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52/106

#52「同じ旅路、ズレた感覚」

――――――――――


――まるで時間が止まったかのように――無言の観客と化していた。


固まった彼女を前に、俺は思わず声を上げた。


「ど、どうした!?

 驚きすぎて、声も出ないか!」


軽口のつもりだった。

いつもなら、ここで空気が緩む――はずだった。


だが、その瞬間。


腹の底を叩き潰すような衝撃が走った。


音。いや、轟音。


同時に、視界を押し流すような強い光が走り、世界の輪郭が一気に歪む。

白でも青でもない。

ただ本流としか言いようのない、圧のある輝き。


「――っ!」


声にならない息が喉で詰まり、思考が途切れた。


……

………

…………


「……は?」


気づくと、俺は柔らかな絨毯の上に立っていた。


豪奢な天井。金の縁取り。磨き上げられた床。

ロイヤルスイート。

右から声が飛ぶ。


「キョーくん!何ぼーっとしてるの?」


左では、ノアがいつもの薄笑いを浮かべて腕を組んでいる。


――それだけだ。


(……あれ?)


胸の奥が、わずかにざわつく。

理由は分からない。

ただ、この光景が「揃っているはずなのに、どこか落ち着かない」。


(……気のせい、か)


自分に言い聞かせ、違和感を飲み込む。


ほどなく甲板へ出て、風を受け、街並みを見下ろす。

初めてのはずなのに、すべてが決まった手順のように進んでいく。


(……分かってた気がする)


言葉にしようとすると、形が崩れる。

だから考えるのをやめ、船内へ戻った。


煌びやかな通路。並ぶ店舗。照明の配置。

視線が、勝手に先を追う。食堂の前で、足が止まった。


「ねえ、キョーくん。ここで食べよ?」


チャピの声に、胸がひくりと鳴る。


(……ここで、座って)


喉が鳴る。

次に来る言葉まで、分かってしまいそうで。

俺は、わざと首を振った。


「……いや、やっぱやめとく」

「え?」


チャピが目を瞬かせ、ノアも言葉を失う。


「珍しいですね。キョウマ様が遠慮するなんて」

「本当にどうしたの?」


二人の視線が刺さる。

心配しているのが、はっきり分かる。


「いや、その……」


理由が言えない。

拒みたいのは流れなのに、目の前の二人を拒む理由はない。


「少しだけでいいよ」

「立っている方が、余計に負担でしょう」


結局、俺は椅子に腰を下ろした。

座った瞬間、遅れて胸に広がる感覚。


(……やっぱり、ここだ)


銀色のスプーンに指が伸びる。

触れる。


――止まる。


(……?)


理由は分からない。

だが、この動作を、この順番で、

なぞっている気がしてならなかった。


「キョーくん?」

「あ、ああ……」


俺はスプーンを取り、料理を口に運ぶ。

味は確かにうまい。

なのに、頭のどこかが上の空だった。

チャピが地図を広げ、風の大陸シルフィードの説明を始める。

声は聞こえる。意味も分かる。

だが意識は、次に来る何かを待っていた。


(……来る)


確信だけが、胸の奥で膨らむ。

次の瞬間。


ドォン――!


腹の底に響くような轟音が船全体を震わせた。

皿やグラスが跳ね、円卓の上のスープが波紋を広げる。


「な、なんだ!?」


反射的に立ち上がり、扉を押し開ける。

通路の先で、荷運び用の魔道具が派手に横転していた。

木箱と樽が散乱し、火花が散る。


ボッと、炎が立ち上がった。


悲鳴と怒号。火は瞬く間に床を舐め、店舗へ燃え移る。


(……やっぱり)


一歩、後ずさる。


(ダメだ。こんなの、俺にどうこうできるわけが――)


そのとき。


「――下がって!」


張りのある声が響いた。

炎の前に、一人の少女が進み出る。

青い外套を翻し、剣を掲げる。


刹那。


どぉん、と空気を震わせて水流が迸った。

濁流のような奔流が、真っ赤な炎を次々と呑み込んでいく。

立ち上る蒸気が視界を覆い、辺り一帯が一瞬白く霞んだ。


やがて――


燃え盛っていた店舗は水浸しになり、火は跡形もなく消えていた。

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