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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第4章 中学生編 ― それぞれの場所 ―
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第5話 おうち改造計画3

午後の陽が傾きはじめた頃、四人は天野家へ戻った。

玄関には段ボールが積まれ、ちょっとした引っ越しのような光景になっている。


台所から修一の低い声が響いた。


「よし。IH取り付け完了っと」


雪杜は思わず頭を下げる。


「何から何まで、ありがとうございます」


「おう。気にするな。

 このいらなくなったガスコンロは俺が持ち帰って捨てとくよ」


「お願いします」


その横で御珠が、新しい道具を前にした子どもみたいに落ち着かない。


「雪杜、早速湯を沸かすのじゃ」


「うん」


スイッチを押すと、IH特有の低い唸り音が台所に広がった。


「これ、熱くなってるのかな?」


咲良は横で笑った。


「うち、IHだけどこんな感じだよ?」


しばらく見ていると、やかんの口から白い湯気が立ち上がる。


「え!?もう沸いた!IHすご!」


御珠は手を叩かんばかりに身を乗り出した。


「凄いのじゃ!これですぐに茶が飲めるのじゃ!」


咲良はその姿を見て、胸の奥でそっと微笑む。


(御珠ちゃん、かわいい……)


雪杜は急須を用意しながら振り返った。


「さっそくお茶入れるね。

 おじさんもお茶くらい飲んでいってよ」


「わかった」


四人はこたつに入り、湯飲みを手にした。

湯気が四角いテーブルの上で揺れて、指先の冷えがほどけていく。


「ふー。いっぱいお金使っちゃったな」


愚痴めいた雪杜の声に、御珠は首を振る。


「じゃがこれで生活が楽になると思えば、無駄ではなかろう」


「そうなんだけど」


修一は湯飲みを置きながら尋ねた。


「ベッドはどこに置くんだ?」


「それなんだけど、僕の部屋を寝室専用にしちゃって、勉強机とか本棚はおじいちゃんの部屋に持っていこうかなって」


「なるほど。晴臣さんの部屋を書斎にか。

 いいんじゃないか?」


咲良が少し気になったように尋ねる。


「御珠ちゃんの部屋ってないの?」


御珠は一瞬だけ考え、答えを拾い上げたみたいに言った。


「妾の部屋……考えたこともなかったの」


「そっか。ついでだし、御珠の部屋も用意する?

 二階がまるっと空いてるよ?」


「うーむ。二階は寒そうじゃの。

 妾の部屋は仏間でもよいぞ?

 晴臣も喜ぶじゃろ」


(さすが神……仏間でも平気なんだ……)


雪杜は内心で冷や汗をかきつつ、話題をまとめにかかった。


「そ、そっか。

 まぁ追々考えることにしよっか」


修一は立ち上がり、上着を手に取った。


「さて、俺はそろそろお暇するよ。

 暖房工事の日にまた立ち会いに来るから、後は若い者同士で仲良くやってくれ」


「おじさん。本当にありがとう!」

「世話になったのじゃ」

「お昼、ごちそうさまでした」


「おう。じゃあな」


そう言って修一は玄関を出ていった。


物音が遠のくと、咲良がこたつ布団をぎゅっと握り締めた。


「ストーブとベッド、楽しみだね。

 ねぇ、全部揃ったらまた来ていい?」


雪杜は口元をゆるめた。


「もちろんだよ。

 いつでも遊びにきて」


御珠も隣で満足そうに頷く。


「いつでも来ると良いのじゃ」


「うん!」


咲良は満面の笑みを浮かべ、その声が部屋の中を明るくする。


そしてその夜。

買ったばかりのIHで温め直した咲良のカレーは香り立ち、二人の舌をほぐす温かさだった。

新しい暮らしの一日目を、湯気ごと食べていくみたいに。


―――


二日後の午前。

天野家の中は、落ち着きどころを探すみたいに物音が増えていた。

工事の日だと分かっているせいで、視線が何度も時計へ戻る。


「今日は午後から業者さんが来るよ」


雪杜が声をかけると、御珠はこたつから顔を上げ、こくりと頷いた。


「うむ」


「薪ストーブの位置が一番部屋が温まるから、これをどかしてストーブ設置するんだって」


「なるほど」


冬の間ずっと家を温めてきたストーブへ目を向けながら、雪杜は息をつく。


「ってことで、あとは薪をくべずに、ストーブをすぐ動かせるようにする必要があります」


「なんと」


御珠の素直な驚きに、雪杜は口元をゆるめた。


「せめて僕の部屋にある石油ストーブ、つけとこっか」


「そうじゃの」


―――


午後。

玄関のチャイムが鳴いた。


「おじさん、いらっしゃい」


「おう……寒いな」


修一は上着を脱ぎながら、リビングの冷えに肩をすくめる。


「うん……ストーブ動かせるように消してるから」


「わかった。

 業者が来る前に、ストーブどかすか」


三人で古い薪ストーブを動かした。

鉄の重さが床にずしりと響き、煙突から黒いススがこぼれ落ちる。


「うわ……これ、掃除大変だね」


「まぁ、冬の名残だな」


再びチャイムが鳴く。


修一が玄関を開ける。


「おう、来たか」


「天野様宅ですね。

 FF式ストーブの設置工事に参りました」


「お願いします」


雪杜と御珠が廊下からそっと覗いた。


「おお……

 これが“えふえふ”を設置する者か」


「御珠、邪魔しないようにね」


「うむ」


業者は淡々と手順を確認しながら、設置場所を見て回る。


「こちらに設置ですね」


「大丈夫です」


「外壁に穴を開けて、給排気管を通します」


「はい」


工事が始まった。

ドリルの音が壁を震わせる。


「……すごい音じゃのう」


「うん……」


「まぁ、仕方ないな」


御珠はふと、部屋の隅に移動させた薪ストーブへ目を向けた。

指先がこたつ布団の縁をつまみ、ほどける。


「……晴臣が、よく薪をくべておった」


雪杜は手を止めた。


「今年の冬は、妾が火を熾したこともある」


「……そっか」


「……でも、もう薪は少ししかないのじゃ。

 使えぬのう」


「……そうだね」


御珠は視線を下げた。

指先が布団の縁をもう一度きゅっと掴む。


「……でも、まだストーブはここにあるのじゃ。

 晴臣の……思い出が」


雪杜はそっと、御珠の肩に触れた。

触れられる距離のまま、体を寄せて立つ。


「……うん」


―――


数時間後。


「設置完了しました」


「ありがとう」


業者が電源ボタンを押す。


ピー……と小さな起動音。

続いて内部で火花が散るような音が響いた。


「石油は簡単に火が付かないんだ」


一分ほど待つと「シュボッ」と音を立てて着火する。


ゴォォォォ……


新しい温風がゆっくりと部屋へ広がっていった。


御珠の目が丸くなる。


「火が……出ておらぬ……?」


「これは火が見えないタイプのやつですね。

 小窓で炎が見えるタイプもありますよ」


「……中で燃えておるのか?」


御珠はそっと手をかざした。


「……温かい!!」


その声は、新しい術を見つけた子どもみたいに弾んでいた。

温風が室内を押し広げ、冬の冷えが後ろへ退いていく。


「すごい!あったかい!

 ボタン押すだけだしめっちゃ楽!」


「うむ!!

 これは、まこと不思議な理じゃ!!」


業者が苦笑しながら頭を下げ、帰っていった。


―――


点火式を終えると、御珠は温風の前にそっと座った。

雪杜と修一も並んで腰を下ろすが、御珠の視線は新しいストーブに吸い寄せられたままだ。


部屋の隅では、役目を終えた薪ストーブが黙って置かれている。

黒い鉄の胴が、さっきまでの冬を抱えたまま動かない。


御珠は、問いかけるように口を開く。


「……薪を入れなくてよいのじゃな」


雪杜が穏やかに答える。


「うん。ボタン押すだけ」


御珠は温風の出口を見つめ、眉をわずかに上げた。


「……便利じゃのう」


横で修一が補足する。


「温度も自動で調整してくれるしな」


「ほほう……」


御珠は仕組みを飲み込もうとするみたいに、しばらく視線を動かさなかった。

熱の流れと、見えない火の位置を頭の中でなぞる。


「……晴臣も、これを見たら喜んだかの」


修一は優しく笑う。


「……ああ。

 晴臣さんなら、『便利になったもんだ』って笑うだろうな」


「……うむ」


雪杜も、小さく呟いた。


「……おじいちゃん」


御珠はゆっくり薪ストーブへ視線を向ける。


「……あの薪ストーブ、いつか片付けるのか?」


「……どうしようか」


「急ぐ必要はないだろ。

 思い出の品だ。

 いつか、お前らが決めればいい」


「……うむ」


新しい温風は途切れずに流れ続けていた。


「これで、冬も安心だな」


「はい」


「うむ!

 妾たちだけでも、温かく過ごせるのじゃ!」


修一は二人を見ながら、目を細める。


(……晴臣さん。

 この子たち、ちゃんと育ってますよ)


そう心の中で呟きながら、部屋の冷えが薄れていくのを見守った。

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