第一話 我はスライム
スライム。
それは文句なしに最弱のモンスター。
冒険者どころか、子供に棒で叩かれても弾け飛ぶ。小さいものになると大人に踏みつぶされただけで死にかける。モンスターと言うよりも、大量にわく害虫のように認識している人間も多い。モンスター側からも「こいつら餌だよな?」とか認識されていたりもする。
ダンジョンの片隅にある、人間はおろかモンスターすら通らないような通路。そこスライムがのっそりのっそり這っている。かなり小さなスライムで、大きさは大人の拳より一回り大きい程度。そんなスライムは、およそスライムらしからぬため息やら愚痴を漏らしていた。元魔王のスライム――魔王スライムとでも呼ぼうか――だ。
『なぜ我がスライムなんぞに……クソッたれ!!』
転生先と言うのはおよそ、生前の強さに応じて変わる。魔王の強さから行けば、最低でも龍種になることは確実だった。だが――現状はスライム。何度確認しても、見事なまでにスライムだ。
『ううむ、しかし愚痴ばかり言っておれんな。なんとかしてこの屈辱的状況を脱せねば』
魔王スライムはとりあえず、周囲の状況を確認してみた。湿気にまみれて、苔が生え放題の石壁。長年の間にすり減り、すべすべと滑らかな石畳。よく耳を澄ませると、それを伝って何やら声が響いてくる。魔王スライムはのっそりのっそりと気配を伺いながら声のする方へと向かってみた。
魔王スライムは通路の角からこっそり先の様子をうかがってみる。するとそこには、緑色の醜悪な小人と一匹のスライムの姿があった。どうやら、ゴブリンとスライムらしい。ゴブリンが棍棒を構えているところを見ると、両者は戦闘状態にあるようだ。魔王スライムは今後のため、この戦闘を見ていくことにする。
『とりゃあ!』
『グッ、ギャアァ!』
あまりに一方的。ゴブリンの振るった棍棒が直撃するや否や、スライムは見事に砕け散った。まさに玉砕。あとには小さなクリスタルと、ぷるぷるとしたスライムの欠片だけが残される。
ゴブリンは飛び散ったスライムの欠片を旨そうにすすった。さらに残されていた小さな結晶を飴玉よろしく舐める。すると結晶が溶けてなくなり、ゴブリンの身体がわずかに膨らんだ。筋肉が膨張したような感じだろうか。しかしそれも一瞬で、すぐに元の大きさに戻る。
その一部始終を見ていた魔王スライムは、あまりのことに思わず身体を震わせた。
『バカな……! ゴブリン相手に勝負にならんだと……!』
さすがに雑魚の代名詞のゴブリン相手にならば、スライムでもそこそこ戦えると思っていた魔王スライム。しかし現実はそうではなかったようだ。彼は身体を小さくすると、一刻も早くこの危険地帯から脱出しようと試みる。ぴょこぴょこと小さな体を目いっぱい震わせながら、必死に彼は走った。
『情けない……! この魔王様がゴブリン相手に逃亡することになるとは!』
他の連中からは「ぷぎー!」としか聞こえない叫びを響かせながら、魔王スライムは迷宮の通路をあてもなく走る。屈辱だった。途方もない屈辱だった。大陸中を恐怖に陥れていた魔王がまさか最弱の代名詞ゴブリンから逃げることになるとは――! 彼は魂の雄たけびを上げながら迷宮を走りまわる。するとここで、魔王スライムの耳に何か声が響いた。
『おーい、そこのお前! そんな暴れてると危ないぞ!』
それは「ぷぎー!」という叫びだったが、魔王スライムには確かにそのような意味だと理解できた。異国の言語を自然と理解できているような感覚だろうか。魔王スライムは若干奇異に思ったものの、声がした方を振り向く。するとそこには、彼より一回り大きいスライムが居た。
『何だスライムか。たかがスライムが、我に指図するでない』
『お前だってスライムだろ』
『……そうだったな』
『まあいい、珍しいインテリスライム同士だ。仲良くしようや』
スライムはそういうと、触手を伸ばして魔王スライムの肩を軽く叩いた。魔王スライムはなんともいえない気分になるが、ようやく出会えた仲間に少しほっとする。
『ああ、よろしく頼む。して、そのインテリスライムっていうのは何だ?』
『お前、そんなことも知らないのか?』
『ついさっき生まれたばかりだからな』
スライムは驚いたように目を丸くした。しかしすぐに、魔王スライムの全身を見わたして納得したような顔をする。
『へえ、生まれたばっかりなのにインテリなのか。すげーな! だけど、そのちっせえ身体なら生まれたばっかってのも嘘じゃないか』
『小さい言うな!』
『すまんすまん。それで、インテリってのは知性があるモンスターってことだ。俺やお前みたいに、会話ができたりするモンスターの総称だよ。ランクの高い連中はほとんどインテリだけど、俺らみたいなスライムでインテリってのは滅多にいないな』
『へえ、そうなのか』
長年魔族をやってきたが、魔王スライムはそんな話を聞くのは初めてだった。もともと、魔族と言う種族自体が低位のモンスターなどに一切興味を持たなかったからだろう。魔族とかかわるモンスターと言えば最低でも中位以上のモンスターで、碌にしゃべれないような連中とはそもそも関わらないのだ。
感心したような顔をした魔王スライム。するとスライムは大きく身体を膨らませて、ドヤとばかりに得意げな顔をする。そして触手を伸ばすと、魔王スライムの身体を引っ張った。
『この先に小さな穴がある。そこに俺たちの仲間は集まってるんだ。ついてきな』
『ああ、わかった』
こうして魔王スライムはスライムに連れられて、インテリスライム達が集まるという穴へ向かったのであった――。




