第二話 スライムの可能性
ダンジョンを進む二匹のスライムの前に、小さな穴が現れた。ダンジョンの壁の一部が剥落して、その部分に三角形の穴ができている。身体を縦に細くすれば、それはスライム達にとってちょうどいい大きさだった。魔王スライムはスライムの後に続いて、その穴の中へと入っていく。
穴の中は存外に広かった。四角い空間がちょっとした小部屋のようになっていて、スライムならば百匹は入れそうだ。しかもスライム達がどこからか持ってきたのか、天井にはヒカリゴケが繁殖し、ある程度の明るさも保たれている。
『ただいま。新入りを連れてきたぞ』
『おかえり!』
部屋の中に居たスライムたちが、わらわらと魔王スライムの方にやってきた。魔王スライムは思わず顔をしかめる。スライムを仲間だとは、あまり思いたくはなかった。魔王のプライドとして、こんな軟弱な生き物と同等だとはあまり思いたくないのだ。
魔王スライムが黙ったままあまりいい顔をしなかったので、スライム達はすぐにそれぞれの場所へと戻っていった。スライムといえど、機嫌の悪い者の近くには居たくないらしい。魔王スライムは恐がるように遠目で自身を見てくるスライム達を無視しながら、部屋の奥の方へと歩を進めた。
そうして部屋の奥の暗がりで独り、丸くなった魔王スライム。彼は壁に体を預けながら、大きく息を吸うと今後のことに考えを巡らせる。
『クソッ、なんてみじめなざまだ! 一刻も早く強くならねばな。しかし、スライムでは……』
ある程度強くなる方法ならば、魔王スライムには心当たりがあった。
死んだモンスターが残す力の結晶、ライフクリスタル。これをドンドン食べていけばいいのだ。そうすることによって自らの身体を満たす生命力が多くなり、以前とは比べ物にならないほどの力を手に入れることができる。
しかし、これには大きな欠点があった。種族ごとに蓄えられる生命力の量に限界があるのだ。限界の高さはその種族の格の高さに比例し、当然ながら最下級のスライムは恐ろしく低いと考えられる。もともとの強さから考えると、せいぜいゴブリンを倒せるレベルが関の山だろう。それでは魔王スライムにとっては意味がないのも同然だ。
『これがせめて中位のモンスターならば……強くなれるだろうに……!』
『なれるぞ? どこまでも強く』
『何?』
魔王スライムが振り返ると、そこには先ほど自分をこの穴まで連れてきたスライムが居た。そのスライムは、魔王スライムの顔を覗き込むとニヤッと笑う。
『俺たち低位の魔物はな、ある程度生命力をためると進化ってのができるんだ。あまりやる奴が居ない、というよりやれる奴がいないから知られちゃいないけどな。で、その進化ってのを駆使していけばスライムだってそのうち強い種族になれるんだぜ!』
『それは本当か!』
魔王スライムは思わず、スライムの体に圧し掛かった。スライムは苦しそうな顔をしながらも、口を動かし続ける。
『本当だぜ! 俺のダチにゴブリンになった奴が居るんだ! ……だけどよ、そいつがゴブリンになるには何年も時間がかかったし、途中で何度も死にかけたんだぜ。やめといた方が身のためさ。それに、そいつ以外にも何匹か進化に挑んだ奴が居たけど、みんな死んじまった』
スライムの口調は寂しげで、生気がなかった。何人もの友をこうして失ってきたのだろう。しかしそれとは対照的に、魔王スライムは触手を振り上げると高らかに宣言した。
『よし、すぐに生命力をためて進化とやらを試してみようじゃないか』
『ホントにやるのか? お前がそうしたいなら俺に止める権利はないが、死にに行くようなものだぞ?』
『フン! これからもスライムとしてみじめに暮らしていくぐらいならば、我は栄光ある死を選ぶ!』
魔王スライムの声は鋼のようだった。まったく、意見を変える余地はないようだ。それを聞いたスライムはやれやれと息をつくと、呆れたように触手を上げる。しかしどうして、その顔は不思議と晴れ晴れとしていた。まるで、魔王スライムがこういうのを本心では待っていたかのようだ。
『そうかい。じゃあせいぜい頑張るんだな。明日になったら、俺があいつに教わった「狩り」の仕方を教えてやる』
『世話をかけるな。では、今日のところは休むとするか』
魔王スライムはそういうと、さっさと寝てしまった。およそスライムらしくない、大きく横に広がってだ。普通、弱い魔物と言うのは小さく縮まって寝るものである。
その寝方を見たスライムは、おいおいといったような顔をして独り愚痴る。
『はあ、言葉だけじゃなくて寝方もあいつそっくりなのか。こいつ、もしかすると大物になるかもな……』
翌日。魔王スライムはスライムに連れられて穴を出た。スライム曰く「狩り」の実習なのだとか。もっとも、そういうスライム自身も友達がやっているのを見たことはあるが、自分でやるのは今回が初めてらしい。
二匹のスライムは、のっそりのっそりとダンジョンの床を這っていく。身体を出来るだけ平らにしたそのさまは、水たまりが進んでいくようだ。そうして通路の角に差し掛かると、スライムは顔を伸ばして先の様子を確かめる。
ちょうどそこには、一匹のウサギが居た。灰色がかった毛並みの間から、小さな角が顔をのぞかせている。このダンジョンの浅い階層によく生息する、ホーンラビットだ。
『よし、ちょうど一匹だ。あいつを倒すぞ』
『ウサギか。我の獲物には弱すぎるな』
『バカ言え! あいつは俺たちスライムの三倍は強いぞ! 気をつけていけ!』
そういうとスライムはホーンラビット目掛けて全速力で跳ね始めた。いよいよ、狩りの始まりだ――!