障害の話 前編
「すごい雨だねー」
田宮くんとの帰り道。私は紺色に白いドットの傘を、田宮くんは黒色の折りたたみ傘を差していた。
「親の仇みたいに降っているな」
学校の最寄駅で、私達の使う駅を使う生徒は少ない。雨で外出している人もいないため、今は周囲には誰もいなかった。
ちょっと道の先に、傘も差さないで一人の少年が佇んでいた。
「あれ、なんだ」
田宮くんが不思議そうに呟く。
近づいてみると、私の見知った顔だった。
「山名くん……」
彼は私の大切な後輩で、恩人で――――発達障害者だった。
山名公明くんの外見は、すらっとした長身で、活発そうな短髪が似合う優等生風イケメン。見た目では障害はわからない。
そしてその頬は涙で濡れていた。
「コウミ……さんッ……コウミさん!」
「へっ、ちょっ」
山名くんはガシッと私の肩を掴んだ。私は思わず傘を落とす。
「障害者は他人を不幸にすることしかできないんですか!? 俺は普通に好きな人を幸せにすることはできないんですか!?」
山名くんの言葉が、グサッと心に突き刺さる。
私だってアスペルガー症候群とADHDを併せ持つ障害者だ。そのことはいつも私を悩ませるし、今の言葉で傷つかないわけではない。
でも、それ以前に私は彼の先輩だった。
私は山名くんのために、真っ直ぐな言葉を向ける。
「障害者は確かに他人に迷惑をかけてしまう存在かもしれない……。でも、私は山名くんのおかげで今幸せに生きているし、あんまり山名くんに自分は不幸しか生まない存在だと思って欲しくない」
「でも! 俺はいつも他人の手助けなしには授業が受けられないし、漢字が読めないから一人で外出するのも危険だし、親はいつ楽になるんですか! 兄弟は俺の人生を背負う為に生まれてきたんですか! 俺は将来、自活できるほどに稼げるんですか!」
「山名くん……」
私が考えていることと同じだ。
私はコミュニケーション能力がないため、どうしても他人を苛つかせてしまう。
私自身は一生懸命生きているけれど、他人に嫌な思いをさせていると考えたら、結構加害者だ。
悲しい。悲しい。悲しい。
私は普通に友達と楽しく遊んで、普通に好きな人と人生を添い遂げたいだけなのに。
「お前、何かあったの?」
田宮くんが、私と山名くんが濡れないように傘を傾けてくれた。それで田宮くんは濡れてしまったけれど。
「俺……今中三なんですけど、家にお金がないから、高校に行かずに働きたいんです。LDって知っていますか? 知的障害はないのに、学習能力の一部が出し切れない障害です。俺はLDなんです」
山名くんの説明は簡潔だ。本来は頭のよい子なのだと思う。文字を読むのは苦手だけど。
「でも、働き口が見つからなくて……障害者用のハローワークに行っても、アポイントすらとれない状況で……。合同説明会に行った時に、『知的障害のない発達障害者はいらない』とまで言われて……」
障害者枠での採用で企業が求めている人材は、一番はコミュニケーションがとれて事務作業ができる車椅子の人だ。
知的障害者も今までの国の支援の甲斐があって、働き口がある。
ちなみに、国が支援を開始した順番を障害別に書くと、身体障害者→知的障害者→精神障害者(発達障害者)だ。
身体障害者が、発達障害者ほど世間から偏見の目で見られていないのは、こういう福祉の歴史が背景にあるのじゃないかと思う。
一番企業が嫌がるのは、コミュニケーションがうまくとれないアスペルガー症候群と、病気の症状が重くなったら、いきなり会社を休むかもしれない精神障害者だった。
LDという障害はあまり世間では知られていない。
山名くんは面接での会話を話し出した。
「知的障害のない発達障害です」
「アスペルガーの方はちょっと……」
「アスペルガーではなく、LDという障害です」
「いずれにしても面倒臭いんでしょ?」
どの企業でもそんな会話になったらしい。
「それで、俺は……」
泣きじゃくる山名くんに私はひとつ提案をする。
「とりあえず、雨もひどいし、近くのマックに行こう」
私の言葉に、山名くんは頷いた。
「はい。お財布は持ってきたんで……あの……」
山名くんは田宮くんの方を見た。
「あなたも来てくれませんか?」
田宮くんは心底困惑するが、いい人なので了承した。
「いいよ、別に」
こうして私たちは、学校の最寄駅近くのマクドナルドに向かったのだった。
※ 参考
「マクドナルド」