おいでよ、駄菓子屋へ
(君も、ディレバでスマートに!)
数十年前に導入された街中にある大きなパネルからQRコードが浮かび上がる。
今話題のアプリ、ディレバのCMだった。
画面では最近テレビでよく見るモデルがスマホを片手にウインクをしていた。
周りの人々がパネルに浮かび上がったQRを読み取ったり、写真を撮っていた。
横を歩いていたカップルがパネルを指差す。
「ねぇ、もうディレバ入れた?」
「あぁ、もう入れてるよ。だって…」
(ディレバを入れると、現金よりもお得にお買い物!毎月、五万円分ポイント配布中!)
「現金からディレバに変えるとお得だし…むしろ、変えないほうがヤバいよ」
「そうだよね」
そう言いながらカップル達はたしか最近有名なケーキ屋がある方向に向かっていった。
「…はぁ」
ついため息が出る。CMに映る女優の煌びやかな笑顔を見ると、なんだかムカムカして首を横に振った。
彼らが言っていたアプリはディレバ。
日本やアメリカなどを含めた数十カ国の政府とグラフィテカルカンパニーの共同開発したものである。
言うなれば通貨を世界でまとめてしまおうというアプリだ。
日本円が無くなったわけではなく、各国共通の通貨が作られ、日本政府が共通通貨を普及しようとこのアプリを作ったらしい。
毎月五万円分のポイントを配布し、現金にはないポイント還元がある。この優遇っぷりに、ディレバが普及するのは時間の問題だった。今じゃ全国民の7割はディレバを使っているというわけである。
そんな中大打撃を受けた会社があった。
それは、俺が勤めていた老舗の財布メーカーだった。
昔から好きなメーカーで入った時には泣いて喜んだものだった。そんな好きだった会社が「来月から財布を作るのをやめて携帯ケースを作り始めます」なんて今まで好きだったものが否定される気がして頭にきた。
社長に直談判した挙句普通に断られ、会社の売上は下がり俺はクビになった。
クビになってからヤケ酒でもしてやろうと酒屋に行くも支払いはディレバのみ。なんとかありつけた寂れた酒屋でビールを一ケース買っても、元々酒が得意ではない俺は2本目で吐いてしまった。
色々あったがいじけているのも性に合わないので、歩いて近くの職業案内所にでも行こうと考えているのだ。
「なあアテイナ…職業案内所はどこ、なん…だ?」
ピロンと明るい音が鳴った後、女性らしい声が喋り出す。
「このまま真っ直ぐあるいて信号を右折した場所です。右折の場所になれば再度通知します。」
「あぁ、ありがとう…アテイナ」
「いえ…何かあれば呼んでください」
無機質な女性の声が聞こえなくなると、再びピロンという音が鳴った。
これは携帯AIアテイナと言うらしく、数年前会社の部下に教えてもらってから使い始めているがいまだになれない。
アテイナの言う通り、何メートルか歩くと信号のある大きな通りに出た。
ピロン。再びアテイナが話し始める。
「ここの通りを右折してください。」
「右折したらもうすぐ見つかるのか?」
「いえ、そこから…」
アテイナの言葉に耳を傾けていると地面に落ちていたゴミに気が付かなかった。普段自動操縦の機械に移動を任せる上で上がらなくなった足がゴミにつっかえた。
「あっ!」
手から携帯が抜け落ちる。
その携帯は勢いよく車道に飛び出し、グシャという軽い音を立て自動操縦車にひかれた。
急いで携帯だったものに駆け寄る。
携帯は激しくヒビ割れていてパネルは既に動かない。
機能もほとんど息をしておらずアテイナの無機質な声が
「いえ、そこから…いえ、そこから…いえ、そこから…」
と反芻している。
携帯は壊れてしまったようだった。
本当についていない。
疫病神でもついているんじゃなかろうか。
色々調べてみたが、助けてもらおうにも携帯が必要になってしまう。
タクシーやバス、友人を呼ぶのにも携帯がいる。そして周りはほぼ自動運転である。
地図を見るのにも携帯がいる。
携帯をなくした場合に使える対処電話というものもどこにあるかわからない。
気づくと30分ほど辺りをぐるぐると歩いていた。迷い込んだ路地は昔の街並みのように低い住居が乱立していて、まるで迷路のようだった。
「あぁ、くそ。またここかよ…」
見覚えのある家の前に来て、ついしゃがみ込んでしまった。普段の数倍歩いているからか首元にはジワリと汗が滲む。
さっきまでの車の音や広告の音が響いていた大通りとは違って、ここの道は不気味なほど音一つない。
時間が進むにつれて建物によって作られる影は路地を暗く覆っていった。
ここからどうするかと辺りを見回した。すると、信号の横にある路地に人影が見えた。
俺は急いで立ち上がりズボンの埃を払う。
「あっ!ちょっとすいません!そこの方!」
できる限り大きな声をあげるが、人影は路地の中に引っ込んでしまう。
あれは人型ロボットだったのか?いや、それでも聞き込みは出来るかもしれない。
急いで人影を追う。
「ちょっ!待ってください!今道に迷ってて!」
声は聞こえているはずなのに目の前の影は一向に止まらない。
「ハァ、携帯で確認してほしいんです!今壊れててっ!」
一瞬動きが止まった気がしたが、影は再び走り出した。
路地裏から出たのか日の光が目に当たる。
「っ!眩しい!」
つい、目を閉じてしまった手で光を遮りながら目を開ける。
乱れた呼吸を整える為にオーバーに行ってた呼吸が数秒止まる。
「ッ!?」
目の前には映画や教科書でしかみたことのなかった空き地。
最近では全くみないトタン屋根。
電子パネルではない金属でできたポスター。
「ここは?」
まるで百何十年前にタイムスリップしたような光景に目が見開かれる。
そんな土地の真ん中にポツンと一軒だけ建物が立っていた。
『だがし 風合茶屋』
アルミのような看板にここの店の名前が書かれていた。
「っ!ついてきてくれると思ってた!」
店の中から少し古ぼけた映画のような優しい声がした。
店の中から人影が現れる。
「風合茶屋へようこそ!」
いかにもロボットという風貌をした少女がガタンと足を揺らして礼をした。




