第25話 謎めくあなたの恋愛相談
「やーゴメンゴメン。このままだと篠原が酷い目に遭うかもって言われてさー」
どうやらこの件の首謀者は姫廻だったらしく、応接室を出た途端聞いてもいないのに事情を説明してきた。
あの記事以来、新聞部には俺に関する問い合わせが殺到しているようで、主に『あの月坂結衣菜とペアを組むことになった男子は何者だ』っていう殺気立った論調らしい。中には個人情報を聞き出そうとする奴もいるという。
で、意外……かどうかはわからないけど、問い合わせしてくる生徒の九割は女子。まあファンクラブも男子禁制を謳っているみたいだし、どうやら月坂先輩は校内の女子から大人気らしい。
それだけにテニス部でのあの孤立状態はちょっと異様に感じる。単に男子にモテるだけなら『私たちの方が上手いのにあの子だけチヤホヤされてムカつく!』って嫉妬も手伝っての腫れ物扱いと考えれば納得できるけど、同性からの人気も高いとなると……なあ。こういう考え方は良くないかもしれないけど、人気者とは仲良くしておいて損はないって考える奴らって多いと思うんだよな。
何か他に理由があるんだろうか? 先輩の性格上、物議を醸すような言動をしたとは到底思えないけど……
「でも新聞部の取材は受けた方が良いと思うよー? こういうのってさ、本人の口から釈明しておかないといつまで経ってもあることないこと言われちゃうし」
「本人が否定しても信じない奴が多そうだけどな」
「そういう人たちを正そうとするんじゃなくて、本人の言葉を信じるよって人に向けて誠意を見せることが大事じゃない?」
……成程なあ。姫廻、大人だな。
正直、新聞部への心証は最悪だし関わりたくもないけど、月坂先輩のファンに向けて先輩本人の言葉で真意を伝える為には都合が良い存在ではある。月坂先輩が自分のファンをどう思ってるのかは知らないけど、そのファンが『あの言葉は誤解だった』って拡散してくれれば周囲の雑音も多少は減るかもしれない。少なくとも先輩にとって今以上に悪いようにはならない……筈。
「わかった。明日にでも先輩に取材を受けてもいいかどうかを確認してみる」
「倉知さんにそう伝えとくね。で、本題なんだけど」
本題? 今の件以外にメインテーマなんてあるか?
「今日はこの雨じゃ部活ないよね? 恋愛相談、乗れるよね?」
ニッコリ笑顔に圧を感じる。そんな切羽詰まってたのか……
「場所はもう確保してあるから早く行こ! 晩ご飯の時間を遅らせるのは申し訳ないし!」
「想定してる時間が長過ぎるだろ!」
そんな俺の非難を完全無視し、姫廻はスタスタと蒼月会館の廊下を足早に進んで行った。
……で、確保していたという場所は二階にある合宿施設。
この蒼月会館には各部活が夏休みなどの長期休暇期間で合宿を行えるよう、大勢で雑魚寝できる和室が用意されている。多分六〇畳くらいはある。
「ここって合宿とか同窓会や先生たちの宴会で使う時以外は特に用途ないし、使わせて貰う代わりに掃除しますって言ったらナイショでOK貰えたんだよね。事前に確認は必要だけど」
「掃除って……ここ全部?」
「そ。だから結構喜ばれたんだー」
本当はダメなんだろうけど、どうせ遊ばせておくスペースなら無償で掃除して貰えるし良いか、って感じなんだろう。この学校そういう軽いトコあるし。
ってか、このクソ広い畳の間を全部掃除するのか……? 掃除機使っても大変だぞ。そこまでして実現させたい相談って何なんだよ。ちょっと怖えーって。
「ま、座って座って」
机も椅子もない広大なスペースの中に座布団が二つ。しかも今からやるのは恋愛相談。なんともシュールな光景だ。
「なんか仰々しくお膳立てして貰って悪いけど俺、大して気の利いたことなんて言えないからな?」
「全然大丈夫。篠原にしか話せないことだから」
……どういう意味だ?
恋愛相談で俺にしか話せないことって……まさか……
「……」
気の所為か、顔を背けている姫廻の耳が赤い。
これって、もしかして俺のことが……
――――と見せかけて俺じゃないんだろ?
んで理久でもなくて本当はリオが好きでした! とかそういうオチなんだろ? はいはい知ってる知ってる。こういう時って大体的外れな方向に着地するんだよ。絶対そうだ。
「来会さんって……どんな人? 詳しく聞かせて」
的どころか周辺区域ごと全部消し飛んだ。
……え、嘘だろ?
これってまさか……横恋慕?
姫廻の好きな相手って文芸部の部長なのか!? だから恋敵の情報を得ようとしてるのか!?
おいおいおいおいどうすんだよ! こんな身近でドロドロの三角関係が勃発するなんて予想できないって! あんなの漫画や小説の中だけで十分だろ!? 現実の高校生活に持ち込むなよ!
「リオに聞いたんだけどさ、彼氏いるって本当に本当? 文芸部の部長なんだって? 篠原って来会さんの幼なじみだよね? だったら何でも知ってるよね?」
目がイッちゃってんじゃん! 普段の姫廻と全然違う!
「い、いやー……そこまでは知らないっつーか、そんな色々話す訳じゃないし」
「でも来会さんのこと一番知ってるのって篠原だよね? 子供の頃から仲良いんでしょ? 普通の友達同士じゃ知りようがないことだって幼なじみなら知ってるんじゃないかな? そこんトコどうなのかな?」
首を忙しなく動かして俺の顔を様々な角度で見てくる……なんだよこの動作怖過ぎるよ。ホラーだろこれもう。
「と、とにかく一旦落ちつけって。興奮し過ぎだから」
「落ち着けないよ。もうずっと落ち着けない。中三の頃からずっと心の中ではこんな感じだったんだよ?」
中三の頃から……
中三の頃から?
中学生の時点で高校の文芸部の部長に恋してたのか?
それはちょっと珍しいパターンだ。っていうか接点あるのか?
仮に文芸部の部長が俺たちの一コ上だとして、更に俺たちと同じ中学だったとしても、中三の時にはもう卒業してる訳で。中二の時ならまだしも中三で好きになるタイミングなんてあるのか?
「まさか恋人ができるなんて思ってもいなかった……それ知った時はショックで寝られなかったんだから!」
「そ、そうなんだ」
事情は不明だけど、どうやらガチ恋らしい。
これは困った。ただでさえ恋愛相談なんて無理なのに、幼なじみと女友達と知らない奴の三角関係なんて手に負える訳がない。前衛が抜かれたストレートを拾えって後衛に言われたって普通は無理だろ? それくらい守備範囲外なんだって。
「来会さんって恋愛にガツガツしてる印象全然ないんだけど出会って間もないポッと出の男子とラブラブになるような子だったの? 恋多き乙女的な? 昔からそんな感じだった? それとも成長の途中で変わっちゃった? どっち? ねえどっち?」
「知らんし! そもそも俺と来会ってそういう恋バナとか一切してないんだって!」
猛烈な勢いで捲し立てていた来会が、俺の悲鳴のような反論でピタっと止まる。
「……へー。そうなんだ」
そして、おもむろに立ち上がり座布団を仕舞い始めた。
「掃除しよっか」
「情緒の振り幅どうなってんの!?」
俺の叫びなどまるで響いていない様子の姫廻は、その後も淡々と掃除を続けた。そして俺もなし崩しのうちに手伝わされた。
何だったんだこの時間……




