第43話 似た者同士
それから――――
『おつかれ様です 混合ダブルスの今後について話し合いたいんですが明日の放課後時間ありますか?』
『大丈夫』
『ありがとうございます それじゃ彩彩行きましょう』
色々考えた結果、余計なことはしない方が良いという結論に達し、シンプルな文章を送って無難に約束を取り付けた。
結局『君とな』はまだ全部読めていない。三〇〇ページの本を読むのってこんなに時間かかるんだな……正直嘗めてた。
ってかあの話、面倒臭すぎ! ヒロインが部長と付き合うフリをして部長に付きまとう女子大生を牽制したまでは良いとして、その後ヒロインを密かに好きだったクラスメイトや部長の元カノが出てきてずっと修羅場なんだもんなあ……
要するに、一つの偽物の恋によって膠着していた人間関係が大きく動き出して、その結果偽物の恋が本物に変わる……って話なんだろうな多分。まだ結末読んでないけどハッピーエンド以外ないだろうし。
けどまあ、参考にはなった。
自分の気持ちが正解か不正解か、なんてウダウダ考えてても仕方ない。大事なのは行動に移すことと、真摯であること。
先輩から決定的に拒絶されることへの怖さがずっとあった。だから真意を問えなかった。こいつ面倒臭いとか、もう終わったことなのにいつまでも引き摺ってウザいとか、そう思われたくなかったから。
迷惑はかけたくない。だから極力時間を取らせない方法で決着を付けよう。
それが俺の出した結論だ。
もし先輩がやっぱり俺とは組めないと答えたら、潔く今日をもってダブルスは解散するつもりだ。二人で練習した彩彩で活動を終了して、中垣内先生には先輩の理由がどうあれ『二人で話し合った結果』とだけ伝える。
そして俺は、男子ソフトテニスに戻らせて貰う。
本当は、先輩とのペアを解消した時点で引退するつもりだった。でもそれだと先輩が気に病んでしまうかもしれない。自分が身を引いた所為で俺がソフトテニスを辞めたと思ってしまうかもしれない。
だから暫く続けて、万が一別のやり甲斐を見つけたら続ける。そうじゃなかったら辞める。
これが、今俺にできる精一杯のケリのつけ方だ。
「なんかウダウダ言ってるけどさー、月坂先輩が割としっかり目にフッたのにまだしがみつくの? って感じだよねー」
「こいつ女心全然わからねーからな。まだフラれてないって思ってんだよ。可哀想に」
……最後の悪足掻きで理久リオに相談したのが間違いだった。
「お前ら思いやりの心ないの? きっと上手くいくよみたいな激励の言葉以外いらないんだけど」
「いるよねー。相談しといて自分の不都合な答えにはキレる奴」
「自分のことしか考えない奴ってマジ終わってるよな。こういう奴がネットにLINEのスクショ投げて『僕悪くないよね? いいねこんなについてるんだから賛同者が一杯いるってことでしょ?』ってクソムーブすんだろな」
酷い言われようだ。本格的にやめるぞ友達。
でもまあ……客観的に見たら二人の言う通りなんだろうな。ダブルス解消ってそれくらい重いことだし。
「けど、前日までは上手くいってたんだよ。和やかな雰囲気でコミュニケーション取れてたし」
「だーかーらー。それも全部タクちゃんを気遣ってたんだって。こいつ後輩の癖に上から目線でウザいけど自分の為に頑張ってくれてるから我慢するか、みたいな」
「がはっ……!」
今のは効いた。効きすぎて死にそう。
確かに先輩はそういう性格だ。その我慢に限界が来たからペア解消を伝えてきた。嫌悪感はあえて文章にしないで『男子の練習に戻った方が良い』って気遣いまでして……
「……まあ、それならそれでいいよ。決定的にフラれてくるだけだから」
「だからもう決定的にフラれてるっつってんだろ? 諦めろって。お前に月坂先輩は無理だったんだよ。あんな美人相手に頑張ったよ。俺だけは健闘称えてやるから」
理久の同情の眼差しが死ぬほどウザい。こっちだって釣り合ってないことくらいわかってんだよ。でも先輩の笑顔を初めて見た時に『この人が試合に勝って喜ぶところを見たい』って思っちゃったんだから仕方ないだろ?
「やっぱタクはさ、こはるんと付き合うべきだって。お似合いだと思うけどなー」
「あ? ンな訳ねーだろ? お前何姫廻さんをこいつとちょうど良い相手みたいに言ってんの?」
「は? そんな意味で言ってなくない? 何勝手に決め付けてんの? つかオマエこはるんからフツーにフラれてっからね?」
「はあぁああぁああぁぁ!? いつ!? いつだよ! 嘘だろ!?」
……気付いてなかったのか。ってか一〇秒前まで息ピッタリだったのに急にケンカすんなよ。
ま、なんだかんだ相談に乗ってくれる二人には感謝してる。おかげで緊張は解れた気がするし。
「ありがとうな。ダメ元でぶつかってくるわ」
「ま、厳しいとは思うけど頑張ってくれば? 骨壺くらい用意してあげるからさ」
「ゴールデンウィークにでも憂さ晴らししよーや。スタバくらいなら奢ってやるよ」
俺の背中を押してくれた双子の笑顔は、やっぱり似ていた。
放課後――――
彩彩アスレティックパークの入り口に、月坂先輩の姿はなかった。
当然だ。ホームルームが終わってすぐ早足でここまで来たからな。俺より先に着くなんてありえない。
先輩が約束をすっぽかすなんてことはない。でも、足取りが重ければ自然と来る時間も遅くなる。
だからあえてゆっくり来るって選択肢もあった。いつ先輩が来たかを気にしなくて済むように。
でも、それだと現実から目を背けているみたいで情けない。何より、先輩を待たせてしまう可能性もある。自分の都合で迷惑はかけられない。
「……原君」
ペア解消が確定したら、最後に一度だけラリーをして終わろうと思ってこの彩彩を選んだんだけど……それもキモいって思われるかな。まあ思われるよな。少しでもその空気を感じたらやめとこう。
「篠原君!」
「はいっ!?」
あ、先輩だ。もう来てくれたのか。
「お金もう払ってるから、直接コートに行けるよ」
「……え?」
「早く行こ」
有無を言わせず、先輩が先に歩いていく。
まさか、俺より先に着いてたのか? 一体どうやって……?
……考えても仕方ないか。多分担任都合でホームルームがなかったとか、そういう事情だろう。
ここでの先輩との待ち合わせは、いつも不思議なことが起こる気がする。それも今日が最後だとしたら……寂しいな。
そんなことを考えながら、先輩の後を追ってコートへと向かう。
思えば、先輩と知り合うまでこの公園には殆ど来たことがなかった。でも今では目を瞑っても歩ける。情景を頭に浮かべることができる。思い出すことができる。
あらためて感じる。
俺はこの二週間、楽しくて仕方なかったんだな。
……良い夢を見させて貰ったんだろうな。
ふと、自分の目線が下がっていたことに気付いて顔を上げる。
いつの間にかテニスコートが目の前にあって、ネット越しに先輩の姿が見えた。
後ろで結んだ髪が風に靡いて、とても綺麗だった。




