第16軍着任~新たな任務~
日本はついに英米との戦争に踏み切りました。激化していく世界情勢と日本の中で伊坂がどう生きていくかお見守り下さい。
昭和16年、日本は中国との長い戦争を終わらせるためイギリス、アメリカなどが中国への軍需物資を支援する仏印へ進駐した。しかしこれを発端に各国(特にアメリカ)からの経済制裁を受け、特にくず鉄の輸出禁止、更には石油禁輸を受けた。時の近衛近衛内閣は総辞職、新たに誕生した東条内閣はギリギリまで日米交渉を行ったがその余地を見出せず同年12月、米、英、蘭と開戦するに至った。
日本は海軍による真珠湾攻撃にて米太平洋艦隊へ壊滅的な打撃を与えた他、陸軍は破竹の勢いで東南アジアを進軍して行った。
昭和17年2月日本陸軍第16軍はインドネシアへ侵攻し蘭軍を降伏させた。
日本軍は占領地の統治と獲得した資源を確実に本国へ送らせるため司令部の増強を図った。その兵站参謀へ伊坂は命ぜられ飛行機に乗り第16軍司令部ねあるラバウルへ向かっていた。参謀で少佐ともなれば移動に航空機の使用が許可される。伊坂の乗った97式輸送機は何事も無く無事にジャワ島バタビアの飛行場へ降り立った。
日本から直線距離でおよそ6,000キロ、船だと約10日かかる。今回伊坂が着任するにあたっては航空機に乗せてもらったとはいえベトナム、マレーシアを経由して5日を要した。輸送機が止まり、扉が開いた。伊坂の他にも配置される中佐や大佐が乗っていたのでその人達が先に降り、はぁ、と一つため息をついてから伊坂もしばらくして飛行場へ降り立った。降り立った飛行場は土を固めたもので片方には南国特有の木が森になっており、その反対には真っ青な海と空が広がっている。「遠いなぁ」伊坂の第1印象はまさにそれだった。更に「そして、暑い」刺すような日差しを浴び、静かにうなだれた。春が近づいているが、まだ肌寒い本国と違いそこは真夏の気温だった。途中マレーシアを経由してきたとはいえ、ここは更に別世界のように感じた。「あの、伊坂少佐でありましょうか?」辺りを見回していると後ろから声をかけられた。振り向くと眼鏡をかけた若い士官が立っていた。「はい、伊坂です。」長旅の疲れとまだ慣れてない暑さに思わず気のない返事をすると、その男はその場に直立不動の姿勢をとり敬礼をした。「自分は16軍司令部、兵站部の田村主計少尉であります。」眼鏡の奥の顔にまだあどけなさが残っていた。田村少尉はとても緊張している様子で体を強張らせていた。「お迎えに上がりましたっ。」真面目そうな人だなぁと伊坂は率直に思った。「ありがとうございます。よろしくお願いします。」と軽く敬礼を返す。「こちらへどうぞ」田村少尉に誘導され一緒に歩き出した。しばらく歩いて飛行場の外に出る。またしばらく歩いて田村少尉が「こちらにご乗車下さい。」言われて少尉の指す方には馬に繋がれた荷車があった。「馬車・・・?!」伊坂は呆気に取られ一言漏らした。「申し訳ありません、本日は特に多く車が出払っておりまして、車両隊よりこれしかないと」田村少尉は非常に申し訳なさそうに弁解した。まぁ確かに同じ飛行機に大佐や中佐が一緒に何人か乗っていたのでその人達が優先となったのであろう。そうでなくてもこの国(軍)はお金が無い。「ありがとう少尉、気にしないで下さい。私は特に気にならないので」そう言って伊坂は馬車に乗り、後から田村少尉が乗り込むと田村少尉の合図で馬車は動き出した。舗装されたばかりのような道を馬車は緩やかな速度で走る。道の端々にはついこの間まで戦場であったことを物語る砲撃の後や壊れた車が乗り捨てられていた。「少佐殿」呼ばれて田村少尉を見る。「この後司令官へ着任のご報告をと思っているのですが、実は今、陸軍人事局長と軍務局長がいらしてまして、少しお待ちいただくことになるかと。」おやまぁ、お偉方が揃ってと伊坂は思ったが、口には出さない。人事局長富永中将、軍務局長武藤中将、参謀本部にいた頃に、よく見かけ、噂も聞いた。この二人は陸軍の中でも過激派で2人の発言や行動で今の陸軍に及ぼした影響は良くも悪くも大きい。「ちなみに来訪の理由は?」なんとなく興味本位で聞いてみる。「私も人づてにしか聞いてないのですが、軍政をどうとかで今村司令官閣下のもとへいらしたとしか」田村少尉は答えるが、まぁ若い少尉にはそこまで知らされないだろう。
この地はつい一月前まで戦場であったが、敵軍を早期に降伏させ治安の安定化に掛かり始めたところだと聞いた。それを更に円滑にするため伊坂も含めた複数人の幕僚の増員がなされたのだ。あのお二人が軍政の指導?おそらくは何か強い要求をしにきたのだろう。伊坂は短い参謀本部勤務期間だったがその中でも要注意人物(と言う名の苦手な人)を数人マークしていた。そこまで多くの人達と関わったわけではないが、少ない中でも更に少ない要注意人物の中に見事その二人は入っていた。おそらく鉢合わせても何もないだろうが、近づかないにこしたことはない。司令官への報告が遅れて多少怒られたとしても、おそらくはあのお二人に絡まれるよりはましかもしれない。そのうちに司令部と見られる建物に到着し、中へ案内された。階段を上がり副官部へ入る。田村少尉は伊坂を同行し、司令官への報告と申し出た。「長旅お疲れ様でした。」対応した中尉が伊坂に挨拶をした。「申し訳ありません、現在司令官閣下の元へ来客がありまして、参謀長閣下と入られているのですが、まだ出てくる様子が無く…」中尉は困り果てた顔をしていた。「お気になさらず、待たせてもらいますので」言って伊坂は隅の椅子に案内され座って待つことにした。
「あんたの軍政は甘過ぎる!」第16軍の司令官室では司令官を勤める今村中将へ訪ねてきた武藤、富永両中将が詰め寄る。「我々は欧米からの亜細亜支配解放の為、軍を率いてきたのだ。現地人が協力せんでどうする。」「内地では物資が足りていないのだ。徴用を増やすべきだ。」そんな2人の言葉を今村中将は黙って聞いていたがやがて静かに口を開いた。
「占領地統治要綱には「公正な威徳で民衆を悦服させ、軍需資源施設は復旧する」と記されている。」今村は両中将に向き合う。「昨年、大臣の名を以て全陸軍に布告された『戦陣訓』は、ご承知のように私が主宰して起案したものです。それに反するものに屈することは、私の良心の堪えられるところではありません」今村中将は、静かに続ける「それとも私の知らぬ内に『占領地統治要綱』が改正されたのですか?」富永中将は一瞬たじろぐ「いえ、それは…」「もしそうなら富永人事局長は、大臣に上申の上、改正された『占領地統治要綱』が指令される前に、私の免職を計らっていただきます。結論は一つです。新要綱の発令を見るまでは、私のジャワ軍政方針は決して変えませんっ!」これはつまり、「占領地統治要綱」ごと改正するまで自分のやり方は変えない。陸軍大臣(東条英機)に告げ口でもして自分をクビでもするならしろと告げたようなものである。「戦陣訓」の「占領地統治要綱」には「服するは撃たず、従うは慈しむの徳に欠くるあらば、未だ以て全しとは言い難し」「皇軍の本義に鑑み、仁恕の心能く無辜の住民を愛護すべし」と定められている。今村中将はその条項を絶対に遵守するという強い意志を示したものであった。今村中将のその勢いに、両中将は気圧されたが、冷静を装い、話しにならないと部屋を出た。
その後、武藤中将はオランダ領東インド各地を視察したが、「今村軍の軍政方針は、中央の意図に反している。もっと強圧主義でやるべきだ」と本国帰還まで意見を変えなかった。しかし富永中将は今村の強い意志に同意し、本国へ帰るも今村中将を更迭することはせず、1942年10月に「ジャワ軍政には、改変を加うる要なし。現在の方針にて進むを可とす」と打電した。要は今村中将の方針を正式に承認したのだった。
司令官室より2人の中将が去り、今村中将は参謀長と共に一息つく。だが、さほど時を待たずして副官部の将校がドアをノックした。「失礼します、本日着任予定の伊坂少佐が到着されました。」今村中将は「あぁ、そうか」と思い出し、引き出しから書類を出した。事前に参謀本部から届いた伊坂の書類だった。それを見て今村中将は何かを見つけ参謀長に見せた。「彼に任せてみたいことがあるのだがどうだろう?」書類をみて参謀長も「閣下がおっしゃるなら、よろしいかと。」と頷き。将校に伊坂を呼ぶよう言付けた。
副官部の隅でのんびり待っていると、中将2人が(特に武藤中将が)不機嫌に司令部を出て行ったようだ。しばらくして、副官部の人間が伊坂を司令官室へ案内した。司令官室へ入り、司令官の座る席の前まで行き敬礼をして挨拶をする。「この度、第16軍参謀部へ派遣されました陸軍少佐、伊坂英司であります。」今村中将は軽い会釈で挨拶を返す。その横には参謀長が立っていた。「ご苦労少佐、早速だが、このインドネシアの統治を始めた我が軍の増強幕僚として君は派遣されてきたわけだが、実をいうと統治は早くも軌道に乗り始めているのだ。」「はぁ」と伊坂は拍子抜けになった。まさかこれは、もう人手は要らないので帰れと言われるんじゃないだろうか。「そこで、君には1部の捕虜収容所の所長をしてほしい。」唐突に言われ驚いた。まさか遠路遥々やって来て仕事が無いと言われた挙げ句、収容所の所長をやれと言われた。「ですが、私の配置は参謀本部から指定されたものであるので畏れながら、閣下の一存ではその職へ着くことは出来かねます。」一応形式に則っとり具申をする。伊坂の言うことは間違いではない、捕虜収容所の所長をやりたくないわけではないが、本来参謀という役職の人事権は全て中央の参謀本部が握っていた。例え魅力的な配置だろうと当然自分の一存では行えないし、更には軍司令官であれど一参謀の配置といえどコロコロ変え、自由に使っていいというものではない。「それについては私から参謀本部へ具申する。君の立場も軍の参謀部と兼ねて所長にする。」とどうやら軍司令官は譲る気は無いらしい。「貴官の参謀としての役職は据え置くよう私からも計らうから何も心配するな。」横から参謀長がなだめる。(何だ、何故にこの2人はそこまでして私を捕虜収容所の所長なぞに使いたいんだ)話を聞くほど伊坂には疑心が湧いてくる。「君に頼みたいのだ。」また司令官が口を開いた。「やり方は全て君に任せる。軍の為に引き受けてはくれないだろうか。」(軍の為!?)どういうことか伊坂にも考えがつかなかった。しかしそこまで言われて断るのもまたあまり良くは無いだろう。「参謀本部が了承するのであればお受けします。」念を押して引き受ける。
その後、参謀本部から伊坂少佐の第16軍参謀を兼ねて捕虜収容所所長しゅうのにの許可が降りたのはそんなに時間はかからなかった。




