【4-6-5】
剣を止めた事は自分でも予想外だった。反射的に身体が動いたのだ。そしてガブリエットは顔面に青筋を立てるほどに腹を立てていた。
「……どういうつもり?」
その問いに、私は答えに窮してしまう。先ほどまで確かに殺すつもりだった。ガブリエットを殺すために今日まで生きてきた。一日たりとて、その怒りを忘れた事はない。
だから、自分が止めたことに自分でも驚いていたのだ。
「まさか、今さら止めるとか言わないでしょーね? ……そんな生温い言葉なんて聞きたくもない」
吐き捨てるようにそう言う彼女に、私は何も言えないでいた。
「……本気? アンタってそんな程度の憎しみしかなかったわけ?」
「……その張本人に言われたくないんだけども」
ガブリエットは大きなため息を吐く。そして私の胸ぐらを掴み上げた。
「アンタはここに何をしにきたッ!? 私を殺しに来たんでしょーが! それなのに何故そうしないッ!?」
その通りだ。彼女の言う事は間違っていない。
――ただ思い出してしまった。あの人の事を。その、諦めたような寂しそうな笑みを。
「アンタの事は嫌いだよ。殺してやりたいって今も思ってる。……ただ、なんだか興が削がれた」
「ハァッ!? ふざっけんなよ!!」
私の言葉にさらにガブリエットは激昂する。そしてあろうことか、自らの手で私の剣の切先をその首元へと向けた。
「ほら!? 殺せよ」
「……言ったでしょ? 殺す気も失せたって。今のうちに逃げたら?」
「オマエッ!!」
ガブリエットがなんと言おうと意思は変わらない。私の態度を見て、彼女は絞り出すように呟いた。
「……アンタみたいな偽善者、大っ嫌いだよ」
「そう。まあ私もアンタの事嫌いだからどーでもいいけど」
はいはいと手を振る。ガブリエットは射殺すような目つきでこちらを睨んでいた。
「……アンタらみたらな中途半端な連中がいるせいで、私達みたいなのが生まれるんだ」
「はぁ? 何言ってんの?」
怪我のせいかガブリエットはゼイゼイと荒い呼吸をし、顔色も悪くなっていた。それでもその迫力だけは変わらない。
「この世界の全部が嫌い。全部全部嫌い。言葉だけで何もしてくれない父親や、誰かに守られることしか能のない母親。後ろ指を指すだけが取り柄の女中に、見て見ぬフリするだけの衛兵も」
ブツブツと呟いているその瞳は、次第に虚ろなものになり始めていた。
「全部ぶっ壊してやるって決めたんだ」
「……それがアンタが戦う理由?」
ガブリエットと会話するつもりは無かった。何故戦っているのかもどうでもよかった。ただ、今は何故か彼女のことを聞いてもいいかと思っていた。
「そう。だから今まで全部好きなようにしてきた。何もかも蹴散らして殺して今日まできた」
「……亜族に敵対する理由はなかったけど?」
「奴らは私の大切な人を殺した。だから嫌い。だから殺す。それだけよ」
その大切なものというのは何なのかは分からなかったが、ガブリエットの怒りの根源は理解できた。彼女は未だにその怒りの炎が収まっていないのだ。どれだけ炎で周りを焼こうが満たされる事はない。いつまでもその憎しみを炎に焚べ続けるのだろう。きっと自分の身を燃やし尽くすその瞬間まで。
――それは、まるで自分を見ているように思えた。
ふいにガブリエットの足元に魔法陣が展開される。私はすぐその場を離れようとする。しかし彼女は私の腕を強く握りしめ離さなかった。
「……ガブリエット、何する気? 今の状態で下手な事したら死ぬよ?」
「……別にそれもいーんじゃん?」
そんなものに付き合うのはごめんだ。しかし手を振り払おうにも、どこにそんな力が残されていたのかというほどに固く、振り払う事が出来ない。
「……あーここまでかぁ。むしろようやく終わる、かな」
ガブリエットはそんな言葉を口にしていた。空を仰ぎ見る彼女は悔しさや悲しさよりも、むしろ清々しい様子をしていた。私は慌てて、自分の体を守るように腕を突き出した。
「――グランドクロス」
その瞬間、辺りは再度白い光に包まれた。
自分の身体が指先から粉々になっていく。痛みが体中を駆け巡る。声にならない声をあげる。
ガブリエットもまた自らの光によって焼かれていた。この至近距離では自分までも影響が出てしまうのだろう。すでに満身創痍とも言える彼女だ。この攻撃で致命傷にもなりかねない。それ自体覚悟の上なのだ。
魔法はこの辺り一体を吹き飛ばし、そして止まった。私は身体を炎とともに再生させながらにガブリエットを見る。彼女はその場に倒れ、既に意識も失っているようだった。
立ち上がりその首元に剣を突きつける。私はガブリエットを殺すためにここに来た。そのつもりだった。そのために生きてきた。
それなのに、なぜ躊躇ったのか自分でも分からなかった。
ふいにレオの言葉を思い出す。『憎むな、許せと。そうしなければ世界はどこまでも憎しみの連鎖が続く』とそう言っていた。
あの時はそんな事と一笑したものだったが、今の私を見たらレオはどんな表情を浮かべるだろうか。
今でもガブリエットへの憎しみは残っている。許すつもりもない。ただ、今はこれ以上何かする気にもなれなかった。
「……まあほっといても勝手に死ぬかもだしね」
実際怪我自体は重症で、体力もない状態だ。いつ死んでもおかしくはない。であれば私がわざわざ止めを指すこともない。あとはガブリエット次第と、私は自分を無理くり納得させ居城へと歩みを進める。
リムさんに知られたらまた甘いことだと、呆れられそうだなと一人苦笑いを浮かべる。
――瞬間、鈍い音が身体から聞こえた。
ゴボッと口から血が流れる。
「――油断した? スーニャ」
後ろには、ガブリエットが私の胸に剣を突き刺し、笑みを浮かべていた。
「……上等だよ。ガブリエット」
私は彼女へと炎を放つ。焼かれながらに彼女は、痛みに呻くのでもなく、ただ何故か満足そうな表情をしていた。
その身体が燃え滓になり消失していく所までを見届け、私は先へと進む。
何とも複雑な感情を携えながら。
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