20時
『宿があってよかったな』
『ええ』
少し内側の方へ向かうと、ネオン看板と木造家屋がひしめく商業区画に出た。ネオンは適当にあり合わせをくっつけていて文字は全く解読できないのが何とも言えない。そんなところに、私たちでも泊まれそうな程度の安宿がチラホラ。IDの残高とにらめっこして、宿を選び部屋に荷物を置いて向かいにある、コレまた安そうな定食屋……日の落ちたこの時間帯だと飲み屋になってるのね。
『日替わり定食二百円……コレかな』
『よくわからないから任せた』
「すみませーん、日替わりを二つ下さい」
私たちがもらったIDは九枚。その内三枚はモニカ用っぽい外国人ふうの名前のIDを渡しておいた。そして、それらの残高は事前に聞いていたとおり数千円。足せば二万円ほどになるけれど、「足りないからこっちのを追加で」という支払いをするわけにはいかないだろうから使い方が難しい。
『ところで実里、明日からどうする?』
『そこが悩みどころね』
転移してから百年も経っている上に戦争なんてのがあった時点で私の家族も友人も生きている可能性は限りなくゼロ。万が一生きていたとしても高齢、それもギネス記録並みだろうし、どこにいるのかも見当がつかない。それにそんなに経っていたら見た目は相当変わっているはずで、こちらから気付くことはまずないし、あちら側も他人のそら似としか思わないだろう。要するに頼れる身内はどこにもいないということ。
『とりあえず、するべき何かってのはないのよね』
『魔王でもいれば討伐に向かっても』
『魔王なんていないわよ』
『いないのか?』
残念そうなモニカに、ファンタジーじゃあるまいし、と心の中で付け加えていたところに、日替わり定食が運ばれてきた。
「はい、日替わりね」
「ありがとう」
肉野菜炒めにご飯に大根の味噌汁。さて、モニカは箸は使えないだろうな……と思っていたら、店が気を利かせたのかフォークがついていた。
だけど……周囲の、他の客からの視線が何だかおかしな感じだ。何かを狙っているような?ん?店員の様子も何だかおかしい?他に日替わりを頼んでいる客はいるようだけど、なんか表面が真っ赤になるくらいに七味唐辛子っぽいのを振りかけてビールで流し込んでいる。なんだろう?
『ま、とりあえず食べましょう』
『ああ』
私と一緒にモニカも両手を合わせる。異世界で私がやっていたのを見て、「そういうことでしたら」と習慣づいたものだ。
『『いただきます』』
肉野菜炒めを一口。
「ブフォ!」
『ゲホッ……な、なんだこれ。実里、こっちの食事はこんなにもひどいのか?』
口に入れた瞬間、生臭いを通り越して泥臭いというか、折り返しして二週くらいしてドブ臭いというか、とにかくひどい臭さが口の中いっぱいに広がり、同時に苦みとえぐみがジュワッと広がった。
「何よコレ……」
周囲を見ると、私たちの様子を見てニヤニヤしているのを全く隠さなくなっていた。全員、この日替わりがひどいってことを知っていたのだろう。そう、七味山盛りにしないととても食えたモンじゃないってことを。
『鑑定……げ』
『どうしたの?』
『鑑定結果……ゴブリンの肉』
『は?』
『ゴブリンの肉』
『な、なんでそんなものが?』
『うん』
日本にゴブリンなんていなかったはずなんだけど。
『とりあえずこの場を何とか凌ぐ!詳しいことは後で考える!』
『どうする?さすがにこれは鼻をつまんでも食べられたものではないぞ』
『野菜は普通っぽいので、肉と野菜を選りわけて』
『うん』
『私の錬金術で肉は分解。空間収納に燻製肉があるから肉はそれに入れ替え』
『了解……う……これ』
『え?何……へ?』
山と盛られた肉野菜炒めの中から出てきたのは、ぐにゃりと変な感触の筒状の肉。しかも端の方に丸っこいものが……
『最低な気分』
『うん……』
今まで、父と弟のしか見たことがないモノがそこにあった。食えるのかという疑問と同時に、何てものを出すんだと抗議したかったが、「肉野菜炒め」が何の肉なのか書かれていない以上、こんなこともあるという社会勉強かな。
『選りわけ完了』
『こっちも……じゃ、分解』
ゴブリンのだろうがなんだろうが、肉はタンパク質。アミノ酸の集合体で水素、炭素、窒素、酸素で構成されれいる。錬金術で強引に分解して水と二酸化炭素、窒素に再合成してやればきれいさっぱり消失。あとはそっと燻製肉を出してやれば、見た目はあまり変わらず。
『じゃ、改めて……』
『はい……んぐっ』
『ぐ……』
野菜にしっかり臭いがついていた件。




