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23.ザ・フール

 バカと呼ばれてきた。親からも、兄弟からも、親友からも。なので多分、自分はバカとで間違いないのだと思う。


 穣太を駅前で落とした後、路肩にとめた車の運転席で、深々とシートバックに背中を預けた啓介は、居心地の悪い不安の中で思った。


 子供の頃からそうだった。自分が不思議だと思って聞くことを、周りの大人はうんざりした顔で聞き、本題に差し掛かる前に、そんなことは考えなくていいからと、切り捨てるように言うものだった。

 でも、一つの不思議、一つの考えが頭に居座ると、答えが知りたくて、その他の全てがどうでもよくなる。だから、セミの細部を思い出しながら、一生懸命、描いているときにテストだと言われて用紙を配られたら、その続きはその紙に描くしか、どうしようもない。


 発言が変だと笑われても、どこかズレていると言われても、自分の在りようを変えるのは難しかった。というか、どこをどう変えろと言われいるのか、そもそも分からなかったし、いつまでにどう変えればいいのか曖昧なままに、変われと言われても、無理な相談だったというだけだ。


 周囲まわりはもれなく自分をバカというカテゴリーに分けてきたが、自分こちらからも分けさせてもらうならば、周囲には二種類の人間がいた。バカはバカという下等生物で、何をしてもどうしてもいいというか、バカには感情も考えもないと信じている、こっちに言わせれば、それこそバカの塊にしか見えない連中。それから後は、バカというラベルは貼り付けただけで満足して、まあ、普通に人扱いしてくれてるだろう人たち。


 だけど、平和ピンフは、どっちでもなかった。今でこそ、他の連中同様、俺のことバカと断言して憚らないが、いや、周囲にいる連中の誰よりもきっぱりはっきりバカと言ってくるが、奴が一番最初に俺にくれた言葉は「すげえ」だった。

 誇らしくて、新鮮で。あのときのことは鮮明に覚えている。周りの人間はは、人のことをバカと言う割には、不思議なくらい何でもかんでもよく忘れるから、多分、平和もそんなことは覚えてないと思う。


 親父に連れられていった山で見たセミの羽がめちゃくちゃ綺麗だった。光を跳ね返して、きらきらと輝いていた。眼前に、その羽根の美しい文様が張り付いたまま離れない生活が、山から帰ってきてずっと続いていた。

 気がついたら、目の前に紙があった。筆箱も出ていた。形にしてしまえば、満足して忘れられるのかなあと思った。少し邪魔な文字があったけど、そんなことは気にせずに、目の前のそれを写してみだした。小学校の、あれは三年生の九月の、夏休みが終わったばかりの教室だった。


――落書きしてないで、問題を解け。

 頭を軽く小突かれた。周囲でぷすぷすと空気が抜けるような笑い声が起こったが、何を笑っているのか、分からなかった。まさか自分のことじゃないだろうと、思ったことまで覚えている。多分、俺の間抜けをみんなが笑ったのだと、今なら分かる。


 白い紙に書いてあった邪魔な文字は、どうやら問題らしい。言われてやっと小テストがされているのだと気がついた。目の前には、まだちらちらと羽根が浮かんでいた。一生懸命、紙に吸い取らせた分だけは薄くなっていたけれど。問題に取り掛かろうか、羽根の続きを描き続けようか迷っているうちに、すぐに紙はとられてしまった。

 戻ってきたテストには、描きかけの羽根の上に、大きな丸が書かれていた……。


「迫神君、また満点だ」

 女の子の声が聞こえた。見ると、隣の席にいつもいる、どっちかっつーとどんくさい奴のプリントを、女の子が取り上げたところだった。

「返せよ」

 平和が一言言うと、女の子は「は~い」と言って、プリントを奴に素直に返していた。その勢いで、俺のところにやってきて、いきなり取りあげると「バカ~、丸が一個だ~」と、0点のゼロを揶揄した。そうするための前段階で平和を使ったのなら、ふざけたヤツだ。

 別に、やらなかったテストがゼロ点で返ってくるのは当たり前だ。それを丸と勘違いするほうもよっぽどバカじゃないかと思ったのを覚えている。


 そのとき平和が言った、目を丸くして。


「すげー、それ」

 奴の目は、俺の渾身の力作、セミの羽根を見ていた。人を好きになる、なんて、そんな一瞬で可能なのだ。

 称賛の気持ちが入ったすげーなのか、バカにしているすげーなのかくらい、区別はつく。

「でも、そんな光ってないだろ~」

 あの羽根は光ってたんだ、本当に光ってんた。俺はムキになった。


「この辺にいるのと、山にいるのとじゃ、全然、違うんだぞ。知らないのかよ、ばーか」

 そう、俺のほうが、あいつを最初にバカ呼ばわりした。

「そうなの?」

 きょとんとした、平和の目。


「今度、みせてやろうか? 山のセミ見たかったら、一緒に友達つれてっていいかって、父ちゃんに聞いてやるけど」

「いいの? ほんとに?」

 迫神が嬉しそうに笑った。母ちゃんしか持ってなかった迫神が、遊びらしい遊びに家族とでかけたことがないことを知ったのは、ずいぶん後のことだった。


 細かいことの一から十まで気になるのか、細かいことしか気にならないのか自分では分からないが、そんな細切れのような時間、自分にとって大切だった時間の一つひとつが、自分の記憶を形作っている。


――すげー、光ってる、ホントに光ってる。ケースケ、すげーな、すげーな、ケースケ……


 初めて行った森の中で、あのバカが大騒ぎしたもんだから、虫がどっと飛び立った。びっくりした平和が尻もちをついた。

 魚釣りのときも、餌が掴めなかった。親父につけてもらって、何とかやってみたものの、釣れた魚がこれまた掴めなくてベソかきそうになってやがったっけ。アウトドアとーちゃんに、ずっとひっついて歩いていた俺にとっては造作もない。とってやったら、又しても目をまん丸くした。


――お前、ホントにすげー。すげーよ、ケースケ…

 耳奥で、平和の声が弾ける。


 あいつは、頭はいいんだ、間違いなく。啓介は思った。小学校の試験とは比べ物にならないほど司法試験って奴は、基本的には難しいのに違いない。でも、あいつがあっさり取ったのは学生時代だ。だけど……。


 あいつは、本当によく、俺みたいなバカでも分かることに、とんと気が付かないことがある。自分に惚れてる女の熱い視線に気づかないとか典型だ。露骨なアプローチだったとしたって、受け止め方を知らなかったんじゃなくて、単純に気づかなかったのかもしれない。自分の気持ちにだって気づいてなかったに違いないのだから。ピンフはいつだって、一から十まで、そもそもが鈍い。


 どっか抜けてるんだ、いつも……。

 俺が、助けてやらねーと……。


――総合司法庁オマルの通信がどうやら盗まれてるみたいなんで、面倒だけど民間のシンクロライド・トラベル扱ってる旅行会社に駆け込んで……

 オマルの通信が盗まれてる……。


――それなら監視ははずれるだろう……。

 本当に?


 思い切って、啓介は携帯を取り出した。少しだけコール音。

 それが途切れるやいなや、食らいつくように啓介は口を開けた。

「金城さん?、オマルは何?」


――はあ?

 向こうで、ため息が裏返ったような、変な声が聞こえた。




     * * *




――国際総合司法庁の本部は、The United Nations Colony、通称UNCoウンコ。あなたの友達の迫神君が三分の一見習い中の、人口密度稀少域特例総合司法官、通称バッパーを統括している機関。人呼んでオールマイティー。


 すかさず、オマルの説明が始まって、啓介は焦った。また、自分はバカな質問の仕方をしたらしい。どうしてこう効率のいい聞き方が、自分はできないんだろう。慌てて遮る。


「すみません、そこら辺は知ってるんで、いいです。あのバカに教えてもらったから」

 金城が黙った。沈黙が、先を促していた。


 えーい、ままよ。

「オマルのシステムは、TAI? それとも、AI?」


 今度は、間があった。

――今、それに答える必要がある? 緊急事態はそのままで時間が深刻さを加速させてるのは、知ってるよね? あんたの友達が巻き込まれてるのも。


 金城の声がいささか冷たく聞こえて、啓介は怯みそうになったが、平和が危険なのかどうか、はっきりさせとかないと一生後悔するだろう。そして、安心していいのか、もっと心配すべきなのか、きちんと把握しておける。


「俺、バカなんで、回りくどいかもしれませんけど、少し我慢して聞いてください。俺と、迫神はタメなんで、ど突き合えます。あいつの拳は、俺は読めるし、避けることもできるし、運悪く当たっても、まあ、当たるって分かる。避けきれないだけです。だけど、師匠の拳は当たるまで分からないし、分からないから避けられないんです。つまり、次元というかレベルが段違いなんです」


 本当にバカかこいつは、と金城は苛つきを倍増するような怒声をあげることを何とかこらえていた。声色の中にある、不思議な真剣さが、金城をだまらせていた。

――それで?

「セレ、あいつの勤務先のTAIのレベルが俺たちで、オマルのTAIかAIがウチの師匠に当たるんだとしたら、というか、そういう関係性だからこそ、セレが状況を把握できないんじゃないんですか?」


 金城の怒りが冷えた。


「意味、分かります?」


――スマイリー・ロジャー野郎が、オマルを監視してるとか、ハックしてるとかじゃなしに、オマル本体が怪しいってこと?


「分かりません、俺は、詳しくないんで。だからシステムとかそういうのが分からない素人の、要らない心配かもしれない。

 でも、外から攻撃されてるのが分からないほど、もしくは攻撃されてるのに対策とれないほど、チャチなんですか? オマルのシステムって。古臭いAIなら、修正指令かける指示を人が忘れる可能性もあるだろうけど、TAIなら、勝手に対策、始めるでしょ? 少なくとも、対策をとるかどうか許可を取ってくるんじゃないの?、自ら。

 平和の話を聞いてた俺には、そう思える。だけど、昨日少し聞いた話は、ちょっと俺の今までのイメージのTAIと違う。すごく無能だ。

 平和の三分の一さんの、シンクロナイザーの管理権限をのっとられるまで、そのことに気づかなかった。上位のオマルのシステムすら、彼女が棺桶ごとかっさらわれた時に、感知すらできなかった。オマルのシンクロナイズド・システムに、本当にそんな深刻な外部からの攻撃が、引っかからないもんなんですか?

 いきなり、彼らが無能になりさがったと考えるより、特にアクションを起こさなくていいって、もっと権限が上のユーザ、またはオーナーの指令があった……、そう考えるのはおかしいですか、金城さん。

 乗っ取られて、職員の生命が脅かされてる現状、真っ当なシステムなら多分ほっとかない、ですよね? オマルのTAIなら……。迫神のところのTAIだって、ぶっちゃけオマルの端末でさきでしょ? あいつは自分の端末以外からシンクロライドすれば、敵の裏をかけるはずって言ってた。でも、オマルのTAIの管理下にあるところすべて、どこからライドしようと、シンクロナイザーを使ったとたんに、迫神の位置はバレるんじゃないかなと思って。

 だったら、裏をかくどころか、思う壺じゃないか、って、思って。俺の心配、間違ってますか? あいつが信頼しているセレは、頭をきちんともったサポーターじゃなくて、敵の手足なんじゃ……」


――ストップ、頼む。


 金城の力無い声が、啓介の口をつぐませた。続く金城の言葉を、今度は啓介が待った。


――TAIに決まってるだろ、今どきのウンコのシステムなんて。


 啓介は相槌が打てなかった。


――オマルのTAIが怪しいって前提で、大車輪で現状洗い直す。迫神君をサポートしたいなら、おいで……。あんた、私らが当たり前だと思いこんで見過ごしてること、見つけられるみたいだ。


 啓介は、ぞくっと震えた。何か返事をしようと考えてみたが、言葉ができあがる前に金城が重ねて聞いてきた。


――オマルのTAIが敵なら、私らのレベルで何かできることあると思う?


「あ、ああ、あ」

 息がもれた。やっと言葉ができた。捕まえた。

「ケーサツにないの? 同じくらい高性能で、オマルと根っこがつながってないTAI」


 少しだけ、金城が考えてるだろうくらいの間があった。

――TAIだと、思う。うちのも。多分、国際総合司法庁とはリンクだけで、根っこは別……だと思う。


れるんじゃないの? 主導権」


――日本の一地方警察桜田門が、元締めオマルと喧嘩して……勝負になると思う?


「組織の強さレベルと、道具の使えるレベルは違うんじゃないの? うちの師匠だって、奥さんのほうが稼ぎがいいし、世間の評価も勝負にならないと思うよ。空手が達人ってだけで、人間失格野郎だもん。日本の警察のTAIなら、少なくとも、オマルのと殴り合い成立するんじゃないの?」


――そだね。あんた、すごいね……


 すごい? その言葉に啓介が引っかかっている間に金城が言い捨てた。


――さっさと合流しな。使えそうだ…




     * * *




 自称営業車をどこに止めれらるのか、啓介が逡巡しかけた時、窓がノックされた。制服を着た警官がいる。金城さんに呼ばれた、で、通じるだろうか。


「本当にリッパー・ケースケだ。あなたと直接話すなんて、クスリに手を出すとかやらかしてくれたときだけだと思ってたんですけどね。金城さんから、お連れするように聞いてます、車は若いのに駐めさせてもいいんですけど、駐車スペースまで、ご自身で運転されますよね?」

 彼の愛車は、ランボルギーニ・カウンタックの二十五周年限定モデルの復刻版だ。普通の年収の警察官が運転できる可能性は、まあ、ほぼゼロだろう。

 普段の彼なら、多分、当然自分で転がしただろう。お気に入りはお気に入りなのだ。けれど平和を比べられるもんじゃない。こんなもん、ただの乗り物なのだ。


「いや、駐めといていただけるほうが、ありがたいです」

 啓介は、エンジンをアイドリングさせたまま、車から出た。

「手袋なくてもいいでしょ? 入れるだけなら」

 彼を迎えに出ていた中堅どころといった風体の警察官から、手先だけで車の移動を任された若い奴の顔が、一瞬戸惑いの色を濃くした。

「あ、あの」


 啓介から車に対する意識なんぞ吹き飛んで久しかった。気持ちは、これから行った先で自分の思っていることをどうやって伝えられるのか、どうしたらいいのか、それだけに集中していた。

 ところが、拍子抜けするような情けない声が聞こえた。


「これ、どうやって入って、そんでドア、どうやって閉めたら……?」

 颯爽と歩き出そうとし始めた啓介は、転けそうになった。戸惑ってたのは、そこ? こいつを運転してもいいのか、とか、そういうんじゃなくて?

 それから、自分の営業車をしばし見つめる。こいつは……、たしかに、量産車しか乗ったことがない奴に、いきなり転がせるようなシロモノじゃなかったということを、やっとこさ思い出した。第一、駐車スペースが十分じゃないところに押し込むのは、土台無理なやつだった。

「カウンタックリバース、いきなりは、無理だよな、そりゃ……」

 頭に手をやって掻きながら、啓介の意識はやっと愛車に何割か向かった。時間が惜しかった。

「この辺に路駐じゃ、だめ?」


 きっぱりと首を振られて、しぶしぶ啓介は運転席に滑り込んだ。




     * * *




 啓介が、その部屋に案内されたとき、多分、騒がしかっただろう部屋が一瞬静まった。その家族や、知り合いの中に一人や二人、必ず、彼のファンを誇らしげに宣言する女性がいるのだ。


 彼は、本名だとかいうファーストネームをカタカナ表記にした芸名を持っているのだが、その理由は、彼が漢字を書けないからだだとか、覚えられないからだだとか、まあ、諸説紛々ある。それを証明するかのように、彼はどの番組に呼ばれたとしても、狙ってもできないだろうというほどズレまくるのだが、それが演技というかキャラづくりなのか、それともほんまもんのバカなのかは、ファンの間でも根強い論争を引き起こしているらしい。


 その、外国映画に出てくるトップスターのような容姿。体格がそれなりにいい男たちの中でも頭一つ抜ける長身。すらりと長い脚を、くるぶしがまるごと出る丈のスラックスが強調している。派手なスポーツカーを転がしていると証明するようなドライビングシューズと、薄手でありながら、チェスターフィールドコートを意識した小洒落たデザインの、ロング丈の上着のポケットからはみ出している革グローブの指先。理知的とも茫洋ともとれる不思議な色をたたえた瞳。

 立っているだけで、前後左右、どこから見てもまことに絵になる。


「シンクロナイズ・システムの専門家って居る? 聞きたいことあるんだけど~」

 しかし、しゃべったとたんに魔法がとける。テレビで見るそのままの、どこか抜けている語尾の伸ばし方。どこが主語で、何が述語なのか、明確では決して無いしゃべり方。

 しかし、彼はとても真剣そうな面持ちだった。なるほど、世の女性たちの正気を切り裂くことができそうな雰囲気だ。阿呆そのもののトークと、このギャップがいいのだと聞いたことがある。

「専門家って言ったら」部屋の中を一通り見渡して――「千葉ちゃん?」

 金城が口にした。

「え、私?」

 自分を指した男が千葉という人間なのだろう。ジャケットを羽織ればスーツ姿になるのだろう、カッターシャツの男のほうに向かってつかつかと進むと、いきなり言った。

「棺桶と、可変筐体チェンジャブル・ボディと、どっちが高いの?」

「え、高いって、値段?」

「うん、値段」


 その部屋にいる男たちが、ざわざわと、お互いの持っている知識を確認し合うように、お互いを見ては首を振ったり、肩を小さくすくめたりしたが、啓介はそのことにも、いつものようにきちんと気づくことができなかった。彼にとりついた一つのアイデアが走り出すか、可能性が潰れるまで、ほかのことを気にできない体質だった。

 この集団の中では、システムに一番くわしいだろうと名指しされた千葉は、すがるように金城を見た。金城は助け舟を出そうともしないで、様子見を決め込んでいる。

「多分、消耗品なので、可変筐体ボディが安いかと」

「ボディいくつで、棺桶買えるの?」

 やっとひねり出した答えに、さらに面食らう質問がくる。


 千葉が口を開けたまま、言葉を出せないでいるのを見て、金城は首を振った。


「お金の話なら、えーと、経理の篠ちゃんかな。誰か篠ちゃん呼んできて」

 一人の男が部屋を足早に出ていき、ほどなくして女性を一人連れてもどった。彼女は入るなり、笛ように音をたてて、大きく息を飲んだ。そして、一瞬後、たかだかと高音の悲鳴混じりの声をあげた。

「えっ、うそ、やだ……。きゃーっ何で、きゃー、ケースケ~~~」

 裏返った声が、部屋にこだましたとたん、沈黙の種類が変わった。金庫番、篠崎女史。あなたも、リッパー・ケースケのファンだったんですね。


「ストップ、篠ちゃん。今、緊急事態発生中なんだ。悪いけど、騒ぐのちょっとやめてくれる?」

 金城の笑顔で、篠崎の狂騒が一瞬で収まった。

 すみませんという感じで、きっちり九十度の拝礼をしてから、おもむろに、ここにリッパー・ケースケがいる意味を考えようとしてみたが、さっぱり見当がつかなかった。


「篠崎さん」

 ケースケが自分を呼んだ。もう、今日死んでもいい。

「シンクロナイズ・システムの費用のことなんだけど」

「はいっ」

 相槌と言うには、元気が良すぎる、獲物に食いつく獣のような返事を篠崎はした。周りからざわっと起こった失笑も、啓介には届かない。全くの平常運転で次の質問をする。もちろん、先程、千葉にしたものと同じだ。

「棺桶と、シンクロナイズ・ボディと、どっちが高い?」

「桁が違います。可変筐体は消費財ですし、ある程度、物流量もあって商品として回転するものですから、最近は一体百万切ってきてますね。初期モデルは三百万はしてましたけど。随分安くなりました」

 うんうんと、頷きながら、いつもの調子で説明する。

「車くらいだね。じゃ、箱は一千万ってこと?」

「そこまではあいてないかな。ただ、送受信機単体じゃ売れませんから転送システム込み込みにしたら、超えてきますけど。えーと、一応、耐久消費財なんで、そうですね、箱だけなら一千万切って、九百万台くらいかなぁ、今」

「んじゃ、体十個で箱一つって感じだね。じゃ、やっぱり……、壊すなら、体だよね、うん」

 啓介が物騒な言葉を口にしたので、金城の注意は彼に絞り込まれた。

「ああそう、もう一つ、聞いとかなきゃ。あいあいちゃんっていったっけ、ピンフの三分の一仲間の彼女、生身でも強いの?」

「世間一般の基準からしたら、ま、ゴリラだわね」

 その問いには、金城が即答した。


「じゃ、ピンフでもいいし、上官さんでもいいんで、可動官舎あっちにいる人が、あいあいちゃん殺せば、状況ちょっとマシにならない? 腹減ってて力はちょいと入らないかもしんないけどさ~、前線げんばに出てくる甲斐性もない人さらいどもなら、蹴散らせるんじゃない~?」


「はい?」

 金城が今度は素っ頓狂な声色になって、聞き返した。

「どういう……?」


 にっこりとケースケが言った。

「俺、初めてピンフとシンクロイド・クライミングでデナリ(マッキンリー)に行ったときさ~、業者に聞いたんだよね。俺が力尽きてギブアップしたときは、体は勝手に基地まで戻ってくるけど、滑落とかして体が壊れたらどーなるのかね~。ほらあ、仕事に穴開けるわけにゃ、いかないじゃん。

 ハードトラブル発生時は、いかなる場合でも、本人が通常状態に戻るだけだって言ってたよ。脳ミソが別のところにいるって錯覚するよう仕向けてるだけだから。もっとも、状況によっては、ものすげー痛みを味わわされるから、筐体ボディは壊さないほうが、ご自身のためなので、危なくなったらギブアップ推奨ですよ、ってさ。そりゃあもう、きっぱり明快に。

 システムを動かしてるお偉いさんからから、支配権取り上げるのって、多分、ハードぶっ壊すより難しいだろうなぁって素人は思うわけ。

 ここ、シンクロライドで死んだことあるプロばっかでしょ、ここ~。俺は死んだことないから、実感ないんだけど、すんげー痛くったって、そりゃ幻想で、ほんまもんのダメージじゃないんだよね。だったら、普通に何とか動けるってことなんじゃないの? だったら、システムか端末ぶっ壊せば、彼女、自分に戻れるじゃん? で、体に戻れりゃ、自力で飲み食いできるんじゃないの~?

 ま、俺は死んだことないから、どんな感じなのか、ちょっとわかんないんだけど、サバイバルできるんでしょ、その人。だったら、何がまずいの? 衰弱死より、全然っいいんじゃいの~?


 そりゃあ、まあ、さ、一件落着とはいかないだろうけど、状況、動くと思わない~? それとも、バカな俺なんかじゃ気づけない、深刻なできない理由でもあんの? それなら却下でいいから、この案。

 で、システムの道具ハードを壊すのが手っ取り早いとして、値段が十倍違うなら、壊すのは、筐体ボディで決まりだよね、単純に考えて。で、思考を持ってる機械は人間を害せない。つーことで、手を下すのはピンフか、上官~、はい、決まり」


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