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25.逆恨み

 痛みはない。苦しくすらない。たったの一蹴りで、武器の一つも使わず、あの人は、私を殺した。


 殺せと、確かに言った。号令をかけたのも、自分だ。


 でも、こんなに思い切りが良すぎるのは、いかがなものかと思う。あの人は、本当に私を愛しているんだろうか。それとも一度、やっちゃえば、もう興味は過ぎ去った、ということなのだろうか。だとしたら、セレとやらかした、生きているうちに体験しとこう作戦は、きっちり裏目に出たことになる。


 亜衣里は、狭い棺桶の中で、しばらく必要のない煩悶を味わっていた。痛くないことが、苦しくないことが、つまりは納得できない。蹴殺されるとは、こんなにあっさりと痛くも痒くもないものなのだろうか。


 少し迫神が沈んだのを覚えている。前にモーキャプでSSSさんエスを落としたときも、彼が選んだのは蹴りだった。総合的に判断すると、迫神の得意技は蹴りで、多分、その最強バージョンのものをくらったのだろうとは思う。けれど、そのGOを出した直後の記憶が、目の前の棺桶の蓋なのだ。その間のものは、これっぽっちも、きっちりない。

 知識を総動員して冷静に判断すれば、多分、首の後ろからの一撃で、ボディの頸部が完全に破壊されたのだ。シンクロイド・ボディは、生身の体ほどやわにはできていない。狙ったところで、一度に折りきれるほどの破壊力のある攻撃は、普通の人にはできないだろう。カラテマンとセレが囃していたが、その軽い響きを完全に裏切る凶悪さだ。

 自分の中でイッた癖に、なんて酷い男。


「お腹、すいた……」


 亜衣里は口に出した。そして、直ぐに強烈な渇きも感じた。


「喉、渇いた……」

 とりあえず、出よう。その先が敵のアジトだったとしても、この中にいても、何も飲み食いできない。とりあえず、生き延びて、そして、迫神にきっちりと落とし前をつけてもらう。何で、ためらいもせず殺せるのか、その料簡を聞き出すというか、釈明させなきゃ気が収まらない。

 そりゃ、痛くないように、殺せと言ったのは自分だけど……。

 でも、本当に躊躇いもなく、逡巡すらせず、いきなり思いっきり、できるか?、普通に考えて、人非人じゃないか。

 亜衣里は猛烈に腹が立ってきた。自分の女を、蹴り殺せるような奴を、好きになった自分が許せない。


「信じらんない、迫神さんの、バカ」

 手足の指を、少し動かして、いつもの帰還のように、しっかりと神経が通っているか、筋肉の強張り状況はどの程度か確認する作業をしながら、湧いた怒りがふつふつと煮えたぎってくるのを感じた。


「落とし前、つけてもらわないと……」

 言った途端に、体の中心がぶるっと震えた。もしかして、自分は、怖がっている? 亜衣里は自らを訝った。素手で、相手を苦しめずに殺せる人間なんて、人間の範疇に入れられないじゃないか。落とし前をつけるといったって、ライフルでも持ち出さなきゃ、勝負にもならないじゃないか。

 だけど、肌は恋しがっている。耳元で聞こえた、荒い吐息を鮮明に思い出せる。セレと口喧嘩……甘い囁きを自分に言わせろと、文句を言っていた。私に怖いなんて思わせるなんて、ますます、許せない。


――お前ら……絶対レイプだからな……これ


 もしかして、本当は、嫌だった? オスだから、その状況に追い込まれて、本能的に情欲しただけで、私なんかとさせられるの、本当は嫌だったの? だから、殺せるわけ? 渡りに船で?


 いいや、何もかも関係ない。愛していたにしても、どうでもよかったにしても、恨んでいたにしても、どっちにしろ、女を一撃で蹴り殺す男なんて、絶対に許せない、あり得ない。


――迫神~、お前に文句の一つも言えずに死んだら、絶対に化けてやる。


 亜衣里は、棺桶の蓋の解除ボタンを探り当てて押した。出た先に、悪党どもがいたら、そのときは、そのときだ。

 蓋があいた直後に、新鮮な空気が鼻から待ち構えた勢いで体に入ってきて、汚れた空気に萎れかけていた肺を洗ってくれた。脳髄までがきちんと目覚めた気がする。


 しかし、明るさはなかった。

――運送トラックの……荷室……かな?


 棺桶の縁に指先をかけて、恐る恐る身を起こし、ぐるりと周囲を見渡して、そのことに確証が持てると、一気に疲労が蘇った。とたんに腹ももう一度鳴る。渇きも飢えも、マックスレベル。全身に堪えた。


――食い物も、水も無いじゃないかっ!

――しかも、内側から、開けられないじゃないかっ!


 状況最悪。シンクロライド中より基礎代謝があがってしまう。時間は、もっともっと、少なくなった。


 どこかその辺に、人がいるようなところかもしれない。なんとか立ち上がって、よろよろと壁までたどり着き、バンバンと叩いてみる。揺さぶれないか、押してみる。


――あいあい、あんた、今の状態でも、何とか、ライドオフしてから、水分と栄養分補給行動とれそう?

 金城の声が蘇る。

「アイサー」

 亜衣里は声に出して応えた。私はちゃんと動ける。……でも、金城さん。……戦う相手も、いないし、何もないし……、トイレすらないし……


「……助けてください。誰か、誰か、そこにいませんか……」

 声を絞り出す。来るなら敵でもいいと思った。しばらく待つが、沈黙だけが答えてくれた。


 もう一度叩いてみる。

「……すみません、誰か、いませんか。私の声、聞こえませんか。……誰か、そこに」

 もう一度待ってみる。


 怒りが急速に収まり、じんわりと涙が湧いてきた。


――怖い……


 助けて、迫神さん。亜衣里は、そう素直に思った。体力温存のために休むなら、荷室の床より、内張りのある棺桶がいい。ベッドに戻るような気分で棺桶に戻ると、亜衣里は自らを横たえた。

 棺桶に……、本物の棺桶にしないで。迫神さん、助け……


 眠ってしまおうと思った。亜衣里は眠りへと自分を追い立てようとした。いつでも、どこでも、すぐにでも眠れることが、鍛えた亜衣里の特技だった。けれど、その特技は、今回に限って発動しなかった。もう多くを眠る必要はなくなるから、せめて一分でも長く起きていようと頭が判断しているのかもしれない。そう思うと、ますます情けなくなった。




     * * *




「どういうことだ? セレ」

 保志は問い詰めた。金城のアドバイスで、あいあいを本体への強制送還するため、武器庫に二人が向かうことを止めなかったのは、自分だ。本当は、迫神とあいあいが好き合っているなら、それをすべきなのは自分だろうと、とっさに気持ちは動いた。けれど、殺された苦しみが全身に残っている状態で、誰かを殺すほうに回る思い切りがつかないうちに、彼女は迫神に白羽の矢を立てた。


 あいあいの指名が迫神だったことを、一瞬でも喜んだ自分がいた。自分でなかったことを自分のために喜んだ、さもしい自分がいた。そして、苦しい、嫌な仕事を迫神にさせた。

 どれだけ責められても、うなだれるしかないだろう。そして、見捨てられるのだ、こんなところに時間を割いて来てくれた二人を裏切り、危険な目に遭わせて、そして、ジョリー・ロジャーに勝ち逃げされる。最低の、人生の幕引きになる。


 だが、待てど暮せど、迫神は帰ってこなかった。無抵抗のシンクロボディを一体、処分するだけにしては、時間がかかりすぎる。


 もう一分、もう一分と、先延ばしにして、業を煮やして武器庫まで移動して、信じられない光景を見た。首があらぬ方向にひしゃげて(ほぼ切り離されかけて……)倒れているあいあい。そして、そのすぐそばで、倒れている……迫神までも。もともと二人とも、ナマモノではない。呼吸を確かめたりる必要性すらない。倒れている、ということは、シンクロが切れて、本体に戻った、ということだ。そして、その抜け殻を、セレが、何もせずに放置している。ということだ。正直、何が起こっているか、想像すらできなかった。


「セレ……」


 返答はない。しばらく待って、もう一度呼びかける。セレが答えないなら、本体に聞くしかない。


「どういうことか、説明しろ、SELENE4444」


――ヒューマンライク・コントロール異常が検知されました。セレと呼ばれていた保志総司官用のサーバント・インターフェイスは、総合司法庁のホスト権限で、強制停止されました。


「強制停止?」

 保志は訝った。人になりたがっていた、人を知りたがっていた、あの膨大な情報を自由自在に操る記憶の巨人でありながら、五歳児のように善悪さえ大人おれに委ねるしかないアンバランスで無邪気なセレは、本庁判断では、異常だったってことなのか?

「とめただけか?」

――異常検知の段階ですので、今は。もし、判断基準の整合性など、深刻な異常が確定した場合は、デリートすることになります。


 デリート。保志は、少し呆然としかけた。セレはセレだ。コンピュータに、ソロプレイの寂しさを紛らわせ、精神安定のためにちょっとしたコミュニケーションをするために組み込まれた、単なるヒューマン・ライク・インターフェイスに過ぎない。

 だけど、セレは、セレだ。ここでの、膨大な一人ぼっちの時間の、相棒だった。息子と同じ面をして、息子のように奇天烈なダンスを踊りながら、うまい飯を作ってくれていた。素っ頓狂な歌を歌い、一日の時間すら厳密には時計の上にしか存在し得ないここでの暮らしに、昼と夜とを、オンとオフをもたらしてくれた。


 迫神の抜けがらに、セレと穣太と美耶子が重なった。傍らに膝を付き、そっと触れる。セレ……。

「……デリートするなよな」

 保志の声は低くしゃがれた。


――命令ですか?

「確認するな。命令に決まってるだろう。ここで走らせとくのが危険なら、砂場サンドボックスにでも隔離しとけ。俺が引退したら、退職金の上乗せに寄越せ」


――ヒューマンライク・インターフェイスのみを独立させる技術はありません。また、パーソナル・コンピュータに搭載可能ほどの規模の会話エンジンではありません。


「セレを殺しやがったら、恨むからな。SELENE4444」


――発言の意図が分かりません。


 分からねぇ……のか? 


「セレを殺すなって言ってるだけだ」

――マスターの言われたセレが、ヒューマンライク・インターフェイスの疑似人格セレを指しているのであれば、それは殺せる対象ではありません。自己学習機能搭載のプログラムは、生物とは異なります。


「SELENE4444、おまえ、五歳児より低能なんだな……」


――発言の意図が分かりません。五歳児とは、何の五歳児で、私をどれと比較したらいいのでしょうか。


「分からなかったら、いいよ」


――お役に立てず、残念です、マスター。


 定型の言い回しが、保志を萎えさせた。転がっている、あいあいの体を見る。首が折れてなくても、命など感じることすらできなかっただろう。動かないそれらは、ただの人形たちだった。


「結局、ソロプレイだったのか……。三分の一なんてのは、ただの幻想か?……半六、あいあい……お前たち、本当にここにいたのか?……俺は、お前たちに会ったことが、あるのか?……」


 そのとき、コール音が場違いに響いた。


――ご自宅からの呼び出しです。


「つないで……。美耶子さん……だろ? あーあ、会いてぇ……なぁ」

 ぽつんと言った直後に、壁にモニターが出現して、そこに美耶子がいた。遠い、遠い、……遠いところに美耶子がいる。確かにいる。その距離が、今は呪わしかった。


――何が起こってるかは、聞かないわ……。迫神君、ズタボロだったけど、こっちでできることを探すって、出ていったから……。一応、上司に報告しといてあげようと思って。


 俺はバカだ。半六は、現実にいるじゃないか。そして、たまたまここで出会ったあいあいと恋に落ちて、理不尽に切り裂かれそうになっていて、もがいている……。


――で、彼がこっちに落っこちてきたってことは、私の体は使えないってことでしょ……。木馬に乗り損なっただけとか、訳分からないこと口走ってたけど。ま、とにかくあなたの生存確認できてよかった。


 木馬……? ……木馬!


「助かった。美耶子さん。俺、ちょっと落ち込んでた」

――あなたが?

「うん。そんな場合じゃなかったのに。木馬には……、俺が乗る」

 短い沈黙があった。

――木馬って、何? あなたが乗るって、どういうこと?

「時間がもったいないから、また、あとでな」


 美耶子の声が裏返った。

――まさか、あなた。何か、またわけのわからない、危険なことしようとしてるんじゃないでしょうね。性懲りもなく、死のうとか思ってるわけ? 迫神君の体が壊れてるなら、あなた、どこかに直接、乗り込む気? ふざけ死に飽きて、本気自殺モード?

「いや、そんなことはしないから、大丈夫。美耶子さん、安心して」

――できるわけないでしょ。いったい、何なの? 木馬って。


「トロイの木馬……」

 言いかけたとたん、美耶子の声が裏返った。

――ばっかじゃないの、あなた。やっぱり行く気じゃない。どこをどうしたら、私が安心できるのよ。トロイの木馬って、アレでしょ。ギリシャ神話の、あのヨタ話。あんなのご都合主義のファンタジーだって。あーんな怪しいもんが残ってたら、まともな神経してたら誰だって速攻火攻めで丸焼きするに決まってるでしょ。死にたいの?

「迫神のボディに乗って、飛閃で行くから……」

――はあ?


 美耶子が絶句した。

「何となく思いついたとき、俺は、あいあいのところに行けるかもって言った。行けるわけないが、そう思いたかった……。何もできないのが一番辛かった……」

 美耶子は黙ったままだったが、構わずに保志は続けた。アイデアは口にしないと、すぐに霧散してしまいそうだった。

「ジョリー・ロジャーは、しびれをきらしている。一年近く、俺たちが抜き荷をさせなかったから、安定供給するための在庫が、多分底が尽きたんだろう。だから、今度は、絶対、ごっそり持っていきやがる。俺たちを動けなくしようとした……。俺が、本当は一人ぼっちでここにいるって思い知らせるために。三分の一の、始める前の状況を思い知らせるために……。多分、だけどね。で、亜衣里を足止めするために、無垢な子どもたちを人質にとって……」


――人質って、学校占拠事件? 絶賛二日目突入中の……

 やっと、美耶子が口を挟んだ。

「うん……それ。で、迫神は、殺されかけた。たまたま、部屋にいなかったから命拾いしたってだけだ……」


――意識不明って報道は、じゃあ、迫神君が動けないって偽情報を流すためのアピール? ロジャーへの……


 保志は頷いた。

「でも、無駄になった。あいつがここにライドしてきたことで……、生きてて、しかも動けることはバレた……。だから、ついに、こそこそ隠れるのを諦めて、乗り出してきた……ここのシステムに手を出せる……。つまり、敵は、オルマ本体に巣食ってんだろうよ……」


――オマルの……本体に、巣食ってるって、あなた、本格的に大危険じゃないのっ。既に、もう既に木馬イン状態で、丸焼かれ寸前なんじゃないの?

 美耶子の声は悲痛だった。


「……セレも、盗られた……」

――とられたっ……て。そこにいて、大丈夫なの? いきなり空気循環止められたりしないでしょうね。


「オマルの本体が巣窟なら、とっくに事故かなんか偽装して殺されてるさ……。ジョリー・ロジャーの手先、まあ、もしかしたら、本体かもしれないけど……、そいつが手出しできるのは、多分、シンクロナイザーのシステムだけだ……。情報も基本はシンクロナイザーから得ているんだと思う。だから、亜衣里のも、迫神のも、棺桶位置だけはきっちり分かる。あとは、こっちとどっこいどっこい。状況を見て、出たとこ勝負の綱渡りしながら、俺たちをできるだけ叩き潰そうともがいてやがるんだと思う……」

――何を根拠に。


「美耶子さんとのこの通話……つなげてくれたからね……、SELEN4444。俺の言うことも、とりあえず、聞くし。まあ、ちょっとセレより、やぼったいけど、俺を守る家としては、遺漏なく機能してるみたいだから、安心して。ここのコントロール乗っ取れるほどの権限は、持っちゃいないんだろう……」

――安心なんか、できないわよ……。飛閃で木馬に乗るって、いったいどういうこと……?


 それは、言えないよなぁ、と、保志が思ったとき、向こうでインターホンが鳴る音が響いた。


「美耶子……、お客さん?」

――ああ、多分、シンクロナイザーのメンテ屋さん。ちょっとあなたの半六判事に汚されちゃったし、穣太に言わせると、彼が乗ってるとき転送エラーっぽい表示も出てたみたいだから。必要なときにいつでも直ぐに、あなたのとこ行けるようにしておきたいじゃない。だから、仕事しまって棺桶の……メンテ……ナンス


 途中から、美耶子の声がしぼんだ。

「美耶子?」

――ジョリー・ロジャー……って、シンクロナイザーをハックして……るって言ったわよね、今。うちの、シンクロナイザー・システム管理してるのって、百パーセント、オマル……だったよね……。もしかして……。だ、大丈夫よね、見てもらって、うちの箱……


 チャイムが再度、鳴っている。

「落ち着いて、美耶子さん。一応、念の為、伝家の宝刀、居留守だ。人間、もーろくしてくると、自分が呼びつけたの忘れてでかけちゃったりするだろ。普通の技術屋さんだったら、後で菓子折りでも差し入れりゃいいから、今は出ないほうがいい」

――そ、そうね。


 チャイムが鳴っている。もう一度。そして、間を挟んで、二度、三度。


 それから、確かに、聞き間違えようがない、重火器の発砲音が、聞こえた。

「げっ、マスターキー。美耶子、逃げろ。玄関と反対側からだ。リビングの窓から、出られるだろっ」

――今、二階なんだけど。今の、な、何の音? あ、あなた、マスターキーって?

 美耶子は、タレント御用達の平和な案件専門の、プロフェッショナルだ。そんな荒っぽい、武装集団に占拠された建物に、先頭切って突入するポイントマン、亜衣里の得物なんか、知ってるわけがない。

「ソウドオフ・ショットガン――銃身を切り詰めた銃だ。特殊部隊が、室内に侵入するときとか、施錠ドアを破るときに使うやつだ。もちろん、悪党が押し入るときにも使う。メンテ業者はそんなもん使わねぇ。美耶子っ、ロジャー一味だ、逃げろっ」


――保志さ~ん、ご在宅ですよね~。保志さ~ん。


 妙に明るい声で呼びかけられた美耶子が、息を呑む気配がした。保志は、ぎりりと拳を握りしめた。この距離が恨めしい。すぐに駆けつけて、美耶子を守りたい……

――あなた、ちょっと黙っててね。聞かれるわ……。


 言われて、保志も息を一気に潜めた。小学校に武装占拠して、子供や教員を平気で何人も殺している、外道連中。亜衣里をかどわかしたのは、単純に、警察の息がかかった、通路の壁じゅうに死角なしで監視カメラあり、のところで殺すなんて暴挙ができなかっただけだろう。その証拠に、独身向けの官舎の迫神は、建物ごと破壊して、問答無用で殺そうとした。


 聞こえていた美耶子の息遣いが遠のいていく。身を隠す場所を探しているのか、退路を定めて移動したのかは分からないが、祈ることしかできない。


――保志さ~ん、装置のチェックを、させていただきたいのですが~。


 声が、さっきより心なしか大きく聞こえる。その侵入者が美耶子に――少なくとも、今まで美耶子がいた部屋に――近づいているということだ。


――保志さん?

 間隔を置きながら、ガチャガチャ、バタン、というような音も聞こえてくる。家探ししてやがる。くそっ……。保志は地団駄を踏むのをこらえた。今、雑音を立てるのはご法度だ……。美耶子、逃げてくれ……。


 そのとき、再び、ピストルだのの単発音ではない、耳慣れたアサルトライフルの音が響いた。保志は、息を呑んだ。


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