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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第3章 中学生編 ― その瞬間を抱きしめて ―
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第23話 世界を騙す者達 ― 爆心 ―

【注意】

この章には、性暴力・虐待を連想させる発言(※設定上の“虚偽の告白”)が登場します。

直接的な描写はありませんが、こうした要素が苦手な方はご留意ください。

本作の流れの中では「物語上の戦略としての嘘」であり、実際の被害描写ではありません。


―――


始業式の夜。

外は静かなのに、部屋の中だけ不気味な光が瞬いていた。

誰かのスマホ画面が絶え間なく震え、通知が怒涛のように流れ込む。


匿名のオープンチャットは、もはや誰の制御も効いていなかった。


【篠見中学校情報板】


《外国人も嘘じゃね?》

《健気かわいいじゃなかったの?》

《二人は穢れた関係》

《彼女いるのに?》

《そりゃハーレムっしょ》


スクロールしても追いつかない。

流れていく言葉は、顔のないまま当人へ叩きつけられる。

画面の上で、他人事の刃だけが増えていった。


《ちゃんと避妊してんのかな》

《三人で何してんの?》


妙な熱気を孕んだ空白のあと、

誰かが“決定打”を投げた。


《ハーレムクソ野郎》


その投稿を合図に、コメントの速度は一気に跳ね上がる。


《キモ》

《エロ漫画みたいで草》

《ガチなら引く》

《先生案件じゃね?》


画面の向こうで、誰も“人”として見ていない。

ただ、形だけの情報がふくらみ、誰かの人生を雑に切り取って踊っている。

そこに体温も事情も、名前すら必要とされなかった。


スマホの光だけが、息をひそめた部屋をじりじりと焦がしていた。


―――


翌朝の始業前。

教室は、ざわめきに満ちていた。

隠しもしない。抑えもしない。

“見世物”を前にした群衆のそれだった。


「……昨日の、見た?」

「やっぱ同居してるんだって」

「春原さん、どういう立場?」

「外国人設定も、完全に嘘だったらしいよ」


囁きは小さくても数が多い。

ざわめきが机の列を伝い、教室中を震わせている。

声の粒が重なり、熱を帯びていった。


雪杜は前を向いたまま、石のように動かない。

咲良も同じ。

御珠は静かに席へ腰掛け、微動だにしない。


小学校から一緒だった何人かは、そのざわめきの質が違うと察していた。


(……来る)

(……これ、何か始まるやつだ)


その予感が、教室の中心に居座っている。


扉が開く。


「おはようございます」


高橋先生の声が落ちるが、返事は揃わない。

張りつめたものが喉を塞ぎ、言葉を飲み込んでいく。


「じゃあ、出欠とりますね」


名簿を開こうとした――その瞬間。


ガタッ。


椅子が床を擦る音。

御珠が立ち上がった。


全員の視線が、一点に吸い寄せられる。


「御珠さん?どうしました?」


御珠は先生を一度だけ見て、静かに頭を下げる。


そして。


「……皆さんに、言っておきたいことがあります」


高橋は、この時まだ気づいていなかった。

ここが“引き返せる最後の一歩”だったことに。


教室が静まり返る。

数名の生徒が、無意識に前のめりになった。


(……きた)

(天野劇場!)

(天野関連の、でかいやつ!!)


御珠はゆっくりと教室を見渡す。


逃げない。

誤魔化さない。

怯えない。


そして――胸を張り、宣告する。


「もうぬしらのくだらぬ噂には付き合っておれん。

 真実を語ってやろう」


ざわめきの膜が、裂けるように途切れた。


咲良が反射的に立ち上がる。


「御珠ちゃん!やめて!!」


しかし、御珠はその声を振り払う。


教室の中心で、宣告が炸裂する。


「妾に――子は成せぬ!」


瞬間。

教室全体が止まった。


次の瞬間、爆発。


「は!?」

「え、どういう意味!?」

「子どもが……できない……!?」

「マジで言ってんの!?」


咲良が叫ぶ。


「御珠ちゃん!!

 それは言わないって約束だよ!!」


雪杜も声を張り上げる。


「御珠だめだ!!」


誰かが立ち上がり、誰かがスマホを落とす。

椅子が倒れ、机が軋んだ。


御珠は揺れない。


「妾は孤児じゃ。

 幼き頃……人に言えぬほど、ひどい目に遭った。

 その結果……子を宿すことは叶わぬ身体となった」


「孤児!?」

「ひどい目って……なに……?」

「身体壊れたって……」

「ちょ、やば」


「御珠さん!やめなさい!!」


高橋の声も、もはや届かない。

教室は制御不能の渦になっていた。


御珠はただ前を向いたまま続ける。


「妾は、雪杜の未来に加わる資格を持たぬ。

 ゆえに……身を引いた。

 雪杜と咲良のそばで見守る未来を、妾は……選んだ」


咲良が叫び、その声が震える。


「それは……!

 それは言わないって約束だったのに!!」


咲良は御珠の元へ駆け寄る。


御珠は、一瞬だけ眉を下げた。

その表情は、この日初めて崩れた。


「もうよいのじゃ。

 妾は……疲れた」


咲良の息が止まる。


「そなたらが幸せなら、それでよい。

 妾がどう思われようと、構わぬ」


「……御珠ちゃん……」


咲良の声が泣きそうに揺れる。


御珠は、静かに両腕を広げた。


「咲良よ……共に歩んでくれるか?」


咲良がこくりとうなずく。

次の瞬間、御珠へ飛び込むように抱きついた。


「……一生一緒だよ……」


強く。

強く抱き合う二人。


雪杜は、ただ拳を握りしめ、立ち尽くした。

声も、動きも、すべて奪われている。


教室に無言が降りる。


誰も茶化さない。

誰も笑わない。

誰も言葉を挟めない。


――その直後。


「うおーーー!!」

「なんだよこれーーー!!」

「こんなの映画化決定じゃん!!」

「健気かわいいは存在した!!」

「天野の野郎はなんなんだよ!!」


教室が破裂した。


「静かにしなさい!!」


高橋の怒号が走る。

一気に音が引き、床まで震えた。


「御珠さん!春原さん!天野くんも!

 今すぐ、職員室に来なさい!」


有無を言わせない声。


「他の人は席につきなさい!

 今聞いたことを話題にするのは禁止です!!」


「事件」として処理される匂いが、教室を塗り替えていく。


雪杜は咲良を見る。

咲良はまだ御珠の服を掴んだまま離さない。

御珠はゆっくりと頷いた。


三人は教室を出る。


背中に――抑えきれないざわめき。


「……マジで何見せられたんだ……」

「やばすぎ……」

「このクラスで良かった……」


廊下に出た瞬間、扉が静かに閉まり、教室の音がすべて遮断された。


この日、世界が、切り替わった。


―――


職員室の扉が閉まると、外の喧騒が一気に遠のいた。

ついさっきまで廊下を揺らしていた叫び声が、壁一枚で曇っていく。


「……座りなさい」


高橋の声は静かで、それでも有無を言わせない重さがあった。


三人は並んで椅子に腰を下ろす。

咲良の指先はまだかすかに震え、御珠は目を伏せたまま動かない。

雪杜は唇を固く結び、前を見据えていた。


「……あれは、どういうつもりだったのか、説明してもらえますか」


言葉が途切れる。

机の上の紙の擦れる音が、やけに大きい。

張りつく無言の中、最初に口を開いたのは雪杜だった。


「……あれは――

 三人で示し合わせた、茶番です」


その言葉に、高橋の眉がかすかに跳ねた。


咲良も続く。

声は震えているのに、言葉ははっきりしていた。


「止めたのも……叫んだのも……

 全部、演技です」


御珠は静かに頭を下げる。

深く、深く、頭を垂れた。


「学校に迷惑をかけると分かっていて、やりました。

 ですが……他に方法がなかったのです」


「……方法が、なかった?」


高橋の声が揺れる。

責めたい気持ちと、理解しようとする気持ちがぶつかっていた。


雪杜は拳を膝の上で握り締める。


「隠しても、否定しても、噪ぎは消えない。

 だから……

 “触れちゃいけない話”にするしかなかった」


言い終えた瞬間、室内の張りが増した。


高橋はゆっくり息を吸って、吐く。


「……内容は事実なんですね?」


御珠はかぶりを振らず、静かに肯定する。


「そうです……

 だから……踏み込んで欲しく……なかった……」


声がわずかに揺れた。

御珠が人の前でこんな声を出すのは、本当に稀だった。


高橋はしばらく言葉を失い、やがて椅子にもたれ、長く息を吐く。


「……正直に言います。

 やり方は最悪です」


三人の肩が、揃って沈んだ。


だが――


「……理由は、理解できました」


その言葉だけは、救いのように落ちた。


「だからこそ、これは私一人で判断できません」


高橋はデスクの電話を取る。

機械的なボタン音が、やけに大きく響く。


「天野くんの保護者に、連絡します」


電話越しの呼び出し音が、三人の心臓に直接触れてくるようだった。


―――


一時間後。

職員室の張りは、まだ冷たく皮膚に残っていた。

静まり返った部屋に、扉の開く音だけが響く。


コンコン。


「失礼します」


修一が入ってきた。

姿勢はいつもと変わらないのに、その声には“すべて理解して来た者”の落ち着きがあった。


「おじさん……

 迷惑かけちゃってごめんなさい……」


雪杜の声は小さく、どこか震えている。


「いいんだ。雪杜くん」


その返答は柔らかかった。

だが、その目は状況を完全に飲み込んでいる大人のものだった。


高橋が尋ねる。


「……お話は、ご存じですか?」


修一は短くうなずく。


「はい。

 御珠の過去も。

 彼女が子を成せないことも。

 そして、二人が共に暮らしている理由も」


三人が驚いて顔を上げる。

言っていないはずの“核心”まで把握されていたからだ。


修一は静かに続ける。


「驚くことじゃない。

 それを知った上で、私は判断している」


その言葉には、揺るぎない重さがあった。


高橋は視線を落とし、言葉を選ぶ。


「……学校としては――

 未成年の男女二人の同居は、見過ごせません」


「承知しています」


修一は即答する。

だが、その直後――大人として、保護者として、彼ははっきりと言い切った。


「それでも私は、この二人の関係を、不健全だとは思っていません」


御珠が息を止める。

目が大きく開かれ、わずかに揺れる。


「むしろ――互いを守ろうとする、尊い関係だと考えています」


咲良の喉が小さく鳴った。


修一は、まるで三人の心の奥を代弁するように言葉を紡ぐ。


「御珠ちゃんは、雪杜の未来を最優先に考えている。

 雪杜は、その覚悟を理解した上で、彼女と暮らしている」


一度言葉を切り、視線に力を込める。


「これは、恋愛の問題ではありません。

 生活と、責任と、選択の問題です」


職員室の張りが変わった。

ざわつく心を置き去りにして、“理性の座標”へ引き戻された。


高橋は腕を組み、深く考え込む。


「……保護者が、そこまで言うなら……

 学校として、頭ごなしに否定はできません」


机の上を指でトントンと叩き、結論を整える。


「ただし、これ以上、同様の騒ぎが起きた場合、必ず再協議します」


「当然です」


修一は少しも揺れずに答えた。

そして高橋へ向き直る。


「今回の件は……

 私の監督不行き届きでもあります。

 申し訳ありませんでした」


深々と頭を下げる。


御珠も咲良も、思わず息をのむ。

雪杜の目が大きく揺れる。


高橋は小さく息を吐き、うなずいた。


「……分かりました。

 ひとまず、今回はここまでにしましょう」


「きょうは三人とも帰ってください。

 このまま教室に戻っても混乱が増すだけですので」


静かな決着。

けれど、誰一人として“解決した”とは思っていなかった。



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