9 重たい緑のカカポたち
早朝の森の境界線には、スミレ色と黄金の光が混ざり合って、今日の晴天を約束する風景が広がっていました。
そこから一歩踏み出せば、人間たちの住む整えられた道が続いています。
カカポたちはまるで護衛のように少年の周りを取り囲み、「ぐぽ」「ぐぽー」と短い足でのてのてと一生懸命ついてきました。
「……この道を行けば、すぐ町にでるわ」
リーナが足を止めると、少年――カイは、急に歩みを遅くしました。
出口の先にかすんで見える、遠くの町を見つめる彼の瞳は、ひどく冷めています。
「……帰ったって、しょうがないけどな……」
カイは地面に落ちていた枝を蹴り飛ばしました。
昨日の食いしん坊な子供の顔は消え、そこには年齢にそぐわない、重たい「諦め」のような表情が張り付いています。
「家に戻っても、どうせ誰も俺のことなんて見てないし。
成績がどうとか、行儀がどうとか……そんな話ばっかりだ」
彼は一気に吐き出すと、ギュッと拳を握りしめました。
「俺がいなくなっても、あの家には何も困ることなんてないんだよ」
その言葉に反応したのは、リーナよりも先にカカポたちでした。
一番大きくて一番食いしん坊なドンが、カイの足元にトテトテと寄っていき、彼の靴の上にどっしりと座り込んだのです。
「わっ、重いよ、お前……」
カイが困惑して声を上げますが、ドンはカイの足からどきません。
他の九羽も次々と集まってきて、彼の足に寄り添うように座り込みました。
カカポたちはぐぽぐぽとしか言いませんが、ずっしりとした「重み」と「温かさ」は、確かにそこに存在しています。
リーナは静かにカイの隣に立ち、彼の肩にそっと手を置きました。
「……カカポたちはね、お腹が空くとすぐに怒るし、勝手にお手伝いして台所をめちゃくちゃにするわ。
でも、誰かが悲しいときはわかるの」
カイは黙って、足元の緑色の塊を見つめています。
「カイ。あなたがいないと困る人は、ここにもいるわ。
……この子たちは、あなたの食べっぷりを見て、自分たちの仲間だと思ったみたい」
「……仲間って。俺、鳥じゃないし」
カイはぶつぶつと文句を言いましたが、その声は先ほどよりもずっと柔らかくなっていました。
リーナはポケットから、ワックスペーパーで丁寧に包んだ「何か」を取り出し、カイの手の中に握らせました。
「これ、持っていって。シチューの残りを、パイ生地で包んで焼いたの。
カカポたちが『踏んづけて』平らにしてくれた生地だから、形はちょっと不恰好だけど……味は保証するわ」
カイは、ずっしりと重いその包みを受け取りました。ほんのりと温かくて美味しそうな匂い。
「お腹が空いて、心がチクチクして、どうしようもなくなったら。
どこでもいいから座ってこれを食べて」
リーナは、彼の目を見つめて微笑みました。
その眼差しは、母のようでもあり、もっと古い、魂の根源で繋がった「約束」を思い出そうとしているようでもありました。
「あなたは、お腹いっぱい食べて、笑って、生きるために生まれてきたのよ。
……忘れないでね」
カイの喉が、くっと震えました。
彼は包みを大切に抱えると、カカポたちを一羽ずつ見回し、最後にもう一度、町の方を向きました。
「……また、来てもいい?」
「ええ、もちろん。今度は一緒に、もっと美味しいものを作りましょう。
カカポたちが挽肉を踏んずけないうちにね」
リーナの言葉に、カイは初めて、年相応の幼い笑みをこぼしました。
「……わかった。見張りに来るよ」
カイは力強く頷くと、今度は迷いのない足取りで、森の出口へと踏み出していきました。
その背中には、もう先ほどのような孤独な影はありませんでした。
十羽のカカポたちは、彼が見えなくなるまで、何度も羽をパタパタさせて見送っていました。




