開始前から不穏な気配が
抱っこをされるのも、抱き締められるのも、全部お父様だから嬉しい。これを他の誰かにされたら? と思うと人による。ヘレンさんやテノールさんは全然オーケー。マリンも同じ。スレイさんは偶に会うと私を高い高いして喜んでる。後はモーティーマー公爵かな。公爵の場合は、時と場合により私を抱っこする。……ジョーリィ様に抱っこをしたことがないと知った時はドン引きした。現在も抱っこはしていないとか。
「なんでかな」
「どうした」
今日は以前モーティマ—公爵が話した騎士団演習当日。お父様と同じプラチナブロンドを青いリボンでハーフツインにしてもらい、動き回るのはないだろうとリボンとフリルが程々に目立つ青いドレスを着た。どれもヘレンさんお勧め。お父様に見せに行くと「いいんじゃないか」とお墨付きを貰った。私の独り言を聞いたお父様に思っていたことをそのまま話すとどうでも良さそうに欠伸をされてしまう。
「人に聞いておいて欠伸なんて酷い」
「気になるか? そんなもん」
「お父様は気にならなくても私は気になる」
「そんなもんかね。ラナルドが他人への関心が薄いのはしょうがねえ」
先代公爵夫妻然り、誘拐事件然り。もっと愛情深い夫婦の下で生まれていたなら、公爵も感情表現豊かな人になっていたのかな。ただお父様によると、元々感情の起伏が薄かったお陰で誘拐事件のトラウマが少ないのだとか。
「先に殺された子供達の死に様を見せつけられても、あいつは次の番が来る程度にしか思わなかったんだ」
「諦めてたってこと?」
「そうだろうな。国の連中でさえ、手掛かりを見つけられなかったくらいだ。おれがラナルドを救えたのは、本当にただの偶然だったんだ」
お父様の言う偶然がなければ、他の子供達と同じで公爵も惨く殺されていた……。
「……お父様の言う通りかも」
「だろ?」
否定出来ないのが公爵らしいと言えばらしいのかも……。
「旦那様、お嬢様。そろそろ出発のお時間です」
「分かった」
時計を見ると予定の十分前になっていた。テノールさんにお礼を言い、私はお父様に抱っこをされた。迎えの馬車は必要ないと突っ撥ねたお父様は得意の転移魔法で一気に演習場へ飛んだ。
「わあ……」
見上げる大きさ演習場は円形になっており、一周するのにまあまあの時間が掛かる。子供の足だと倍は要る。
演習場は主に騎士団が使用しており、入団式や任命式、年に一度剣戟大会も開催されるとか。大会で優勝した人には賞金とその年で一番強い騎士の称号を得られる。主な優勝者は第一や第二部隊が多い。
「大きいね。中が気になる!」
「慌てるな。後で好きなだけ見させてやる」
「ルチアーノ様、マルティーナ様」
知っている声がして振り向くとモーティマー公爵がいた。後ろには見知らぬ人が二人。金の刺繍が成された黒い服が騎士の正装。特に金の刺繍は騎士団長にしか許されていないとジョゼフィーヌ先生が教えてくれた。後ろの人達の服にも刺繍はされているが色は赤と青。部隊ごとで色が違い、赤は魔法を得意とする第七部隊、青は医療専門の第四部隊。公爵の後ろにいるってことは部隊長と予想すれば当たっていた。
「マルティーナ様は、此方の二人と会うのは初めてですね。第七部隊隊長のクリフォード=バートン、第四部隊隊長のエマ=ハンバートです」
公爵に紹介された二人が前に出ると右手を頭部に近付け軽く上げた。騎士の敬礼だ。
「第七部隊隊長クリフォード=バートンです。ルチアーノ卿とマルティーナお嬢様が見学にいらっしゃることは、騎士長閣下より聞いておりました」
赤みの強い橙色の髪を刈り上げた強面の人が第七部隊の隊長さん。顔が怖くてお父様に抱き付くと背中を撫でられ「心配するな。顔はこんなだが中身はそうでもない」とアドバイスを受ける。……隊長さんちょっと落ち込んでそうな気がするけど気のせいだよね。
「張り切り過ぎよ」と呆れながらも第四部隊隊長の女性が自己紹介をした。
「第四部隊隊長エマ=ハンバートです。既にご存知かもしれませんが、第四部隊は負傷した騎士の治療を主とする医療専門部隊です。戦場へも他部隊の後方支援が殆どです」
栗色のふわふわの髪を一つに纏め、黒縁眼鏡を掛けた知的な雰囲気が素敵な女性というのが第一印象。お父様は私を下ろすと軽く背を押した。
「お前も自己紹介しろ」
「う、うん。マルティーナ=デイヴィスで御座います。クリフォード=バートン隊長、エマ=ハンバート隊長、お会い出来て光栄ですわ」
スカートを摘み、片足を後ろに引いて膝を曲げて上体を優雅に下げる。ジョゼフィーヌ先生に教わったマナーは一つも忘れないよう普段から心掛けていて何時必要になるか分かったものじゃない。私がきちんと挨拶したのを見たお父様にまた抱っこされた。
「なんで?」
「うん? 強いて言うなら、おれの趣味」
「何歳まで抱っこするの?」
「さて。何歳だろうな。お前の背がもう少し伸びるまでな」
年相応の身長だし、二年後くらいにはもう抱っこされてないかも。そう思うとちょっとだけ寂しいなあ……文句を言いながらもお父様に抱っこをされるのは大好き。
「ルチアーノ様とマルティーナ様はぼくの側に。本来であれば貴賓席に案内をしたいところですが……」
途中で言葉を切った公爵の続きをエマさんが買って出た。
「本日の演習には、王太子殿下とミッドナイト公爵令嬢が見学をします」
「ミッドナイト公爵令嬢?」
初めて聞いた家名に鸚鵡返しすれば、王太子殿下の婚約者のことだとお父様が言う。第二王子殿下は勿論、王太子殿下も苦手なんだよね……。
「王太子はおれやマルティーナも見学をすると知っているのか?」
「陛下には伝えないよう頼みました。事前に知っていたら、ヴィクター殿下との仲直りを画策している王太子殿下が先走った行動をしてルチアーノ様を怒らせかねなかったので」
「賢明だな」
「エマ殿は先に演習場へ向かってください」
あれ? なんでだろう。命じられたエマさんは疑問にすることもなく頷き、公爵や私達に敬礼をすると綺麗な姿勢で歩いて行った。遠くからでも分かる凛とした佇まいといい、揺れのない歩き方。家名があるってことは貴族なんだろう。
彼女の背が遠くなったところで公爵がクリフォードさんに向いた。
「クリフォード殿。黒魔法の調査について何か進展はありましたかな」
「騎士長閣下や陛下に命じられ、調査を進めておりますが何も掴めておりません」
深刻そうに首を横に振り、黒魔法を扱う者は決して尻尾を掴ませないよう巧妙に隠れるのが達人級だと話す。場合によっては雲を掴む話だと例えられ、どうやって解決するの? とお父様に振ろうとすれば、クリフォードさんは「ただ」と気になる点を挙げた。
「遠征から戻った第一、第二部隊の何名かが謎の瘴気を纏って帰還しました。騎士長閣下の指示ですぐに神官長に治療をして頂きましたが……瘴気がまた体内に残ったままだと今朝判明しました」
「人数は第一と第二を合わせて五名でしたね。その後は?」
「騎士長閣下の判断を仰ぐ必要はないと両部隊の隊長達が今日の演習に参加させると勝手に決めてしまいました」
「ふむ」
凡る生物にとって毒となる瘴気が体内にあると内側から蝕まれ、時間の経過によって死に至る。性質の悪いものだと瘴気によって肉体が魔物へと変貌する場合もあり、本来は神聖力を扱える神官長や他の神官達に瘴気を除去してもらわないとならない。家柄、顔だけ第三部隊と違い、容姿だけではなく実力も兼ね備えた精鋭部隊である第一と第二は何と騎士団長である公爵に従わないのは多々あるのだとか。
「公爵が騎士団の頂点なのにどうして」
「会えば分かりますよ」
お父様を見ても「面倒くさいからパス」とはぐらかされてしまう。最後の望みとばかりにクリフォードさんを見ても「実物を見た方が早いですよ」と返される始末。
「神官長は知ってるのかな? 五人の隊士にまだ瘴気が残ってるって」
「恐らく気付いていないでしょうね。一度除去した瘴気が残っているという話、ぼくは聞いたことがありません」
「へ」
お父様もそうなのかと振り向くと「おれもない」と肯定された。それなら神官長が気付かないのも頷ける。
演習場に着いて早々嫌な予感がしてきた……!
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