絶望と女神の協奏曲:第四楽章
「さて、では始めようか」
ついに真の姿を現した女神の姿に和泉梨々香は息を飲んだ。神々しくも美しいその姿は、一目見れば誰もが彼女を神だと悟るだろう。全てを見通し、また見透かす様なあの目に見られるだけで、跪かずにはいられない。それは、決して恐怖から来るものではない。ただ、純粋に感謝の気持ちがそこにあった。そして、和泉梨々香は涙した。その姿を見れた自分の幸運に。
そこで、やっと日本の主神は彼女が自分の姿に涙しながら跪いているのに気づいた。
「面をあげなさい」
その言葉に抗うことなく、自然に彼女は顔を日本の主神へと向けた。
「そのままでは、私があなたをここに呼んだ意味がなくなってしまう。しっかりとその目に焼き付けなさい。」
重くも心地よいその言葉に、彼女はさらなる感謝の気持ちが湧き上がってきた。そして、その言葉通りに目に焼き付ける様、全神経をその一点に集中させた。
「いや、あの、私の姿を焼きつけろって事ではなくてね、今からやる天罰を目に焼き付けて。」
しかし、もう彼女には日本の主神の言うことは届いてはいない。目どころか脳に焼き付ける様にじっとこちらを見ている。
「ちょっ、あんまり見るな!まだ、こっちの体は完全に元の姿には戻ってないの!まだ、睡眠不足の影響が残ってるから、目の下とか肌とかまだそこまで見せれるようなものじゃないの!私の話聞いてる!」
ずっとこちらから目を離さない彼女に、少し愚弟の事を思い出した。本調子ではない、体をジロジロ見られるのは流石の女神でも嫌だった。
「あー、もう!そこで見とけ!」
ここに居るように言ったのは自分なので、追い出すことができない。何だかんだ言いつつも、日本の主神は自分の国の人を無下にはできないのだ。
「さて、じゃあ始めるか。と思ったら、こいつ気絶してる。さっさと起きろ!」
頬を殴られたくらいで気絶してしまった情けない異世界の主神リアリーに水をかぶせた。すると、呻き声を上げながら目を覚ました。そして、目の前にいる日本の主神に気づくと、情けなくも鋭い視線を向けた。
「き、きさま・・・」
リアリーは目の前にいるのが、日本の主神だと直ぐに気づいたようだ。
「やはりお前は無礼なやつだな。あれ程までの悪意を向けられ、流石に自分の罪に気づいたかと思ったが、所詮、糞虫は糞虫か」
「だ、まれ。どうせ、きさまが、リリーを、操って、いるのだろ、う」
口の中を切ったのか、口調が途切れ途切れになっている。しかし、反省の色がないことは火を見るよりも明らかだ。既に怒りを超えている日本の主神にとって、それは最後の糸を切れさせるのには十分だった。
「はぁ、本当はここまでする気は無かったんだけど。止む終えない。それでは天罰を執行する」
日本の主神がパチンと指を鳴らした。すると、目の前に映像が浮かび上がった。リアリーはそれを一目見ると驚愕した。なぜなら、そこに映っていたのは自分の世界だったからだ。
「き、さま、なにを、する、つもり、だ?」
この映像を見せているという事は間違いなく、自分の世界に何かをするつもりなのだと分かる。日本の主神が何かをすると考えると、リアリーは今まで自分の中にあった怒りが、頬を伝う一筋の汗の様に、少しづつ恐怖や焦りに変わっていくのを感じた。
「簡単な事、見てれば分かる」
そこには、いつの間にか見えない壁に括り付けられている水の女神が日本の主神の目の前まで運ばれていた。
「はぁ、こんな汚いのに触りたくないんだけど。仕方ないか。」
日本の主神は水の女神の腹に腕を差し込んだ。それにより、今まで気を失っていた水の女神が目を覚ました。
「がっ、あああああああああ!」
「うるさい、叫び方も汚いなお前は」
意識を覚ました水の女神は、状況を確認する事なく、強烈な痛みに襲われた。
「ああああああああああああああああああ!」
「や、めろ!」
リアリーが叫ぶが、その声は水の女神の声にかき消される。
「あああああああああ!」
リアリーの制止の声は聞こえてはいたが、そんな事はお構い無しと、日本の主神はグチュグチュと水の女神の腹をかき回す様にいじる。
「やめ、ろ!やめっ!」
ついに、水の女神を殺すのかとリアリーは焦りと恐怖によって顔を濡らす。喉から血が出、声も少しづつ枯れていく。それでも、日本の主神は止めなかった。そして、それから1分くらい経ち、主神はその手を止めた。
「ヒュー、ヒュー」
喉が潰れてしまったリアリーはもう声は出なかった。出そうと思っても、それは醜い空気の音に変わってしまうのだ。
「やっと、繋がった。おい、見てろ。あれ?こいつまた気絶したのか?」
下を向いたまま、こちらを見ないリアリーに、また気絶したのかと思い水を再度かける。しかし、それでもこちらを見ないので、無理やり顔を上げさせる。
「っ!」
リアリーの目に入ってきたのは、顔を痛みと涙によってぐちゃぐちゃとなった水の女神だった。その顔にはいつもの様な凛々しさは無く、まるで死人の様だった。
「ヒュー!」
声なき声で呼びかけるが、彼女に届いている気配はしない。絶望に打ちひしがれていると、日本の主神がリアリーの顔を映像の方へとそらした。
「そっちじゃ無くて、こっち」
目の前にはいつも通りの自分の世界が広がっていた。それが、唯一の彼女の救いになった。そんな彼女を見て、日本の主神は液体窒素の様な声で喋り始めた。
「私はね、どっかの誰か達のおかげで因果律の操作が上手くなったの。初めて見た世界でも、数分あればその世界の因果律を支配する事ができる。ただ、その世界の神の中にある因果律操作能力を媒介にすればもっと短時間でできるの。」
リアリーは黙って日本の主神の言っている事に耳を傾けた。結構すごい事を言っているのだが、今の彼女はそこまで頭が回らない。これ以上反発しても、こちらが損するだけだとようやく気づいたのだ。
「お前はもちろん知っているだろうけど、因果律はその世界にとって血液も同然。流れが悪くなれば世界はおかしくなり、整えれば良くなる。ではここで、この血液を乱すとどうなると思う?」
「っ!」
そこで、ようやくリアリーは気づいた。日本の主神が何をしようとしているのかを。
「ヒュッ、ヒュー!ヒュー!」
突然慌てだしたリアリーに日本の主神はニヤリと笑った。
そこで、目の前の映像に変化が起きた。その世界にある太陽の輝きが増し、大きくなっていっている。いや、正確には太陽が徐々に近づいてきているのだ。その事に気づいた人々が、空を見上げようとするが眩しくて目を潰される。まるで、神に祈るかの様に#蹲__うずくま__#る彼等に太陽からの熱が容赦無く降り注ぎ、膨大の熱により、燃える事無く蒸発していく。
「さぁ、自分の世界の最後をとくとご覧あれ」
「ヒューーーー!!」
そして、一瞬の閃光の後、映像が真っ暗になった。
「・・ヒュッ・・ヒュッ」
映像から目を離さず、幾つもの涙が一つの滝の様に連なり、落ちていく。白い世界が余計に白く感じられ、心の中を黒い何かが支配する。
「なんともまあ、呆気ない。」
静かに滅んだその世界を悲しむ者は、世界を持たない主神リアリーしかいなかった。




