【1-5-3】
「あ、やっほやっほー! やっときたなぁー!?」
その声と言葉で誰かわかる。もう二度と会えないはずの人。ただ予感してもいた。どこかでもう一度会えるのではないかと。
「……リム」
「本当にようやくきたね。スーニャ……」
全く変わらない姿で俺の前にいる。全く変わらない声で俺の名前を呼んでいる。――リムが、目の前にいた。
「スーニャに一応聞いとくけども、怒ってる?」
見当はついたけれども念のために確認しておく。
「ちなみに、何のことだ?」
「あ、ほらー? 最後の〜? なんか身を預けちゃった〜的な?」
「変な言い方しないでよ……」
もじもじと身体をくねらせながら答えるリムを見て、思わず苦笑する。
「そりゃ怒ってる。なんであんな事したんだ?」
「うん? そりゃ姉からしたら弟に生きてて欲しいに決まってるでしょー? ましてや弟の存在を奪ってまで生き延びたいなんてあり得ないしさー」
ナイナイと手を振りながら喋っている。
「そうか。でもリムこそ俺に怒ってるんじゃないのか?」
俺よりもリムが生き残るべきだって考えは今でも変わらない。俺だけじゃない誰しもがそう考えるはずだ。
それに俺のせいで死なせてしまったわけだ。普通怒って当然だろう。だがリムは真逆の反応を返してくる。
「えなにが?」
キョトンとした顔を見て、思わずため息をつく。こんな状況でも全く変わらないヤツだよ本当に。
「俺は、いや俺のせいでリムは死ぬことになった。そのことに怒りは無いのかって」
これから先したかったこと、やり残したこと、いくらでもあるはずだ。それが一瞬でなくなってしまった。それはそんな軽い話では無い。そしてその責任は俺にある。ただリムは俺の言葉を聞いてすぐに笑い出した。
「あははっ。スーニャらしいねー。でも怒りなんてないない! そもそも私一人だったら普通に負けてたよ。あのガブリエットって子、あれで全然本気じゃなかったしさ。冷静になられてたら、瞬殺されてたと思う。だからアレはアレでよかったのよ」
ただ簡単に飲み込むことは出来ない。そんな単純な話ではないはずだ。道半ばで未来が閉ざされてしまう無念を俺はよく知っている。
「本当に、何か思うところはないのか?」
俺はリムを真っ直ぐに見つめ、言葉を待った。彼女はうーんと悩みながらしばし逡巡する。
「スーニャに対しての怒りとか蟠りは本当にないよ。――ただ心残りは、ある」
その言葉と共にリムが俺を真っ直ぐに見つめている。
「私は、里のみんなが殺された事は絶対に許せない。何よりも、スーニャをこんな目に合わせた事は許せない。だから絶対に償わせて、後悔させてやる」
光の消えた目で語る姿を見て背筋が冷える。ここまで怒っている姿を見るのは初めてだった。
「なーんて、私がもし生きてたら思ってるかな?」
手をあげておどけてみせ、空気は一瞬で和らいだ。
「ほらスーニャも笑顔笑顔!」
なんて言われてもさっきの今で笑顔を浮かべるのも難しい。ただ考えていることは一緒だった。
「――俺も一緒だ。俺もガブリエットを、それを指示した奴らを許すことは出来ない。リムを、家族を、仲間の無念を晴らしたい。そのためには、なんでもやるつもりだ」
「そっか……」
少しの間沈黙が流れる。ただ彼女は俺を優しい目で眺めていた。
「スーニャちょっと変わったね。なんだか自分に素直になったのかな? 前までだったらそんなの絶対言わないもの」
『復讐しても誰も復活するわけではないだろー? とか言って諫めてたんじゃないー?』なんて俺の声真似をしながら笑っている。確かにそれは図星で、否定は出来なかった。
「俺は、これからは俺のやりたいようにやるって決めたんだよ」
今度は俺が真っ直ぐにリムを見つめ返す。彼女は少し驚いた表情を浮かべていた。
「なんだか大人になった、いやむしろ子供になったのかな? 復讐なんてって普通なら言うんだろけどさ、スーニャが望むことであれば止めないし応援するよ」
『まあ私も望む所ではあるしね。でも、無茶だけはしちゃダメだよー?』なんて笑っている。リムからは反対されるかとも思っていたので、素直に意外だった。
そして、それとは別に俺は彼女に聞いておかなければならない話があった。
「――ここを出た後俺はどうなるんだ?」
成り変わりの術は話には聞いていたものの、具体的なことは一切知らされていない。存在を奪うという意味は実際には理解出来ていなかった。
「この後? そーねー、まず生き残るのには成功したみたい。今話が出来ているあたりね。ただ二人とも瀕死だったから、上手く引き継げてるのかは分からないかなぁ」
うーんと唇を触りながら喋っている。リムも詳細は分からないようだった。確かに村の中にも成り変わりを行った人はいないと聞いている。禁忌の扱いでもあったために、どうなるかは出たとこ勝負なのだろう。
「ただスーニャに私が吸収されることになるから、きっと私が持ってる力とかは受け継げるんじゃないかな? あと記憶や経験も同様だから、多分性格なんかもスーニャに影響を及ぼすはず」
『ある意味合体みたいなイメージよねー』なんてヘラヘラとしているが、いや待て待て。そんな単純な話なのか?
「まあでもいーじゃない。スーニャちょっと暗めだったしさ、私と混じったらちょうどいいかもよ?」
「おいこら」
ムッとするもののもう時すでに遅し、だ。リムをすでに吸収してしまったわけだし、起きた時にまた考えるしかない。
「あ、そろそろ時間かな?」
少しずつだが、彼女の身体が淡くなっていく。リムが最後の言葉を喋ろうとする。ただ俺はそれを手で抑える。本当の最後だからこそ、今度こそは俺から話さなければ。
「リム、今まで本当にありがとう。今まで守ってくれてありがとう。俺がいるのは本当に貴方のおかげだ。それと、やっぱり守ってあげられなくてごめん……」
時間も残り僅かだというのに、言葉が上手く出てこない。拙い言葉を重ねるしかできない自分に腹が立つ。それでも彼女は満足そうに笑った。
「ね、スーニャ。私からも、これだけは言わせて。――今まで本当にありがとう。私こそ守ってあげられなくてごめんね。でも生き残らせてあげられて、本当によかった。これからもずっと見守ってるからね」
リムの言葉に頷く。俺は彼女のためにも進まなくてはいけない。俺たちの、彼女の無念を晴らしてやらなければならない。俺は決意を再度胸に刻む。
「あ、ちなみになんだけど」
「ん、どした?」
「起きたら多分、スーニャ、私の身体になってるよー? あんまりエッチなことしちゃだめだからねー?」
シリアスな空気が一瞬で瓦解する。いやそんなことするわけないだろ!! というか初耳だぞ!?
「そんなことするわけないだろっ!」
「あははっ。じゃあ元気でね。――バイバイ。スーニャ」
その言葉と共にリムは姿を消した。最後までアイツは……なんて思いながら、俺は再度階段を歩み始める。
――頂上の光まではもうすぐだった。
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