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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第3章 中学生編 ― その瞬間を抱きしめて ―
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第28話 御珠ブレイク ― 家族の温度に触れる日 ―

早めの昼食を終え、冬の冷たい外気へ踏み出した雪杜と御珠は、並んで駅前へ向かって歩き始めた。

足元で雪がぎゅっ、と柔らかく鳴る。


「きょうは『だーれじゃ』はしないの?」


雪杜がぽつりと漏らすと、御珠はマフラーの端を指でつまみながら穏やかに答えた。


「ん?やっても良かったが……駅前で待つのも寒かろう」


「まぁ、そうなんだけど」


言葉とは裏腹に、雪杜はわずかに肩を落とす。


(あれ……けっこう好きだったんだけどな)


歩幅は自然にそろい、白い息がふたつ並んで浮かぶ。


「きょうは修一の家への訪問だでの。あまり“デート感”もなかろう」


「うーん……」


雪杜は視線を落とし、小さく息を吐く。


(もうちょっと……いちゃいちゃしたかったな……)


それを拾うように、御珠の頬へかすかな赤みが宿る。


「なに、いつも家でいちゃいちゃしておるではないか」


「そ……そうだね……」


思わず足がもつれそうになり、雪杜は視線をそらした。

その反応に御珠もまた目を伏せ、かすかな照れを隠しきれない。


雪道の上に落ちる二人の影は、さっきより近い。


ふと、雪杜のまなざしが御珠へ吸い寄せられる。

整えられた髪、彼と一緒に選んだ淡い色のコート。

今日は神衣ではなく、私服だ。


(……すごく似合ってる……

 僕と選んだ服を着てくれてるって……嬉しい……)


その視線に気づいたのか、御珠が首を傾ける。


「……ん?どうしたのじゃ。そんなに妾の顔ばかり見て」


「えっ!?な、なんでもないよ!」


一気に慌てた声が雪へ吸い込まれた。

御珠の胸が、くすぐったそうに波打つ。


(……そんなに見つめられたら……妾も照れるのじゃ……)


二人の歩幅はさらにゆっくりになり、雪杜の呼吸が一定に揃っていく。


「そなた、緊張でもしておるのか?歩き方が妙に一定じゃ」


「え!?い、いや……そんな……」


御珠はマフラーの奥で小さく笑みを含ませた。


(ふふ……照れておる照れておる。可愛いの……)


やがて駅前の和風カフェが見えてきた。

淡い木の香りと、落ち着いた照明が窓越しにこぼれている。


「ここの抹茶ケーキ持っていくの?」


「うむ。前回、そなたと戴いた甘味が殊のほか美味での。

 ……礼を形にするのは良きことじゃ」


「あれ美味しかったよね。和江さん気に入るかな」


「きっと気に入るであろ」


店内へ入ると、温かなぬくもりがふたりを包む。

店員が御珠を見て一瞬動きを止め、慌てて姿勢を整えた。


「い、いらっしゃいませ……!」


見惚れたような反応に、雪杜がわずかに肩をすくめる。


「抹茶のケーキを包んでくれぬか?

 えーっと、いくついらうのじゃ?」


御珠がメニューを見渡しながら首を傾けると、雪杜がそっと数を数える。


「御珠と僕と修一おじさんと和江さん。

 あと……奥さんと息子さんもいたはずだから六つかな」


「ほう。修一にも息子がおったのか」


「あ、うん。僕も直接会ったことはないんだけど……確か去年高校生に上がってたはず」


「ふむ……ならば、雪杜も話しやすかろう」


「たぶん、普通の高校生じゃないかな……?」


「そうであると良いの。では六つもらおうか」


「……か、かしこまりました!抹茶ケーキ、六つですね!」


店員が急ぎ足で包装に向かう。


商品を受け取り外へ出ると、再び冬の風が頬を撫でた。


御珠は袋を抱えながら、小さく息を整える。


「さて……これで修一らへの挨拶は整ったの。行くとするか」


「……うん。でも……なんか今日の御珠、雰囲気違う気がする」


御珠は横目で雪杜を見つめ、わずかに唇を緩めた。


「そなたと“二人きりの時間”じゃ。違って当然であろう?」


「……っ!」


雪杜の息が白くほどけ、胸元へこぼれ落ちる。


(……この顔を見ただけで……妾は今日を迎えた甲斐がある……)


そんな想いが御珠の胸奥でふわりと揺れた。


二人は雪の舞う道を、並んで歩いていく。

その距離は、さっきより、ほんの少し近かった。


―――


修一の家の玄関前は、午後の淡い冬光に照らされていた。

雪杜と御珠が並んで立ち、インターホンを押す。

しばらくして、内側から弾むような足音が近づいた。


扉が開いた瞬間、温かな空気と賑やかな声がふたりを迎える。


「あら!雪杜くん!御珠ちゃん!

 待ってたよ!さぁさぁ、上がっておくれ」


和江が笑顔を咲かせる。

その明るさに、外の冷たさがするりとほどけた。


「お邪魔します」


「お邪魔するのじゃ」


靴を脱ぐ二人の肩へ、和江が気遣うように声を落とす。


「寒かったでしょ。ストーブで、あったまって」


リビングへ案内されると、修一が椅子から立ち上がった。

落ち着いた所作で会釈する。


「よく来たな。道は大丈夫だったか?」


「うん。雪は積もってたけど、大丈夫だったよ」


雪杜は何か思い出したように視線を上げ、遠慮がちに言葉を付け加える。


「あの……土曜日って旅館、忙しいんじゃ……?

 こんな時に来ちゃって大丈夫でしたか?」


修一は肩をひとつすくめ、気さくに笑った。


「ああ、気にするな。

 妻は女将業務で忙しいが、俺は裏方で事務担当だからな。

 今日くらいなら問題ない」


和江が横からひょいと顔を出し、朗らかに続く。


「そうそう。お嫁さんは今頃てんてこ舞いだろうけどねぇ。

 でも二人が来てくれるって聞いて、私も楽しみにしてたんだよ」


御珠は姿勢を崩さず、軽く頭を下げた。


「修一殿。お世話になっておる」


修一は手を振るように言う。


「いや、こっちこそ。二人とも元気そうで安心したよ」


和江が、ぱん、と手を打つ。


「さぁさぁ、座って座って。お茶入れるからねぇ」


ソファへ腰を下ろしたところで、御珠が膝の上の袋をそっと持ち上げる。

差し出す手つきは、どこか慎ましく丁寧だった。


「これは、ほんの気持ちじゃが……受け取ってくれぬか」


和江は目を丸くし、思わず胸元へ手を当てる。


「あら、気を遣わせちゃって……ありがとうねぇ」


袋を開けると、抹茶ケーキの箱が姿を見せた。


「まぁ!これ、駅前の和風カフェの……!

 高いのに、こんな……」


「この前、御珠と食べて美味しかったから……」


「うむ。そなたらにも味わってほしいと思っての」


和江は目尻を下げ、嬉しそうに頷いた。


「ありがとうねぇ。嬉しいよ。じゃあ、みんなで食べようかね」


―――


テーブルに抹茶ケーキがそっと並べられ、湯気の立つ湯飲みが添えられる。

四人が囲む輪の中に、柔らかな明るさが灯った。


和江が笑みを浮かべ、みんなへ向かって手を広げる。


「さぁさぁ、皆でいただきましょう」


「いただきます」


「いただくのじゃ」


一口食べた瞬間、和江の表情がぱっと開いた。


「……美味しい!抹茶の香りがすごくいいねぇ!」


修一も黙って頷き、噛みしめるように一言を漏らす。


「……うん。これは美味いな」


御珠は胸を張るでもなく、満足げに目を細めた。


「じゃろ?妾も気に入っておる」


雪杜は横でその様子を見ながら、胸の奥で小さく笑う。


(御珠、ちょっと得意げ……可愛い)


ケーキでひと息ついたところで、和江は声の調子を和らげた。


「で、二人とも……生活は大丈夫かい?

 困ってることとかないかい?」


雪杜は、あたたかい湯気を胸に吸い込みながら答える。


「うん。修一おじさんがよく様子見に来てくれるから……」


「週に一回くらいは顔出してるからな」


修一が照れ隠しのように言うと、御珠は真っ直ぐに向き直り、静かに礼を述べた。


「修一殿には本当に世話になっておる。

 感謝しておるのじゃ」


その声には、言葉以上の深さがあった。

和江もそれを受け取り、そっと頷く。


「修一も、二人のこと心配してたからねぇ。

 でも、元気そうで安心したよ」


小さな食卓で、言葉がいったん途切れる。

湯気と甘い香りが漂い、四人の視線がゆっくり行き来した。


―――


ケーキを一口食べ終わった頃。

雪杜は真剣な顔つきになり、修一の方へ身体を向けた。


呼吸を整え、胸の奥から言葉を掬い上げるようにして口を開く。


「修一おじさん。

 本当に……ありがとう。

 おじいちゃんが亡くなってから……色々と……」


声が震えるほどではない。

けれど、抑えた揺れが確かにそこに残っていた。


修一は静かに雪杜の目を見据える。

その視線は、叱るのでも慰めるのでもなく、ただ受け止めるものだった。


「……気にするな。俺も晴臣さんには世話になったからな」


その言葉に、御珠も続けるように身を起こす。


「修一殿がおらねば、妾と雪杜の生活は成り立たなんだ。

 この恩は忘れぬ」


まっすぐな声が部屋に溶け、修一はわずかに肩を揺らした。

照れと痛みの境目を踏んだような仕草で、口元だけが歪む。


「……大げさだよ。

 俺は当たり前のことをしてるだけだ」


和江が、すぐにそれを諫めるように言葉を打ち込む。


「……修一、受け取りなさい。

 この子たちは本気で言ってるんだからね」


修一は短く息を吸い、観念したように頷いた。


「……分かったよ。

 こっちこそ、二人がちゃんとやってくれてるから助かってる」


雪杜は両膝の上で手を握りしめ、はっきりと頭を下げた。


「これからも……よろしくお願いします」


御珠も同じように深く頷く。


「よろしく頼むのじゃ」


修一はその二人を真正面から見据え、言葉を置いた。


「……ああ。任せとけ」


その一言が、冬の家の中に芯のように響いた。

食卓を囲む四人の距離は、さっきより確かに近かった。

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