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あなたの妻はもう辞めます、外交文書も妻の座もお断りして侯爵家を出ます  作者: 小竹X


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第22話 訂正記事の朝/ルベールの反撃

偽造書簡の訂正記事は、王都の新聞三紙に同時掲載された。朝、翻訳組合の食堂で新聞を開いたサラが、椅子から立ち上がるほど大きな声を出した。


「載ってます!」


 食堂中の人が振り向く。グレタが眉を上げた。


「朝から元気だね」


「訂正です。イザベル様の名前、ちゃんと!」


 サラは新聞を両手で掲げた。見出しは、偽造書簡事件に関する訂正と謝罪。本文には、書簡がイザベル・レヴィエによるものではないこと、宮内局書記長ルベールの関与が調査中であること、クロイツ公爵への侮辱的記述が虚偽であることが明記されている。


 小さな囲み記事には、六カ国会議の保護附属書についても説明があった。私は新聞を受け取った。自分の名が、虚偽ではなく訂正の中にある。不思議な気持ちだった。傷つけられた名は、謝罪で完全に戻るわけではない。噂を読んだ人の全員が訂正を読むとは限らない。けれど、公の紙に訂正が載ることには意味がある。


「泣きますか」


 サラが期待するように聞いた。


「泣きません」


「ちょっと残念です」


「なぜ」


「イザベル様、あまり泣かないので」


 グレタが茶を置きながら言った。


「泣くのも体力がいるんだよ。あんたたち、まず食べな」


 その言葉に、サラが素直にパンをかじった。午前中、訂正記事を読んだ人々が公文書館へ来た。新聞社の若い記者が、改めて取材を申し込む。私は断り、代わりに保護附属書の公開要約を渡した。


「私個人より、条文を正しく載せてください」


 記者は少し困った顔をしたが、受け取った。昼前、クロイツ公爵が新聞を持って来た。


「訂正は出た」


「はい」


「名誉回復としては足りない」


「足りません。でも、何もないよりはいい」


「追加の抗議文を出すか」


「出します。ただし、感情ではなく、今後の訂正手続きの改善を求める形で」


 公爵はほんの少し笑った。


「あなたらしい」


「怒っていないわけではありません」


「分かっている」


 その短い返事が、妙に嬉しかった。午後、リリーヌから手紙が届いた。新聞の訂正を読みました。わたしの証言が少しでも役に立ったなら、よかったです。実家へ戻ります。しばらく外には出られませんが、辞書を一冊持っていきます。


 最後に、彼女の字でこう書かれていた。自分で読めるようになりたいです。私は手紙を畳んだ。彼女の道は、私が決めるものではない。ただ、彼女が自分の言葉を学び始めたことは、小さな前進だった。夕方、サラが新聞を丁寧に畳み、私の手帳に挟もうとした。


「記念に」


「記念というより、記録ね」


「じゃあ記録です」


 彼女は真剣に頷いた。新聞紙はざらざらしていて、手にインクがつく。名誉回復というには粗い紙だ。けれど、粗い紙にも役目がある。朝に出た嘘を、朝に訂正する。完全ではないが、社会が間違いを直すための一歩だ。私は手帳に新聞を挟んだ。


 そのページには、偽造された名ではなく、訂正された名が残った。


 ◇


ルベール書記長は職務停止になったが、黙ってはいなかった。正式な処分が出る前夜、宮内局の倉庫で火災が起きた。燃えたのは、十年前の救護協定に関する補助記録と、今回の様式変更通知の控えだった。誰も怪我はしなかった。しかし、紙は燃えた。


 知らせを受けた時、私は公文書館で署名式の最終草案を確認していた。火災の報告書を読んだ瞬間、手の中の紙が重くなった。


「証拠隠滅ですね」


 オリーヌが言った。


「おそらく」


「おそらく、ですか」


「燃えた紙だけでなく、燃えなかった紙を見ます」


 火災現場に入る許可を取るため、クロイツ公爵が外務卿代理の次官と交渉した。私はサラを連れて宮内局倉庫へ向かった。焼けた紙の匂いは、胸に残る。南書庫の暖炉で見た灰色リボンの焦げ跡を思い出し、少し息が苦しくなった。


 倉庫の壁は黒く煤けていた。棚の一部が崩れ、床には水浸しの紙が散らばっている。宮内局の役人たちは、何を残し、何を捨てるかで混乱していた。


「濡れた紙を捨てないでください」


 私は声を上げた。


「読めないものも?」


「読めないように見えるものほど、後で読めることがあります」


 サラが布を広げ、濡れた紙片を一枚ずつ置いていく。オリーヌも駆けつけ、番号を振り始めた。クロイツ公爵は焼け残った棚を見ていた。


「火元は」


「様式変更通知の箱の近くです」


 私は床に落ちた金具を拾った。文書箱の留め具だ。焼けて黒くなっているが、内側に薄い紙片が挟まっていた。そこには、山岳語通達の旧案番号が残っていた。


「燃えたのは証拠ですが、火をつけた場所も証拠になります」


 公爵が頷く。


「ルベールが逃げた」


「どこへ」


「王都の西門を出た記録がある。港へ向かう道だ」


 港。避難民労働を利用していた商人たちの一部が、まだ彼を匿う可能性がある。


「署名式は明日です」


「だから今夜動いた」


 公爵の声は低かった。


「火災で証拠を消し、港から国外へ逃げるつもりだろう」


 私は焼けた紙片を見た。追うべきか。署名式を守るべきか。どちらも必要だった。


「私は署名式の最終草案を守ります。公爵閣下は、ルベールを追えますか」


「追える」


「ただし、私怨で動いたと見られないよう、王国の逮捕状を取ってください」


「分かっている」


 彼は短く答えた。私たちは倉庫の煤けた光の中で向き合った。十年前の妹の件を抱える彼が、ルベールを追う。危うい。けれど、彼は文を歪めない。私はそう信じることにした。


「お気をつけて」


 公爵は一瞬だけ、言葉を探す顔をした。


「あなたも」


 それだけ言って、彼は護衛とともに倉庫を出た。私は焼け残った紙片を集め続けた。火で消える記録もある。だが、火をつけた者の焦りは、別の場所に痕跡を残す。署名式まで、夜は短かった。

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