6.いい加減な選択
「時間ないんだから。今日中に三分の二の人選しなきゃならないんだから、どう考えても他の予定キャンセルか後回しだよね」
見なくても分かっている癖に、美耶子ごっこ中のセレが、プライベート・スペースのキッチンにあるモニターを見る。いちいち芸が細かくなっていて困る。どうせ映しているのは自分だろうが……。そんな動作に保志はついうっかり茶々入れしてみたくなる。
歌って、踊れるだけでなく、コミュニケーションのためのおしゃべりぐらいできなければTAIの名が廃ると考えている節があるセレに、厭味をぶつけるということは、少なく見積もっても、その十倍のごたくを聞かされることを意味する。
「そんなに時間はかけなくていいさ。ドタキャンなんかしたら、あの難物の宮崎保安官なんか、また留置所の空きがないとか抜かして、被疑者勾留受け入れ拒否されるぞ。あれは時間どおり行かねーと」
TODOリストの筆頭に、『宮崎ペット姦淫事案』がある。起こったばかりの殺人事件で現場検証が必要などという、たまにお祭りのように(こういう言い方は不謹慎なのだけれど)起こる重大事件があるときはもちろん、そっちが最優先として…。普段、保志を悩ませる、膨大な数の少額訴訟事件については、どうにも人がいい保安官の管区で起こっている事件より、へそを曲げさせてはならない保安管のところで起きた事件を優先してしまう。
まったく宮崎保安官のところは、小さくて平和で基本暇なんだから、提訴するまえに「なあなあ解決」に持ち込んでもらいたいものだ。
テラフォーミングに成功したイットルビアで、もちろん金を持っているのはレアアースがらみの連中には限らない。けれど、基本的にフレッシュな食材に飢えている入植者にとっては、現地で飼育されている乳牛から搾られる牛乳や、屠られただけで冷凍などされていな肉、朝まで畑で育っていたバリバリ新鮮な野菜など、それこそぼったくろうと思えば、いくら吹っ掛けても、需要はあるのだ。基本、レアアース産業などといった大企業の子飼いで、こんなところまでやってくる連中の給料は、びっくりするぐらいのレベルだ。農家は意外と、強気がまかり通り産業だ。
そんなことで畜産業従事者や野菜農家の連中は、採掘屋連中と同じく、金銭的には豊かな連中がそろっている。金があって、娯楽が少ない。仕事は順調ときたら、ご近所さまでチマチマ争うのは、ほぼ娯楽のレベルでやっているとしか思えない。はた迷惑な話だが。
やっていることは地球でありふれているのと同じようなのに(むしろ天候がコントロールされている分、地球よりロースキルでもやっていけるに違いない)、この界隈に生息する伝統的な分類でいうところの第一次産業従事者は、困ったことに全然牧歌的でない。
こんな仕事を選ぶぐらいだから、元々の保志は静寂を好む人間だったはずだ。かつてイメージだけで特例総合司法官をとらえるていたとき、保志には、ここの仕事は、静かで厳粛なものになるのだという思い込みがあった。宇宙時代の開拓最前線で、黙々と自然に挑む人々。少ない住民どうし。止むにやまれぬ事情で起こる、譲れないぶつかり合い。そこに、司法という概念そのものを統べる者である、自らを律して在るストイックな自分。
ところがなってみたらなってみたで、バッパーは意外なまでに忙しい。三分の一の給料で、前任者にパラサイトしていたころ、毎日追い回されているようなチンケな事案を見せられた記憶があまりない。絶対に、自分のこういう勘違いを把握した上で、レアアース採掘権の争いだとか、そういう案件を中心に振り分けられていたに違いない。
が、前任者が引退したとたん、こういう少額訴訟事案に追いかけ回され始めたのだ。こういう事案があるのは知っていたけれど、どうにも騙されたという被害者意識が保志から抜けていかない。
人口密度稀少域にある少しまとまった規模の街があれば、必ずいる保安官は手が足りないからか、ほかの理由からか何だかしらないけれど、こっちが一人なのに遠慮もせずに、すぐ出動要請をかましてくる。
今日のTODOリスト筆頭の事件なんかでも、ちゃっちゃと現地で仲裁してしまえばいいような、下らない『争いごと』が並んでいる。しかしだ。
対応を誤ってどっちかの恨みを買ったら、季節ごとのフレッシュ肉などの付け届けが半分減るから、八方美人でいたい。どの陣営の言い分も最もだとうなずきながら、ちょっと距離感のある司法官をパシろう、そういう魂胆が保安官の共通性向に違いない。
それは保志だって、ペットは家族だという気持ちは認める。辺境なんだから温かいナマモノ(レア)は誰だって好きだ。けれど好まぬオスにはケツを上げないだけで事足りる犬に、強姦がそもそも成り立たない。レイプされただの、孕ませられただの、冗談でしょうと言いたくなる。それを高齢に差し掛かってるおっさんたちが、マジで訴えるんだから、もう、遊びの範疇と割り切るしかない。
お前のところのアバズレが誘惑したんだ、いや、そもそも教育がなってないとか、アホらしいにもほどがある。本人たちがいくら溺愛している愛娘だろうが、息子ちゃんだろうが、ペットはしょせんペットだ。第一、犬にしたって出逢う機会の少ないところに暮らしてるんだから、自由恋愛ぐらいしたくもなるはずだ。こんなところに連れてこられてるだけで迷惑なんだろうから、目くじら立ててなくたっていいじゃないか。
ましてや、金が余っているからといって、時間も費用もかかる訴訟ごとに持ち込むのは、いかがなものかと心底うんざりする。
定年延長を決めて、薄給取りに降格する決意をしたからには、絶対、付け届けシーズンには、宮崎のところに夕飯時に出掛けようと、心の底から保志は思った。フレッシュミートを山盛りサラダでがっつり食べれば、元気は沸いて来る。無菌パックではなく、おばさん(宮崎夫人)に手で握ってもらった握りたてのおにぎりにありつければ、もう言うことはない。いつ死んでも成仏してやる自信はある。
「保志司法官。今日のリスト筆頭の、宮崎保安官のは、ではどうします? 行くまでのこともないですよね」
壁面に埋まっているスピーカーからは、落ち着いた言葉づかいの4444の声が聞こえて来る。まあ、仕事の話にセレの調子でしゃべられてはたまらないから、これはこれでいいのだけれど、横にいる軽口三昧のセレと、本当は一緒のものだと思うと、なんとなく馬鹿にされている気がしてくる。
4444が聞いて来るのは、実際に行くのか、モニターで裁判するか、どちらかということだ。しつこいが、保志は飛閃と違う。あんなところまで移動に三時間もかけたところで、ミンチまちがいなし。往復12時間かけて、ペットの恋愛の尻ぬぐいをしたいなんてこれっぽっちも思わない。
宮崎保安官事務所の備品には高価なシンクロイド端末はないから、シンクロライドではなくアバタドライブにするかどうかということだろう。
両者の違いは簡単。モニター裁判なら、宮崎を呼びつけるのと気分的に等しいが、アバタドライブでいくなら、保志が出向いたと受け取ってもらえるということだ。
「どーせ、いつもの趣味の訴訟だろう? モニター裁判なんかにしたら、じいさまたち、絶対どっちかがヘソ曲げちまって、収まるもんも収まらないだろうが。行くに決まってる。アバタドライブ一択。身体用意しといてもらえるように宮崎保安官に連絡してくれ」
「了解しました」
4444は無駄口をきかないから、まあ、話は簡単に済む。
行くのにはそれなりに時間も手間もかかる。効率的ではないが、真面目にじいさまたちの元気な裁判ごっこに付き合おうという、感心な心の動きからではさらさらない。ここいらでマメなところを宮崎保安官にアピールして、付け届けシーズンの夕飯パラサイト計画、それだけに尽きる。そんな保志の計画などに、興味もないだろうし、想像もしてないだろう。それに、4444ならば、たとえ知ったとしても、セレと違ってつっこみなどを入れたりしてこない。AIはこうでなくては。
「ろくちゃ~ん。だからさぁ、早く、犠牲者二人選ぼうよっ。本当は宮崎さんとこの事件なんかのさあ、すきじゃないでしょ。奥さんみたいな民事のプロに、押し付けられるじゃん。新人さんの一人には、そういうの選ぼうよ」
AIの片隅にも置いちゃいけない暴論をセレが吐く。
「バッパー志願者なんて、どーせ、どっか変わってるんだから、そんなんばっかり押しつけたら、違約金払ってでも逃げるって言われちまうよ」
孤独と静寂を愛していたはずの保志には、来し方を振り返ってみて矯めつ眇めつしてみても、セレの賑やかさが、こんな仕事をやってみようという変わり者に受けるとはとても思えない。
「一言、先に言っとく。セレ……、お前、最初のうちは絶対に顔出すなよ」
「……なんでさ?」
心外そうな口調。
「獲物が逃げちまうだろ? 二人の新人がいなきゃ、三分の一は適用されないんだからさ、ここはジョリー・ロジャーがお出ましになるまでは慎重にいかねーと」
「あっ、ひっどーい。オイラが出ると、新人さんが逃げるって、そういう意味?」
くるりとセレ――美耶子のままだ――が、背を向ける。そのしぐさに、つい保志は笑った。
「まあ、すねるなって。セレ。いつまでになるか分からないけど、もうちょっとだけ、付き合えや……相棒。延長戦開始だ」
くるっとセレが体をもう一度半回転させた。
「ありがとう。だーいすき、ろくちゃん」
保志の首にだきつきてキスをしてくる。冗談ではない。確かに先程その体と濃厚なスキンシップを楽しんだが、中身がセレでは話が違う。うへぇとばかりに逃げようとすると、馬鹿力ががっつりと保志を確保した。そう、美耶子とシンクロしているときは美耶子本体と同等レベルの力しかないが、セレのアバタロイドなら、戦闘特化型ぐらいの基本性能がある。この上なく頑丈で、パワーもある。見掛けがこんなんでも、これはあくまでも美耶子じゃなくて、どこまでもSELEN4444のロボットなのだ。
「ああ、なんで逃げるのさ。可愛い美耶子さんなのに」
割れ鍋、閉じ蓋。本当に、あんな強烈なお人柄なのに、かつての保志はあれを迂闊にも可愛いと思ってしまったのだ。壁のシミだとか、そんなものが例えば一度顔に見えてしまったら、その後、何度見ても顔に見えるように、可愛いと思ってしまった呪いは、執拗に保志を支配している。けれど、中年男としては、こういうしかあるまい。
「美耶子のどこが可愛いんだ」
「……いいつけるよ」
今、美耶子の機嫌を損ねるようなことはしたくない保志は即座に言った。
「冗談でもやめてくれ。冗談にならんから」
本当に、セレがどこまで笑える冗談と、怒らせる冗談の違いを理解しているのか分からない以上、止めておくのが良策というものだ。
美耶子に変なことを伝えられて、折角得られた許可が白紙撤回されてはたまらない。保志は話題を変えるべくセレに命令した。
「三分の一リストに登録されている人間のデータを、見せてくれ」
「アイサー」
セレの返事は早かった。
* * *
「これでいい」
「へ……?」
セレがTAIのくせに間抜けた声を出す。執務室のメインモニターに一番先にリストの一番が示されようとする刹那ほど前、保志が画面も見ずに決定したからだ。
直後、画面から立体映像が飛び出してきて、保志の目の前に立った。
――デカい……。
それが保志が、「あいあい」こと相澤亜衣里の等身映像を、目の当たりにしたときの、一番最初の感想だった。
混血がそこそこ進んでいるとはいえ、日本人はモンゴロイドの割合がそうは言っても高い。ごく平均的なところに位置する保志は百七十センチ台のだいたい真ん中辺り。そんなわけで外人ならともかく、同国籍の女の子を見上げることは滅多にない。精々同じぐらいで、だいたいが低い。けれど、この第三種三分の一リストの「あいうえお順」の一番前、イロハで言うなら「イの一番」に相当する場所にデータがあった相澤は、保志より多分十センチは確実に高い。幅もなよなよとした細いところが全く感じられない。浅黒いのは、人種的なものというより、日照時間の関係だろうと思われる。
「ろくちゃん……。女の子……だよ?」
「我が職場にも潤いを……。リストに入ってるってことは、直属上司のお墨付きだ。能力的には問題ないんじゃないかな」
「……特殊急襲部隊、SAT(=Special Assault Team)、の制圧班だって。へぇぁ、女の子なのに」
「TAIの癖に、ジェンダー抵触発言していいのか?」
「今はろくちゃんしかいないじゃん。あんたがチクらなきゃ、問題ないって。うわっ、すげーっ、この子、よく死んでるなぁ、二十四回も死んでるよ……。すんげえタフ」」
当然、三面画面びっちりに表示された、相澤のプロフィールを保志が読むスピードは、表示した本人であるところのセレの速度に追いつくものではない。老眼が進みつつある自覚がある保志は、そもそも読もうとすらしていない。
名前は太古(?)の昔、つまり人類の活動範囲がHRB限定だったころから、変わっていないSAT。言わずと知れた、警察の中でも特別凶悪な犯罪に対抗するべく存在する部隊だ。あれの実態は、軍隊とそう変わらない。
凶悪というのは、ハイジャックや、重要施設への立て籠もり、要人誘拐など、相手が銃火器を大量に所持していることが見込まれる場合であり、当然、命は常に危険にさらされ、死と隣り合わせにある部隊だ。
もちろん、そんな凶悪犯も、問答無用で撃ち殺すなんていうのは、日本人としてありえない。そんなこんなで採用されたのが、シンクロイド・システムである。たとえ相手が凶悪犯であろうとも、その人権を人質の命同様守ることを優先するのが、日本気質というやつである。
保志は阿呆らしいと思うけれど、武装した相手をできるだけ殺さない様にというのは、それは現場を知らないやつの戯言であり、下手をすると「死ね」と言っているのに等しい。それでも、日本という国は、「一人の命は地球より重いという建前を、蔑ろにしてはいけない」という無茶がまかり通る国なのだ。ショットガンだのマシンガンだの、火炎放射器を振り回している人間すらも、問答無用で射殺してはいけない。できるだけ生かしたまま制圧しろというのが、SATの制圧班に与えられている任務である。一方で、隊員をそう簡単に殺されてはならないのも、また当然のことである。
そういう必要から、活動現場から遠距離利用でもないのに、SATでは、維持にカネがばかとかかるシンクロイド・システムが、割と早い段階で採用された。
四つ裂きに一度されただけで、その痛みと恨みを忘れることができない保志にとって、現場で殺された回数が二十回を越えているというのは、信じられない。そこまでいくとタフというより無神経だ。シンクロイドの感覚器は、シンクロイドの感覚器が受けた刺激を全て、ライダーの脳味噌に本体が経験したこととしてフィードバックする。
もちろん、シンクロイドは、実際の衝撃を本体に加えるわけではないから、保志のように四つ裂きされようが、脳漿をぶちまけながら、首から上を失くそうが、死にはしない。死にはしないけれど――何というのだろう――とにかく、不快。
何せ、脳味噌は感じてしまった痛みを、そう簡単には忘れてくれないのだ。もちろん、痛みは原因さえ快癒すれば、感覚として再現し辛いものだというのは、当然なのだけれど、知死レベルの痛みを受けたら、心の方のダメージが大きく、保志の経験では三週間は心が動けない――そんなイメージがある。
「いくつ?」
「二十八。だいたい、女の子じゃなくても、そろそろ制圧班卒業していく年齢だね」
何を聞いても、セレの場合、ひと言、ふた言余分に情報が返って来る。なるほど、セレの過剰なおしゃべりは、情報収集にことさらマメでない、保志に特化した仕様と言えるかもしれない。
「……現場で飛び回りたいっていうのが、バッパーへの志望動機か?」
保志は腕組みをする。とにかく、余程ずば抜けて適正が認められたとしても、新卒でSAT配備はありえない。だいたいが機動隊、それも銃器対策部隊辺りで何年かやっていたものが、志願して、適正を認められたものが入隊するのが普通だ。
とすると、まあ、少なく見積もって、この相澤亜衣里は、二十三、四でSAT入りして約四年で二十四回死んでいることになる。単純計算で見積もって、一年に六回、つまり二カ月に一度は必ず死んでいることになり、これはタフというより懲りないからこそできているということだろう。
現実問題として、凶悪犯でも、やはり殺人に対する禁忌みたいなものは、それでも一応あったのだろう。その証拠に、シンクロイド導入を境に、捕縛対象者の銃火器使用率は、跳ね上がったという。
もっとも、突入する方も、どうせ本体は死なないのだからと、自分の安全確保より人質の救出などを優先する風潮が強くなっているに違いない。そうでなければ、このSATの突撃担当者の、シンクロイド・ライディング中の死亡回数は普通でない。
「あ……」
セレが突然素っ頓狂な声をあげた。
「どうした?」
一応、TAIだろうが何だろうが同僚だ。
「……二十五回目。本当によく死ぬみたいよ、このおねぇさん。オイラ、いちおうこのボディ愛着あるからさ、そんなに簡単に壊されちゃうといやだなぁ」
一応というか、なんというか。職務上の必要から、4444はオマルのメインと亜空間通信でリアルタイムに同期している。いってみれば、オマルのメインは積極的に自分から動いたりしないし、無口に徹しているが、事実上、4444はオマル・メインのシンクロイドみたいなものかもしれない。その4444のぶっちゃけ派出所みたいなセレは、その気になればオマル・メインに思考させることが可能なのだ。
多分今4444は、相澤亜衣里に関してのオマル・メインのデータベースをフルに検索しているのだろう。
相澤が所属している日本の東京にあるSATのメイン・コンピュータも亜空間通信機能を使って、リアルタイムでオマル・メインに同期している。ということは、今相澤亜衣里は今この瞬間、知死レベルダメージを受け、ミッションに参加しているものとしては、行動不能になったということだ。
単身任務が当然の保志にしてみれば、自分が死ぬということは、要救助者を救援できる能力が奪われたということで、決定的な敗北だ。SATはチームプレイだから、一人や二人、盾になって死んだところでミッションはその瞬間にFailureというわけじゃないんだろうけど、バッパー修行するなら、死にやすい体質をどうにかして改善せねばなるまい。
「愛着って」
何げなくスルーしそびれて、ひと言セレに言い返してしまった。
「……なんども、なんどもぉ……ろくちゃんに抱かれて、いかされたぁ、この身体ぁ」
保志の身体から力が抜けそうになる。セレが突然に腰をくねらせて踊り始めたので、保志は心底、倒れたくなった。
「ド阿呆がっ。踊ってる場合か!」
俺が抱いたのは美耶子であって――断じておめーなんかじゃねぇっ――と、そういう叫びが保志の頭骨内にこだましていた。だいたい、あのどら息子ならともかく、美耶子は断じてそんな下品なダンスはしない。
「あ、でも、この子の質量だと、オイラの身体と共有は無理か。ちょっと素材の量、足りないや」
「Lサイズ? うちの備品にあったっけ」
「ない。なんでかしらないけど、ろくちゃんがこの子がいいなら、身体特注しなきゃねぇ。今日日、予算を使い切るのは趣味じゃないんだけどな。メインに頭悪いって言われちゃうし」
上は湯水のように使っても、官僚以下公務員には、血税の一滴を大切にするように指導が徹底される。予算は必要に応じて割り振られるが、それを使い切るのは能力的にどうよと言われるのが、世知辛い今日日のこととて、4444も予算投入にはいちいちウルサイ。
計算機片手に家計簿をつけている、一般的なイメージの女房みたいな(美耶子は高額収入の自営業者だから、申告は税理士任せだ)4444が、Lサイズのシンクロイド・ボディの新規購入に積極的になれないでいるのをみると、保志はむらむらと逆らってみたくなってきた。保志も、趣味の訴訟オヤジどもと、実のところそう変わりはない。
「今まで、随分ささやかに生活してて、累計余剰予算は随分溜まってるだろ? 天下の三分の一のためなら却下なんて、ありえないだろう」
「あ、オイラのかっこいいろくちゃんが、予算使い切れ型のださい中年公務員になりさがっちまってるよ。本当に、人間なんて、定年ぐらいで社会から追い出される方がいいのかもね」
「ぬかしてろよ」
セレが伸びをした。
「少ない予算でやってるんだから、そんなに簡単にボディ壊されても困るけど。でもまあ、SATじゃないんだから、そもそもそんなに死なないか。ろくちゃんだって、まだ三回しか死んでないし。まあ、相澤さんが辞退してくれるように祈ってよう」
「ったく、おまえらって、本当に……。まあ、考えてみろ。毎日ライドするってことは、慣れてる方が新しい環境にいくのに負担は少ないだろ」
「新しい環境でびびるようなヤツにバッパーができんのかよ、ろくちゃん」
保志は思う。只でさえ、こいつらの方がストック型の思考能力も演算処理系の思考も断然上なのだ。その上、考え、思い、想像させようと思ったところが、もしかしたら人類史上、決定的な歴史的ミステイクだったんじゃない?
「とにかく、俺は一人選んだ。もう人は、セレおまえがきめろよ」
「えーっ、オイラが?」
「俺が予算使ったから、おまえは自分と身体共有できるサイズの人間にしとけよ。4444は二台もシンクロイド受信器調達する気はないだろ?」
「……うん」
セレが自分が人間を選ぶということに戸惑ってる様な、複雑な表情になる。保志は心の底から思った。それを美耶子の顔でやられると、うっかり抱きそうになるから、さっさといつものに戻ってほしいと。
保志は本人が希望していて、直属の上司が推薦している人間だけが第三種三分の一希望者リストに載ってきているのを知っているので、正直、そんなのだれでも同じだと思っている。データをどれほど吟味しても、直接会ったときの直感が一番人間にとって分かりやすい。ぱっとみて、「ああ駄目だ」と思った人間とは、何とかうまくやっていくのが精いっぱいだ。「いいな」と思った人間とは、たいがいどこまでも付き合いやすい。
もちろん、付き合っていくうちに印象がガラっと変わるというパターンもあるけれど、まあ、そっちは例外だ。
会ってみる前に、どれほどデータとにらめっこしても、それは時間の無駄というものだ。面接してから決定できるから、会ってみて駄目だったら、次を試してみればいい。とにかく、三分の一条例の適用を申請した以上、今日が終わるまでにオマルに申告しなければいけないのは、とりあえずの候補者二名を選ぶだけでいいのだ。
「とにかく、適当に選んで決めて、後は会って駄目だったら次にって、やってくしかねーだろ。とにかく二人のうちどっちかが、バッパーとして一人立ちすることになったら、多分どっちかとは、おまえが付き合っていくことになるんだから」
セレが小さくため息をついた。
「……オイラは……ろくちゃんがいいのにな……」
それを保志は聞こえないふりをした。年をとっていくのは生き物の逃れられない運命だ。出会った人を見送っていくのがTAIとして生まれたしまった以上、セレの運命だ。忘れっぽさと無縁のやつらにはつらいだろうが、やつはやつらの運命を生きる義務がある。胸の内で保志は一人嘯いた。
――だぁれが甘やかしてなんかやるもんか。




