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17 宵闇の魔導官の直属メイド

 半月が経ち、待ちに待った異動の着任日を迎えた。今日は城内のあちこちで人の動きがあり、魔導院内でも異動の官吏や女官、使用人たちが挨拶をして回っている。


 そんな空気に紛れて、クロアもグレイシーとハンナたちに別れの挨拶をした。


「――そういうわけで、皆さま、短い間ですがお世話になりました。といっても、同じ魔導院におりますので、またお仕事で関わりがある時には、何卒よろしくお願いいたします」

「は……!? クロアさんが……!? ルイヴィス様に引き抜かれたですって!? そんな……なぜ!? あり得ない……っ!!」


 異動の報告を聞いたハンナたちは、目をむいて裏返った声を出した。


 今日この時まで、クロアの口からハンナたちに話をすることはなかったのだけれど、先に知っていたはずのグレイシーも、彼女たちには黙っていたようだ。


 騒ぎ出したハンナたちを黙殺して、グレイシーはクロアに対し、冷たい微笑を向けていた。平静を装っているが、内心は凄まじくイラついているに違いない。

 

(グレイシー様の目が怖い……。不機嫌の火の粉が飛ばないうちに、お暇させてもらいましょう)


 早めに場を離れたいけれど、時刻はまだ九時をまわったばかりで、新しい主人であるルイヴィスの出勤時間には遠い。


 とはいえ、この場に長居していたら、面倒事に巻き込まれそうだ……適当に理由を付けてフェードアウトさせてもらおう。


「今晩からは宿舎も移動させていただきますので、またお部屋を広くお使いくださいませね。それでは、わたくしは執務室のお掃除をして参りますので――……」

「グレイシー様! グレイシー様は異動をお許しになられたのですか!?」

「どうしてクロアさんが……!?」

「絶対、娼婦まがいの下品な誘惑をしたに違いありません!!」


 ハンナたちは服を引っ掴んで、離れようとしたクロアをグレイシーの前に引き戻した。興奮しきったキンキン声で言い募る。


「不埒な行為は罰せられるべきです! だってルイヴィス様ともあろうお方が、こんな下っ端メイドを引き抜くなんて――」


 ハンナがそう口にした時、ふいに、言葉尻に低い声が被さった。


「……私がなんだ。才ある者を引き抜くことに、何か問題があるのか」

「ひっ……!? えっ……!? ル、ルイヴィス様……!?」


 いつの間に出勤していたのだろう。ルイヴィスが唐突に割って入ってきたのだった。


 この時間にいるはずのない人物が現れて、ハンナやグレイシーたちはもちろんのこと、クロアまでも不意を突かれた顔をしてしまった。


 彼は寝不足が見て取れる、魔王顔を極めている。加えて、今のやり取りをしっかり耳にしていたらしく、黒い怒りのオーラをまとっていた。


 クロアは今更ながら、ポケットの小型魔道具をチラッと確認する。

『今日は朝から出勤する!三( ゜∀゜)』というメッセージを受信していたが、気が付かずにいた。


 ルイヴィスは騒いでいた面々を睨みつけ、静かに、それでいて凄まじい圧を込めた声で命令を下す。


「私の使用人を侮辱するとは、いい度胸をしているな。根も葉もないことを騒ぎ散らされて、仕事の邪魔になったらかなわん。全員、即刻、執務広間から出ていけ。頭が冷えるまで廊下の掃除をしていろ。命令だ」

「……は、はい…………申し訳ございませんでした……」


 ハンナたちは真っ青な顔をして縮こまった。が、グレイシーはやれやれと困り顔を浮かべて、以前と同じく保身に走る。


「わたくしのメイドたちがまた騒がしくしてしまい、申し訳ございません……。何度叱っても聞かなくて……わたくしも困っているところでしたの。ルイヴィス様自らお叱りいただき、感謝申し上げま――」

「お前は下級使用人の指導もできないような無能なのか。そんな者はこの魔導院に必要ないな。出ていけ。腑抜けた気持ちを改めるまで、お前にも掃除を命じる」

「……っ」


 グレイシーは呆然とした顔をして、わなわなと手を震わせた。そうして再度、『早く出ていけ』と厳しい叱責をくらってから、ようやくメイドたちを連れて席を離れた。


 ルイヴィスはクロアと連れ立って、個人執務室へと移動する。


「遅くなってすまなかった。おはよう、クロア。改めて、今日からよろしく頼む」

「遅いどころか、ご出勤が早すぎませんか!? まだ九時過ぎなのに。三時間くらいしか眠れてませんよね?」

「今日から少しずつ、夜勤務を昼に戻していこうかと思ってな。勤務時間を正して、私も『脱城畜』を目指すことにしたんだ」


 彼は苦笑まじりに、新年度の目標を口にした。



 雑談をしながら執務室へと歩いていくルイヴィスとクロアを見て、周囲の官吏や女官たちは小声を交わす。


「人嫌いの宵闇の魔導官様に気に入られるなんて。何があったのかしら?」

「あぁ、上官がチラッと話してたけど、魔道具作りに一役買ったそうですよ。近々院内でお披露目があるとか」

「あのメイド、引っ越しの時に入った子ですよね? 若い女の子なのに、力仕事の荷運びとかも一生懸命やってて、偉いなぁって見てたんですけど……なんだか健気だし、ルイヴィス様のもとで昇給するといいですね」


 そんな人々の話し声を聞きながら、ハンナはグレイシーの後ろをトボトボと歩いて、廊下掃除に向かった。


 クロアに対する周囲の評価は悪くなく、嫉妬や疑念で低評価を下しているのは自分たちだけみたいだ。腑に落ちなくて、胸がもやつく……。


「……どうしてルイヴィス様がクロアさんなんかを……」


 ついボソッとぼやいてしまったが……その瞬間、パシンと、頬に鋭い痛みが走った。続けて肩を押され、廊下の壁に背中を打ち付けた。


「グ……グレイシー様……?」


 痛む頬を押さえて、オロオロと目を向けると、グレイシーが顔を歪めて手を振りかぶっていた。


「本っ当に、お前たちは馬鹿でうるさいだけのメイドだわ! その騒がしい口をふさぐには、毎日叩かないといけませんね。わたくしの前で、二度とクロアの名前を出さないでちょうだい」


 ハンナと他二人のメイドは、口をつぐんで項垂れる。下っ端のクロアが抜けて、グレイシーのストレスの矛先が自分たちへと変わってしまったようだ。

 さらに悪いことに、心なしか以前よりも怒り方が苛烈になっている気がする……。


 これからの毎日を思って、メイド三人は胸の内を暗くするしかなかった。





 執務室に移動したクロアは、エプロンのポケットから小型魔道具を出してテーブルに並べる。

 ルイヴィスが妖精たちのカゴを開けると、光の玉がワラワラと魔道具に群がってきた。


 あれから妖精を増員し、代わる代わる訓練をしている。試験運用は上々で、さらに小型魔道具を増やしてみようか、という段階に入ったところだ。


 妖精たちに砂糖を与えながら、ルイヴィスがクロアの魔道具を覗き込んできた。


「兄上のことで何か進展は?」

「いえ……。ソフィー様からは、依然としてお兄様や家令との面会が叶わない、という連絡が入っています。……もどかしいですね……。わたくしが財務院に突撃して、皆さまにお話を聞いてまわれたらいいのですが」

「冗談はやめなさい。どこかに黒幕がいるかもしれないとなると、あなたの身が危険だ」


 歯がゆさに渋い顔をしながら、クロアは考え込む。城内で身分を隠したまま、手軽に、広く、色んな情報を集められたらいいのに……。


「……こういう時こそ、ネットが欲しいわ……匿名で情報を集められるツールがあれば……。掲示板的なものなら、設置できたりしないかしら……」

「掲示板なら、城内にもあるにはあるが……?」


 首を傾げるルイヴィスに、クロアは紙に図を描いて説明する。


「これも、わたくしが前に夢で見たものなのですが――……普通の掲示板ではなく、こう、妖精を使って書き込む『匿名掲示板』なんてものがあったら、情報が集まりやすいかなぁ、と」

「あぁ、なるほど、メッセージ魔道具の応用機器か。……本当に、あなたは不思議な夢を見るな」

「これなら書き手も身分を伏せられるので、情報を書き込みやすいという利点があります。それに、手紙のように現物のやり取りがないので、盗まれたり破棄されることもありませんし」


 城内では一応、不正行為など何か見たり聞いたりした時は、上官に報告する決まりとなっているらしい。けれど、ほとんど機能していないのが現状だ――と、前にルイヴィスが愚痴っていた。


 何かを知ってしまったとしても、巻き込まれるのを面倒がって黙っている人が多いそう。


「匿名掲示板か。内部通報ツールとしても応用できそうな魔道具だ。――よし、形にしてみよう。ちょうど魔石を大量に仕入れたところだし」


 ルイヴィスは魔法で補助しながら、テーブルの上に大きな魔石の塊を置いた。そしてついでに、お茶のセットとお菓子のカゴも並べて置き、咳ばらいをする。


「今日からは適宜、休憩を取りながら仕事に励むことにする。……ので、あなたにも協力を願いたい」

「はい、お茶をお淹れしますね」

「あと、話し相手として私に付き合ってほしい。一緒に茶を飲み、菓子を食べるまでが、クロアの仕事のうちだ」

「あの、一応聞いておきますが、それは私情の職権乱用ではありませんよね?」

「……」

「ルイヴィス様?」

「……」


 ルイヴィスは黙り込み、不自然に目を逸らして、窓の外の景色を見ていた。


『誤魔化し方、下手すぎワロタ』とでもメッセージを送っておけば、固く閉ざしてしまった口を、また開いてくれるだろうか。


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