をする慧。

「どうしの慧ちゃん、寝不足?」

「うん、ちょっとね……」

 昨夜は遅くまで、辰夫の作戦会議に付き合わされた。

「なぁ、みどり、覚えてるか? 子供のころ、よく蝉を取りに行った林」

 学校から、少し離れたところにある山の麓にある林。幼いころ、よく3人で蝉取りに行った。正式な名前は知らないが、慧たちは蝉の森と呼んでいた。

「うん、覚えてるよ。奥にお化け屋敷みたいな、洋館がある、あそこでしょ」

 みどりの林の思い出では、蝉より洋館の方がくっきりと残っていた。理由は本人が言った、お化け屋敷みたいなので。

 それを聞いた辰夫の心中のみでニヤリ。エサを放つタイミングは今しかない。

「その廃墟に幽霊が出るって噂を聞いたんだ。みんなで見に行かないか」

「それホント! 行く行く行く行く行く行く行く」

 瞬間に食いつく、魚に例えるなら、ブルーギル。

「よーし、幽霊を捕まえに行くわよ、慧ちゃん、辰夫くん」

 こうなったみどりを止めるのは不可能、辰夫の作戦通り。

「わ、分かった、一緒に行こう、みどりちゃん」

「ふん、何が出てきても俺がぶちのめしてやる」

 2人の了承を受け、みどりは大喜び。

 辰夫はみどりに気が付かれないように、慧に向かい、親指を立ててみせる。

 昨夜、サイトで見つけた昔の遊び場所でのお化けの噂。これを利用して、ミステリー好きのみどりを誘い出し、カッコいいところを見せて、告白する。それが辰夫の立てた作戦。




 夜、ちょっと、出かけてくると言って、慧は待ち合わせ場所のコンビニの前に向かった。

 約束の時間には少し早かったけれど、コンビニの前には、既に辰夫とみどりが来ていた。慧に気が付いたみどりは大きく手を振る。

「辰夫もみどりちゃんも、早いんだね」

「楽しみで楽しみで、じっとしていられなかったの」

 体からミステリー好きのオーラが放たれている。

 辰夫は無言ではあったが、目は例の計画を実行するのを待っていられないと語っていた。

「出発よ、レッツゴー」

 話を持ち掛けたのは辰夫だったのに、テンション最高潮のみどりが先陣を取り、林へ向かう。




 夏の昼間であれば、林の中は四方八方から蝉の声が響き渡るが、まだ夏は来ていないし、今は夜なので静か。

 木々の生い茂る夜の林は不気味。

 子供のころから遊び回っていたので、懐中電灯の明かり一つでも、慧たちは迷うことなく、奥へ奥へ進む。

 やがて開けた場所に出る。そこには朽ちた洋館が建っていた。噂話ではとある金持ちの建てた別荘だとか。ありし頃は立派な建物だっただろうが、今は見る影もない。これではみどりがお化け屋敷というのも当然。

「本当に、何かでそうだな……」

 場を盛り上げるため、わざと辰夫は怖そうに言う。

 3人で壊れた玄関のドアをくぐり、廃墟の中へ。

 中は広い、懐中電灯の明かりの中に割れた窓や壊れた壁、床に散乱する瓦礫や鉄パイプ、ゴミなどが映し出され、不気味な感じを盛り上げていく。

 本人に気付かれないように、辰夫はみどりに接近。ネットで知った吊り橋効果を狙う。


 辰夫の立てた作戦に従い慧は、辰夫とみどりから離れようとした。こっんとつま先に何かがぶつかる。懐中電灯を当ててみると、それは中身が空の青い色のガラス瓶。

「なんだろう、これ」

 慧が青い色のガラスの空き瓶を拾おうとした時、奥で物音がした。

 3人同時に音の聞こえて来た場所に、懐中電灯を向ける。

 明かりに映し出されたのは乱れた短い髪、限界まで見開かれた黄色く濁った眼、開かれた口の歯茎からは白い釣針の様な、長さバラバラの歯が並び、首は異様に長い。その首には3つ並んだホクロ。

 まさしく怪物、ワイシャツにジーンズといった日常的な服装が、恐ろしさを際立たせている。

 顔が180度回り、頭が下に顎が上になり、長い首を左右に揺らしながら、慧たちを見ている。

 知性は感じられない眼は、3人の中でただ1人の女性であるみどりを見て、鼻をヒクヒクさせ、匂いも嗅いでいる。

「ひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 恐怖のあまり辰夫が悲鳴を上げ、床を這いずって逃げ出してしまう。

 四つん這いになった怪物が、襲いかかて来た。狙われているのはみどり。

 咄嗟に慧は落ちていた鉄パイプを拾って怪物を打つ。ほとんど条件反射だったものの、クリーンヒット。

 吹っ飛ばされた怪物は床にバウンド。起き上がるなり、割れた窓から外へ飛び出し逃げ出す。

 よっほど、怖かったようで慧に縋り付きみどりは泣きじゃくる。

 辰夫のことを心配した慧が顔を向けると、廃屋の隅で蹲って震えていた。


 帰りはみんな無言。今晩のことは黙っていることに決めた。あんな恐ろしいことは思い出したくはない。




 林の中を山の方に向かって怪物は逃げていた。

「見ぃぃぃつぅぅぅぅけぇぇぇた~」

 その目の前に1人の男が立ち塞がる。 

 灰色のトレンチコートを着た、ひどく痩せた体。コールタールの様な色合いの髪のオールバック。顔は病的なほどに青白い。

「おやおや《聖水(リベラシオン)》に手を出しましたか……。これはこれで、実験の成果の一つといえますね」

 怪物は青白い男に襲い掛かろうとしたが、それよれも早く、青白い男の手が怪物の頭を掴む。

「さぁ、バイト料です。受け取りなさい」

 跡形もなく怪物の頭が消し飛び、体が地面に倒れる。

「安心してくださ~い。あなたの恋した女も、あたくしが後を追わせてあげますから、感謝してください」

 青白い男の薄気味悪い笑い声が林の中に木霊した。




 次はいきなり、ファンタジーになりますが、この話の続きになります。

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