遥斗との恋愛関係の始まり
月曜日の朝、未来はいつもより早起きして、鏡の前で身だしなみを整えていた。今日から遥斗と恋人として学校に行く。そう思うだけで、自然と笑顔になってしまう。
「未来、今日は随分と早いのね」
美津子が朝食の準備をしながら声をかけた。
「うん、なんだか目が覚めちゃって」
「恋をすると、女の子は綺麗になるって言うけれど、本当ね」
母親の言葉に、未来は少し照れた。
「そんなこと……」
「遥斗くんを大切にしなさいね」
「うん、分かってる」
学校に向かう道すがら、未来の足取りは軽やかだった。桜並木の下を歩いていると、ふと昔の記憶が蘇った。小学生の頃、遥斗と一緒にこんな道を歩いていたような気がする。
教室に入ると、えみがすぐに気づいた。
「未来ちゃん、今日はすごく輝いて見えるわ」
「そう?」
「うん。恋する女の子の顔になってる」
えみの観察力の鋭さに、未来は苦笑した。
「金曜日に聞いた通り、時田くんと上手くいってるのね」
「うん。今日から恋人として一緒に過ごせる」
「おめでとう!やっぱり未来ちゃんらしい選択だったわ」
えみの祝福に、未来は嬉しくなった。
「田村くんとも、友達として良い関係が続きそう」
「それは良かった。誰も傷つけずに済んだのね」
午前中の授業が終わると、未来は文芸部の部室に向かった。遥斗に会いたくて、昼休みも一緒に過ごそうと約束していたのだ。
部室の扉を開けると、遥斗が一人で本を読んでいた。
「こんにちは」
「あ、未来ちゃん」
遥斗が顔を上げて、嬉しそうに微笑んだ。恋人になった今、その笑顔がより特別に感じられる。
「今日はお弁当持参?」
「うん。一緒に食べない?」
「もちろん」
二人は並んで座り、お弁当を広げた。同じ空間にいるだけで、心が安らぐ。
「未来ちゃん、今日は何となく雰囲気が違うね」
「どんなふうに?」
「前より、自然な感じがする。迷いがなくなったような」
遥斗の言葉に、未来は頷いた。
「そうかも。やっと自分の気持ちがはっきりしたから」
「僕も同じ気持ちだ。8年間想い続けてきて、やっと報われた」
「8年間も……本当にありがとう」
「僕の方こそ、ありがとう。未来ちゃんが僕を選んでくれて」
お弁当を食べながら、二人は他愛のない話をした。好きな本のこと、将来の夢のこと、文化祭の部誌のこと。どんな話題でも楽しく感じられる。
「そうそう、文化祭の作品、進んでる?」
「『選択』をテーマにした作品でしょ?実は、もう書き上げたの」
「早いね。どんな内容?」
「私の体験をもとにした、選択についてのエッセイ」
「読んでみたいな」
「恥ずかしいけど、今度見せるね」
そんな時、美桜が部室に入ってきた。
「あ、お二人ともいらっしゃったんですね」
「美桜ちゃん、こんにちは」
「こんにちは。お邪魔しちゃいましたか?」
「全然。一緒にお昼食べない?」
美桜は少し迷ったような表情を見せたが、結局一緒に座った。
「お二人、本当にお似合いですね」
「ありがとう、美桜ちゃん」
「私も、いつか素敵な恋愛をしてみたいです」
美桜の言葉に、未来は少し申し訳ない気持ちになった。美桜が遥斗に片想いしていたことを知っているからだ。
「美桜ちゃんなら、きっと素敵な人と出会えるわよ」
「そうですかね?でも、まずは部誌の執筆を頑張ります」
美桜の前向きな姿勢に、未来は感心した。
午後の授業中、未来は時々遥斗の方を見てしまった。同じ教室にいるだけで、何となく心が弾む。これが恋愛関係というものなのかもしれない。
放課後、遥斗が未来の席にやってきた。
「お疲れさま」
「お疲れさま、遥斗くん」
「今日は一緒に帰らない?」
「うん、一緒に帰ろう」
二人が一緒に廊下を歩いていると、クラスメートたちがちらちらと見ていた。
「未来ちゃんと時田くん、付き合ってるの?」
誰かが小声で言うのが聞こえた。
「どうやら、もうバレてるみたいね」
「構わないよ。隠すつもりもないし」
遥斗の堂々とした態度に、未来は安心した。
図書館で一緒に勉強した後、学校を出ると、田村がバスケ部の練習から帰ってくるところだった。
「お疲れさま、田村くん」
「あ、桜井。時田くんも」
田村は、二人が一緒にいることに特に驚いた様子は見せなかった。
「お疲れさまでした、田村くん」
遥斗が挨拶すると、田村も自然に応えた。
「二人とも、お幸せに」
田村の言葉には、本当に祝福してくれている気持ちが込められていた。
「ありがとう、田村くん」
「田村くん、本当にありがとう」
未来と遥斗が感謝を伝えると、田村は爽やかに笑った。
「俺も、桜井と知り合えて良かった。これからも友達として、よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
田村との会話を終えて、二人は駅に向かった。
「田村くん、本当にいい人だね」
「うん。未来ちゃんが彼を好きになった気持ちも分かる」
「でも、私の心は遥斗くんにあった」
「ありがとう」
学校の門の前で、手を繋いでいた二人は立ち止まった。
「また明日」
「うん、また明日」
遥斗は寮に、未来は自宅に向かった。
家に帰ると、両親が夕食の準備をしていた。
「お帰りなさい。今日はどうだった?」
「とても楽しかった。遥斗くんと一緒にお昼を食べたの」
「それは良かったわね」
美津子が嬉しそうに言った。
「今度の休日、相模原に行く予定なの」
「そう。気をつけて行ってらっしゃい」
「遥斗くんも、立派な青年になったね」
誠が言った。
「うん。とても優しくて、頼りになる人」
「大切にしなさい」
「もちろん」
その夜、未来は久しぶりにタイムカプセルの手紙を読み返した。9歳の自分が書いた、素直で純粋な想いが綴られている。
『遥斗くん、ありがとう。大好きです。』
その言葉は、17歳の今でも変わらない気持ちだった。
遥斗からメッセージが届いた。
『今日はありがとう。明日も楽しみにしてる』
『私も。おやすみなさい』
『おやすみ、未来ちゃん』
翌日の朝、未来は軽やかな気持ちで学校に向かった。
教室に入ると、えみが手を振って迎えてくれた。
「おはよう、恋する乙女」
「もう、えみちゃん」
「でも、本当に幸せそうね」
「うん、とても幸せ」
授業が始まると、未来は集中して勉強に取り組んだ。恋愛関係が始まったからといって、学業を疎かにするつもりはない。
昼休み、また遥斗と一緒に過ごした。今度は健太も一緒だった。
「遥斗、良かったな」
健太が嬉しそうに言った。
「ありがとう、健太」
「未来ちゃんも、遥斗をよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
健太の人懐っこい性格に、未来はすぐに親しみを感じた。
「健太くんは、どんな作品を書いてるの?」
「僕は詩を書いてるよ。友情をテーマにした詩なんだ」
「素敵ね。読んでみたいわ」
「恥ずかしいけど、完成したら読んでもらうね」
文芸部のメンバーとの親睦も深まって、未来は充実感を感じていた。
放課後、遥斗と一緒に図書館に行った。
「一緒に勉強しない?」
「いいね」
二人は並んで座り、それぞれの課題に取り組んだ。時々目が合うと、自然と微笑み合う。
「遥斗くん、将来の夢ってある?」
「文学を学んで、いつか小説家になりたいと思ってる」
「素敵ね。私、遥斗くんの小説を一番最初に読みたい」
「未来ちゃんがモデルの小説を書くかもしれないよ」
「恥ずかしいけど、嬉しいかも」
そんな会話を交わしながら、二人の関係は自然に深まっていった。
図書館を出る時、遥斗が未来の手をそっと取った。
「未来ちゃん、付き合ってくれてありがとう」
「私の方こそ、ありがとう」
「これから、もっと色々な思い出を作ろうね」
「うん、楽しみ」
夕日が校舎を照らす中、二人は手を繋いで歩いた。
その週末、約束通り二人は相模原に出かけた。
「懐かしい街並みね」
「記憶が戻った今なら、色々思い出すでしょ?」
遥斗が案内してくれた公園は、確かに見覚えがあった。ブランコや滑り台、砂場……すべてが懐かしい。
「ここで、よく一緒に遊んだよね」
「うん。未来ちゃんは、ブランコが好きだった」
「今でも好きよ」
未来がブランコに座ると、遥斗が後ろから押してくれた。
「もっと高く!」
「危ないよ」
「大丈夫、遥斗くんがいるから」
青空の下で、二人は子供の頃のように無邪気に遊んだ。
お昼は、遥斗の実家でご馳走になった。
「未来ちゃん、よく来てくれたわね」
雅美が温かく迎えてくれた。
「お邪魔します」
「全然お邪魔じゃないわ。久しぶりに賑やかになって嬉しいの」
雅美の手料理は、昔と変わらず美味しかった。
「おばさんの卵焼き、やっぱり美味しい」
「この前も喜んでくれたものね。嬉しいわ」
食事の後、遥斗と二人で近所を散歩した。
「あそこが、未来ちゃんの家があった場所」
遥斗が指差す先には、見覚えのある家があったが、表札は知らない名前に変わっていた。
「懐かしいな……」
「寂しい?」
「ちょっとね。でも、思い出は心の中にあるから」
「そうだね」
夕方、二人は小学校の裏山に向かった。タイムカプセルを埋めた桜の木の下で、新しいタイムカプセルを作る約束だった。
「今度は何を入れよう?」
「新しい手紙と、今日撮った写真」
遥斗が持参したインスタントカメラで、桜の木の下で写真を撮った。撮ったその場ですぐに写真が出てくるタイプのカメラだった。
「今度は、どんな手紙を書く?」
「10年後の私たちが、まだ一緒にいることを願う手紙」
「きっと一緒にいるよ」
「そうね」
新しいタイムカプセルを埋めて、二人は約束した。
「10年後に、また一緒にここに来よう」
「約束」
帰りの電車の中で、未来は幸せな気持ちでいっぱいだった。
「今日は楽しかった」
「僕も。これからも、こうして色々な場所に行こうね」
「うん」
恋人として過ごす初めての休日は、最高の思い出になった。
月曜日の朝、学校で遥斗と会うのが楽しみで、未来は早めに家を出た。
「おはよう、未来ちゃん」
「おはよう、遥斗くん」
昇降口で出会った二人は、自然と微笑み合った。
クラスメートたちも、もう二人の関係に慣れたようで、温かく見守ってくれている。
昼休み、文芸部の部室で四人が集まった。
「みんなの作品、だいぶ進んだみたいね」
松本先生が顔を出して言った。
「はい、順調です」
「それは良かった。文化祭まで、あと一ヶ月。楽しい部誌にしましょう」
「はい」
午後の授業が終わると、遥斗が未来を迎えに来た。もうそれが日常の風景になっている。
「今日は、どこか寄って帰る?」
「カフェでも行こうか」
「いいね」
学校近くのカフェで、二人はケーキセットを注文した。
「甘いもの食べると、疲れが取れるね」
「未来ちゃんは、甘いものが好きだったよね」
「よく覚えてるのね」
「未来ちゃんのことは、何でも覚えてるよ」
遥斗の言葉に、未来は幸せな気持ちになった。
こうして、二人の恋愛関係は順調にスタートした。過去と現在が統合された今、未来は心から安らぎを感じていた。
記憶を取り戻し、本当の自分を見つけた未来。そして、8年間の想いが報われた遥斗。
二人の新しい物語が、今始まったばかりだった。




