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旅の始まり

 数日後


 天道とアリスはミッドを馬車で出発した。行き先はギルド長から勧められた北東の街「ボウフ」


 街を救った英雄だったからか、はたまたエルナがそう仕向けたのか出発の時ミッドは大いに沸いていた。アリスは当然だが、天道にとっては初めての経験だった。彼は決して意図していたわけではないが、主に仕事において彼が去った場所は草も残らないような惨状になるため誰かに見送られるなんてことはシークの三人か理子以外になかったからだ。


 ミッドを出発して数十分。アリスの小さい手でもミッドが隠れるほど離れていたところで天道は相変わらず外を眺めていた。何もない平地であるのにじっと見つめている姿にアリスは不思議でならなかった。


「そんなに外ばかりみて、何か見えるのですか?」


 天道は一旦外から目を離してアリスと向き合った。


「やりたかったことがやっと始まって、この先どんな冒険が待ってるのかワクワクしていた。きっと想像もつかないようなものが待っているんだろうなあって心を躍らせていた」


 ミッドでの彼はどこへやら。完全に最初異世界にやってきた時の子供のような彼に戻っていた。多分これから振り回されるのだろうとアリスは少し気が滅入っていた。


「天道さんはどうしてそんなに旅をするのが好きなのですか?」


「そりゃお前、見たことも聞いたこともないものに触れるのはワクワクするだろう。ましてや今の俺は前と違って咲達も使っても一向に減る気配のない金、瀬奈達もいない完全に俺が全部一人で決めれる環境にいるんだ。ある意味ではもう一つの人生が始まったと言える。縛られるものが何もないなら自由に冒険する。こんなに夢中になれるものは無いぞ君」


 天道が熱弁しているのを聞いて一理あると思った。天道の世界では冒険や旅をしたくても様々な制約があるせいで満足にできる人間はごく僅か。


 なので天道からしてみれば本当に夢のような話なのだ。


「そういえばそのデカい荷物はなんだ?」


 天道は馬車に積まれていた大きな四角い木箱を指差した。


「エルナさんが旅のお供と言って乗せてくれたんです。中身は分かりませんが、おそらく日用品のようなものでしょう」


 口には出さなかったが天道からしてみれば少々ありがた迷惑な話だった。というのも彼が述べたように前世での彼は高性能人工知能の咲シリーズが三機、とある出来事をきっかけに手に入れた何十億という大金。これのおかげで天道は何不自由なく生活していたが、自分がゼロから生み出したものではなく、誰から受け取ったものなので、全てがゼロから始まる異世界での生活にはエルナからの贈り物は不要だったのだ。


 そんなことを考えていると、木箱が突然ガタガタと震え出した。


「な、何!?」


 普段の口調を忘れてアリスが動揺する中天道はその前に立って刀を構えた。すると大きな音を立てて木箱の上部が飛んでいくと


「ぷはー!!」


 箱の中から現れた人物に二人は唖然とした。エルナだった。


「エ、エルナさん!?どうしてこんなところに!?」


 アリスが混乱する中、天道は冷静に考えて彼なりの一つの結論に至った。


「じ、実は……私も旅に出たくて、こっそりついてきてしまいました……」


 エルナは半分申し訳なさそう、半分してやったの気持ちでいた。


「こっそりか。今頃ミッドはすごいことになってるだろうなぁ」


 一方ミッドでは


「エルナ様が消息不明だと!?」


「屋敷中、ミッド中を探しましたがどこにもいません!」


「天道さんとアリスさんが出発されたと思ったらなんたることだ……まさか……あの二人が……?」


「己……天道……!!!」


 ライサは血涙を流していた。


 大体のイメージを天道の中で駆け巡っていた。そんなことより現実的なアリスは真面目に考えていた。


「天道さん、ミッドのことを考えれば今すぐエルナさんを元の場所に戻すべきだと思います。ここから飛べますか?」


「ままま待ってください!!どうかミッドには今は内緒でお願いします!」


 エルナは手を合わせて懇願した。今まで見たことない彼女にアリスは何かあったのではと思った。


「ミッドで何かあったのですか?」


「いえ、特に何もないのですが。実は私も旅をしたいなと考えていたんです。ですが、私がそうしたいと申してもライサやその辺りの方々に止められるのがオチ。なので黙ってきました!」


 あまりにもアグレッシブなエルナにアリスは困り果てていたが、天道は大きく笑った。


「良いじゃないかアリス。箱入り娘が外の世界を見たくて誰にも言わずに冒険に出る。結構なことじゃないか。俺は止めないが次の街に着いた時手紙は書いた方が良いだろうな」


 アリスはため息をついて腰を下ろして空を眺めた。先ほどの天道と同じようなことをすると彼の気持ちがわかるか試したのだが、結局わからなかった。黄昏ているとアリスは空の異変に気づいた。


「あれは?」


 天道とエルナも空を見ると空の一部が暗くなり、どんどん大きくなるのが見えた。それは明らかに鳥の形をしており、こちらに近づいている証拠だった。


 数分後


「まさか捕まるとはな」


「巨鳥ムウリョ。初めて見ました」


 馬車は十メートルはゆうに超える鳥に捕まり三人は揺られていた。三人というのは御者は我先に逃げたので今は天道、アリス、エルナの三人だからだ。


「ふ、二人とも何のんびりしてるんですか!早くどうにかしないと!」


 策を考えるアリスをよそに天道とエルナは外、それも下の方を見ていた。


「もうこんなに上がってきたんだな。すげえ」


「どうやって降りましょうか」


 下を見ると、移動するものが等しく黒い点に見えるほど高く上がっていた。まだ現状を打開する方法を考えている分エルナがマシである。天道に至っては完全に退屈な車移動で空を見てるだけの子供のそれだった。


「言っておくがアリス。どうしようにもこの状況から抜け出した後が大変なんだ。あの鳥の足を斬り落とすなんてわけないが、ここから落ちればただじゃすまない。お前の制限付きのトンネルを使うわけにはいかないし、空を飛べるエルナに俺とアリスを持てるとは思えない。じゃあ事が変わるまで待つのみ」


 そう言って天道は胡座をかいてその場に座った。エルナが天道の変わった座り方をしているのを見て真似ようとしたが折り曲げた膝は真横ではなくどうしても中途半端な位置に止まってしまうのでエルナは不思議がった。それを見ていた天道はエルナの服装が色々な意味で胡座をかくのに適していないことを指摘するとエルナの顔が赤くなった。


「いや、呑気にそんなことしてる暇ないんですけど」


 アリスはといえば相変わらずだった。


「エルナさん、このえっと……ムウリョ?の独自の生態ってわかりますか?」


「特にありません。他の鳥と同じで巣を作ったり、卵を産んだり、雛の子育てをしたり、捕らえた餌を雛に与えたり、はい」


 一番最後の部分が今の自分達に該当していると思うとアリスはどうにかしなければという使命感に駆られた。


「けどエルナ。こんなデカい鳥の巣なんてどこに作るんだ?普通の鳥なら木の上とかに作るんだろうが」


 アリスは天道に良いことを聞いたと感心した。


「ムウリョは山岳や崖に巣をつくります」


 アリスは焦りを感じた。冷静に考え始めたエルナも同様だった。


「ど、どうしましょうアリスさん!」


「ととと、とりあえず落ち着きましょう!」


 慌てふためく二人を見て天道はため息をついた。


「やれやれ、もう少し空の旅を楽しみたいが、仕方ない。目的地も遠のきそうだし仕方ないか。アリス、荷物を魔法でしまってくれ。そろそろ降りるぞ」


 アリスは収納魔法で荷物をしまった。天道は改めて下を確認した。何か納得すると、天に向けて刀を横一文字に抜刀してすぐに納刀した。すると馬車の屋根ごとムウリョを一刀両断された。ムウリョによって持ち上げられていた馬車は力が無くなってそのまま下に落ち始めた。アリスとエルナは悲鳴をあげながら落ちていったが天道は冷静だった。


 エルナは一応空が飛べるが、アリスはまだ飛行魔法を習得していない。天道も例外ではない。そしてこの状況は天道とアリスが初めて異世界に来た時と同じだった。


「二人とも。俺に捕まってろ」


 アリスと最初の落下をした時の天道はアリスを無理矢理掴んだが今度は天道が掴まれと言った。天道は何の因果だろうと考えていたがエルナは当然だが、アリスには考える暇すら無かった。そして二人は言われた通り天道に掴まった。


「よし、しっかり掴まってろよ。飛ぶぞ」


 そう言って一瞬だけ刀を抜くと次の瞬間には地面についていた。


 スーフェの森


「あ、あれ?」


「ここ……」


 一瞬の出来事だったので二人の脳は理解が追いつくのに時間がかかりそうだった。天道の刀の能力の一つ。瞬間移動によって瞬時に木々が生い茂る下の地面に移動したのだ。


「初めてなもんだったから出来るかどうかわからなかったが、何とかなってよかった」


 瞬間移動は使用者の目で見たものの場所に瞬時に移動できる能力。それは使用者はもちろん、使用者に触れている人間も例外なく移動できる。


「「うっ……!」」


 しかし、移動にはそれなりのリスクが伴う。移動した先が遠ければ遠いほど現在地からそこまでの運動量が一気にやってくる。天道の場合人並み外れた体力や持久力があるので大抵の場合問題ないが、二人は並以上だが天道ほどのものではないので先程の移動でデメリットがやってきた。その結果身体が拒絶反応を起こしたのか気分が悪くなり近くの茂みで嘔吐した。


 数分経って二人はようやく落ち着いた。


「はぁ……はぁ……ありがとうございます、天道さん」


「礼はいい、それよりもだ。これからどうするかについてだが、さっき上からこの森を見た時集落のようなものが見えた。一旦そこに向かおう。と、言いたいところだが腹が減った。飯にしよう。アリス、すまんが出してほしいものがあるんだが」


 アリスは天道に言われたものを出した。ボウル、菜箸、卵に卵焼き器、調味料。火は自分で起こすそうだ。アリスが準備している間に乾燥した枯葉に木の棒や木の皮、特に落ちているものを集めて、拾った石を二つ叩いた時の火花で火を起こした。


 先程気分を悪くしたにも関わらずそれを忘れて、エルナは果たして何を作るのかと興味を持った。アリスは物を出しながらだいたい察していたが。


 天道はかつて小神子から教えてもらった通りの作り方を実践してだし巻き卵を作り上げた。


「さ、無理しなくていいが食べよう」


 エルナは初めて見る四角い料理から香る匂いに食欲をそそられた。三つあるうちの一つをフォークで半分に切って口に入れると出来立てで熱いのは当たり前だが、それでも初めて口にする味の美味しさは理解できた。


「お、美味しいです、これ!」


 エルナが驚いている中、アリスは食べるのを躊躇った。まだ気分が悪いわけではないし、卵料理は好きなのだがそんな理由ではなかった。


「どうしたアリス。さっきも言ったが無理に食わなくて良いぞ?」


 見かねた天道が聞いてきたのでアリスは返した。


「そういうわけではありませんが、一刻も早く魔王軍と戦わなければなのにこんなことをしていて良いのかと思っただけです」


 この中で一番魔王討伐に熱心なのはアリスなのは二人とも承知だった。


「アリス。お前の気持ちもわかる。だが、今すぐにどうにかなるっていう旅じゃないのはお前もわかっているはずだ。ここは千里の道も一歩から。急がば回れ。そうは思わないか?それに、いつ何があるかわからない旅だ。何かあった時のために美味いもんは買っておいた方がいいぞ?」


 天道の晩年は敵の特殊な凶弾によって二十代半ばにしてすでに病に倒れた七十代のおじいちゃんのような生活になってしまっていた。そこから来たであろう持論を聞いて渋々アリスはフォークを手にして口に入れた。


「……美味しい」


 自身の料理が褒められたのか、はたまた気持ちが少し落ち着いたと察した天道は自身もだし巻き卵をいただいた。しかし、彼からしてみれば今回作ったのは少ししょっぱいと感じた。


 お腹を少し膨らませたところで三人は出発した。天道の言った提案だったが、他の二人は特にあてがあるわけでもないのでとりあえず天道の提案に従うことにした。


 エルナが普段と違う口調で独り言を吐いた。


「それにしても先程瞬間移動、天道さんはよく平気でいられますね」


「まあ慣れかな。一人ならともかく誰かと一緒にやるっていうのは初めてだったが」


 慣れという曖昧な答えにエルナは二、三ツッコミたくなったがやめた。嘔吐してからというもの激しい会話ができる気がしなかったから可能な限り抑えていたのだ。


「というかエルナ。お前その状態を見るに他人は治せても自分は治せない。そんな感じの能力なのか?」


 エルナは静かに頷いた。


「やっぱりどんなに強い能力でも一長一短だよな。それが良いんだが」


 普通に考えたら使うならデメリットが少ない方が合理的なのに敢えてその逆を行こうとするある意味ロマンを求める天道に女性陣二人は理解できなかった。


 すると唐突に天道の刀のもう一つの能力であるオートガードバリアが天道の左側で発動した。バリアが防いだのは矢であった。


「どうやら面倒な具合になりそうだな」


 女性陣二人は身構えた。いつのまにか周辺に気配を感じており囲まれていたからだ。そして次々と矢が放たれた。それに対して天道は微動だにせずバリアを展開しつつ相手の居所を探り始めた。


 要領としては狙撃手を探すのと同じであるが明確に良い点と悪い点があった。前者はバリアが防いでいてくれてるのでどこから矢が飛んでくるか分かりやすいこと。後者は狙撃銃ではないため銃声が聞こえず方向はわかっても具体的な距離がわからないこと。


 しかし天道は普通の人間ではない。前世より鍛えられた五感によってどんな距離にいようとさまざまな音がはっきり聞こえていた。矢筒から矢が取り出される音、弓の弦を引く音、矢が放たれる音。特に放たれる音からバリアに当たるまでの時間をおおよその速度で計算してだいたいこの辺りにいるだろうという距離までわかった。


 あとはどうするかである。アリスとエルナは隙をバリアに防がれながらそのどうするかを考えていた。隙を見つけて反撃する。矢が無くなるまでじっと待つ。おおよそその二つに絞られていた。


 一方天道は何もしなかった。刀を抜いているわけでもなく、ただその場に突っ立っていた。アリスとエルナはこれを防いでいるからその隙にという意図があると受け取ってエルナは変身、アリスは覚えたばかりの氷の魔法を撃とうとすると。


「二人とも、絶対に手を出すな」


 天道が制止した。その意図は二人にはわからなかったが普段の天道からは考えられないほど真剣な口調だったので思わず言う通りにした。


 しばらくして攻撃の手が止んだ。すると天道は口を開いた。


「やーやー我こそはー未到の地の冒険者にしてギルドナイトの天道太陽。旅の道中迷った故こちらに敵意はない。ついては村まで案内してもらいたい」


 唐突に古風な話し方をした天道を見て二人は目を丸くした。異世界人のエルナからしてみれば聞いたことないような言葉の連続の意味もあった。


 数分ほど経って三人の目の前に二人のエルフが木の上から降りてきた。


「こちらに」


 それだけ言ってエルフは三人の前を歩き始めた。それに続いて天道がついて行ったので二人もそれを追った。その時エルナが天道に聞いてきた。


「天道さん、どうして攻撃を受けているのに何もしなかったのですか?」


 天道はさも当然の如く言った。


「そりゃ君、こちらには敵意がないってわかってもらうためさ。初めて会う人物でも、ちゃんと向き合えばわかってくれる。それができる相手だと信じることが大事だ。まあ魔王軍はそうはいかないみたいだが。何でもかんでも戦うのは俺は嫌いだね」


 甘い考えであるが天道らしいとアリスは思った。


「着きました」

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