#32「誤魔化す清掃員、風の大陸行きを了承する」
チャピからの言葉に、俺は言葉を失った。
階下から笑い声と食器の音が微かに聞こえてくる。
ベッドに座ったチャピは、窓の外へ視線を向けた。
「……風の大陸シルフィード。そこが私の生まれ故郷」
初めて聞く話だった。
「シルフィードには、世界樹があるの」
「世界樹?」
「うん。精霊王様に会うには、そこへ行く必要がある」
俺は椅子の背にもたれた。
また話が大きくなった。
俺はただの清掃員なんだけどな。
「……運命とか使徒とか、知ったことじゃないって言っただろ。俺にはモップしか似合わないんだよ」
チャピが振り返る。
「それでも、キョーくんに来てほしいの」
「俺に?」
「うん」
少しだけ迷ってから。
「世界樹までは、私が案内する」
「場所知ってるのか?」
「……まあね」
「エルフだから?」
一瞬。
チャピの目が泳いだ。
「……そんなところ」
怪しい。
でも。
今の俺には、それ以上聞く理由もなかった。
「精霊王様なら、キョーくんが何者なのか。それに、今この世界で何が起きてるのか、何か知ってるかもしれない」
チャピが俺を見る。
「お願い。シルフィードまで来て」
その声は少し掠れていた。
普段は強気なチャピが、今は不安そうに俺を見ている。
その顔を見て。
ふと。
俺の頭に、とんでもない考えが浮かんだ。
……待てよ。
もしかして。
チャピが俺を追い詰めようとしていたのは――
俺の、勘違い……?
頭に冷水をぶっかけられたみたいに、背筋が凍った。
え、ちょっと待て。
じゃあ俺、今までずっと……。
「このエルフ、俺を詰みにしようとしてる」
とか。
「どうせ裏があるに違いない」
とか。
心の中で延々と悪態ついてたじゃないか。
それが今。
本気で俺に頼んでる?
……やばい。
やばい、やばい。
ここで、
「ごめん、実はずっと疑ってました」
なんて言えるか!?
無理だ。
確実に人間関係が終わる。
かといって、何事もなかった顔で了承するのも不自然だ。
「……は、はぁーー……!えっと、その……あー……」
俺は勢いで椅子から立ち上がり――
ガタッ。
すぐ座り直した。
「あー、風の大陸ね!うん!風の大陸!……あ、あー、しる……なんとか!」
「……シルフィードよ」
チャピが小声で訂正する。
その目がじっと俺を見ている。
あれ?
もしかして怪しまれてる?
「お、おぉ!そう、それ!覚えてたよ、もちろん!」
なぜか親指を立てた。
チャピがますます怪訝そうな顔になる。
……まずい。
「ま、まあ……行ってもいいかなぁ……風の大陸、しるふーど」
「……シルフィード」
また訂正された。
くそ。
もう勢いで行くしかない。
「行こう!風の大陸!!しるふぅーど!!」
動揺しまくった俺の背中で、ルミナスがばふっと房を大きく揺らした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
これにて 『異世界ビルメン』序章完 です。
ただの清掃員・恭真が気づけば「女神の使徒」と呼ばれ、
勘違いとドタバタを繰り返しながらも、ついに物語は 大陸編(冒険編) へ突入します。
次に向かうは 風の大陸シルフィード。
エルフの里にそびえる世界樹、そして待ち受ける精霊王。
さらに――かつて恭真と同時に召喚された「少年少女勇者チーム」も動き出す予定です。
序章は勘違いコメディ全開でしたが、
これからは少しずつ世界の真相や神々の思惑が見えてくる……かもしれません。
もちろん、モップ片手に掃除とドタバタは欠かしません!
引き続き読んでいただけると嬉しいです。
それでは次回、 魔道都市編第1話 にて!




