18 匿名掲示板と事件の糸口
魔石を切り出して板を作り、複数枚並べて掲示板サイズの魔道具を作りだした。
掲示板には大きく番号が刻まれている。小型魔道具――端末にこの番号を記して書き込みを行うと、宛先として識別した妖精たちが、同番号の掲示板へ飛んでいく仕組みだ。
妖精の匿名掲示板は魔導院内でプレゼン、試行が行われた後、城の大食堂に仮設置された。
端末は城内の各院に数機ずつ貸し出され、誰でも自由に使用できる状態にして、試験運用に協力してもらう。
新しい魔道具を前にして、歳の高い人々は難色を示していたみたいだが、若者たちは大いに面白がっている様子。こういう空気感も想定済み、あるあるのうちだ。
もちろん注意事項も周知してある。自他の名前を書かないこと。悪口を書かないこと――などなど。と言っても、絶対に書く人が出てくるのもあるあるである。
注意深く見守り、まずは短期間でのお試し運用をしてみることになった。
食堂の壁に設置された石板の大画面を見上げ、人々は楽しそうに、浮かび上がる字を読んでいる。
『これから昼ご飯! 疲れた~!』
『正面城門前のパン屋さんがとても美味しいです』
『城に居ついてる黒猫のことを、俺はクラインと呼んでいる』
『クソ野郎がまたミスしやがった! ふざけんな!』
各端末からメッセージを持ってきた妖精たちが、画面へと次々に転写していく。色々な呟きが乱雑に書き込まれていて、ずっと見ていても飽きない。
(そう、この雑多な感じがいいのよね。あまりにも罵倒呟きが増えたら注意が必要だけど。ガイドラインみたいなものも、もっと細かく作り込んだ方がいいかしらね)
クロアはルイヴィスと並んで画面の前に立ち、前世を思い出して感慨にふけってしまった。
「すごく楽しいですね! ずっと見ていられます」
「あぁ、本当に。他人のぼやきを覗き見るのが、これほどまでに面白いとは……。ただ、思っていた以上に書き込みのペースが速いな。すぐに見逃してしまう」
妖精たちは書き込む場所がなくなると、古い転写を消していき、新しいものを上書きしていく。この習性により、自然と自動更新がなされている。一つ惜しいのは、ログが残らないことだ。
「記録を残せておけたら、古い呟きを遡って楽しむことができるんですけどね」
「現状、書き込みを残すには、その都度保持の魔法をかけるしか手がないな」
まだ色々と改善の余地はある。が、それでも、大成功と言っても過言ではない魔道具だ。魔導院内でも既に高い評価が出ているので、ルイヴィスは『今年は賞与が弾みそうだ』なんてことを言っていた。
試験運用を終えたら、城内の匿名相談や通報ツールに応用する企画を出す、とのこと。このツールによって、理不尽に耐えている城畜たちが一人でも救われることを願おう。
そしてあわよくば、兄の事件に関して、何か情報を得られたら――という思いがある。
(何か小さなことでも……いや、本音を言うなら、ズバリ黒幕に関する暴露情報でも――……)
ツールが出来上がるまでは、まだ時間がかかるだろうけれど……必ずや、『兄、ハメられた説』を解き明かしてやる。
と、胸の内で、決意を新たにしていたら――……思いがけず、ずいぶんと早く糸口をつかむことになったのだった。
掲示板を何の気なしに眺めていたら、ふいに浮かび上がってきた一文が目に留まった。
『金庫番の横領の件、なんかもやもやするんだよな……』
クロアは目を見開き、隣に立っているルイヴィスにしがみついて大声を上げた。
「あ――――っと!? あの『金庫番の~』って呟き残してくださいませ!! 早く! 早く――っ!!」
「……っ!」
ルイヴィスは息を詰め、右手を振り上げて保持の魔法をかけた。クロアはローブに引っ付いたまま、夢中で掲示板を見上げる。
「やっぱり何か知っている人がいるんだわ……! もやもやするって、どういうことかしら? ルイヴィス様、この書き込みをした人を特定することはできませんか?」
「それは……残念ながら難しいな。出所を妖精に聞こうにも、彼らはそこまで賢くない」
「そうですか……。……それなら、この書き込みをこのまま、ず~っと残しておいてくださいませ。書き手が『消して欲しい』と、頼みに来るまで」
黒歴史的な呟きは、後で冷静になった時に消したくなるものだ。この書き手もきっと、『過ぎた城内の事件に、余計な言及をしてしまったかな……?』と、後になってソワソワするに違いない。
呟きが残り、目立てば目立つほど、いたたまれなくなることだろう。少々可哀想だが、そうも言ってられないので、この手を使わせてもらう。
『掲示板や端末の不具合は、魔導院までご連絡ください』――という札を下げてあるので、書き手が動いてくれるのを待つことにしよう。
「では強固な守りの魔法をかけておこう。水拭きしようがインクをかけようが、書き込みを保てるように」
「ありがとうございます……!」
「いや、こちらこそ……ありがとう、ございます。ダンスのお相手をしていただき……」
「ダンス? あっ……す、すみません……わたくしったら、しがみついてしまって……!」
クロアはハッとして、踊る時の距離感になっていた体を離した。ルイヴィスは複雑な面持ちをして言う。
「他の官吏に、慌てて頼み事をすることがあったとしても、絶対にしがみついたりしないように。命令しておく」
「申し訳ございません、はしたないことを……」
「もし命令を破ったら――……」
「……手を焼かれてしまいますか?」
この前、罰の魔法火で焼かれた時のことを思い出して、胸の奥がヒュンとした。よい魔法薬をもらったおかげで、ずいぶんと綺麗に治った手なので、また焼かれる事態は避けたい。
ヒヤヒヤしながら罰を問いかけたが……ルイヴィスは手で口元を覆い、顔を背けてしまった。
「あなたを傷つけることなどしない。……だが、相手をこの世から消し飛ばしてしまうかもしれない」
「わたくしじゃなくて、相手が罰をくらうのですか?」
「罰と言うか……ただの腹いせだ。……嫉妬するからやめてほしい」
「……えっ……あっ、そういう……。ええと……はい、気を付けます……」
ルイヴィスは照れを隠しているようで、彼の様子につられて、クロアも顔を赤くしてしまった。
賑やかな大食堂の中、二人の間にだけ、何とも言えない沈黙の間が流れることになった。




