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アイディオクス~i-Deox~  作者: ヨウ化カリウム
広がる闇に煌めく光
50/50

アシュリー奪還作戦

 時間、午前九時。場所、西府都市駅。半閉鎖的になった西府都市に武装した少年少女が五人。

 K2は上を向く。今日の日は快晴。

 騒がしくならない程度に雑談をしていた。そこへ、部長がやってくる。

「ごめん、遅れた」

 五分オーバー。しかし、全員、それを咎めたりはしない。それは相手が部長だからというわけではなかった。ただ、雰囲気を悪くすると、作戦に支障が出てしまうことを知っているからだ。

 部長は肩がけの大きなカバンを右肩に掛けていた。ここへは部長だけでなく、もう一人一緒に来ていた。連れられている。

「え? あれ?」

 誰となく声を出す。部長の後ろにいた少年は一歩前に出てきた。

「久しぶり」

 照れを含んだその声に、四人はしばし反応できなくなる。

「ヒカリがどうしてここに?」

 まず最初に声を出したのはチナだった。

 少し前の話になるが、この特別対策部から遠征に行った者がいた。少し成長していたが、正しく目の前にいる少年がそうである。船越光。それがその少年の名前だった。K2の二つ年下ではあるが、その実力は信用できる程だ。

「驚いてるね」

 部長はヒカリを見て笑う。ヒカリも笑いはしたが、苦笑いであった。それを見たK2は変わってないな、と思う。

「と、言うわけで、光くんが今日のためにわざわざ帰ってきてくれました」

「え、じゃあ、これからもまた一緒に?」

「うんうん、一時的に帰ってきただけだよ」

「じゃあ、今回のミッションが終わったら、またすぐに行っちゃうの?」

「うん」

 久々の再会に少し興奮気味になった一同だが、作戦が始まる時間はもうすぐとなっていた。

 頃合いを見計らって、部長は肩にかけていたバックから人数分の携帯端末を取り出す。そして、各人に配った。

「電源をつけてみてくれ」

 電源ボタンを押すと、画面に表示されたのは地図だった。地形を見るに、その地図はここ西府都市の物で、中央にいくつかの点滅している点がある。

「それはここの地図で、点滅してるのが君たちの持っているその電子端末だ」

 これはK2のアイデアだった。

 そこで、K2は全員を見ながら言う。

「ここから約南南東の地点に大きな窪みがある。ここは前回の作戦の時に初めて観測された。地図をスクロールしてくれれば分かるんだけど、その印がついているところがそう。本作戦はここを目的地として進めたいと思う。そこで、ルート別に班分けをしようと思う。ルートは二種類。地下水路を通って最短距離で向かうルートと窪みの裏に回って侵攻するルート……」

 そして、メンバーが決まる。最短距離で向かうルートはK2とチナと杏子。裏に回るルートはヒカリ、弥生、社となった。

「もう決めることはない?」

「まあ、今のところは……」

 チナの言葉にそう返答すると、チナは息を吸う。

「じゃあ、さく……ぅ……くしゅん!」

 チナが大切なところでくしゃみをしたせいで、締まりが悪くなった。そこへ、すかさずK2が言葉を入れる。

「ブレスユー」

「あー、それこの前学校でやったやつ!」

 弥生が少し興奮気味に言う。

「え? そうなの? 早くない? 私たちそれ教わったの三ヶ月くらい前だよ? ねぇ、社?」

 杏子の急なフリに社は不意打ちを受けた感じになる。

「え? そんなの覚えてないよ」

「社は物覚え悪いからねぇ」

「チナちゃんだって、人の事言えないじゃん」

「まあね」

 ヒカリはそれを呆然と眺める。K2はみんなと一緒に笑う。

「じゃあ、そろそろ行こっか」

 K2がそう言うと、皆が、そうだね、と言って、それぞれ固まってルートに向かった。

「気をつけてねー!」

「そっちもねー!」

 ルートに向かうその別れ際で手を振りながらそう叫ぶ。

 特別対策部は作戦を開始した。


 K2らは地下水路入口まで辿り着く。そこまでの道のりは想像以上に楽だった。というのも、数体の感染者は現れても不思議でないとは思っていたが、よもや、一体も現れないなんていう事態になっているからである。

 楽であるのと同時に少し胸騒ぎがするのであった。

「航ちゃん、ちょっと先に行ってくれない?」

「えぇ!? なんで俺が?」

「そんなの、航ちゃんが一番突入に向いてるからだよ」

「勝手にそんなの……」

「アイディオクスの中に入っちゃうほどだもん。今更地下水路に突入しようが核兵器に突っ込もうがそんなのちょろいもんでしょ?」

「簡単に言わないでくれよ。アイディオクスの中に入るのなんてそう気楽なもんじゃないんだぜ、まるで絶叫アトラクションがこれから始まるみたいな」

「なんだか急に楽しそうになったね」

 K2はチナを睨む。

「馬鹿言わないでよ。落ちるかもしれない乗り物をこれから乗ろうとするなんて、恐怖でしかないでしょ!」

「そんなこと思うの航ちゃんだけだよ。……ほら、なんか来たよ。早く行ってよ」

 人が一人やっと入れるくらいの大きさのマンホールからは、下へつながるはしごをよじ登ってくる、それはそれは血色の悪い人が近づいてきていた。

「これ、どう見ても地獄に引きずり込む番人みたいじゃん」

「先導を私たちにやらせるの?」

 もうそろそろ観念したK2は気は進まなかったが、突入するのを決意した。

「しょうがないなぁ」

 K2はそう言うと、マンホールの中へと飛び込んでいく。その豪快さは上ってきていた感染者をも気にとめていないようで。

 K2の足の裏に密着するように、感染者はまたマンホールの下へと引きずり込まれていった。足の裏からはe波を流した。

 意外と長いそれはやがて広い通路に出る。着地と共に感染者の頭部は跡形もなく、なる。見渡せば真っ暗だが、徐々に慣れてきた目は地下通路のその辺まで見えるようになってきた。

「いいよー!」

 地下通路からK2は外へ向けて叫ぶ。そして、チナの声が聞こえてきた。

 カンカンカンという錆びたはしごに足を一つずつ置いていく音が聞こえてくる。

 音が近づいてくると同時にK2はそちらを見ると、ズボンを履いたチナが目に入ってきた。

「チッ、ズボンかよ」

 何を期待していたのか、K2は心の中でがっかりする。

「おまたせ」

 チナが地下通路に降り、杏子もまた地下通路に入ってくると、三人は例の場所へと足を進めた。

「あ、そこ、ゴキブリ!」

 K2はチナの足の先を指さした。

「きゃあ!」

「嘘」

 K2は笑っているところ、チナの目は怒りに満ちていく。

「航ちゃんうざい! ムカつくー! 杏子ちゃん、航ちゃん酷くない?」

「そうだね」

 杏子は困っていた。

 地下通路は非常に暗く、懐中電灯の光がまるで吸い込まれるような闇が広がっている。気温は妙に暖かく、湿度が高いのがまた不愉快だった。床は濡れているだけでなく、ヌルヌルとしていて、気を抜くと足が取られてしまいそうである。また、生ゴミのような悪臭が微かにして、かなり居心地の悪い空間になっていた。例えばこんなコンディションの物件があったとしたら、墓の前に建っているという訳あり物件よりも人気がないだろう。

 さて、K2一行は地下通路内を着々と進行していた、のだが……。

「航ちゃん、右! 左からも来てる!」

「……はぁ」

「さすがね」

「航ちゃん、お疲れー!」

 K2は拳銃を納め、二人の方を振り向く。

「あのー、お二人さん? 君たちもやってくんない?」

「いいじゃん、航ちゃんだけで足りてるじゃん!」

「あのなぁ、俺の労力も考えてくれよ……」

「大丈夫大丈夫」

 チナがそう笑い飛ばした。

「ほら、先進むぞ」

「はーい!」

 K2はチナの気楽さに流されないようにしている。真面目な話、ここでK2までチナのテンションに乗ってしまったら収拾がつかないことにK2は今更ながら気づいたからだ。ちなみに、杏子は最初から分かっている。

 地下通路を窪みのあった方向へ進めば進むほど感染者の現れる頻度や数は増えていき、流石に二人もK2に加戦することとなった。本来、これが本当の形なのだが、そこは特対部と言ったところだろうか、部長譲りなのか結構楽観的である。たまにK2もそれに呆れることはあるのだが、前回の対策部署襲撃の時を思い返せば人のことは言えない。もちろん、思い当たる節はそれだけではないのだが、今はこのくらいにしておこう。では、他の者はそのような姿勢に対して思うところがないのかという疑問が出てくる。確かにあることにはあるが、この部署自体地位が高く、やることもやっているため、言うに言えないのだ。いやはや、なんとも厄介である。

 さて、K2ら一行はようやく地下通路の出口まであと半分のところまで来た。既に幾度と戦闘は繰り返され、無敗無傷でここまでやってきたのだが、そろそろ一体一体駆除していくのに飽きてきていた。

「まだ半分でしょ? キリなくね?」

「このままじゃもたないかもしれない」

 一体、さっきまでの元気はどうしたのかと思うくらい現実的で消極的な会話が暗い地下通路に響いていた。

「干渉歩行やってよ」

「労力が……」

「まぁまぁ、後でどら焼き奢るから」

「なんでどら焼きなの? 俺、あんこあまり好きじゃないんだけど……」

「別にー? ただ、昨日の私のおやつがどら焼きだったからだよ」

「知らねーよ」

「まあまあ。そう言わずにやってよ」

「じゃあ、後で何か奢ってよ?」

「気が向いたらねー」

 K2とチナが緊張感のない会話を繰り広げているその間、杏子は一人、感染者を駆除していた。そのスタイルは物陰に潜む感染者を得意で特異の第六感を働かせて、奇襲を仕掛けるというもの。

「杏子ちゃん! ごめんね! 航ちゃんが干渉歩行してくれるって!」

 その言葉を聞いた杏子は二人の方へ駆け寄る。

「ごめんね、航ちゃん。よろしく!」

 K2は頷く。二人はK2の後ろにまわる。

「はあ。じゃあ、一応e波を張るけど、シャボン玉を飛ばすように遠距離攻撃はしてね」

「「……」」

 K2はこの沈黙が怖かった。

「航ちゃんは何を言ってるの? 杏子ちゃん、分かる?」

「私には分からない……」

「もういいよ。なんでもない」

 K2は地下通路の出口の方を向いて右手を突き出した。K2の右手から放たれたe波は三人を包むようにドーム状に放たれ、包まれる。空間系e波の応用だ。

「前方5m、右のパイプの陰に一体いるな」

「私やるよ」

「了解」

「よろしくね」

 そう言って、チナはその方向に手を向けて放射系e波を放つ。そのe波は真っ直ぐ思うところへ飛んでいったと思うと、パイプの奥の人影に命中。それは吹き飛んだ。また、少し歩くといきなり左後ろから電気が走るような音がする。そちらを振り向けば、そこに見えるのは倒れて動かなくなった感染者だった。

 K2らはこの調子で出口へと向かった。


「そろそろ出口よ。航ちゃん、ここからは慎重に行こう」

「分かった」

 K2はe波を解く。三人はいつ感染者が来てもいいよう、心身共に構える。

「杏子ちゃん、アレお願い」

「うん、分かった」

 杏子は意識を集中させる。

 アレとは杏子の最大で得意分野であるスキルのことだ。当人やその周りの者は第六感と呼んでいる。これは使用者の周りの地形や生体反応などをe波を介して知ることのできるスキルだ。要するに、案ずるのである。あんずだけに。

「え、うそ……」

 杏子が声を漏らした。その声は一瞬にしてこの場に緊張感を漂わせる。

「どうしたの?」

 K2は杏子の目に驚きと恐怖の色を見た。

「陥落してる……。すぐそこのカーブを行った先で地下通路が終わってる。そして、その奥に強い反応が二つあるの」

「強い反応って?」

「なんだか、航ちゃんくらいの強い反応。でも、これはe波じゃない。e波に似てはいるんだけど……もっと、こう……邪悪なの。そう、アイディオクスの反応にも似てる」

 その言葉でK2は確信する。それがe-d複合波であること。そして、その反応の一つがアシュリーであること。しかし、K2はそれと同時に一つの見解に至る。それはとても嫌な予想である。

 杏子はなんと言っただろうか? e波とは違うと言った。つまり、アシュリーは……ウイルス属性寄生型アイディオクスに感染した、のだと。

 だけれども、K2は焦らない。なぜなら、最悪な結果ではないからだ。それだけではない。アシュリーが感染するということは、K2は予想していたのだった。

「杏子ちゃん、もうちょっと詳しく分かる?」

「その二人のことだよね? もうちょっと近づけば分かると思う」

「そうか。地下通路出口付近なら分かりそう?」

「たぶん。ひとまず出口まで行けば分かるよ」

「じゃあ、そこまで行こう。出口までで感染者はどこにいる」

「えっと………………」

 杏子の指示通りの場所にK2はe波を放つ。その度に感染者は倒れ、地下通路を死体で狭くする。その様子に状況に、三人は流石に慣れているのか拒絶反応を起こすことはないが、やはり、目の前に人が死んでいるこの状況は好ましくなく、思うところはあった。


 暗闇に明るい光の指す出口の周りには崖で覆われ、目の前には錆びて折れ曲がった金属の階段。崖の割れ目から出る汚水。瓦礫の山。栄えている西府都市でこの景色はあまりに悲惨だった。道は地下通路を出て左に伸びている。

「杏子ちゃん、どう?」

「うん。ここを出て左にずっと行くと右の方に小さな道があって、左カーブになって、その奥の開けたところに強い反応が二つ。一つはフードを被った奇妙な人。もう一人は……女の子? たぶん、航ちゃんの探してる人だと思うけど……」

「うん、言いたいことは分かるよ。でも大丈夫。策はあるから」

「そうなの? まあそれならいいけど……。それとそこが最奥部じゃなくてね、その奥にもう一つ開けたとこがあるの。そこに弱い反応が複数ある。これはe波かな?」

「えっ?」

「多分、弥生ちゃん達が目指してるのはそっちだと思う」

「まあ、そうでしょうね」

「それで、この出口を出たとこに、えーと、1、2、3……えっ……?」

「どうしたの?」

「たくさんいるの……。ちょっと時間かかりそう」

「まあ、そう言う事ならなんとかなるんじゃない? と、言うわけで……」

 K2はそう言いながら、拳銃を取り出し、カセットを入れ替えた。

「何するの?」

 チナが問いかけるが、K2はただ嗤うだけ。そして、拳銃を空の方へ向けて引き金を引いた。すると数秒後、空から黒い物体が舞い降りるように降ってくる。

「それは?」

「俺のとっておき。伝達系e波で呼んだの。もともとこの辺を監視させてたんだよ。もちろん、つい最近の話だけどさ」

「へー」

 K2の周りを漂うように浮かぶ黒い立方体。それには輝くような赤い線がある。

「ヘックス、監視モード解除」

「カンシモードヲカイジョシマシタ」

 K2はさっき替えたカセットを元のカセットに戻し、両手に拳銃を持つ。そして、一息ついた。

「よし、行くぞ!」

 K2はそう言って地下通路を出て走り出す。二人は戸惑って、地下通路を出るタイミングを失っていた。

 K2が飛び出すとそれに応じて隠れていた感染者も物陰から出てくる。

 K2は出口から20mくらいのところで後ろを向きながら急停車。振り向くと同時に右手の拳銃を何発か打つ。それらは全て命中。数体の感染者が倒れた。しかし、K2はそれを視認する合間もなく、次の行動に移る。

「ヘックス!」

 K2が叫ぶと、ヘックスはK2の頭上に浮遊した。そして、K2は体からe波を発するとヘックスの周りに特殊な空間系e波を展開させた。K2はそれに向けて引き金を引く。数弾にもなったe波の弾丸はヘックスにぶつかり、四方八方に散っていく。しかし、それは正確で、余すことなく感染者に直撃しては簡単に倒れていく。それはまるでe波の雨が降っているようで、感染者にとっては、アイディオクスにとっては脅威の雨だった。

「初めてやったが、上手くいったな、メテオ。命中率100パーセントか」

 ちょうど終わったと思われたところに二人が歩いてきた。

「よくもまあ、そんな元気があるねぇ。私に分けて欲しいくらいだよ」

 チナはそう言いながら、右から襲いかかってくる一体の感染者を所持していた短剣で薙ぎ払った。

「まあ、チナちゃんは俺より一歳おばあちゃんだからね」

「その言い方ひどー! そんなこと言ったら航ちゃんは杏子ちゃんより一歳おじいちゃんじゃん!」

「そうだよ?」

「そんな風に素直に認められると言い返せないよ」

「チナちゃん! なんか、集まってきたよ。沢山いる。こっちに近づいてくるよ」

「杏子ちゃん、どこから来るの?」

「あの上」

 そう言って杏子が指さしたのは10mほど上方。つまり崖の上だった。すると、指さした先にはちょうど感染者が飛び降りてきた。

「おいおい、最近のバンジージャンプってただただ崖の上から飛び降りるものなのか? あまりにもスリリング過ぎではないか? あれじゃあ、自殺じゃねーか!」

「そのまま死んでくれた方がこっちとしては楽でいいけど、でも、そうはいかないみたいね?」

 そこへK2は拳銃を構える。感染者がちょうど着地すると、K2は引き金を引いた。見事な着地でこれから動き出そうとしていたところだったが、e波が命中し倒れる。

 上を見上げると次から次へと湧くように降りてくる感染者の姿がそこにはあった。

「ねえ、二人とも、ここ任せていいかな?」

「え? でも、一人でじゃ多分……。策でもあるの?」

 杏子が不安そうにK2を見る。K2は不敵な笑みを浮かべる。

「いや、ないよ? 勝率0パーセントで宣戦布告だ」

「無茶だよ!」

 チナが怒るように言ってくるが、K2は焦らない。

「無茶じゃないよ。だって、すぐに来てくれるんでしょ?」

「ま、まあ……それは……」

「うん、じゃあ、そういうことでよろしく」

 K2は走り出そうとする。

「え? あ、ちょっと待って!」

 チナのその声にK2は足を止め振り返った。

「なに?」

「お楽しみはとっておいてよ?」

 K2はその言葉を聞いて笑う。

「りょーかい!」

 そう言って、再び走り出した。


 細い道を通って行くと、やがて開けたところが見えた。崖に囲まれた開けた場所。その中央には人影が二つあった。一つはフードを被った奇妙な者。もう一人は……。

「アシュリー……なのか?」

 そこにいたのはなくてアシュリーのはずなのだが、どこか様子が違った。雰囲気から、オーラから。しかし、一番大きい違いは外見だった。顔や腕に赤い線が入っているのだ。しかも、それはまるで心臓の鼓動に合わせるかのように生物めいた動きをしている。

「カキカワ……。ドウダ、コレガワガジッケンノセイカ」

「実験……だと?」

 無機物のような声に、低く低く唸るような声でK2は問う。

「ニンゲンヲアイディオクストカサセ、コノヨヲハメツサセル。カキカワヨ、キサマハイゼンノナカマヲコロセルカナ?」

「質問したいことはたくさんあるが、どうせ答えないだろうからな。お前には今回の件だけじゃなく、立塔駅の件もある。赦すまじ!」

「コチラハジッケンノツヅキヲスル。カキカワヲヤレ」

 フードのアイディオクスは、いや感染者だろうか、は身を翻し、奥の方へと歩き出す。

「待て!」

 K2が走り出す。しかし、アシュリーの横を通ろうとしたとき、アシュリーの鋭い蹴りが迫ってくるのを感じた。

「ちっ」

 K2は走るのを止め、アシュリーの蹴りをギリギリでかわしつつ後ろへ下がった。

 フードを被った者は足を止めることなく奥へ消えていった。

 K2とアシュリーが真正面で対峙する。

「よう、アシュリー。なんだか、最後にあってからまだ日にちが経っていないはずなのに、久しい気がするぜ。その顔の趣味の悪いタトゥーはどこで入れたんだ? それじゃあ、市営のプールで門前払いだぜ?」

「…………」

「これじゃあ、会話のキャッチボールにもならねーな。俺が一方的に投げ続けてるだけじゃねーか」

 K2はそしてため息をつく。

「……そうかよ」

 K2はそう言いながら右手に溜めていたe波を放つ。しかし、それを察知したアシュリーは右手をK2に向けた。その瞬間、K2のe波が消える。

 やはり、e-d複合波か。

 そう思ったK2はアシュリーの方へ走る。

「ヘックス、e-d複合波を感知したら、俺のe波を介してe波を当てろ!」

「リョウカイシマシタ」

 モノクローム·アドベント。K2は走ったまま、加速し、アシュリーの懐に潜り込んだ。その勢いのまま、アシュリーの左手首を右手で逆手で掴み、肘の裏の関節に左手を添える。その状態でアシュリーの両足を蹴り払いでバランスを崩させた。そして、手首を持った右手はK2自身の方へ、関節に添えた左手はアシュリーの体と逆の方向へ力を加え、引っ張る。アシュリーはK2のモノクローム·アドベントの速さについていくことが出来ずに、K2の後方に飛ばされた。しかし、アシュリーは地面と接する前に体勢を整え、地面に左手を当て、勢いのまま起き上がる。

「ほう、あそこから間に合わせるか」

 そう言いながら、K2はまた先制を仕掛ける。

 モノクローム·アドベントを解いたK2はアシュリーを追尾、アシュリーの手前で左足を交差させ、アシュリーの方へ跳ぶ。その時に、体を捻らせ、体を左に回転させる後に、右足でアシュリーの脇腹を横から蹴り込む。その時、アシュリーは左手でe-d複合波を放ったが、ヘックスの放ったe波で相殺される。当然ながら左手だけではK2の蹴りを抑えることができず、脇腹へと直撃した。それによって体勢を崩したアシュリーの首の後ろの襟を掴み、それをK2の方へ引き寄せながら両足を掬うように上に蹴る。アシュリーの体勢はうつ伏せになりながら倒れていく状態。そこを上からアシュリーの背中を踏みつける。アシュリーは地面に叩きつけられた。K2は右手で拳銃を掴み、素早くカセットを替え、アシュリーの頭に突きつける。その瞬間、アシュリーはその場で回転、うつ伏せから仰向けとなる。その動作によってK2は足を取られ、体勢を崩した。アシュリーはK2の右手首を右手で掴み、体勢を立て直しながら左手で腕の関節を決めようとしてきたが、間一髪、K2は掴まれた右手でアシュリーの右手を掴み返し、右へ引っ張って、アシュリーに背中を向けさせる。そのまま、背中を左手で押し、互いの右手が外れたところですぐに後ろに下がった。

 K2とアシュリーの間に距離を作る。

 K2は右手の拳銃を仕舞う。そのまま右手をリボルバー式拳銃を手にし、アシュリーに向けると同時に速射した。五発打ったe波はアシュリーに向かって飛来する。アシュリーはそれをe-d複合波で相殺させようとしたが、ヘックスにより、それが相殺された。アシュリーはやむを得ず後ろへと下がる。e波は見えないはずなのだが、アシュリーの感覚はアイディオクスに毒されたとしても変わることはなく、全てかわされた。

 よく感情を露にしていたアシュリーが無表情で戦う姿にK2は素直に気持ち悪く思う。それと同時にアシュリーではあるのにアシュリーでなくしたあのフードを被ったアイディオクスへの怒りをますます強くさせた。しかし、そうはあってもK2は冷静でいる。

 K2は超重力を引き起こす空間系e波をアシュリーの周りに展開させた。しかし、アシュリーはe-d複合波を展開させ、K2の空間系e波に相殺させる。しかし、それを相殺させようとヘックスがe波を放つが、アシュリーの別のe-d複合波によって相殺された。その状態でK2は手にしていた拳銃を向ける。そして、躊躇することなく引き金を引いた。流石にアシュリーも三種類のe-d複合波を操れないのか、K2が放ったe波を避ける。アシュリーはK2の攻撃を避け続けてはいるのだが、そのような状態でも少しずつK2に近づいていた。それに気づくK2。このまま近接戦闘に持ち込まれることに気づいたため、攻撃を一旦止めて拳銃を仕舞い、近接戦闘のために準備をした。

 アシュリーはその隙に距離を詰めてくる。K2は身構える。左腕にe波を溜め、アシュリーの攻撃に備えた。アシュリーはK2の懐に入っていき、e-d複合波を放ちながらK2に殴りかかってくる。それをK2が左腕で受けた。そして、その勢いのままK2は右手をアシュリーの額に密着、そのままe波を使って筋肉の細胞を強化し、関節を使ってアシュリーを押した。それによりアシュリーは後退し、距離を取って構えなおす。

 K2は足にe波を流し10cmほど宙に浮いた。そして、四肢にe波を流し込み、刃を作る。

「…………」

 アシュリーは依然として黙ったまま。と思うと、そのアシュリーに変化が生まれたことにK2は気づく。

 アシュリーの腕や顔にあるタトゥーもとい刻印が鈍く光出したのだ。そして、右腕を包むように大規模にも思われるe-d複合波が展開された。それは黒く鈍く光る大剣のようである。

「へー、そんなことできるのか。ちょっと驚きだ。でもまあ、アシュリーがどんな小細工を使おうと、俺のスキルの前では歯は立たないけどね」

「…………」

「……デジャブ?」

 そう言うと、右手を弓を引くように引いた。そして、半身になると……。

 背後にe波を集めて、推進力を生む。

 進んだ瞬間、アシュリーもまた走ってきた。アシュリーは右腕のe-d複合波を上に掲げ、振り下ろす。かなり速かったが、ギリギリでその攻撃をかわすと、右腕の右に入り、そして、アシュリーに向けて左手を突き出した。

「……」

 アシュリーはそのまま、K2の後方へ跳ぶ。

「もらった!」

 アシュリーの着地と同時に足を振り上げ、サマーソルトを決める。

 しかし、当たりそうなところでアシュリーにe-d複合波で防がれた。いや、e波を無力化された。

 K2が着地すると同時に、アシュリーはe-d複合波を横になぎ払うように攻撃してくる。

「うわっ!」

 K2はいきなりの横へのなぎ払いに、推進力を上に変えると、e-d複合波を前宙してかわす。と同時に、右手の刃とe-d複合波が接触し、相殺され、弱い引力が生まれた。

 K2が着地すると、バックダッシュで後退し、体勢を整える。

「…………」

 K2は右手をアシュリーに向けて突き出した。そして……。

 右手に作っていたe波を解放し、アシュリーに向けて解き放つ。

 アシュリーに向けて飛来するe波に対し、アシュリーはe-d複合波で相殺させた。

 K2はそして左手の刃もまた放つ。アシュリーはそのe波を消そうとしたが、その前にそのe波は破裂し、眩い閃光を解き放った。K2もまたアシュリーも視界を奪われる光の中で、K2は体内でe波を展開する。

 モノクローム·アドベント。

 K2はアシュリーの方一直線に駆け出す。まるで光が進んでいくような、まさに電光石火の速さでアシュリーの目の前まで来る。

 すると、K2はアシュリーの腹に両手を添えた。そして、モノクローム·アドベントを解放しつつ、e波を両手に溜める。

 その時、アシュリーは初めて動揺を示した。喉の奥から音が漏れたのが聞こえる。

 アシュリーはe-d複合波でe波に対抗しようとした。

 しかし、時すでに遅し。

 すでにe波を十分に溜めた両手から爆発が生まれた。

 それと同時に、その衝撃でアシュリーは後方に少しだけ吹っ飛んだ。K2は追随して構え直してるアシュリーの手を蹴り落とす。そこへK2は間合いを詰め、アシュリーに接近。

 e波を溜めたK2の右手の拳でアシュリーの腹を殴る。

「セイ!!」

 アシュリーは叫ぶこともせず、ただ腹部を抑え、その場にうずくまった。

 K2はすぐに後退し、アシュリーと距離を取る。

 やがてアシュリーは立ち上がり、平然を保とうとしていたが、K2の攻撃によるダメージは残っており、隠しきれていない様子が見えた。

 アシュリーは右手を拳銃の形を作るように、中指と人差し指だけ伸ばして、それをK2に向ける。アシュリーは目を細める。その瞬間、指の先からe-d複合波が放たれた。しかも、それは一回ではなく、連続で。

「はあ、くそ。これは使いたくなかったのにな」

 そう呟くK2の両手にはすでに拳銃が握られている。

「アナリストモード転換」

 e-d複合波は攻撃性のものではあったが、空気中を伝える波だけあって、裸眼では見えない。そこでK2は体内のe波の属性を変え、e波及びe-d複合波を見えるようにしたのだった。

 K2は拳銃を持ち上げ、e-d複合波を撃ち抜き、相殺させる。

「キリがない……か」

 K2はまるで諦めたかのように両手を下ろす。K2は拳銃をしまい、半身になった。左半身がアシュリーに向いている。

 しかし、アシュリーは容赦することなくK2にe-d複合波を放っていた。

 無抵抗のK2はそのe-d複合波をもろに受ける。

 連続した爆発がK2の下で発生した。

「これは俺じゃなかったら致命傷かもな」

 爆発で巻き上がった砂煙から見えたのは服の左袖は破れ、左腕は血で赤く染まったK2の姿だった。

 しかし、K2は痛がる様子を見せなかった。それは血まみれになっているはずなのに、怪我一つなかったからだ。

 それに気づいたのか、アシュリーは流石に動揺していた。

 その様子を見たK2は微笑を浮かべる。

「ヘックス、三次元立体プロジェクター起動」

「リョウカイシマシタ」

 ヘックスはK2の上に浮かぶ。すると、ヘックスから幾数の光が照らされた。そう思うと、K2の後ろからK2が三人ほど現れる。しかし、それらは立体映像では空中に映し出したK2の姿だった。それはK2と見た目似ていて、本物と違いはほとんどない。

「行くぞ!」

 K2や立体映像は全く同じ動きをする。

 さらに動揺したアシュリーはすでに動くことができなくなっていた。筋肉の緊張による硬直。人間的なその反応はK2を安堵させる。

 立体映像がアシュリーに襲いかかろうとすると、アシュリーはそれに反応する。しかし、攻撃を与えることも与えられることもできない。アシュリーに気がそちらに向いている時に、K2が好きをつく。ほとんど四対一に近いこの状況はまるで一人の女の子を複数の男子が虐めているような光景で見ていられなかった。しかもK2は勝機が見えて笑っている。それは正気じゃなかった。

 アシュリーは殴られて後退する。K2とアシュリーは対峙していた。K2は構え直す。一瞬、アシュリーの表情が鋭くなると、走って奥の道へと消えていった。

「逃げたか」

 K2はヘックスの三次元立体プロジェクターをオフし、アシュリーの後を追った。


「貴様!」

 K2の怒りは再び燃焼し出した。これはK2にとってますます憤怒させ、かつあまりに過激すぎる景色である。13歳のK2は教育上見てはいけないような18禁の世界がそこには広がっていた。

 緋色で彩られた土や壁は、もともとそういう色であったと信じたいくらいである。しかし、それは紛れもなく血液だった。

 さらに、K2から見て右側の壁の近くにある複数の十字架には全てに人が張り付けてある。拷問を思わせるそれはひとつの地獄を見ているよう。

 そんな開けたこの場所の中央にいるのがあのフードを被った者だった。その左側にアシュリーがいる。

 十字架に張り付けにされている見覚えのある顔を横目で見ると、沸き上がる怒りのままK2はフードの者に走っていく。

「殺す! ぶっ殺す!!」

 品のない言葉を叫びながら、K2は全身にe波を巡らせた。

 すると、突如、左から衝撃がくる。その衝撃にK2は吹き飛ばされた。フードの者の所へ到達する前に、攻撃を受ける。攻撃を仕掛けてきたのはアシュリーだった。

 一度K2はフードの者を睨む。そして、アシュリーに向いた。

「邪魔をするな、アシュリー」

 体中に巡らせたe波の属性をK2は転換する。モノクローム·アドベント。

 K2は電光石火の如くアシュリーに近づき、両肩に両手を添えた。流石のアシュリーも二度目とは言え、この速さについて行くことはできなく、抵抗することもできない。

 K2はその両手からe波による爆発を作り出し、アシュリーを吹き飛ばした。

 その後K2はアシュリーを追随する。しかし、アシュリーが吹き飛ばされるのに合わせて。K2は走りながら、リボルバー式の拳銃型e波専用機器を取り出す。

 アシュリーが地面に叩きつけられるように落ちると、K2は右膝で胸のあたりを踏みつけるように押さえつけながら、右手に握っていたその拳銃をアシュリーの額に当てた。

 K2は何も言うことなく、そして、躊躇うこともなく引き金を引く。

 その瞬間、アシュリーは身体をはねらせ、その場で動かなくなった。

 アシュリーの身体にあった奇妙な模様は消えていき、顔色も良くなっていく。

 しかし、K2はそんな変化を見ることもせず、すぐにフードの者に振りなおった。

「…………」

 長い沈黙が続くと思うと、その沈黙を先に壊したのはK2。

 K2は展開中のモノクローム·アドベントを解放し、そのe波を右手一点に集中、それをひとつの光線として放つ。

 フードの者は直立のままe-d複合波を展開、波紋状に広がるそれはe波と相殺した。とすぐに、K2は走り出す。フードの者の手前で飛びながら一回転、その勢いを使って右足の回し蹴り。しかし、しゃがみこまれかわされる。すかさず足を下ろさずにかかとで引っ掛けるように蹴るが、それもかわされた。K2は両手にe波を溜め、右手のストレートパンチ、左手のアッパー、右足の上段回し蹴りにかけ足をして間合いを詰め、横蹴りをする。しかし、それらは全て避けられたり受け流されたりされ、決まる技は無かった。

 それからも攻撃は続くが、全て決まらない。

「クソが!」

 K2は攻撃の中でe波も使ったが全て相殺された。

「ムダナノハワカッテイルダロウニ」

 K2は明らかに苦い顔をし、後退する。その動きに、フードの者は間合いを詰めようとはしなかった。ただ、左手をK2に向けるのだった。

「!?」

 構え直した時には、e-d複合波がK2に向かって飛来している。K2はすぐにe波を当てた。しかし、K2はそれがフェイクだとは気づかない。K2は相殺させたe-d複合波の後にもう一つ別の属性のe-d複合波がK2に飛来してきた。K2は避けようとするが、身体はすぐには反応しない。重症を覚悟で構えるが、そのe-d複合波は予想を裏切る属性を発揮させた。

 K2はe-d複合波に接触するや否や、それは四つに分かれ、四肢に収束する。e-d複合波の力の向きは変わることはなく、K2はそれに引っ張られた。

「どうなってる!?」

 K2の驚きの声は虚空に儚く消えてゆき、K2はそのまま壁に叩きつけられるように引っ張られた。

 K2はe波を放つ。しかし、e-d複合波は消えなかった。

「拘束……だと?」

 K2は四肢に収束したe-d複合波で身動きが取れない。K2はそれに動揺した。それもかなりのものだ。大事なテストで一問も解けないときのような。いや、命のかかったこの場ではむしろそれ以上かもしれない。

「ワタシノジッケンタイモマダマダダナ。ツカエナイヤツハヒツヨウナイ」

 そう言ってフードの者が視線を向けたのは、壁の近くに横たわるアシュリー。その時、K2は悪寒が走り背中に嫌な汗をかいたのを感じた。

「アシュリー!! 起きろ! 起きろ! アシュリー!!」

 今更になって、K2はアシュリーを気絶したアシュリーを起こさなかったことに後悔する。

 フードの者は早さを緩めることなく、手をアシュリーの後ろの壁の上の方に向けた。次の瞬間、手からは強いe-d複合波が放たれる。それは直線を描いて、壁に当たる。その衝撃で、人の体の5倍はあるかと思うくらいの岩がアシュリー目掛けて落ちていった。

 K2は目を瞑る。そして、諦めに近いような感情になりながら、その時を待った。しかし、K2の想像するその時は来ない。

 そう、岩が落下したときの音がなかったのだ。K2は恐る恐る目を開ける。すると、岩は宙を数十センチメートルほど浮いていた。

 岩が落ちる直前、アシュリーは目を覚まし、とっさにe波を使ったのだ。しかし、流石に大き過ぎる容積を持つこの岩は宙に浮かせるのが精一杯で、アシュリーは身動きが取れない。

 K2が安心するのもつかの間、フードの者はアシュリーに歩み寄った。今さらになって、K2は背中の冷や汗が引いていないのを自覚する。

「アシュリー! 今すぐ逃げろ!!」

 K2がいきなり叫ぶ。それはこのあとフードの者が何をするのか、大体予想がついたからだ。しかし、アシュリーの返答は生憎のものだった。

「無理! この大岩を浮かせるので精一杯で動けない!」

 K2は必死になる。身をよじり、どうにか脱出を図るが、どうにも動けなかった。

「くそっ! マジ、どうなってんだよ!」

 そう言うあいだにもフードの者は少しずつアシュリーに近づいていく。その度、K2は心の中に悔しさを抱かせていった。

 やがて、フードの者はアシュリーの目の前に来る。アシュリーはそれを視界に入れると、恐怖の目を滲ませた。

 フードの者は岩の下に右手を向け、左から右へ手を振る。その動作は、アシュリーのe波をe-d複合波で相殺させたのだ。K2は見ていられなくなり、強く目を瞑る。

「ああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 岩はアシュリーの脚に落ち、下敷きにした。アシュリーはその激痛に叫ぶ。その叫び声はこの場に響き、アシュリーはやがて気絶した。K2は怒りを滲ませた瞳を見せる。

「カキカワ、キサマニゼツボウヲミセヨウ。コレハミチヲマチガエタニンゲンノムクイダ」

 K2はその言葉の意味を理解できなかった。正確には何を言っているのかは理解できたのだが、それが何を意図しているのかは分らなかった。

 フードの者はアシュリーの目の前から消える。と思うと、瞬間的な速さで右の壁の近くの十字架に張り付けられている少女の前に立った。

「サテ、ゼンシンノケツリュウヲギャクリュウサセタラドウナルカナ?」

 その言葉を述べながら、フードの者は右手を上げ、少女に向ける。

「やめろおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 K2は再び絶叫する。しかし、いくら叫んでもこの状況は一転しない。

 意識があるらしい少女は喉の奥から掠れるような声、いや音を出しながら、涙を流した。しかし、その涙すら掠れていて、もはや、身体的にも精神的にも限界に近いことが伺える。

 すると、フードの者はe-d複合波を発する。それに反応した少女の痩せ細った体から赤い液体を吹かせた。吐血し、血の涙を流し、鼻や耳、穴という穴から多量の血を吹かせて、やがて、息絶える。顔は青白くなり、人間の赤みは失っていた。目には力がなく、これ以上ないくらい見開かれている。彼女の周りは見るに堪えないほどに赤く、赤黒く染まった。

「酷い、惨すぎる……」

 K2は心なくしたようなか細い声で掠れたような声で言う。すると、その声に反応したフードの者はK2の前に現れた。そして、K2の喉元を掴む。

「ぐはっ」

「ムゴイ……カ。キサマラニンゲンハコノヨウナコトヲヘイキデオコナッテキタ。イキルタメトイウギゼンノタメニキサマラハイクツノイノチヲコロシテキタカ。イマサラダロウ。タイショウガニンゲンニオキカワッタダケダロウ。ソレノナニガムゴイノカ!」

 無機質な声にまるで怒りが表されてるかのような声でK2に訴えるように話す。

「……そうかよ。それだけの理由かよ」

 フードの者は何も言わない。何も言わないが、喉元の手はきつく締められていった。

「かはっ! そ、そろそろだ。くっ、勝率百パーセントで宣戦布告だ」

 K2はそれから両手に力がなくなってい感覚に陥った。その時、フードの者のK2の喉を掴む手首にひとつの刃が当たった。フードの者の手首は切れることはなかったが、手を引き、後退する。

「私は特別対策部議長、高村ちな」

「こんな時でもお決まりか?」

 K2は必死に笑顔を作りながらそう言う。

「やせ我慢はしなくていい」

「悪い」

 そう言ってチナはK2の拘束されてる右手を解いた。いや、破った。

「どうやった?」

「航ちゃん、ちょっと冷静になりなって。それ、e-d複合波とやらじゃなくて、別の物質だよ」

 なるほど、とK2は思いながらK2は自由になった右手で、他の拘束を解く。e-d複合波で作った別の物質で拘束していたのだ。だから、e波が利かなかった。

 K2が拘束から解放されると、チナの横に降り立つ。

「杏子ちゃん、そこの岩の下にアシュリーがいる。救助して、e波シェルターで自動治療してくれないか?」

 チナを追って来た杏子にK2が指示を出す。

「でも、私、e波シェルター持ってないよ」

「これ使って」

 K2はポケットから三角錐の黒いe波専用機器を杏子に渡した。杏子は頷いて、岩の方へ走っていく。

 さて、フードの者はその行動に気にも止めず、K2とチナと対峙する。

「航ちゃん、アレ、そろそろ使えるんじゃない?」

「うん、使うつもりでいた」

 K2は喉元の襟を引っ張って緩める。

「オーケー、クソ野郎。ぶっ潰してやる」

 K2は目を見開いた。そして、低く小さな声で呟く。

「リミッター解除」

 刹那、K2を取り巻くように一陣の風が吹いた。その風は強く重い風。まるでK2がその風を取り込んでいるかのように。

 やがて風も収まり、静かになると、その静寂をひとつの轟音が打ち破った。アシュリーを潰していた岩が粉々に破壊されたのだ。その原因はK2の異常に高まったe波のせいである。

 それを目の当たりにしたチナは知ってはいたが、驚いてしまった。

「チナちゃん、いくよ」

「う、うん……」

 K2はe波で壊した岩の破片を持ち上げ、フードの者に叩きつけるように飛ばす。そこへチナが走り出した。フードの者は岩の破片をe-d複合波で静止させる。そこへチナが飛んできた。フードの者は後退する。しかし、一足先にモノクローム·アドベントでフードの者の後ろに回っていたK2は後退するフードの者の背中を思いっきり蹴る。そして、e波を放つ。しかし、フードの者はそれをe-d複合波で相殺。K2は連続的にe波を放っていたが、フードの者もまた連続的に相殺させていた。そこへチナが間合いに入り込んで短剣を振り下ろす。その短剣にはe波が流し込まれていたが、e-d複合波で相殺され、しかも、受け止められた。

 都記奈、悪い、技を借りるぜ。

 K2は心の中でそう呟いてから、一言言った。

「岡崎フラグメント」

 K2はフードの者の下辺りに大規模にe波を流す。しかし、性質も属性もないe波情報体であるため、それだけではなにも力は生まれなかった。そこへ、次々とe波情報体を流し込む。

 そこでチナは後退した。K2もe波を放つのをやめる。フードの者はチナを追いかけた。

「杏子ちゃん、チェンジ!」

 その声にアシュリー、そして十字架で拘束されていた者たちの保護を済ませ、後ろに待機していた杏子とチナが入れ替わる。杏子は真正面からe波を放つ。フードの者がe-d複合波で相殺させたその時、K2が後ろから膝のあたりを後ろから蹴った。バランスを崩したフードの者。そこへチナが前に出て、胸のあたりを短剣で刺す。その短剣は確かに胸に深々と刺さった。しかし、フードの者は、それを引き抜き、チナに攻撃。後退したところへK2を飛び越え、後退した。そこでK2は最後のe波情報体を流し込むと、地面から強烈なe波とプラズマが放出される。回避にもガードにも間に合わなかったフードの者はその攻撃に体が跳ねられて、宙を舞った。

 しかし、息絶えることはなく、一番奥の壁に着地する。そこでチナが言葉を発した。

「チェック・メイト、ね」

 いきなりフードの者を取り囲むようにいくつものe波が発せられた。それも幾重にもなる拘束系e波。そして、崖の上から三つの人影が現れた。

「ナイスタイミングね、杏子ちゃん」

「うん」

 そう言って二人は前に出ると、その二人も拘束系e波を放つ。

 フードの者はe-d複合波を放ち、脱出を試みるが、出来なかった。

「無駄よ。社の鳥籠、ヒカリと弥生の三次元光トラップ、そして、五人の結界。抜け出すことはできない」

 フードの者は諦めようとはしなかった。

「ヘックス」

 チナや杏子より少し後ろに立っていたK2は低い声でヘックスを呼ぶ。ヘックスは、K2の頭上に来て、浮遊した。

「赦すまじ……」

 K2は怒りに任せてヘックスを右手で力強く握る。すると、まるで化学反応が起こったかのように右腕に熱を帯び始めた。さらに、e波が右腕に収束し始める。それは勢い良く凝縮し、膨大な量のe波が集まった。

 その腕からは空間が歪んだような感じがある。スパークのようなものを放ち、周りは色褪せているように見え始めた。その場にいても分かるくらいのエネルギー量にフードの者は一歩足を引く。しかし、拘束から逃げ出すことはできない。

 K2は上に突き上げた腕を引き下げていく。

 もはや音すら感じられない。色すら認識できない。五感の全てが麻痺している感覚に陥った。

「……ジェット」

 K2は一度手を引き、腕を手をフードの者の方へ突き出した。莫大な量のe波は光線となって地面を抉りとりながら直進する。

 そして、e波はフードの者を飲み込み、消し飛ばした。それは跡形もなく。

 直進を続けるe波は壁を砕きながら直進を続け、崖に大きな窪みを、道を作った。あらゆるものが消し飛び、最後にはその軌跡だけがくっきりと残って終わる。

 その破壊力は脅威だった。いや、恐怖すらも感じられる程だ。

 特対部は辛うじて避けた。危うく消し飛ばされるところだった。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………」

 K2はその場に倒れ込む。そして、吐血した。

「大丈夫!?」

 チナや杏子、それに他の三人も駆け寄る。

 消し飛んだ壁、できた窪みには真上の太陽に照らされて影はなく、この場所に明るさが戻っていった。差し込む太陽光は彼らを照らす。

 風のないこの場所で、赤い一輪花が忙しくその身を揺らしていた。

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