39話 《剣》。その死を悼む
リヒトとフリューゲルは外見は変わってませんが、軽く30年ぐらい過ぎています。
ごーん ごーん
国で一番大きな教会がその人の死を悼んで鐘を鳴らす。
それを窓枠に座り込んでぼんやりと聞いていた。
「姉さん……」
かちゃっ
ドアが開く音と同時に掛けられる声。
「リヒト……」
黒い喪服に身を包んでいるリヒト。
「姉さん。葬儀の用意は」
「俺は出れない」
断言。
「えっ、でも、僕と姉さんの服も用意されて……」
「――俺らは象徴だ」
譲れないというか多分どの象徴も同じだろう。
「俺らは、民の心の形だ。親しい人を悼んでもそれを公に出来ない。死を悼むのなら民全てを悼まないといけないんだ」
そこは、平等にしないといけない。
王も民も変わらない。
「でも……陛下は参列してくれと」
「――どの王も言う。でもな。王も複雑だろう。自分と共に未来を築く象徴が前の王を悼んだら」
前の王と比べられないかと戦々恐々としないといけないんだぞ。
そう、それがあるから、今までの団長も王もそば仕えだった者も部下達も、……どの葬儀にも出ない。出れなかった。
「姉さんは、先代…コンラート様がお好きじゃなかったの……」
聞かれて、
「人としては好きだったかな」
だけど、
「……俺はたぶんアイツに無理させたな」
結婚しないのか。何度尋ねただろう。
そのたびに否定されたけど。最後に会った時に知らされた。
あいつの行動。あの目。そこにははっきりと思慕があった。
象徴ではなく、恋愛対象として見られていた。
「姉さんは、恋愛としては」
「――俺に子供は出来ない。まあ、民が俺の親であり、子なんだけどな」
だからこそ。
象徴は寂しがり屋が多い。
「象徴同士は血のつながりがないけど、兄弟として他の象徴と関わりたくなるからな」
俺もそうだったし。
「………」
その言葉に考え込む。リヒトは考え込む。
まるで、寂しいという感覚を覚えた事がない様で……。
生まれたばかりだからだろうか。
それとも……。
寂しいという感情を自覚していないんだろうか。
「僕はずっと姉さんの傍に居るよ……」
袖を掴んで告げてくるリヒトに笑う。
寂しげに悲しげに。
この子はまだ分からないのだろう。残される感覚を。変わらないという事の焦燥感を。
「………」
まあ、知らない方がいいだろう。そんな悲しみを。
ふと、思い出して、机に向かう。机の中にずっとしまっていたそれを取り出す。
「姉さん?」
リヒトが首を傾げる。
フルート。コンラートが得意で、フルートの奏者になりたいとあいつは目指していた。
そっと口に添えて、吹き出す。
上手くはない。
当然だ。あまりそれを使った事はない。下手じゃないだけましかもしれない。
リヒトは目を大きく見開いている。
あまり聞いた事が無いからな。
亡くなったコンラートの演奏以外。
「……」
葬儀には出られない。そういう立場だ。だけど、ここでひっそり死を悼んだ。
―――それぐらいは許されるだろう。
ここで終わらせるつもりでしたが、おまけを1話。




