表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第4章 中学生編 ― それぞれの場所 ―
117/133

第10話 おうち通信改革1

春休みのだらけた空気が居間に沈んでいた。

こたつの熱がじんわり広がる中、雪杜と御珠は並んで寝転び、スマホを縦にしたり横にしたりしながら画面を覗き込んでいる。


「雪杜、この動画面白いぞ!」


御珠が得意げに画面を突きつけてくる。

雪杜はこたつ布団に頬を沈めたまま、半分起き上がるような声で応じた。


「お、どれどれ」


ふたりの頭が自然と近づき、小さな画面の中で動く派手なサムネイルが、反射して瞳に映る。


「……二人で覗くと小さいね」


「うむ……もっと大きな画面で見たいのう」


御珠の声がやたら真剣で、雪杜は思わず居間の奥へ視線を投げた。

古い大型テレビが、音もなくそこにある。


「あの大きなTVで見られたらなぁ……」


ぽつりと言った言葉が、静かな部屋に溶けた。


雪杜は思い出したように、スマホを軽く振る。


「そういえば、家にWi-Fiないから、動画見るとパケット使っちゃうんだよな」


「ぱけっと?」


御珠は未知の単語に眉をひそめる。

雪杜は説明するために言葉を選びながら、空中を指でなぞった。


「通信量。なんて言うんだろ。情報が電波に載って飛んで来るんだけど、その量?」


「ふむ……電波の理……」


御珠はなぜか神妙な顔をしていた。


「とにかく、動画を見過ぎると、速度制限がかかってまともに見れなくなるんだ」


「それは困るのう……」


御珠はスマホを抱え込むようにして渋い顔をした。

お気に入りの動画が見られない、という現実が相当ショックらしい。


雪杜は天井を見つめ、こたつの端をぽんと叩きながら考え込む。


「Wi-Fi、導入できないかな……」


その呟きは、昼下がりの静けさの中で、小さな決意の芽として落ちた。


―――


PC室には、始業式直後のざわめきがまだ残っていた。

大きな窓から差し込む春の光が、机の縁で反射している。

咲良が職員室に呼ばれた愚痴を一通り吐き終え、ようやく雪杜が椅子に腰を落ち着けた。


「そういえば、今日は調べ物に来たんだ」


「調べ物?」


咲良がちょこんと椅子を回しながら首をかしげる。

その横で、駆はモニターに向かって何かの作業を始めていた。


「家の大画面で YouTube を見る方法」


「Fire TV Stick でいけるぞ」


「そう、それ」


駆の即答に、雪杜は助け舟を出された気分でPCに向き直る。

画面が青白く立ち上がり、キーボードを叩く軽い音が室内に広がった。


(うーん、結局 Fire TV も Wi-Fi いらうのか)

(Wi-Fi がないと話にならないな)


額に手を当てたまま、雪杜は小さくため息を漏らす。

隣の駆の方へ椅子を引き寄せる。


「ねぇ。駆の家って Wi-Fi ある?」


「あるぞ。うちは光回線に、無線ルータを導入してる」


「え、光。なんかかっこよ」


「親父がそういうの好きでな。なんか勝手にやってくれる」


「便利な父親だ」


雪杜は純粋な感嘆の声を漏らしながら、画面に映る配線図を眺める。


「光か。工事が要りそうだし、何か難しそうだな」


駆は椅子の背にもたれながら、解説に入った。


「ホームルータなら、工事不要でいけるぞ」


「なにそれ?」


「よくわからんけど、通信制限がない高速4G電波だ。

 ホームルータにスマホを Wi-Fi で繋げば使い放題になる」


「それだ!」


雪杜はすぐにブラウザを切り替え、「ホームルータ」と入力する。

検索結果が勢いよく並び、画面が情報で埋まっていった。


「なんか“WiMAX”ってのがいっぱい出てきた。違いがわからん」


「元は全部 KDDI の回線だ。

 料金やサポート体制の違いが中心だから、品質は概ね同じだぞ」


駆の言葉に雪杜は頷きながらスクロールを続けた。


「月五千円くらいだな。

 三千円代もあるけど、途中解約できないとか縛りがきついな」


そのとき、PC室の奥から軽い足音が響き、御珠が画面を覗き込むように近づいてきた。


「雪杜、調査は順調かえ?」


「ホームルータってのを導入しようかと。

 だいたい五千円くらいかかるらしいんだ」


「家に Wi-Fi があるなら、スマホは格安SIMで十分になるぞ?

 外でそんなに使うこともないだろ。

 音声付きでも月千円とかになる」


「え、何それ」


雪杜は即座に新しいタブを開き、「格安SIM」と入力した。

画面に小さな文字がびっしり並ぶ。


御珠は駆の肩越しに画面を覗き込みながら、感心したように言う。


「駆は物知りじゃのう。

 一家に一台、駆じゃの」


「俺を家電みたいに言うな」


ぶっきらぼうな返事だが、駆の耳がほんの少し赤くなった。


「ほんとだ2GBなら月千円」


「2GBは少なくみえるが、上限に達しても通信できなくなるわけじゃない。

 LINEや電話なら使える」


雪杜は計算するように指先で机を叩く。


「今、スマホ代が二人で六千円くらい。

 WiMAX を入れて、スマホを格安SIMに変えると……

 全部で七千円」


少し肩を落としながら呟いた。


「千円高くなっちゃう」


「むむ……」


御珠は眉を寄せ、スマホを胸に抱くようにして唸る。


「Fire TV できるし、家でスマホも使い放題になるぞ?」


駆の一言で再び雪杜は考え込み、静かに息を吐いた。


「……父さんに相談してみよう。

 ガス解約で結構浮いたって言ってたし……」


窓からの光が机に伸び、その言葉の輪郭をはっきりさせた。


―――


夜の天野家は静かだった。

外は冷え込んでいるのに、居間だけ灯りが落ちていて、畳の上に柔らかな影を作っている。

雪杜はスマホを握りしめ、深呼吸をひとつしてから発信ボタンを押した。


御珠は少し離れたところで、気づかれぬように見守っている。


「もしもし、お父さん?」


『雪杜か。どうした?』


俊明の落ち着いた声がスピーカー越しに広がる。

その響きは遠いようで近く、胸の奥をざわつかせた。


「あのね、家にWi-Fi導入したいんだけど……」


『Wi-Fi?』


「WiMAXっていうホームルータなんだけど、工事不要で使い放題なんだ。

 動画とか見放題になるし、スマホも格安SIMに変えればそこまで料金変わらないんだけど……」


説明が終わると、電話の向こうが静まり返った。

気にするなと言われても、雪杜の肘がこわばる。


『……いいぞ』


「えっ、いいの?」


俊明の返答はあっさりしていて、胸の内がふっと緩む。


『ガス解約で月三千円くらい浮いたからな。ホームルータ、便利そうじゃないか』


「ありがとう、お父さん!」


『それに、大画面で動画が見放題って良いじゃないか。御珠ちゃんも喜ぶだろ?』


「うん!」


ほんの小さな会話なのに、家族の気配がそこに宿っていた。


『というか、うちもそれにするかな』


「えっ!?」


『詳しく教えてくれ。家族全員で乗り換えるぞ』


思いがけない展開に、雪杜は慌てて姿勢を正した。

その様子に、御珠がほほ笑ましそうに目を細めた。


数分間、配線や料金の説明を続ける。


『なるほど。じゃあ、俺のほうで手続きを進めておくよ』


「ありがとう、お父さん」


その時だった。


『ぱぱーだれとおはなししてるのー?』


「え?パパ?」


俊明が小さく笑ったような息を落とす。


『おっと娘が呼んでる。また連絡するよ』


ぷつりと通話が切れ、部屋の静けさが戻った。


御珠がそっと近づく。


「どうじゃった?」


「うん……導入は問題ないって。

 むしろ、家族みんなで乗り換えるって喜んでた」


「これでWi-Fiが使い放題になるのじゃな!」


「うん……」


御珠は、その声の沈みをすぐに察した。


「どうかしたのか?」


雪杜は視線を落とし、手の中のスマホを見つめ続けた。


「最後、電話でぱぱーって呼んでる声が……

 あれが……僕の妹……」


部屋の静けさが張りつめる。


御珠は何も言わず、雪杜の動きを待った。


「……雪杜?」


「……うん」


雪杜はゆっくりとスマホを置き、唇を噛んだまま俯く。


御珠はその隣へ座る。


「……妹君、じゃな」


「うん……わかっていたけど……

 でも……声を聞いたのは、初めてで……」


その告白は、寂しさというより驚きに近い震えが混じっていた。


御珠は迷わず雪杜の手を取った。

小さく、確かに包み込むように。


「……雪杜」


「ん?」


「妾は、ずっとそなたのそばにおるぞ」


その言葉は慰めではなく、決意だった。


雪杜はゆっくり顔を上げる。

御珠はその瞳をまっすぐ受け止めながら続けた。


「妾とそなたは、家族じゃ。

 血は繋がっておらぬが……いや、繋がっておらぬからこそ、選んで、一緒におる」


その“選んだ”という響きが、雪杜の胸を静かに叩いた。


「……御珠」


「そなたが寂しいと感じるなら、妾も一緒に寂しいのじゃ。

 そなたが笑うなら、妾も一緒に笑うのじゃ。

 それが、妾とそなたの家族じゃ」


雪杜は目を潤ませ、しかしどこか安心した色を浮かべる。


「……ありがとう、御珠」


御珠は晴れやかに、子供のように嬉しそうに微笑んだ。


「さあ、Wi-Fiが来たら、動画をいっぱい見るのじゃ!」


「うん……!」


その返事はしっかりしていた。

笑顔もようやく戻っていた。


それでも――

心の奥には、小さな寂しさが確かに残っている。


けれど、隣には御珠がいる。


その事実が、雪杜に前へ向く力を与えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ