プロローグ
大陸の最果て、闇深き地に聳える壮麗な城。その城の玉座の間で、勇者と魔王は壮絶な死闘を繰り広げていた。互いに全身からとめどなく血を流し、息は絶え絶え。立っているのさえやっとという状態だ。しかし彼らは眼に殺気を迸らせながら、悲鳴を上げる肉体に鞭を打ち、白銀の剣と暗黒の杖を交錯させている。
無数のシャンデリアの下がる広大な玉座の間を縦横無尽に走りながら、魔王と勇者は攻防戦を繰り広げる。剣と杖の奏でる衝撃が堅牢な魔王城の壁に次々とヒビを入れていく。互いにもう限界が近いことはわかっていた。わかっているがゆえに、彼らは死力を尽くす。足りない体力を気迫で補い、力ではなく己の持てる信念を武器に込める。武器もまたそれにこたえるように、激しい唸りを上げた。
「俺は……絶対にお前を倒すんだアァ!」
裂帛の気迫。
極限まで力を蓄えた筋肉が激しく躍動し、剣が音を超えた。白銀の剣は魔王の暗黒の杖に競り勝ち、それを遥か後方へと弾き飛ばす。
魔王はハッと秀麗な顔をしかめた。彼の手にもう武器はない。強大な魔力と引き換えに人間の姿となったことを、彼は今ほど後悔した瞬間はなかった。魔物としての姿があれば、武器を飛ばされるといったことはないからだ。しかし、全ては遅い。魔王は潔く負けを認め、勇者に拍手を送る。
「見事! だが、お前に我は滅ぼせん!」
「何!?」
「我は輪廻転生を繰り返す存在。たとえこの身が滅びても、すぐにまた生まれ変わるのだ」
「クソ! だが俺はお前を……許すわけにはいかん!」
勇者は雄たけびを上げながら、剣を袈裟に振り下ろした。
紅が噴出。魔王の細い体はたちまち崩れ落ち、毛足の長い絨毯に埋もれた。しかし、その顔は苦悶ではなく愉悦に染まっている。
「勇者よ……三百年後にまた会おう」
伝説の魔王の生涯は、こうして不気味な予言とともに幕を閉じた。
それから遥か三百年。魔王が住んでいた暗黒大陸はエンゲル大陸と名を変えていた。魔王が居た頃の面影ははすっかり無くなり、今では緑豊かな自然あふれる大陸である。ただし、魔王が居た名残か強力な魔物や広大なダンジョンが残されており、冒険者たちが最も活躍する大陸でもあった。
そんなエンゲル大陸の端付近にあるとあるダンジョン。遥か古より存在するそこは、広大すぎて伝説の魔王ですら最深部には到達したことがないとされていた。そのダンジョンの第一階層で、今まさに一匹の魔物が生まれようとしている。
黒い邪気がダンジョン端の小部屋に収束し、やがて球の形を為した。その球からじわりじわりと、何かが染み出してくる。そしてその染み出した何かは楕円形に固まると、何事か雄たけびを上げる。魔物の誕生だ!
「ぷぎー!」
始めに「あれ、おかしいな」とその魔物は思った。「ぷぎー」などという訳のわからない見苦しい叫びではなく、「魔王の復活だ!」と高らかに宣言したはずなのに。
魔物は身体の中心部にある眼のような物体を寄せると、自分の身体を確認した。目に飛び込んでくるのは蒼く透き通るような透明の体。ぷにぷにとしていて柔らかく、地面に沿ってやや潰れたようになっている。そんな身体を持つ魔物の種類を、その魔物は一種類しか知らない。
「ぷぎー!!!!(スライムだと!!!!)」
元魔王、現スライムの冒険がいま始まる――。