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忘れた記憶


バラ園での騒動があった後、ジョセフ様は何もなかったかのように顔を上げ、私たちに帰るように促した。

私もあの状態で、もしまた何かあっても困るので、その促しはとてもありがたかった。

そして、それからジョセフ様との交流はぴたり、と止んだ。何か粗相をしてしまったのでは、とお母様は心配そうにしていたが、バラ園でのことはその日のうちにジョセフ様から両親宛に謝罪の手紙がきていたようで、何があったかなど問い詰められることはなかった。

私としては、あの一件で気づいたこともたくさんあり、自分のことをしっかり考える時間が欲しいと思ったので少しありがたい。

今は一人になれる時間を使って自分が疑問に思ったことや考えをまとめていたが、昨晩、漸くそれがまとまった。



……今、私の中で大きな謎は三つ。一つ目は、なぜ吸血衝動が抑えられたのか。二つ目はお母様が言った”私たち”に含まれる人は誰なのか。そして、三つ目はとても今更ではあるが花の痣を持つ他の三人は今どうしているか。

このことが分かれば、さらに私からジョセフ様を守ることができ、その上、この世界でお友達もできるのではないかと考えている。

ちなみに吸血衝動が抑えられた原因をお母様に聞いみたが、なぜそうなったか分からないようだった。そうすると、今は吸血衝動を起こす子、つまりバラの痣を持つ子と知り合いたい。そうすると、一つ目を解決する糸口を探すには二つ目、三つ目が不可欠なのである。

という事で、二つ目または三つ目を解決したいのだが、ここで一つ問題が発生した。……難易度が一番簡単そうな二つ目の謎を解決しようとお母様に尋ねたところ、返ってきた言葉が、



『あなたが忘れてしまっているのならそれでいいのよ』



だったのだ。

そこで私は気づいてしまった。実は、カーミラが身に着けたこの世界での記憶の中には思い出せないものがあるのだ。

例えば、カーミラの幼少期の記憶。ジョセフ様と最初に会った日のことや女王殿下と会ったと記憶しているお披露目会のこと…。特に人間関係についての記憶がほとんど残っていない。

なぜなのかと原因を探そうとするがどこから手をつけていいかも分からず、これに関してはお母様の協力も得られそうにないため地道に解決の糸口を探すしかない。


ということで、私が優先すべきことは花の痣を持つ他の三人が今どうしているのか調べること。これが分かればあわよくば接触をしてお友達になることができる、はず……。



「はずなんだけどなぁ………」



ベットに寝転がり、ため息を吐く。

今日はカーミラのことを知る、と言う目的で、部屋を少し調べていた。しかし、カーミラは日記帳を書くこともせず、手紙のやり取りをする相手もいないらしく何も進展がない。

出てきたのはたくさんの本、そして、いろんな言葉がびっしり書かれたノート。本に関しては絵本もあったが半数以上は活字ばかりの物だった。全てしっかりと読んではいないが中には研究者の論文のようなものもあり、カーミラがどれだけ賢い子どもだったのかが垣間見える。

確かにゲームのカーミラは決しておバカな悪役令嬢ではなかった。嫉妬に狂って主人公のことを虐めていたが、彼女は全令嬢の見本のような立ち居振る舞いでその立場を築き上げ、成績も優秀、1部の生徒からの支持もあった。だから周りを巻き込み、自身は関与していないと言ってもまかり通るような酷いいじめ方ができたのだ。人をそそのかし己の手は汚さない彼女はまさに国1番の悪女のように描かれていた。

そのため、ジョセフ様に悪事がばれてしまったカーミラは国にとって有害と判断されオリアに殺されてしまう。

他のキャラのルートでもそうだ、カーミラは断罪さえされなかったが他の令嬢たちはカーミラの人望を頼っていた。ただ、彼女たちは友達と言っていいほど深い関係ではなかった。これについてはゲームでは説明がなかったが、今の状況を考えるとカーミラが他の三人と距離を置いていたのか置かれていたのか、どちらかは分からないが活発な交流をしていなかったのだろう。

何にせよ、他の令嬢のことも自分自身のことも行動を起こさなければ知ることができないため、何かをするしかないのだが、どこから探るか悩んでしまう。



(シャオや他のメイドに話を聞いてみたいけど、自分のことを聞きまわって頭がおかしくなったとか、変な目で見られるのも嫌だし…)



ベッドの上でゴロゴロとしていると、ふと、ジョセフ様の言っていたことを思い出す。



『最近、君のほっぺが焼きたてのパンのようにふっくらしているってことだよ』



試しに自分の頬を触ってみると、あの言葉を否定するのは難しいと思う触り心地だった。



「…散歩に行こう」



私はそう呟いて、ベッドから起き上がったのだった。



――――――――――――――――――――


今日の空は厚い雲が遠くまで広がっていて、私にとっては活動がしやすい日だ。

庭に出てみると、私の足はバラが咲いてある花壇の方を向いていた。

この花壇は庭の隅、人目のつかないところに作られている。恐らくお母様の意向だと思うが、なぜ、こんなところに作ったのかは分からない。ただ、大切に大切に育てられていることだけは、美しく咲き誇る花たちが教えてくれた。

花壇の前に立つと、持ってきたハンカチを敷き、そこに座る。

はしたないと怒られそうだが、足を立てて、膝に肘をつくと、なんだか今だけはカーミラとは全く別の”私”がここにいることが実感できた。

…正直、何も考えずにずっとこうしていたい気分だ。

ゲームのことも何もかもを忘れて、カーミラとして生きていけたらどれだけよかっただろう。最近ふと、そんなことを考えてしまう。

ここに来てもう半年が経とうとしているが、私にとってここはいつまで経ってもとても息苦しく寂しい場所だった。

メイドたちは必要以上に話しかけてこない。教師も同じで、その日習ったことで議論をすることもあるが、それ以外の会話はない。お父様はもちろん、お父様を支えるお母様も忙しいのか、私に対しては優しいが、だからと言って家族の時間を取ることは少ない。そして、ジョセフ様からのお誘いは最近来ない。

時間が空いている時にすることと言えば、家の中で読書をするか、おやつを楽しむか、今日みたいに散歩をするかのどれかだった。

そのせいで、ここ最近は毎日カーミラのこれからについて必死に考えてしまう。いっそのこと逃げ出そうと考えたことがあったが、五歳の私が行動するにはどうしても不可能だ。



(私はいったいどうすれば良いのだろう)



はぁ、と息を吐き、丸まるように額を膝小僧の上に乗せる。

頭上を飛ぶ鳥のさえずりや風で揺れる木々の音が、今は少し安らぎを与えてくれた。

ゆっくりと目を瞑ると視界はもう真っ暗で、バラの微かな香りが私の身体に入ってくる。



『…カーミラ。あなたは本当に賢い子ね』



誰かの声が聞こえる。それはまるで、ハープを奏でているような落ち着いた声だった。



『私たちはね、賢く、従順で、このバラのように強かに生きていかなければならないの。花の痣を持つ子たちの上に立つものとして、その高貴さを忘れてはいけないわ』

『はい、────さま』

『でもね、それは時に孤独を生むの。だからカーミラ、その時は………』



その続きはなんだっただろうか。

どこかの温室で、金糸のような美しい髪の女性と、まだ今より幼いころの私の会話。

薄ぼんやりと脳裏に浮かんだ女性の顔は靄がかかったように思い出せない。



(今のは、カーミラの記憶…?)



私たちは、と言っていた。それに花の痣を持つ子たちの上に立つとも…。

あれは決してお母様ではない。お母様の声はこんなにゆったりとしていない。だとしたら、私と同じ開花したバラの痣を持つ人。すなわち、私が今、最も会って話を聞きたい人だ。

今のが本当にカーミラの記憶なのであれば、カーミラは彼女と面識があったのだ。しかし、今の私は彼女が誰なのかさっぱりわからないし、名前も思い出せない。お母様が忘れているならそれでいい。と言ったことを考えると、やはり私が今持っているカーミラの知識や記憶は不完全ということだ。

もう少しで何か思い出せそうな気がするのに、まるで霧がかかってその先を隠しているような感覚に気持ちが悪くなる。

少し気分を和らげようと思い顔を上げると、真っ赤なバラがこちらを見ていた。

零れ落ちてしまいそうな花弁ががくを飾り、空に真っ直ぐ伸びた茎たちが一つ一つの花の重みに耐えている。その茎に生えた棘は、花を守るため、そして自分が真っ直ぐ立つためにあるのだ。



(バラのように、か…)



この国はヴァンパイアと友好的な関係を保ったとはいえ、痣持ちの子に対して否定的な人間も多い。それは周りの国への配慮もあるが、大半はその能力の強さと立場を恐れている。

痣持ちの子は毎年生まれる訳では無い。しかし、私たちの年は4人も生まれてしまった。その上、全ての花の痣の子が生まれることはとても珍しい事だった。

そして、3人は爵位持ちだ。装飾品の製造で財を生したヴァー二ー家は元々平民だったが、その功績とフランが生まれたこともあり、男爵位が与えられた。痣持ちの子が生まれると王家との交流は必然なのも相まって、他の貴族からしたら一番蹴落としたい相手だろう。

自分で言うのもなんだが、そんな4人の中で一番上の立場は公爵家令嬢であり、開花をしたバラの花の痣を持つ、カーミラ・ファーミュである。

確かにそれを考えると、バラのように誇りをもって生きていけば、周りからも何も言われず過ごせるだろう。そして、持ち前のトゲで私だけでなく、他の花も守れるのだ。



――――――ゲームのカーミラを思い出してみると、嫉妬と執着心以外は令嬢としての立ち居振る舞いも何もかも完璧だった。恐らく彼女はバラのようにという言葉を意識していたのだろう。しかし、ヒロインに対してはそうではなかった。



『なぜ、あなたのような薄汚い小娘に私の立場をとってかわられないといけないのよ…』


拘束された女の乱れた髪は以前のような艶はなく、やせこけた頬はその肌の白さも相まって病人のようだ。ただ、目の前の少女を見つめる上質なワインのような瞳だけは爛々としていた。



『…いいわ、殺しなさい。ただ、一つだけ、あなたに忠告してあげる』

『私たちはね、人間なのよ。このわけのわからない能力を持っていても陽の下で生活ができなくても、それでもあなたと同じ、ただ一人の女性から生まれてきた人間なの』

『あなたが今から殺すのはヴァンパイアではなく人間なのよ。おめでとう、あなたは人殺しになれるわ。人殺しよ。ひ、と、ご、ろ、し』



カーミラの言葉にオリアはがたがたと震えだす。繰り返された言葉に一度決めたオリアの決意が揺らいだ。



カーミラがオリアに殺されるシーン。カーミラは命乞いをするわけでもなく、オリアにそう言い放った。己の死を前に逃げ出すことも喚くこともせず、ただ淡々とオリアを傷つける言葉を吐いた。

オリアには覚悟がなかった。大好きなジョセフを縛り付ける物を払い除けたい一心でカーミラと戦い、必要であるのなら己の力を持ってして彼女を殺す。そう決意したのは己を虐め抜き、ジョセフを苦しませるカーミラが祖母から聞いた昔話の極悪なヴァンパイアと同じに見えたからだ。

でも、そうであったとしてもカーミラは人から生まれた人間なのだ。いくら性悪でヴァンパイアの強い力を持つ存在だとしても、彼女は……。

その事実に気づいてしまったオリアに迷いが見える。それを嘲笑うカーミラ。


『何を迷っているの?殺すって決めたんでしょ?さあ、早く!その銀のナイフで突き刺してくださいな』


────ヴァンパイアスレイヤーさん


オリアはカーミラの言葉に自分の使命を思い出した。祖国からの期待や己の使命、そしてそのまだ先にある愛しい人の笑顔。そして……。



ヴァンプ オア リライフ……、今冷静に考えると主人公が人を殺す乙女向けゲームだなんて酷いゲームだ。結局その後オリアは罪悪感で1度ジョセフ様との関係を手放してしまう。しかし、そこでジョセフ様が手を伸ばしてくれて、ようやく2人はハッピーエンドを迎えるのだ。


何度も見た2人の思いが本当に通じあった時のスチルを思い浮かべる。ジョセフ様がオリアを力強く抱きしめるシーンはベタではあるが、感動で何度も涙を流してしまった。

そこにカーミラは居ない。いや、居てはいけない。

つまり、私はどこかで絶対に退場しないといけないが、現段階でどうやって婚約を破棄すれば良いのかもわからない。

そもそもジョセフ様はこのままどうするつもりなのだろう。一応ゲームでは婚約者として定期的な交流はあったようだ。その中で、カーミラはジョセフ様に執着し、吸血衝動を盾にジョセフ様を脅し続けたのだ。



『ジョセフ様、私はあなた様が居ないと死んでしまう身体なのです。あの日から、ずうっと………』


『もしジョセフ様が私から離れることがあれば、私もあの女と同じ運命を辿るでしょう』


『ねぇ、ジョセフ様、孤独は嫌ですわ』


『ジョセフ様────』



繰り返されるカーミラの脅迫のセリフ。この言葉たちはジョセフ様の良心を蝕んだ。

ジョセフ様は自分がいなければカーミラが死んでしまう事を知っていた。吸血衝動が起きた際に執着した相手の血を与えられなかった痣持ちは衝動が抑えられず、自我が保てなくなる。そうなるとその凶暴性から隔離をするしかないのだが、そのままどうすることもできず、痣持ちは満たされない飢えを感じながら衰弱し、最期には死んでしまう。


そう、カーミラが言ったあの女のように。



「あの女……?」


あの女って誰?

ゲームでは確かにそうカーミラが言っていたし、ジョセフ様もそれが確かだというようだった。

でも、今の"私"はその対象の人物を思い浮かべることができない。


カーミラが知らない人?いや、でもそれだと同じ運命を辿るなんて言わないだろうし、なにか文献があるのか、それとも……。


ふと、視界の赤が嫌に目に付いた。無意識にそれに目を向ける。品種は2つ。女王陛下の花、そしてお母様と………。




『穢らわしい。あなたの母親のせいで最悪な気分だわ』

『何が言いなさいよ。それとも恥さらしの子だからなんにも言えないの?』

『ねぇ、』



"アンテ・ルスヴァン"



土砂降りの雨の中、真っ黒な衣装で身を包んだ2人の少女が2人。1人は汚い地べたに座り込んでいる。その理由は気の強そうな少女が突き飛ばしたからだ。


これはそう、オーブリールートでのアンテの回想シーン。

アンテは母親を亡くしている。理由は吸血衝動。

ずっと家で療養していたが回復せず、衰弱して死亡。

この頃からアンテの家はおかしくなっていった。アンテの父は原因であった国王を恨むようになり、隣国の悪い人間と繋がりを作るようになって多忙の日々。その一方でアンテは母をなくし、父との十分な家族の時間を与えられず寂しさから引きこもりがちになる。そこで彼女を心配した父から与えられた奴隷のオーブリー。アンテは唯一心を開ける存在を手に入れて、執着してしまう。


そうだ、アンテのお母さんだ。確か名前は、



『──スフェラ様』



その瞬間、頭の中に雪崩のように記憶が流れ込んでくる。


『スフェラ様、今日はなにをお話してくださるの?』


『スフェラ様!この前ね、私、』


『スフェラ様……今日お母様とね、』


スフェラ様、スフェラ様、スフェラ様……、



カーミラから紡がれる声色は年相応の可愛らしいもの。その度に優しく微笑む女性。お母様や私と同じ金糸の髪に、真紅の瞳。



そう、カーミラは彼女が1番大好きで、大切で、尊敬をしていて、そして……



『穢らわしいわ』



世界で1番嫌いな人間だった。



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