5.セレのお遣い
保志にとって真夜中、GMT2時ちょうど。
執務室ではないキッチン兼ダイニングにも、モニターぐらいは当然ある。美耶子が盛りつけてくれたゆで卵と鶏手羽の酢醤油煮に舌鼓を打ちながら、バリっという食感が非常に楽しい生野菜のサラダを食う。こんな幸せな食卓は久しぶりだ。目の前に座っているセレが古女房の姿をしているのも、まあ、写真立てに飾った家族のポートレイトの贅沢版だと思えば、我慢できる。
「これ、どうしたの?」
箸で半分に割ったゆで卵を味わった勢いで、鶏手羽本体にとっかかりつつも、そこが気になっていたんだと、保志は聞いてみる。
「オイラ美耶子さんの指令で、昨日のろくちゃんおやすみタイムに、ちょこっと買物に行ったんだよ。料理時間短縮したいから、ちゃんと卵茹でて剥いとけって言われてたし。つまり、オイラも手伝ったってことね。マーケットの朝市の時間に調達したから当然、新鮮卵。鶏も多分サバきたてだったと思うよ。卵だけじゃなく、鶏と野菜もちゃんと耐Gケースで運んだから、崩れてないでしょう?」
「……ちょっと待て。セレ」
下品にも手掴みでかぶりついていた鶏手羽の、骨に付いていた肉片を舐めていた保志の口が止まった。
「何」
「一番近くのマトモなマーケットにちょっとって、まさかあれを……お買物に使ったのか?」
「うん、使った」
セレがあっさり言うのに、保志は眉間に皺を寄せた。
「警邏車両を私用に使っていいのか? 法の番人じゃないのかよ、4444は」
セレは聞きとがめた保志に取り合わず話を続ける。
「じゃないと、ろくちゃんが起きてくる前に帰って来られないじゃない。それだとサプライズにはならないし」
「こら、管理者のくせに、率先してルールを無視するな。あれは、官給品で、職務上の出動以外に使っちゃならないことになってるだろうが」
「それを言うなら、この身体だってそうじゃん。固いこといわないの、どうせバレやしないし。何か言ってきたら巡回業務って報告しとく」
「セレ……。バッパーで飯食ってる人間サマを監視してるAIが、それいっちゃオシマイすぎると思わないわけ?」
「人間サマを監視してるだなんて、誤解を招くような言い方しないでくれる? オイラは至って誠実に、ろくちゃんの召使(サーバント)してるんだし」
どの口がそれを言うかと、保志は憮然とした表情になる。セレの軽口の勢いは尚も快調そのものだ。
「だって、いってみれば4444と一緒でアレもぶっちゃけオイラだし。お買物いくのに車乗ってったり、ここでろくちゃんがチャリころがして移動したりするっつーよりかぁ、走って行ったみたいなもんだよぉ」
「お買物に戦闘機でいくのを、走るって簡単に言わないでくれないか。言っとくが、それ絶対に異常だからな」
アレとは、そう、飛閃のことだ。その気になれば、小規模な後進国の二、三小隊程度なら蹴散らせるだけの基本性能。その気がなくても、人工建造物に十分な減速なしで近寄れば、それだけで壊滅的なダメージを与えられる。
動く――いや、飛閃の行動形態からいって――疾駆する凶器そのものなのだ。
「やだな、ただの缶詰だって使いようによっては鈍器になるんだから、戦闘機だって攻撃しなきゃ、ただの乗り物じゃん。で、アレのコントロールだって、移動官舎動かしてるのと原理は同じよ?」
その余りにもの悪びれなさに、保志は呆れる。
「……お前、ここんとこファジー運用過ぎるんじゃないか? まさか、妙なウィルスにハックられてないか?」
「いやだな、ろくちゃんならともかく、敬信さんは優秀な技師だってば。あの人のメンテに遺漏なんてあるわけないじゃん」
保志にしてみれば「ろくちゃんならともかく」という一文をはさまれるのは心外だ。どうしても力仕事が必要になったときに、一緒に宇宙を疾駆する、可愛い愛機「飛閃」を物理的にお世話しようとするとすると、いつも全身全霊をかけて阻止しているのはセレ自身だ。自分が整備業務に未熟なままなのは、怠惰なのではなく、経験する機会を奪われているからにほかならない。
それは、もちろんずーっと以前に、飛閃が来たばっかりの頃に、手入れしようと思ってスタビライザーをちょっとだけ壊しそうになったことがあるにはある。些細な、慣れない仕事に取り組むときにありがちな、かわいい種類の失敗だ。
けれど、飛閃なんかを基本的に重力圏につれていくつもりはない。八メートル、四トン超過のブツを町中で転かさせるなんてことがあった日には、その後の対応が恐ろしすぎて想像もしたくない。つまり、バランス制御が必要がないところにいるんだから、スタビライザーの若干の不具合なんざ、どうだっていいじゃないか。
因みに敬信というのはオルマの職員で、宇宙建造物及び可動物メンテナンスのスペシャリストの石動のことだ。官舎自体の調子が悪いときはもちろん駆けつけてもらうが、何もなくても定期点検にやってくる。そのときには、もちろん、彼は、うちに一つしかない可変ボディにシンクロライドしてくる。つまり、石動はセレを見たことはない。
多分、4444もセレも、実際にマッシブな量の情報を並行分散同時処理できる賢いAIサマなのだから、現実の人間はアホすぎて見えるに決まっている。そのアホたちとは別格に、石動のような技術者は、彼らから頼りにされている数少ない種類の人間で間違いない。
「あ、言わせてもらうけどね、ろくちゃん。健康増進につながる新鮮な食材の調達はれっきとしたオイラの職掌範囲だからね。レトルトばっかで欠乏する微量元素類をサプリメントで足すのが侘しい単身赴任がスタンダードだけどさ、生鮮市場が近隣にある場合、そこに調達にいくことは、ろくちゃんの権利としてあるんだぜ……」
「あそこのどこが近場なんだよ」
「乗り物使って六時間で往復できるんだから、近いでしょ」
保志は絶句する。一番近くのマーケットといえば、イットリウム・ガーネットの産地、ニュー・イットルビーに違いない。あそこでは衛星イットルビアがテラフォーミング可能だったため、保志の受け持ち管区では、最も人口が密集している地域だ。
保志にとっては最強の味方である保安官事務所ももちろんある。人口密度だけが田舎町なものの、イットルビアは洗練された都市計画がうまく機能している住みやすい町だ。
惑星ニュー・イットルビーで採掘されるイットリウムというのは、液体窒素温度を超過する転移温度を持っている。もっとも、高温といっても液体窒素の超低温に比べて高温というだけで、熱いわけではないのだが。
たまたま、それほど輸送コストの掛からない場所で銅とバリウムが採取できるため、人間の可住衛星イットルビアにそれらを集合させて加工するようになったのは、当然の成り行きであった。
イットリウム系銅酸化物高温超伝導体の生産は、もちろん辺境の小さな地球もどきを、十分に潤していて、なかなかに文化華やかといった雰囲気の小洒落た町だ。
あそこまでの距離を考えると、ワープなんぞするほどでもないが、その時間で往復すると、中に生物がいたらひしゃげてペちゃんこ確実。骨は砕けるだろうし、肉は引き剥がされ、数分もあれば立派にミンチ間違いなし。
可動官舎周りは、今のところなーんにもない空間にあるから、まあいいとして、減速せずに着地したら、はっきりいって八メートルの隕石が、直撃するのと同じことだ。買物というより、宣戦布告なしで核弾頭ぶち込むのと変わりない。総合司法庁の管轄下にあるバッパーの移動艇で、植民地の街を壊滅させては始末書で済む問題じゃあない。
一応イットルビアに近付き過ぎる前にちゃんと減速するだろうから、それを勘定に入れれば、中間道中をアレの推進能力のいっぱいいっぱいまで使って、かっ飛ばしたことになるだろう。
「飛閃のエンジン焼き切れてねぇか。だいいち、空にしちまったらエネチャージに時間掛かるだろう。エマージェンシーコールあったらどうする気だ?」
「オイラそんなにやわじゃないし、ちゃんとその辺の計算ぐらいできるもん」
「どーだか……。しゃーないな、一丁、飛閃のチェックでも……」
酢でさっぱり目に仕上がっていたとはいえ、手掴みにしていたチキンのせいで、ねとねとと光っている指を下品に舐めながら席を立った。
セレは盛大に抗議をする。
「やめてよ。ろくちゃんは、メカニックの才能ゼロ以下なんだから。オイラに悪戯するなんて、やめてっ。酷いことしたらダメェ……っ」
言い方が微妙にエロいし、美耶子の容姿でそれをやられたら、保志にゴリ押しする元気が保てるわけがない。脱力しつつも、抵抗すべく続けた。
「お前は勝手に湧いて出た相棒だけど、飛閃はオレがオーダーした俺のマシンだ。幾らメインAIだからって、俺がいじるのにいちゃもんつける資格はねぇぞ」
「ろくちゃんが変なことしたら、それことエマージェンシーコールに対応できなくなるってば。あんたは素直に、ユーザーに徹してよ」
セレが必死に口説こうとする。
飛閃は、現場に出動要請が出たとき、保志が利用するための高速軽快艇である。当然保志は出動するときにそれに乗ることになるのだが、高速移動能力を重視してセレクトしたため、アレが能力限界までの加速をすると、中身の人間は前述の通りミンチになってしまうという、致命的欠陥を持っている。
散歩程度の速度で、警邏するならば、生身のまま乗れないでもないが、あまり気密性にも信頼がおけない作りもしているし、突然の出撃……もとい、出動要請がきてフル加速が必要になった場合にフットワークが鈍る。そんなこんなで、生身で乗ることを想定してチョイスした飛閃を、結局保志は、基本的には乗らないでアレ自身をアバタロイドとして使うことが多い。
アバタロイドとして動くことが可能な飛閃。ということは、そう、飛閃は飛行戦闘機型ではなく、人型なのだ。スリーサイズは残念ながら保志は把握していないが、身長だけでいうなら約八メートルの巨体だ。子供のころの保志は、戦闘ロボットモノのアニメや3D実写映画が、男の子にありがちなことに大好きだった。
バッパーに着任したとき、高速移動のための備品カタログの中に、ロボットというか、パワードスーツというかといった飛閃を見たとき、震えがくるほど嬉しかった。そして、まったく迷わなかった。自分が乗るのはアレしかないと思った。
しかし、そういうものが好きなのとは別に、保志はその原理や機械としての機能に、まで全く興味を持たなかった。一応、法科大学院出、バリッバリの文系だ。
それに乗った自分が、どう颯爽とかっこよく行動するのか。悪人を退治し、あるいはとっつかまえ、ついでに自分も危機一髪で危ういところを逃れたりする。というようなのは妄想できても、そいつがどうやって飛んでいるのか、出力全開したときにどれだけの荷重があるのか、周囲に影響をもらたすのかなど、これっぽっちも考えなかった。
ジェンダー的男女性差論は、やはり紋切り型に過ぎないよね、とでもいうような種類の機械オンチ。全高8.82メートル、重量、4.14トンというものが持つ意味を、備品注文の段階で認知しきれていなかった。これはやはり、うっかり保志の落ち度といって過言でない。
型式番号:RZM-001F
メーカー:REISHIKI
ジェネレーター出力:2850kw(本体)
1380kw=4230kw
スラスター推力:52800kg
総スラスター数:47基
総ハードポイント数:12基
戦闘継続時間:最大出力時150分
通常稼働時600分
固定武装:頭部バルカン砲
オプション:
マシンガン/ハンドガン/ミサイルランチャー/フライトユニット(サブジェネレーター兼用、ミサイルポッド付)/バズーカ/ガトリング/ナイフ/ブレード/シールド/レーザーカービン/ヴァリアブルビームサーベル(カタール、トマホーク、ハチェット、ピック、サイス兼用)
飛閃の『スタート・ガイド・マニュアル』の製品仕様抜粋一覧に、ものものしく並ぶ、それらの言葉や数値の意味を、なぜちゃんと想像しなかったのか。宇宙空間歪曲航法へ、通常高速飛行から移行するときの一瞬だけ達する限界出力速度。そこに至るまでの加速に、やわな人間の体は耐えられないことを。
保志が任地にやってきたとき、その移動は人体には多大な損傷を与えるので当然、耐Gカプセルにつっこまされて準冬眠状態させられて、ただの荷物同然になって運ばれてきた。超高速飛行そのものはいまだに実現されていないが、もしそんなものが開発されていたら、任地で覚醒したときには、家族はみんな数世紀も前に死滅しているという笑えない事態になるらしい。
光速に限りなく近い通常高速飛行速度まで加速するのに場所を選ぶというだけで、亜空間利用が、実用化されたことで、そういう意味での超高速移動手段を用いる物語は、ロマンとして燦然と輝きつつも現実問題として陳腐化した。
もっとも、生きている人間で亜空間を目の当たりにした者は未だに誰もいない。亜空間へつながる速度まで生身のまま加速することは不可能だからだ。限りなく死体に近づくまで細胞を固めて、耐Gカプセルにぶっこんで、初めて亜空間移動航法による乗客に人はなれるのだ。
チンパンジーで成功していたとはいえ、初めて亜空間利用方式の宇宙空間歪曲航法での人類発生地太陽系(HRB)外への旅人となった、ロシアのルバノフ大佐は偉大だったといえよう。
まあ、一説によると、かのルバノフ大佐は、実質として狂気の時代を演出した独裁者だったらしいチュグーエフ大統領の暗殺に失敗して、その詰め腹を切らされたというのが本当らしい。人類初の有人亜空間トリップに成功したから英雄だが、失敗していれば闇に葬られていただろうと。
そして、ルバノフ大佐の覚醒に成功させ、再冬眠させて地球へと帰還させるという、あの宇宙開拓史上でも一際輝いている、栄光の旅行のその時から、一貫して、考え想像できる人工知能(TAI=Thinkable artificial intelligence)は人類発生地外太陽系旅行者――実際に生まれたときに持った肉体のままその地に立つもの――の、使用人であり、支配者であり、友であった。
理論的には可能だったものの、受信者がいないために検証ができず、開発者が宣伝していた成功が疑問視されていた、亜空間通信(SSC=Sub-space communication)は、その亜空間をトンネルにして超遠距離にある発信機と受信機間のタイムラグを打ち消してしまうというものだ。
未だに大気が邪魔をして、なかなか絶滅することができない、地球上ですら起こる通信のタイムラグを、宇宙空間同士でなら無くすことが可能なSSCなしには、シンクロイド・システムはもちろん、アバタロイド・システムすら絵空事だったはずだ。
話が飛閃から激しく脱線した。つまり、端的にいえば、人口過密域である人類発生宙域(HRB=Human race's birthplace)を抜けるまでは使われる、宇宙空間歪曲航法搭載船の加速に耐えられないヤワな肉体の持ち主ごときに、飛閃の加速に付き合いきれるだけの丈夫さはないということだ。
仕様書の数値を見て、保志は飛閃の力をフルに活用しようと思えば、生身では扱いきれないということに、なぜ気付かなかったのだろう。
そもそもなぜアレがカタログに載っていたのか、よく考えると、どうにも不思議でならない。とにかく、戦闘いつでも可能な凶悪装備。どう考えても司法の持ち物ではなく、軍など戦争屋がもつに相応しいラインナップ。あそこまでゴツく複雑な機械は、絶妙にどころか普通に制御するのさえ普通の人間にはまず無理に近いと思う。
現実的な転倒回避策としては、まず、運転者は運動制御AIに何度の方向にどれぐらいの速度で進みたいかなどを大雑把に口頭で指示して、細かいところは思い通りに動かなくても気にしないことにする、という方法がある。
それからもう一つは、モーキャプ(モーション・キャプチャ)・システムを利用するやり方だ。モーキャプというのは、もともとはゲームに出てくるキャラクターの動きを人間っぽく見せるために開発された技術らしい。具体的にはモーキャプのステージで実際に動くことによって、アバタロイドを実際に動かしているAIに再現してもらうという方法をとるわけだ。
実際はそんな形をしていることはあり得ないわけだが、モーキャプ・ステージの中央に立つと、球体の内側の全面がモニターになっいるため、もし自分が飛閃だったならば見えているはずの風景の中心点に浮いているような不思議な感覚になる。モーキャプ・ステージの壁面は全方向ドレッドミルみたいになっているので、走ろうが飛ぼうが自分に実感はあるものの、周りが動くだけで本人の位置は厳密に静止しているというほどではないにしろ、まったく移動しない。飛閃の目でみた世界を見て、飛閃が感じる風圧を――宇宙空間にはそんなものはないのだが――感じることができる。
それは操作者が我に返って己がしていることの虚しさに絶望しないようにするためという親切心からではなく、アバタロイド・システム自体がゲームとして発展してきた技術だから、そもそも持っている機能なのだ。標準で搭載されている、動いている人間が、実際に運動した時に得られる快感に近い数値を、感覚器官にフィードバックさせるシステム。それを人型警邏車両に転用するときに、わざわざ金銭を余分にかけてまで、その機能を削ることに必要を見いだす者がいなかったと……そういうことだろう。
それにしても飛閃をお買い物に使うというのは、4444は何を考えているんだろうか。データを引っ張ってきたり、高速で計算したりが専業のAIならともかく、多分妄想すら可能なTAIは、人間サマなみに狂うということもアリなのだろうか。
現状として、我が命の生殺与奪『権』はなくても、『力』は持っている。宇宙で生き物としてはソロ・プレイをしている保志には、文字通り神様に等しい。ちょっとばかり天真爛漫すぎるガキんちょのようなセレの笑顔に、保志はどうしても背中に寒けを禁じ得なかったりするのだ。
そんな保志に頓着せず、セレが楽しそうに言葉を続けた。
「さてと、ろくちゃん、はやく三分の一を、三分の三にするための二つを選んじゃおうよ」
腕組みをして,難しげに眉間にシワを寄せて、保志はセレに釘をさした。
「人間サマをカウントするときに使う数助詞は、『人』をチョイスするように」
「ニンって、それって、やっぱり忍耐のニンだよねぇ……?」
相変わらず美耶子のままで、息子の声でかららと笑うセレを見ながら、本当に総合司法庁のTAIは真っ当なんだろうかと、日に日に濃厚になっていく疑問に、またしても保志は囚われるのであった。




