追放された姫と、辞任した指南役
※若津
若津城で指南役をつとめる玄信は、ある日信じられない知らせを聞いた。
玲姫が当主である父を毒殺し、叔父により追放されたのだという。
継承者である姫が父を毒殺――だが、二人の親子仲が悪いなどという噂は聞いたことがない。
何より、剣術の弟子として知っている玲姫は、そんな真似をする人間には到底見えなかった。
『戦場では、身分が高いからといって相手が加減してはくれるまい?
むしろ大将首として真っ先に狙われる。
故に、稽古において身分で対応を変えることは無い』
それが、指南役の玄信の掲げる方針であり、戦場の決まりごとだった。
その厳しい教えに対し、怯むどころか食らいついてくるだけの胆力が、あの姫にはあった。
物思いに耽りながら、玄信は『剣神の間』へと足を踏み入れる。
薄暗い堂内の奥、荘厳な祭壇の上に鎮座するのは、無数の矢や刀を受けながらも異様な威圧感を放つ剣神の像だ。
頭上からは神々しいまでに強烈な光が降り注ぎ、周囲の血痕や散らばる無数の武器を照らし出している。
その神聖さと凄まじい死闘の気配が同居する空間で、玄信は祭壇に飾られた三種の神器の一つ、天叢雲剣に手を掛け、ゆっくりと抜き放った。
冷たい刀身が眩い光を反射して鋭く輝く。
「身分や秩序は、所詮は平時の決まりごと(統治コストを下げる)に過ぎん」
玄信は静かに呟くと、刀身に映る己の目を細めた。
「その統治を円滑にするための平時の決まりごとを、
私利私欲のために破壊した叔父殿が当主の座に居座るというのなら……そろそろ辞め時かもな」
数ヶ月後、隠居すると言い残し、玄信は若津城の指南役を辞したのだった。
※堺
黄金の粒子が収束すると、ファズの足がしっかりと地面を捉えた。
周囲に広がるのは閑静な住宅街、そしてその合間を縫うようにして圧倒的な存在感を放つ巨大な緑の塊。
――どこか懐かしい古墳が鎮座する奇妙な街並みだった。
「あれ、なんか懐かしいというか……」
ファズが目を丸くして周囲を見回す。
RB2の故郷、モダンセクターより未来の都市に行くと予想していた。
どちらかと言うと、日本の小京都を彷彿とさせる、妙に落ち着いた和の空間だった。
足元で、コツ、と小さな爪音が響く。
バースト神の依代である一匹の黒猫が、不満そうに鼻を鳴らした。
「おい、ファズ。この依代はあまり食うておらん。
淡海へ連れて行け、淡水魚が美味いと聞くぞ」
ファズは思わず苦笑いを浮かべる。
「わかったよ。まずはこの地理を把握しないとな。情報を探そう」
目的の地へ向かうため、古びた佇まいの本屋へと足を踏み入れた。
店内のカウンターには、凛とした気品を漂わせる着物姿の一人の少女が静かに佇んでいた。
その少女――玲は、店に入ってきた気の良さそうな青年の姿を観察し始めた。
そして足元にぴったりと寄り添い、すっかり懐いている黒猫の様子をじっと見つめる。
これほどまでに猫に懐かれている人に、悪い人間なんているはずがない。
その直感だけを頼りに、玲は自然な笑みを浮かべて声をかけた。
「……あら、お客さん。何を探しているのかしら?」
声をかけられたファズが振り返ると、玲は少しだけ首を傾げ、興味深げに言葉を続ける。
「地図……そう、『淡海』へ行くの?私もちょうどそっち方面に用事があるのよ。
よかったら、道案内くらいはしてあげてもいいけれど……どうかしら?」
見知らぬ土地で途方に暮れていたところでの思わぬ申し出に、ファズは胸を撫で下ろした。
「助かるよ。俺はファズ、こっちは……まあ、猫のバーストだ。よろしくね」
淡海への道すがら、一行が足を踏み入れたのは、槌音が響く「ナカジマ製作所」だった。
火花散る作業場の奥で、筋骨隆々の偏屈そうな親父
――ナカジマが、真っ赤に焼けた鉄をカンカンと荒々しく叩きながら、乱暴に吐き捨てる。
「何の用だ?」
玲は臆することなく、真っ直ぐに親父を見据えて切り出した。
「武王様の『剣』について、何か知らない?」
ナカジマは手を止め、フンと鼻を鳴らしてから無愛想に答えた。
「武王様の『剣』か。……確か、若津の『剣神の間』にあるって話だ」
その言葉に、ファズは首を傾げ、ふと気になった疑問を口にする。
「なあ、剣と刀って何が違うんだ?」
それを聞いたナカジマは、呆れたように大げさな溜息をついた。
「へっ、素人質問だな。
いいか、よく聞け。『剣』ってのは両刃の『直剣』だ。
今のお前らが知ってるような、反りのある『刀』とは、形からして全く別物さ」
ナカジマは昔を思い出すように付け加える。
「そう言えば、何ヶ月か前に妙な制作依頼があってな
……その『直剣』の制作だよ……まあ、完璧に仕上げてやったが」
その言葉を、玲は静かにその意味を噛み締めるように黙り込んだ。




