第1話 ミタチー
見た目チー牛。略して「ミタチー」。それが俺のあだ名だ。
一応、説明しておく。チー牛というのは、もともとネットのスラングだ。牛丼屋でチーズ牛丼を頼みそうな見た目の男、みたいな意味で使われていた。猫背。黒縁のメガネ。眉にかかる前髪。小さい声。合わない目線。だいたいそういう記号の詰め合わせを指す。
で、俺はそれに全部当てはまる。鏡を見るたびに思う。よくもまあ、ここまで綺麗に揃えたもんだ、と。どれか一個くらい外してくれてもよかっただろう。前髪だけでも。だから「見た目チー牛」というあだ名は、控えめに言って正確だ。
ただし、中身は全然そうじゃない。俺はネットで誰かを叩いたことがない。憂さ晴らしの書き込みにも興味がない。そもそも、憂さが溜まっていない。友達は多い。クラスの半分とは普通に喋るし、廊下ですれ違えばだいたい誰かから声がかかる。体育祭では応援団に引っ張り出されたし、文化祭では誰よりも早く片付けを始めて担任に褒められた。三年の先輩にも顔が利くし、隣のクラスの女子とも普通に喋る。
要するに、リア充だ。どちらかというと。顔と行動が一致していない。だから「見た目」チー牛。そこだけ切り出してあだ名にした奴は、われながらセンスがあると思う。
ちなみに最初にそう呼んだのはカズヤだ。二年に上がった四月、席替えの直後に「お前、見た目だけチー牛だよな」と言い出して、三日で校舎中に広まった。嫌ではなかった。というか、嫌だと思う前に、笑うほうが早い。あだ名が広まった三日目、カズヤに「やめとくか」と訊かれた。俺は「いや、分かりやすくてよくね」と返した。
気に入っているのは本当だ。ただ、もし嫌だったとしても、たぶん同じ返事をしていた。
ただ、薄い。広いけど、薄い。クラスの半分と喋れるのに、その半分の誰の家にも上がったことがない。連絡先は二百件以上あるのに、夜中にかけていい番号は一つもない。誰とでも二時間は喋れて、誰とも二時間以上喋ったことがない。深いところに入らない。入ろうとしない。入り口の手前で「まあ、いいか」と言って引き返す。
踏み込んで、嫌な顔をされたら困る。こっちも何か、本当のことを言わなきゃいけなくなる。その点、相手の話に笑っているのは簡単だ。俺はたぶん、そういう人間だ。
まあ、いいか。
――ほら、また言った。
六月の昼休み。窓際の席。梅雨入り前の妙に乾いた風が、開けっ放しの窓から入ってくる。前の席の奴が置いていった購買のパンの袋が、かさかさ鳴っていた。
「ミタチー」
声がした。振り向かなくても分かる。友達の中でも割と付き合いの長い、カズヤだ。
「おう」
「今日ヒマ?」
「ヒマだが?」
「ゲーセン行かね?」
「行くか」
「じゃ、現地で」
「ああ」
それだけ言って、カズヤは行った。用件が終わったら一秒も残らない男だ。カズヤとは小学校からの付き合いになる。小学校で六年、中学校で三年、高校に入って一年と少し。もう十一年目だ。俺の人生の半分以上を知っている計算になる。なのに、俺はカズヤのことをたいして知らない。
たとえば、あいつが小三のとき、一学期をまるごと休んだことは知っている。事故だったらしい、というのも知っている。でも、それだけだ。どんな事故だったのか。どれくらい危なかったのか。そのあいだ何を考えていたのか。訊いたことがない。
十年以上、一度も。
――まあ、いいか。
そのときの俺は、本当にそう思っていた。あいつが話さないなら、それでいい。俺が訊かないなら、それでいい。そうやって十年以上、ちょうどいい距離のまま来たんだから、これからも来るんだろう、と。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。俺は椅子を引いて、机に頬杖をついて、午後の授業が始まるのを待った。放課後は、ゲーセン。それだけの、普通の一日のはずだった。何も考えずに返した、あの「行くか」。それが俺の運命を決定づける返事になるとは、このとき、思ってもいなかった。




