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【漫画シナリオ】たすけて!催眠術にかかったふりをしたら、私を嫌う義弟の恋人にされちゃいそうです  作者: 高八木レイナ


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第一話 今さら、後には引けない

【アルヴェイン侯爵邸・図書室・夕方】


窓から差し込む夕日。

銀鎖の先の、雫形の青い魔石がゆらり、ゆらりと揺れる。


ノエルが振り子を持っている。


黒髪。

紫の瞳。

ノエルは、優しく微笑んでいる。


その前で、リディアが涙目になっている。


ノエル

「では、命令します」


振り子のアップ。


ノエル

「俺を見て――『ノエルが好きです』と言ってください」


リディアは視線を逸らそうとして、逸らせない。


リディア(心の声)

(どうしよう……!)

(催眠術にかかったふりをしただけなのに……!)


タイトル。


---


【冒頭より少し前/アルヴェイン侯爵邸・図書室】


夕暮れの図書室。


リディアが、棚から借りていた本を戻している。


本を一冊戻したあと、こめかみをそっと押さえる。

小さく息を吐く。


リディア(心の声)

(先日、父に言われた)


短い回想。


執務机の向こうのオズワルド。


オズワルド(回想)

「近く、お前の縁談を決める」

「侯爵家の娘として、心づもりをしておけ」


現在へ戻る。


リディア(心の声)

(私はいずれ、この家を出る)

(わかっていたことだけれど)


リディアの視線が、書架の低い位置へ向く。


子供向けの物語が並んだ、古い一角。


リディア(心の声)

(昔はよく、ここでノエルに本を読んだ)

(今では、口をきくことさえほとんどない)


背後から、静かな声。


ノエル

「姉上」


リディアが振り返る。


入り口に立つノエル。


濃紺の学院制服。

片手には、見慣れない銀鎖の振り子。


リディア

「……何かしら」


ノエル

「少し、時間をください」


リディア

「急ぎの用でなければ、また後で。今は片付けを――」


ノエル

「急ぎです」


リディアの手が、本の背表紙で止まる。


リディア

「何をそんなに急いでいるの?」


ノエルが振り子を持ち上げる。


夕陽を受け、青い魔石が淡く光る。


ノエル

「催眠術の練習です」


リディア

「催眠術?」


ノエル

「正確には、軽い暗示術です」

「相手の意思を奪うようなものではありません」

「集中を促して、簡単な指示を通りやすくする程度の」


リディア

「……それを、私に試したいの?」


ノエル

「ええ」


リディア

「学院のお友達に頼めばよいでしょう」

「あなたなら、練習相手くらいいくらでもいるはずよ」


リディア(心の声)

(ノエルは去年、飛び級で上級課程へ進んだ)

(優秀で友人も多い。練習相手に困るはずがない)


ノエル

「フィンには頼みました」


リディア

「では、その方にもう一度頼めば――」


ノエル

「彼は最初から、かかったふりをして俺をからかいました」


ノエルの口元が、わずかに緩む。


ノエル

「使用人に頼めば、俺に気を遣うでしょう」


リディア

「それなら、なおさら私でなくても……」


ノエル

「どうしてです?」


ノエルが一歩近づく。


リディアの背中が本棚に触れる。


ノエル

「姉上は、俺にだけは嘘をつかないと思っていました」


リディアの表情が固まる。


ノエルが、わずかに首を傾げる。


ノエル

「違いましたか?」


リディア(心の声)

(そんな言い方をされたら、断れないとわかっているくせに)


短い回想。


幼いノエルが、リディアのドレスの裾を小さく掴んでいる。


幼いノエル

「姉上がいれば、平気です」


現在へ戻る。


リディア(心の声)

(昔は、何かあるたび私を呼んだ)

(どこへ行くにも、私の後をついて歩いていた)

(なのに今は、人前では丁寧なのに)

(二人きりになると、すぐに距離を取る)


ノエルが、返事を待っている。


リディアは視線を伏せる。


リディア

「……五分だけよ」


ノエルの紫の瞳が、わずかに見開かれる。


ノエル

「ありがとうございます、姉上」


リディアが、ほんの少しだけ目を見開く。


リディア(心の声)

(今の笑い方……)

(少しだけ、昔みたい)


---


【催眠術の実験】


窓辺。


ノエルが、リディアの前で振り子をゆっくり揺らす。


ノエル

「魔石だけを見てください」


リディア

「本当に、これで催眠術なんてかかるの?」


ノエル

「疑っているなら、なおさら都合がいいですね」


リディア

「どうして?」


ノエル

「かかったふりをする理由がなくなりますから」


リディアが、一瞬だけ目を逸らす。


ノエル

「目を離さないでください」


リディアが、はっとして魔石を見る。


ノエル

「ゆっくり息を吐いて」

「俺の声だけを聞くように」


振り子が揺れる。


青い魔石を見つめるリディア。


やがて、ゆっくり目を伏せる。


リディア(心の声)

(こんなもの、本当に効くわけがない)

(でも……失敗したとわかったら)

(ノエルは少し、がっかりするかもしれない)


伏せた睫毛の向こうで、リディアの唇がかすかに動く。


リディア(心の声)

(それに――私はもうすぐ、この家を出る)

(その前に、五分だけ)

(昔みたいに、この子の「姉」でいられるのなら)


右手の親指が、左手の指輪をなぞる。


ノエルの視線が、その指先へ落ちる。


一瞬、紫の瞳が細くなる。


次の瞬間、ノエルは何も気づいていないように微笑んだ。


ノエル

「リディア姉上。聞こえますか?」


リディア

「……はい」


ノエル

「俺の名前を呼んでください」


リディア

「……ノエル」


ノエルの指先が、わずかに止まる。


ノエル

「もう一度」


リディア

「ノエル」


ノエル

「今度は、目を開けて」


リディアがゆっくりと目を開く。


ノエルが微笑んでいる。


リディアのまつ毛が、かすかに震える。


リディア(心の声)

(いつものノエルなのに)

(どうして、少しだけ知らない人みたいに見えるの?)


ノエル

「俺を見ながら、もう一度」


リディア

「……ノエル」


ノエル

「よくできました」


リディア(心の声)

(よくできました……?)

(ノエル、こんな言い方をする子だったかしら)


ノエルが、振り子を持っていないほうの手を差し出す。


ノエル

「俺の手を取ってください」


リディアの目が揺れる。


リディア(心の声)

(手を?)

(でも、催眠術の実験なら……これくらいは)


リディアが、おそるおそる手を伸ばす。


指が触れる直前。


ノエル

「嫌ですか?」


リディアが息を止める。


リディア

「……いいえ」


ノエル

「では、どうぞ」


リディアが、そっとノエルの手に自分の手を重ねる。


次の瞬間、ノエルの指が絡む。


リディアの指先が、ぴくりと震える。


リディア(心の声)

(どうして、こんなに強く握るの……?)


ノエルは繋いだ手を見下ろす。


ゆっくりと、リディアへ視線を上げる。


ノエル

「本当に催眠にかかっているなら」


振り子が、二人の間で静かに揺れる。


ノエル

「俺の指示を、恥ずかしいとは思わないはずです」


リディアの肩が強張る。


リディア

「……はい」


ノエル

「では、証明してください」


---


【冒頭の場面へ】


ノエルの紫の瞳。


青い振り子。


離れない手。


ノエル

「俺を見て――『ノエルが好きです』と言ってください」


リディアの紫の瞳に、涙が滲む。


リディア(心の声)

(どうしよう……!)

(これは、もう催眠術の確認なんかではない)

(でも、ここで拒んだら)

(今までかかったふりをしていたことがばれてしまう)

(ノエルを傷つけたくなくて、始めた嘘なのに)


ノエルは何も言わない。


ただ、リディアを見ている。


短い回想。


不安そうな幼いノエル。

リディアを見上げている。


現在へ戻る。


リディア(心の声)

(そんな顔をされたら……)

(ずるいわ)


リディア

「……ノエルが、好きです」


一瞬。


ノエルの微笑みが消える。


繋いだ手も、振り子も動かない。


リディアが不安そうに、ノエルを見上げる。


ノエルは目を伏せる。


そして、ゆっくりと笑う。


ノエル

「そうですか」


繋いだ手を離さないまま、ノエルが告げる。


ノエル

「では、術の持続時間も確かめましょう」


リディア

「……え?」


ノエル

「明日まで」

「俺が解除するまで、催眠にかかったままでいてください」


リディアの顔が青ざめる。


リディア(心の声)

(明日まで!?)

(そんなの、聞いていない……!)


ノエル

「誰にも、自分から元に戻ったとは言わないで」


リディア

「……はい」


答えた直後、リディアの目が見開かれる。


リディア(心の声)

(言ってしまった)

(ここで急に正気に戻ったら)

(最初からノエルを騙していたとわかってしまう)

(今さら、後には引けない……!)


ノエルが笑う。


その顔が、幼い頃の笑顔と重なる。


ノエル

「安心してください、姉上」


ノエル

「嫌なことはさせませんから」


リディアの胸元で、手がきゅっと握られる。


リディア(心の声)

(どうして……)

(そんなふうに笑えるの)


ノエルが振り子を下ろす。


リディアが俯く。


彼女から見えない角度で、ノエルの口元だけがわずかに緩む。


ノエル(心の声)

(……困りましたね、姉上)

(そんなふうに俺に付き合ってくれるなら)

(もう冗談で終わらせるつもりはありません)


青い振り子が、静かに揺れている。


――第一話・了


 

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