選択の時
金曜日の朝、未来は心を決めて学校に向かった。昨夜、ついに自分の本当の気持ちがはっきりと見えた。もう迷いはない。
今日、田村に話をしよう。そして、遥斗にも。
教室に入ると、田村がいつものように手を振ってくれた。
「おはよう、桜井」
「おはよう、田村くん」
「今日は何だか、表情がすっきりしてるね」
田村の観察力の鋭さに、未来は少し驚いた。
「そうかな?」
「うん。何か吹っ切れたような感じがする」
確かに、決断がついたことで、心が軽くなっていた。
昼休み、未来は意を決して田村に声をかけた。
「田村くん、放課後、少しお時間もらえる?」
「もちろん。どこで話そうか?」
「静かなところがいいな」
「それなら、図書館の奥の閲覧室はどう?あそこなら人も少ないし」
「お願いします」
田村は、未来の真剣な表情から、何か大切な話があることを察しているようだった。
放課後、二人は約束通り図書館の奥の閲覧室で向き合った。
「田村くん、まず最初にお礼を言わせて」
「お礼?」
「私が記憶障害のことを話した時も、記憶が戻って混乱してた時も、体育祭の時も、いつも優しくしてくれて。田村くんのおかげで、楽しい時間を過ごすことができました」
未来の言葉に、田村は少し緊張した表情を見せた。
「桜井……まさか」
「はい。実は、お話ししたいことがあるんです」
未来は、深呼吸してから話し始めた。
「私、やっと自分の気持ちがはっきりしました」
「そうか……」
「田村くんには前にお話ししたように、時田くんは私の幼馴染で、とても大切な人でした」
田村は、最後まで黙って聞いていた。
「そして……私の心は、やっぱり時田くんにあることが分かったんです」
田村は、少し悲しそうな表情を見せたが、すぐに微笑んだ。
「分かった。桜井の正直な気持ちを聞けて、良かった」
「田村くん……」
「俺も、薄々感じてたんだ。桜井が時田くんを見る時の表情、特別だったから」
田村の洞察力に、未来は驚いた。
「気づいてたんですか?」
「完全にじゃないけど、何となく。でも、俺は桜井と過ごした時間を後悔してない」
「田村くん……」
「桜井と出会えて、本当に良かった。君のおかげで、恋愛ってこういうものなんだって分かったから」
田村の言葉に、未来は涙が出そうになった。
「これからも、友達でいてもらえませんか?」
「もちろん。むしろ、そうしたい」
田村は最後まで、未来を責めることなく、理解を示してくれた。
図書館を出る時、田村が最後に言った。
「桜井、幸せになってね」
「田村くんも、きっと素敵な人と出会えます」
「ありがとう」
二人は、清々しい気持ちで別れることができた。
その日の夕方、未来は文芸部の部室に向かった。遥斗がいることを確認してから、美桜にお願いした。
「美桜ちゃん、今日は少し早めに帰ってもらえる?遥斗くんと話したいことがあるの」
「え?あ、はい!分かりました」
美桜は何かを察したのか、嬉しそうに荷物をまとめて部室を出て行った。
「頑張って、未来先輩!」
扉が閉まって、部室には未来と遥斗だけが残された。
でも、廊下の向こうで、美桜が扉の隙間からそっと様子を伺っていることに、二人は気づいていなかった。
「遥斗くん」
「未来ちゃん」
二人は、向き合って座った。
「今日、田村くんと話をしたの」
遥斗の表情が、少し緊張した。
「そう……どんな話を?」
「お別れの話」
遥斗は、息を呑んだ。
「お別れって……」
「私、記憶が戻ってから、ずっと考えてた。田村くんへの気持ちと、遥斗くんへの気持ちの間で迷ってた」
未来は、遥斗の目を見つめながら続けた。
「でも、やっと分かったの。私の心は、ずっと遥斗くんにあったんだって」
遥斗の目が大きく見開かれた。
「未来ちゃん……」
「田村くんといると確かに楽しかった。でも、それは表面的な楽しさだったと思う。遥斗くんといると、心の奥底から安らげる。過去の私も、現在の私も、すべてを受け入れてくれる」
未来の言葉に、遥斗は感動していた。
「本当に……いいの?」
「うん。私、遥斗くんを愛してる」
その瞬間、遥斗の目に涙が浮かんだ。
「未来ちゃん……」
「8年間も私のことを想い続けてくれて、ありがとう。その深い愛情に、私もやっと応えることができる」
遥斗は立ち上がって、未来の前に膝をついた。
「未来ちゃん、本当にありがとう」
「私の方こそ、ありがとう。遥斗くんの愛があったから、私は自分の本当の気持ちに気づくことができた」
遥斗は、未来の手をそっと取った。
「今度こそ、絶対に離さない」
「私も、もう迷わない」
二人は、静かに抱き合った。8年間の時を超えて、ついに結ばれた瞬間だった。
「ねえ、遥斗くん」
「何?」
「タイムカプセルの手紙、もう一度読み返してみない?」
「いいね。家にあるんだよね?」
「うん。今度一緒に読み返そう」
遥斗は、未来の頬にそっと手を当てた。
「未来ちゃん、愛してる」
「私も、遥斗くんを愛してる」
夕日が部室の窓から差し込んで、二人を優しく照らしていた。
長い長い迷いの日々が、ついに終わりを告げた。
廊下では、美桜が手で口を押さえながら、感動で涙を浮かべていた。時田先輩への片想いは切なかったけれど、二人の幸せそうな姿を見て、心から祝福したい気持ちになっていた。
美桜は静かにその場を離れ、明日二人にお祝いの言葉をかけようと心に決めた。
その夜、未来は両親に報告した。
「お父さん、お母さん、私、決めた」
「決めたって?」
「遥斗くんと付き合うことにした」
美津子と誠は、顔を見合わせて微笑んだ。
「そう……良かったわね」
「田村くんには、きちんと話したの?」
「うん。とても理解してくれた」
「そう。田村くんも、良い人だったのね」
「うん。でも、私の心は遥斗くんにあった」
誠が口を開いた。
「未来、よく考えて決めたのね」
「うん。もう迷いはない」
「それなら、応援するよ」
「ありがとう、お父さん、お母さん」
その夜、未来は久しぶりに心から穏やかに眠ることができた。
長い迷いの末に選んだ道。それは、きっと正しい選択だった。
翌日の土曜日、遥斗から連絡があった。
『今日、時間ある?両親に報告したいんだ』
『うん、ぜひお願いします』
未来は、久しぶりに時田家を訪れた。
「未来ちゃん、いらっしゃい」
雅美が温かく迎えてくれた。
「こんにちは、おばさん」
「遥斗から聞いたわ。本当に良かった」
遥斗の父親である和彦も、嬉しそうに二人を見つめていた。
「遥斗、よく頑張ったな」
「お父さん、ありがとう」
「未来ちゃん、遥斗をよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
雅美が、お茶とケーキを用意してくれた。
「8年前は、あんなに小さかった二人が、こんなに大きくなって……」
「時の流れは早いですね」
「でも、二人の絆は変わらなかった。これも運命なのかしら」
雅美の言葉に、未来と遥斗は微笑み合った。
「今度、桜井さんのご両親にもご挨拶に伺わなければ」
和彦が言った。
「きっと喜んでくれると思います」
夕方、未来と遥斗は時田家の庭を歩いていた。
「未来ちゃん、本当に夢みたいだ」
「私も。でも、これは現実なのよね」
「うん。今度こそ、ずっと一緒にいよう」
「約束する」
二人は、静かに手を繋いだ。
「来週から、学校でも堂々と一緒にいられるね」
「みんな、驚くかな?」
「特に美桜ちゃんは、びっくりするでしょうね」
「でも、きっと応援してくれるよ」
空には、最初の星が輝いていた。
「ねえ、遥斗くん」
「何?」
「今度、新しいタイムカプセルを作らない?」
「新しいタイムカプセル?」
「うん。10年後の私たちに宛てて」
遥斗の顔が、明るく輝いた。
「いいね。今度は、どんなことを書こうか?」
「私たちの愛が、10年後も続いていることを祈る手紙」
「きっと続いてる。いや、もっと深くなってる」
二人は、明るい未来を思い描きながら、家路についた。
長い迷いの末に見つけた、真実の愛。
それは、きっと永遠に続くものだった。
月曜日の朝、未来は軽やかな気持ちで学校に向かった。
教室に入ると、田村がいつものように手を振ってくれた。でも、その表情には、もう恋人同士のような特別な感情はなく、友人としての親しみがあった。
「おはよう、桜井」
「おはよう、田村くん」
「今日もいい天気だね」
「そうですね」
自然な会話を交わして、未来は自分の席に着いた。
昼休み、えみが嬉しそうに話しかけてきた。
「未来ちゃん、なんか今日はすごく明るいね。何かいいことあった?」
「うん、実は……」
未来は、えみに昨日のことを話した。
「やっぱり時田くんを選んだのね」
「うん。それが私の本当の気持ちだった」
「良かった。未来ちゃんらしい選択よ」
「ありがとう、えみちゃん」
放課後、未来は文芸部に向かった。今日から、遥斗と恋人として一緒に活動できる。
部室に入ると、遥斗が嬉しそうに迎えてくれた。
「お疲れさま」
「お疲れさま、遥斗くん」
美桜が、にっこりと笑顔を見せた。
「昨日、おめでとうございました!」
「え?美桜ちゃん、まさか……」
「実は、ちょっとだけ見ちゃいました。ごめんなさい」
美桜が照れながら白状すると、未来と遥斗は顔を見合わせて苦笑した。
「美桜ちゃん……」
「でも、本当におめでとうございます。お二人、とてもお似合いです」
美桜は一瞬複雑な表情を見せたが、すぐに心からの笑顔になった。
「ありがとう、美桜ちゃん」
「私も、頑張って素敵な恋愛しなくちゃ」
美桜の前向きな反応に、未来は安心した。
健太も部室に入ってきて、事情を聞いて大喜びした。
「やっと結ばれたか!遥斗、良かったな」
「ありがとう、健太」
「俺も、なんだか嬉しいよ」
文芸部のメンバー全員が、二人の関係を祝福してくれた。
選択の時は終わった。
これから始まるのは、新しい物語。
未来と遥斗の、本当の恋愛の物語だった。




