第三十一話:揺れた火
遅れは、半刻で収まるはずだった。
若者はそう計算していた。
余白は一割。
吸収できる範囲。
だが、次の荷が想定より重かった。
馬車が一本、軸を痛めている。
修理に時間がかかる。
若者の顔色が変わる。
「……足りません」
余白はもうない。
強い火は、待てない。
急ぎを二件受けた分、
調整の余地が消えている。
「どうする」
俺は聞く。
試すわけではない。
確認だ。
若者は帳簿をめくる。
断る。
だが、今さらか。
受けたものを、
途中で戻すのか。
使いが立っている。
「間に合いますよね」
期待が混ざった声。
若者の喉が鳴る。
「……少し、遅れます」
小さな声。
使いの眉が動く。
「急ぎですよ」
「分かっています」
若者は火を見る。
強くしようとすれば、
回せる。
だが、
余白はゼロになる。
ゼロは、
次の事故を呼ぶ。
「戻します」
若者が言った。
使いが目を見開く。
「何を」
「二件目を、戻します」
「今さら?」
「間に合いません」
沈黙。
周囲の空気が張る。
「評価が下がりますよ」
「構いません」
声は震えていない。
だが、
手は震えている。
使いは不満そうに去る。
若者はその場に立ち尽くす。
「遅いですか」
「何が」
「判断が」
少し考える。
「遅い」
正直に言う。
若者は目を閉じる。
「最初に断ればよかった」
それも本音だ。
火は揺れている。
だが、暴れてはいない。
夜。
――急ぎ受理:一件
――一件差し戻し
――遅延:小
――評価:未確認
数字は崩れていない。
だが、
若者の中で何かが崩れている。
「怖いですね」
「何が」
「自分の判断です」
それが区間だ。
それが火だ。
若者は小さく頭を下げる。
「……助けてほしいと思いました」
ようやく言った。
「だが、言わなかった」
「なぜ」
「区間は、自分のものだから」
その答えは、間違っていない。
俺は帳簿を閉じる。
「助けは、求めていい」
若者が顔を上げる。
「だが」
少しだけ間を置く。
「責任は残る」
若者はうなずく。
火はまだ燃えている。
揺れは小さくなった。
余白は、ほとんどない。
だが、
完全には消えていない。




