#51「水の勇者レナと、光の茶番劇」
白い蒸気がはれ、視界が戻る。
そこに立っていたのは、火を消し止めた少女だった。
マントと軽装の鎧に身を包み、長いロングヘアーには青いメッシュが差し込まれている。
濡れた床にしっかりと足をつけ、剣を携えたままこちらを見ていた。
「大丈夫? ケガはないですか」
澄んだ声でそう問いかけられ、思わず返事をしかけたとき――少女の瞳がこちらをまじまじと捉えた。
「あれ……あなたは……」
どこかで見覚があるのか顔を見てくる。
だが俺の記憶には、まったく心当たりがなかった。
「……どこかで会ったか?」
そう尋ねると、少女は目を見開き、信じられないという表情を浮かべる。
「うそでしょ! 本当に覚えてないの!?」
「……まったく、一ミリも記憶にない」
俺が即答すると、少女は驚愕からため息に変わり、肩を落とした。
「おじさんがこの世界に召喚された時にいたでしょ! 同じく召喚された四人が!! その中の一人よ!」
「……あ!……ああッ!!……ん?」
記憶に無いが、言われるとそんな気がしてきた……
確かに召喚の場に、あと四人――勇者っぽい連中が並んでいた。
誰かが話しかけてきたような気もする。
まあ思い出せないものはしょうがない。
「で、その時の子が……なんだってこんなところにいるんだ? 他の三人はどうした?」
少女は剣を収め、肩の力を抜いて言った。
「まあ、立ち話もなんだから……どこか落ち着いたところへ移動しない? ここにずっといると、まためんどくさいことになりそうだし」
ふと燃えた魔道具の方に目をやると、職員たちが慌ただしく動いているのが見えた。
「……確かにな」
俺は一つ息をつき、軽く顎をしゃくる。
「じゃあ、俺たちの部屋にでも来るか。なんと――ロイヤルスイートだぞ!!」
ちょっとした自慢混じりにそう告げると、少女は小さく笑って革袋から一枚のチケットを取り出した。
「奇遇ね。私もロイヤルスイートなの」
軽く笑みを浮かべ、さらりと言い放つ。
「……異世界格差、ここに極まれり」
思わず天を仰ぎ、俺は心の中で嘆いた。
俺たちはロイヤルスイートに戻り、ソファに腰を下ろした。
対面に座るよう促すと、少女は素直に従い、姿勢よく座る。
そして――やっぱりだ――
右にはチャピ、左にはノアが、さも当然のようにぴたりと張り付いてきた。
二人ともどこか目の前の少女を、警戒しているように見える。
……悪い子には見えないんだが。
「じゃあ、話の続きと行こうか」
俺が口を開くと、少女は頷き、真っ直ぐにこちらを見据えた。
「まずはお互い、名前から名乗りましょう。
私の名前は水城玲奈。レナって呼んで。
知ってのとおり――おじさんと同じ世界から召喚されたの」
「俺は白石恭真だ。で、こっちがチャ――」
言いかけた瞬間、チャピにものすごい目で睨まれた。
一瞬、殺されるかと思うほどの殺気を感じる。
「な、なんだよ……」
俺が引きつった声を上げると、彼女はにいっと意味深に笑い、胸を張って名乗った。
「私の名前は――チャルディアノクス・ピュルシエールよ。
キョーくんとはあだ名で呼び合う仲なの。
私のことは気軽にチャルディアノクスって呼んで頂戴」
「…………!?」
一瞬放心するが、なんとか気を取り直してノアの方へ向き直る。
「で、こっちがノ――」
「私はノクターリアと申します。
キョウマ様の従者をしております。
以後、なるべくなら……良しなに」
仰々しく頭を下げ、意味ありげに一礼をしてレナを見る……
「……一体なんだ!? 俺がなんか悪いことしたのか?」
混乱する俺に、レナが小さくため息をつき、なぜか憐れむような顔で言った。
「……あなたも大変なのね」
なぜこうなったのか分からないまま、妙に重苦しい自己紹介は終わったのだった。
ようやく本題に入る。
レナは背筋を伸ばし、真剣な声で語り始めた。
「私は異世界に転移した時、海の女神――ネレイシア様の加護を授かったの。
今は“水の勇者”と呼ばれているわ」
その言葉に、チャピの瞳が大きく開かれる。
「ほー! じゃあ他のやつらも同じく加護を持ってるのか」
俺が興味半分で尋ねると、レナはこくりと頷いた。
「ええ。他の三人も同じく加護を授かっているわ」
そして少し表情を引き締める。
「――なぜ私がここにいるかだけど。
ルミナリエル教会の教皇猊下から、私たち全員に神託が下ったの。
水の勇者である私は“風の大陸へ向かえ”。そこで光の勇者に会える、と……」
「他の三人も、それぞれの神託のために別の場所へ向かったわ」
「……光の……勇者……?」
俺は思わず呟き、横目でチャピを見る。
彼女は静かに頷いた。
――ふっ、やはり俺は勇者だったか。
まあ、子供の時から人とは違うと思っていたがな!!
……戦闘だけは勘弁だが……
そして俺は考えた。
――どうやってカッコよく伝えるか。
俺が“光の勇者”であることを。
頭の中でいくつもセリフを並べる。
「闇を祓う光のゆうぅーしゃ!!……俺の名は白石キョォォ……!」……いや、ダサい。
「選ばれし者にのみ与えられた光を宿し、光の加護を受けし、
光の勇者!!ここに顕現す!俺の名は……!!」……くどい。
(うーん……どうもピンとこない……)
しばらく黙り込んでいると、レナが心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫? どうかしたの?」
だが今はそれどころじゃない。
そして――俺に電流が走る。
(これだ……!)
俺はチャピとノアを交互に見つめ、ルミナスをなでる。
二人は怪訝そうにこちらを見つめ、ルミナスはふさを膨らませた。
俺は立ち上がり、部屋の中央へ進み出る。
胸に手を当て、大きく声を響かせた。
「闇あるところに――光あり!
晴れない闇など存在しない! チャピ!!」
俺が右手を差し出すと、チャピははっと目を輝かせ、両手を広げた。
「その通りよ、キョーくん! 正義は必ず勝つの!
そうよ!! いかなる苦難があろうとも――勇気があれば打ち砕ける!!」
「ノア!!」
俺が声を放った瞬間、部屋の照明がふっと落ち、闇に包まれる。
次いで、ルミナスがスポットライトのように光を振りまき、その中心にノアが姿を現した。
「キョウマ様は如何なる苦難を迎えようとも、それを乗り越えるお方……
それこそが――我が主、光の使者!!」
バッと二人が同時に俺へ手を向ける。
スポットライトが如き、ルミナスが俺を照らす。
その中心で、俺は堂々と宣言した。
「――我こそは光の勇者 白石ッ!キョウマ!! お前が! 神託を受けたッ! 運命の男だぁッ!!」
ルミナスの光にさらされ、俺は胸を張って高らかに宣言した。
チャピとノアは両手を俺に向け指を振り、ルミナスはハートや星の光を振りまき、盛り上げてくれる。
ああ……決まった……! 完璧だ……
これは間違いなく異世界アカデミー賞、主演男優賞はこの俺だ………
助演賞はもちろん、チャピ&ノアwithルミナス……
――そこでふと、俺たち三人(+モップ)は同時にレナへ視線を向けた。
青いメッシュの髪を揺らし、目を丸くして固まっていた。
口を半開きにしたまま、石像のようにピクリとも動かない。
……
………
…………
まるで時間が止まったかのように――無言の観客と化していた。




