#32「誤魔化す清掃員、風の大陸行きを了承する」
チャピからの告白に、俺は言葉を失った。
階下から笑い声と食器の音が微かに漏れてくるが、この部屋だけは、時が止まったかのように静寂に包まれていた。
ベッドに座るチャピが、視線を外に向けたまま言う。
「……風の大陸シルフィード。そこが、私の生まれ故郷」
それは、彼女が初めて自分のことを語る言葉だった。
その調子には、重責とは別の、懐かしさに似た響きが宿っていた。
「エルフの里にそびえる世界樹――そこに精霊王はおられる。私にとっても帰るべき場所」
俺は椅子の背にもたれかかり、小さくため息を吐いた。
……何を言ってるんだ。
俺はただの清掃員だぞ。
「……運命とか使徒とか、知ったことじゃないって言っただろ。俺にはモップしか似合わないんだよ」
チャピは振り返り、唇をきゅっと結んだ。
長い耳が震えているのが分かる。
「……それでも、私にはあなたしかいないの」
その声は掠れていた。
普段は強気に言葉を投げつける彼女が、今にも泣き出しそうに俺を見ている。
「この世界を覆いはじめた闇に抗えるのは、柱の使途しかいない。精霊王様に会って、その力を示してほしい。お願い、キョーくん……」
俺は思わず目をそらした。
使命だの世界だの、そんなもん知ったことか。
けれども――俺は横目でちらりとチャピを見た。
肩をすくめるように体を固め、必死に涙を堪えているように見えた。
その顔には打算なんてひとかけらもなく、ただ真剣さだけが滲んでいた。
嘘じゃない――そう信じさせる力があった。
…
……
………
もしかして……チャピが俺を追い詰めようとしていたのは……俺の……勘違い……?
頭に冷水をぶっかけられたみたいに背筋が凍った。
え、ちょっと待て。じゃあ俺、今までずっと……。
「このエルフ、俺を詰みにしようとしてる」
とか
「どうせ裏があるに違いない」
とか、心の中で延々と悪態ついてたじゃないか。
あれ!?その相手が本気で泣きそうになりながら
「あなたしかいない」
って言ってる??
えっ!?…やばい……。
……やばい…やばい、やばい!
え、なに?どうする??
ここで
「ごめん、実はずっと疑ってました」
なんて言えるか!?
無理だぁ!
確実に人間関係クラッシュするやつだ。
かといって、何事もなかった顔で
「よし、分かった!行こうか新大陸!!」
とか言ったら、逆に不自然すぎる!!
俺は心の中で言葉の引き出しを総動員するが、どれも場違いすぎる。
もう頭の中がパンクしてどうしていいか分からない。
なぜ!?どうして!!俺はあんな勘違いをしたんだ……!
「……は、はぁーー……! えっと、その……あー……」
俺は大げさにため息をつき、勢いで椅子から立ち上がり――ガタッ、と音を立ててすぐ座り直す。
「あー、風の大陸ね!うん!風の大陸!!……あ、あー、うん!ね!風の大陸!し、しる……なんとか!!」
「……シルフィードよ」
チャピの声は淡々としていたが、目だけはじとっと俺を射抜いてくる。
あれぇ!?もしかして怪しんでるぅ!
「お、おぉ!そう、それそれ!!覚えてたよ、もちろん!」
俺は慌てて笑い、なぜか親指を立ててみせた。
チャピは困惑しているのか、複雑な表情をしている。
……なんだ、その顔……いや、俺のせいか?いやいやいや、絶対バレてないはずだ!
けど――沈黙が重い。
くそ、何か言わないと……!
「ま、まあ……行っても良いかなかなぁ……風の大陸、しるふーど」
「……シルフィード…」
チャピは小声で訂正してきた。
その目は疑っているのか、それとも本気で心配しているのか……判別不能だ。
やばい、完全に怪しまれてる!?
いや違う!まだ誤魔化せる!誤魔化せるはず!!
「行こう!風の大陸!!しるふぅーど!!」
動揺しまくった俺の背中でルミナスがばふっとふさを大きく揺らした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
これにて 『異世界ビルメン』序章完 です。
ただの清掃員・恭真が気づけば「女神の使徒」と呼ばれ、
勘違いとドタバタを繰り返しながらも、ついに物語は 大陸編(冒険編) へ突入します。
次に向かうは 風の大陸シルフィード。
エルフの里にそびえる世界樹、そして待ち受ける精霊王。
さらに――かつて恭真と同時に召喚された「少年少女勇者チーム」も動き出す予定です。
序章は“勘違いコメディ”全開でしたが、
これからは少しずつ世界の真相や神々の思惑が見えてくる……かもしれません。
もちろん、モップ片手に掃除とドタバタは欠かしません!
引き続き読んでいただけると嬉しいです。
それでは次回、 魔道都市編第1話 にて!




