第23話 二度目の夏、揺れる未来3
円卓の上にはメモが散らばり、PCのファンが低く回転していた。
体育館のざわめきも、もう耳に入るのは作業の雑音になっている。
朝霧が手を叩き、場を引き締める。
「じゃあ定石通り、ゴールを決めよっか」
駆は姿勢を正し、技術者の表情で言葉を並べる。
「デモ用に最低限必要なもの。
可能ならやりたいこと。
ビジョンだけ見せるもの、ですね」
朝霧は満足げに笑った。
「偉い!よく覚えてたね」
褒められた駆は、ほんの一瞬だけ耳が赤くなる。
駆は早口で続けた。
「最低限必要なのはアプリとマップだな。
ログインやSNS連携は可能ならやりたいこと。
自治体との連携やAIによる自動判定はビジョンだけ見せる」
朝霧は深く頷く。
「いいと思う」
駆はPCを引き寄せ、自分の担当をはっきり宣言した。
「俺はアプリ作成から入る。まずはGPS追跡と加速度センサーのデータ取得。
これをサーバーに飛ばすアプリだ。
時間短縮のために、画面には通報ボタンしか表示しない。
裏で情報を収集して定期的に飛ばすだけの単純なアプリだ」
雪杜は少し肩を落としながらも、前を向いた。
「僕がプログラミングできればマップ作成と分担できるんだけど……
AIのアシストがあればいけるかな?」
駆は首を横に振り、決定的に言い切る。
「いや。雪杜はプレゼン資料作成でいい。
PCは2台しかない。資料も絶対必要になる。
お互いできることをやろう」
「分かった。プログラミングは駆に任せる。
また駆が頑張る展開になりそうだね……」
咲良が勢いよく手を挙げる。
「私、寸劇のシナリオ書くね!」
史もメモ帳を開き、静かに宣言する。
「私はマップ画面の設計と、発表用の原稿を作ります」
その横で、御珠が少しだけ声を落とす。
「わたくしは……」
すぐに咲良が肩を叩き、笑顔で巻き込む。
「御珠ちゃんは、私と一緒にシナリオ書こう?
さーや様、今年も大活躍してもらうんだから」
「……わかった」
御珠はほんの一瞬だけ目を伏せる。
(妾、お荷物になってないかの……)
そんな気持ちを察したかのように、雪杜が優しく言葉を添えた。
「御珠、去年の優勝は御珠の演技あってこそだよ?
いまは頑張れないかもしれないけど絶対必要だから」
咲良も迷いなく支える。
「そうだよ御珠ちゃん。かわいいは正義!」
御珠は表情を緩め、小さく頷く。
「うん!」
(皆、優しいのじゃ)
場の明るさが一気に増した。
駆は手元のPCを叩きながら、作業の段取りを詰める。
「PC2台だから、1台は俺が使う。
もう1台は雪杜がメインで、史と咲良が交代で使う感じでいいか」
「うん、それでいこう」
咲良もすぐに計画をまとめる。
「私と史さん、紙ベースでアイデア出しして、あとでPCで清書する感じだね」
史は静かに頷いた。
「分かりました」
朝霧は六人を見回して、嬉しそうに手を叩いた。
「お、役割分担できたな。じゃあ、作業開始!」
こうして、チームの歯車がようやく一斉に回り始めた。
―――
体育館の窓から差し込む西日が、円卓の影を長く伸ばしていた。
まわりのチームも黙々とキーボードを叩き、紙をめくる。
張りつめた気配と昂りが、館内に満ちている。
その中心で、駆はPCに向かって指を走らせていた。
(アプリの作成方法は冬休みに史と試して覚えている)
(簡単なものならすぐに作れる)
(AIのアシストもあるし、この調子なら今日中にいけるな)
(マップは明日だ)
打鍵の音は、迷いよりも“確信”のリズムだった。
反対側では、雪杜が資料作成に集中している。
画面を何度も見直しながら、頭の中で文の組み立てを整えていった。
(……プレゼンの構成を考えないと)
咲良は紙に書いては消し、書いては破り……を繰り返す。
机の端には丸めた紙が小さく山になっている。
(さーや様、どこで登場させよう)
史は落ち着いた表情で、定規を使いながらマップのレイアウトを描いていた。
ペン先が紙の上を滑り、未来の画面が少しずつ形になる。
(マップの画面はこんな感じですかね)
史のメモには、赤丸でスタック地点、黄色のラインで危険道路――
そんな下書きが細かく描かれていた。
そこへ、小さな紙袋を抱えた御珠が戻ってくる。
「コーヒー買ってきたよ」
「栄養ドリンクもあるよ」
差し出された缶は、みんなの前にそっと置かれた。
(妾も頑張るのじゃ)
雪杜は思わず笑顔になる。
「御珠!ありがとう!!」
ちょうどそのタイミングで朝霧が駆の後ろへ回り込む。
「駆、ここはこうした方が早いぞ」
駆は画面を確認し、小さく会釈した。
「……ありがとうございます」
夕方が深まるにつれ、作業の熱がじわじわ増していく。
体育館全体が“何かを作り上げようとする力”で満たされていった。
作業はそのまま止まらずに続いていく。
―――
朝霧が腕時計を見て声を上げる。
「そろそろ夕食の時間だよ。作業は一旦休止で」
五人は一斉に椅子から体を伸ばした。
「「わかりました」」
食堂へ移動し、トレーを手に持ちながら談笑しつつ席につく。
史が自分のノートを駆へ差し出す。
「駆くん。マップはこんな感じにしてみたんですが、実現できそうですか?」
駆は描かれた画面案に目を通し、眉を寄せる。
(危険道路は全体が黄色になるのか)
(道路データがあればいけるか?)
駆は顔を上げ、朝霧へ尋ねた。
「朝霧さん。道路データってオープンデータとかで取得できますか?」
朝霧は食堂のざわめきの中で頷く。
「なるほど。道路全体が光る仕様なのか。
国土地理院にオープンデータはあるが、あれは扱いが難しい。
一泊二日じゃ無理じゃないかな。
あと、道路のどこからどこまでを光らせるのかの判断ロジックも必要になってくる」
駆はすぐ飲み込んだ。
「なるほど。
史さん、残念ながらこの仕様は実現が難しそうだ」
史は少し肩を落としながらも、穏やかに微笑んだ。
「そうですか……先に相談してよかったです」
駆は代案を提示する。
「アプリから送られた緯度経度を時系列で線で繋げば道路の上に重なるはずだ。
今回はそれでよしとしよう」
朝霧もすぐに賛同した。
「いいんじゃないかな」
こうして、現実的なマップ仕様がしっかり固まった。
―――
雪杜が時計を見て声をかける。
「咲良、そろそろシャワー浴びにいかないとやばいんじゃない?」
「え!もうそんな時間!?御珠ちゃん!史さん!いくよ!」
「わかった」
「はい……」
史は立ち上がり、駆の前で歩みを止めた。
声をかけるように近づいた――その瞬間。
「駆くん、頑張って」
軽く腰を落とし、駆の頬にそっとキス。
駆「え」
咲良「え」
雪杜「え」
御珠「ほう」
朝霧「大胆だねぇ」
(わ、私も雪杜に)
(妾も雪杜に)
雪杜は両手をバタバタさせて慌てる。
「ぼ、僕は平気だから!早く行って!」
御珠・咲良・史は、余韻を残したまま体育館を後にする。
――21:30。
駆が肘をつきながら画面を見つめ、ぽつりと呟く。
「できた」
雪杜は目を輝かせる。
「おお!アプリ完成だね!」
駆はデータの動きを確認しながら冷静に答える。
「あぁ。サーバのデータを見る限りはちゃんとデータを飛ばして、DBに保存されている。
あとはこれをマップに表示だな」
朝霧は満足げに腕を組む。
「まずまずの進捗じゃないか。
どうする?今年も使うかい?」
そう言って、去年と同じ“禁断のUSBメモリ”を取り出す。
駆は迷いながらも、確実性を取る。
「お借りします」
朝霧は時計をちらりと見て言う。
「1時までだよ」
―――
駆は布団に腰を下ろし、深く息をついた。
「ふー。今年は去年ほど必死にならなくていいと思ったんだけどな」
雪杜はベッドの上で伸びをしながら苦笑した。
「でも、明日間に合うか心配だよね」
駆は肩をすくめる。
「まぁ、大丈夫だろ。今年は手を抜ける箇所は抜くって決めた」
雪杜は少し申し訳なさそうに視線を落とした。
「僕はまた何もできないのが悔しいね。
僕もノート買おうかな」
「ミニPCはどうした?」
「え?ミニPCをどうするの?」
駆はあきれたように眉を下げる。
「モニターさえあればパソコンになるだろ」
「モニター?どっかにあるの?」
部屋にはテレビすらない。
雪杜は本当に“知らない子供”みたいな目だ。
駆は少し笑って答える。
「モバイルモニター。15インチくらいなら2万円で買える」
雪杜は固まったあと、震えた。
「もっと早く教えてよ!」
「はは。忘れてた。スマン」
そんな会話をしていると、パタと扉が開き、一年の三人が勢いよく入ってきた。
「先輩!お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
「よー、お疲れ」
「お疲れ様」
後輩たちは完全に“やり切られている顔”だった。
目の下にクマまでできている。
駆はニヤッとする。
「お前ら、軽い気持ちで参加して後悔してるだろ」
「え……はい。なんかゲームの作り方とか教えてくれるのかなと思ったのに、自分達で考えたシステム作れって……」
「明日発表とか、間に合う気がしないです……」
「先輩たち、去年はどうしたんですか?」
「俺らか?」
雪杜と顔を見合わせる。
「同じ感じだったよ」
後輩たちは揃って絶望したように頷いた。
「そうなんですね……」
雪杜が優しく尋ねる。
「何を作ることになったの?」
「除雪隊を呼ぶマッチングシステムです。
ボタン押すと自治体に連絡がいって、除雪隊が出動するっていう感じで……」
「なるほど」
(すでにありそうだな)
(自治体がそんなにすぐ動けるなら、誰も困らない)
(穴だらけ……だが言わないでおこう)
「まぁ頑張れ。
どんなものでも作り終われば達成感があるものだ。
物作りの楽しさを教えてくれるのがこの合宿のいいところだと思う」
「なんか達観してますね」
「去年乗り越えたからな」
「俺たち、先輩たちみたいになれますかね……」
雪杜は手をひらひらさせながら笑う。
「大丈夫だよ。僕なんか後半静観してるだけだったし」
駆は軽く手を叩いた。
「とりあえず、今日は寝ろ。明日が本番だ」
「「「はい!」」」
駆がふと問いかける。
「ところでお前ら、ノートPCは持ってるのか?」
三人は同時に顔を見合わせる。
「そんないい物持ってないですよ……」
「そうか……」
(俺一人で作業か……)
(去年の先輩四人が異常だったのか)
「俺はこれから作業するから、少しうるさいかもしれないが我慢してくれ」
「「「分かりました」」」
――しばらく後。
駆はPCを開き、コードを進めていた。
(……Leaflet.jsでOpenStreetMapを表示)
(……サーバーからGPS座標を取得して、Polylineで線を描画)
(……コードはAIが大部分を書いてくれる。俺は微調整するだけだ)
すると後ろで雪杜の朗らかな声が響く。
「そうそう!あのお肉、君たちも食べたの!?
めっちゃうまかったよね!」
「はい。超美味しかったです!」
「僕なんか温泉で御珠が話しかけてくるしさー。大変だったんだよ」
「なんすかそれ!?ギャグ漫画みたいっすね!」
(くそ!うるさいのはお前らのほうだったか!)
深夜の男子部屋に、笑い声とキーボード音が混ざり続けた。
雪杜は気づけば後輩たちにすっかり囲まれ、“篠見中のゆるい兄貴キャラ”として場を支配していた。
そして、駆は静かに作業を進めながら思うのだった。
(……今年の雪杜、妙にコミュ力高いな)




