22.トロイの木馬と白雪姫とノロマな勇者
完全にシンクロするには、もう一度棺桶入りしろといういうので、少しの時間を棺桶に入った。出て来ると、迫神のここへの出入り口は、保志の執務室にある。
「保志さん……」
「……お帰り」
保志のスカした顔は、絶対に、セレとあいあいのやったことを知っている。その通りかもしれないが、そこまでお膳立てしないと、女一人抱かずに終わってしまうと思われているらしいところが情けない。まあ、照れ臭いが、知らぬふりをしてくれているのなら別に自分から言う必要はない。自分だって少しは学習するのだ。
「ジョリー・ロジャーからコンタクトありますか?」
「……ねぇ。まずいな。あいつらが交渉してくると思い込んでたが……もしかして、交渉らしきものはするつもりがなくて、条件提示はあれっこっきりにするつもりかもしれないな」
「……というと?」
正面モニターには、例のどうみても髑髏ではなくて、スマイルマークに見える、口紅で書かれていたメッセージが映っている。
「手を出すな……だけだ。で、俺たちがちょっかいをかけたら、別に態々向こうは手をかけるまでもない。どっか見つからないところにあれを放置しとくだけでいい。亜衣里の棺桶は、そのままホンモノの棺桶にドロン」
「……金城さんからは、何か連絡入ってますか?」
「ああ、誘拐っつうのはな……、金城女史によると……だ」
保志は椅子を座面ごと回転させて、迫神を睨み付ける様な瞳でひたと射抜いた。
「犯人に何か交渉してくる意志があるときだけ……、どうにかできる場合があるって程度の犯行らしい。日本の場合、容疑者の検挙率は高いけど……被害者の死亡率もついでに高いらしい。もしかして、交渉下手な国民性だから……ヤケになりやすいのかな……」
「まあ、拉致監禁とか自体が目的だと……辛いでしょうね」
「一応、アレでかいからな、運び出されるところは目撃者がいたみたいだ」
「……どうやって?」
「普通に梱包して、台車に立てかけてごろごろやってたらしい。エントランスですれ違ってる人がいたらしくて、大きな荷物だなって思ったそうだ。知らない顔だったので挨拶とか別にしなかったらしいけど、普通の軽トラにつんでったんで、「大変そうだな」って思っただけだそうだ」
「それだけなんですか、あんなデカイもんなのに」
「まあ、梱包されてたら、家具と棺桶は区別付かないのかもな。よく考えりゃ、丁度食器棚とかソファぐらいのデカさだろう……?」
迫神が腕を組む。
「鍵は?」
「あいあいのところは電子キーだ。その手のプロなら破れるんじゃないのか?」
迫神が苦い顔になった。
「とにかく、向こうから接触がないと、多分追えないと言ってた。下手したら局面が動かないまま、なし崩し的に終わってしまうかも……だとさ。現場の人の勘は当たるから怖いんだよな……」
「まだ……待ちですか?」
迫神が聞く。
「それ以外にどうできる?」
保志も聞く。
二人の男たちは難しい顔でお互いの顔を見つめ合った。
「半六、お前シンクロライドで遭難死以外に殺されたことあったっけ?」
「……え? いや、まだですけど」
「おそろいにしないか?」
保志がニヤっと笑った。迫神は背中の毛がゾクッと泡立つ気がした。
「おそろいって……どっかで死んでこいって、そういうことですか?」
「ああ、お前トロイの木馬って知ってるか?」
「トロイの木馬……。コンピュータウィルスの?」
「馬鹿、そっちじゃなくて、その名前のもともとの由来になったギリシャ神話の方」
迫神はちょっとだけ考える。確か、でっかい木馬を作って兵士だかなんだかを潜ませて、敵自身に城内に運んでもらって、あとはキタナイ不意打ちという……話だったか?
* * *
トロイの木馬についての覚書
知らない人間も万が一あるかもと思いますんで、またもや、一応説明させていただきやす。トロイア戦争っつーのが、ごっつい大昔ありましてん。そんころの時の大国ギリシャ様とアッテカ方言でトロイア、イオリア方言でイーリアスとよばれた一都市様どうしで戦争しはってたんやと。
だけどなぁ、キモがありましてん。この戦、神託によって最初からギリシャの勝つって予言たということや。そんでな、神託、「こ~んなふうになったとき」いう条件が三つ書いてあったんやと。
どっちかつーと、腕っぷし命のギリシャ神話の英雄たちの中でも、知力に長けてるって言われとったオデュッセウスという有名な御仁おるんや。こんお人が、このトロイの木馬作戦を立てたそうや。
でっかい木馬を作って中に兵士を潜ませておいて、それごと守りが堅い敵(イーリオス市)の城壁の中へ入れてもらって、戦勝祝いで酔っぱらうのを待ってから躍り出て、虐殺しちまおうぜ~、という古代にしたって、ご都合主義満載の仕掛けですわ。巨大木馬、普通に残していかれても、えいさほいさと、運び込みますかいな、ふつーなら、そのまま燃やして終いや。
敵に勝利を確信させるために、命懸けでミスリード作戦に携わったシノーンさんいう男がいたからって言われてもですよ、どう考えたって、今まで闘ってた敵さんがいきなり消えて、変わりにでっかい木馬が湧いて出てたら、疑いますやん。だれだって。ほんま、けったいな話や…
* * *
「それがどうかしたんですか?」
「つまり、お前がさ……、イットリウム輸送船のコンテナに潜むかなんかして、シンクロイドは、生存環境なくてもどうにかなるし……、やってきたジョリー・ロジャーに盗んでいただいて、あいあいのところまで運んでもらうの……」
「……それ、本気で言ってます?」
迫神が呆れた。
「まず、やつらのやりようは抜き荷です。全部のコンテナに潜むなんてできません」
「そうだけど、奴らは今回はちょっと業突張りにたくさん欲しがると思うんだ。奴らが輸送船を開けたとき、コンテナがちっとしかなかったら……根こそぎにしていかない?」
「普通は、輸送船の中がガラガラだったら、コンテナの中身を怪しむと思いますけど?」
保志がぽりぽりと頭を掻いた。
「それに……あいあいがいるところに輸送される可能性はゼロより低いと思いますけどね」
「……でも、ジョリー・ロジャー本人だか、その仲間のとこまでいけたら、迫神君なら直接そいつら締め上げて、あいあいのところまで案内させるぐらい、できない?」
「……ご都合主義が全部主人公に味方するのは、昔話かおとぎ話しかないんですよ」
保志が首を捻る。
「そうかな? 物語なんて、そんなのばっかじゃないかな。大体、幸せを堪能できる種類の人間って、人生そのものがご都合主義だし……」
「何ですかそれ」
保志はちょっとだけ照れるようなそぶりを見せてから言った。
「お前、三分の一なんかに参加したとき、もう一人の物好きとできちゃうと思ってた?」
どういう直截表現なんだと、迫神は呆れる。
「こんなときだから白状するけど、俺はジョリー・ロジャーをトッ捕まえるのに時間が欲しかった。五年か十年の延長を勝ち取ればそれでいい。だから、お前ら二人じゃなくてもよかった。もうちょっと無能で、役立たずで、床磨きしかできないやつだとしても、俺は感謝したと思う。俺にとっては、よりによってお前とあいあいが来てくれたこと自体が十分に、ご都合主義展開なんだ」
迫神は自分たちも自分たちの都合だけでこの三分の一に関わることを受け入れたのだけれど、保志は四十五の若すぎる定年を拒否するためだけに三分の一を受け入れたのか。とすると、自己中心野郎は自分だけじゃなくて、保志も結局自分の都合だけでこの道を選択したのだということになる。
三分の一なんて、結局、三人が自分だけの都合で、勝手に自分が主人公の人生を続けてただけなんじゃないか。
「私も白状すると……宇宙にタダで来てみたかった……だけなんですけど」
あいあいの声が聞こえて、迫神は振り返った。
「白雪姫よろしく、棺桶の中に入ってる見知らぬ女を、若くて綺麗で腐る前だからって、マウスツーマウスのキスができるようなヘンタイ野郎なのに、王子様だってだけで好きになる人生に憧れてたはずなのに……」
「あいあい、それ……おとぎ話の解釈として変じゃない?」
「だって……迫神さん、保志総司官。普通の男の人って、美人で抵抗しないからって、初対面の人の棺桶暴いてキスしますか?」
迫神が首をふる。
「俺は無理かな……」
保志が頷く。
「しない……」
にっこりとあいあいが笑った。
「でしょ。だけど、白雪姫は幸せになるみたいだし……。でもね、グリム童話のオリジナル王子様、キスはしないんです」
なんかこんな悠長な会話をしている場合じゃないと思いつつ、迫神はあいあいの話の先がしりたかった。
「もっとすごいんですよ。『死体でもいいからください』って小人さんに棺桶ごともらっちゃうんです」
「……そいつ、絶対悪いことするつもりだったな」
保志が腕組みをして何度も頷いた。
「屍姦って2004年にアーノルド・シュワルツネェッガー知事が禁止したのが、法に載ってきたそもそもの事始めだったかな」
「そうそう。日本じゃ罪じゃないですけどね。大体火葬にするところじゃ、あんまりないんです。でも、どう考えても肉体がそこにあるからって、やっちゃう感性って分かんないけどな」
二人の法曹のマニアックな会話に、亜衣里は笑いだした。
「それでです。死体相手にやるのって、相手絶対抵抗しないじゃないですか。その王子様、死体でいいから欲しがるところなんか、絶対に確信犯なんですよ。「死体でも」じゃなくて、「死体が」いいんです。あの人。絶対にママが怖いタイプですよ」
「……あいあい、お前そこまで冷静に馬鹿にしてて、それであの部屋作り上げるわけ?」
迫神に「お前」扱いされて、あいあいはちょっとだけ引っ掛かった。男ってこれだ。一回やっただけ、しかもレイプされた側の癖して、もう、女が自分のものだって勘違いしている。
「だけど、運んでるときに、家来がけっつまづいて、棺桶落っことして、喉に詰まってたりんごがぽろり。彼女生き返っちゃうんですよね。王子様にしたら大誤算ですよ。だけど、欲しい言ってしまった手前、仕方ないから結婚したと。昔の貴族って、別に奥さん一人じゃないですからね。死んでる方がよかったけど、生きててもまあ、仕方ないかって」
「何だよそれ。全然潤いない話だな。どういう教訓だ?」
保志が言うと、亜衣里はいたずらっぽく続けた。
「昔話には教訓なんかないんです。あるのは、しっちゃかめっちゃかでいいかげんな話。だけど出て来る人間みんな自分に素直なんです。だから、魅力的なんですよねぇ」
「どこが?」
「自分より綺麗なのが気に入らなきゃ、実の娘だって殺そうとする。お金もらって殺人を引き受けながら、殺したくないからって動物の肝を出して知らん顔を決めこむ。白雪姫ってすごく懲りない馬鹿で、どんなに小人に諫められてもすぐ簡単に罠にはまっちゃうし、白雪姫は、自分の結婚式で自分を殺そうとした実のママに、焼けた鉄の靴を履かせて死ぬまで踊らせる……最低なんだけど、やりたい放題してるの」
「そんな殺伐とした楽しみ方してたわけ? お姫様が好きな女の子だったんでしょ? 金城さんによると……」
「お姫様ごっこは今も好きよ。でも、どこの世界に、ごっこってわかってるのに、現実と勘違いする大人がいるのよ。私だってそのくらい、分かってるのよ、本当は。私が可愛くなるのなんて、現実世界では不可能だって。でも、自分の妄想世界まで、世間様にはばかったり、許可を求める必要なんかないじゃない、誰にも迷惑かけるでなし……」
迫神は、同じ部屋に保志がいるのが恨めしかった。もし、二人だけなら、俺は少なくとも、可愛いと思ってるけど、ということをきちんと伝えたんじゃないかと思う。
亜衣里の顔色が悪い。そっと指を伸ばし、迫神は亜衣里の首筋に指を添えた。ふれると熱っぽい。
「……あいあい、頭痛いとか、そういうのは?」
「ちょっとだけ……。まだ大丈夫……だと思う」
保志は少しだけ安心して、先を急いだ。
「で、この話の流れで、あいあいは何が言いたいんだ?」
「私も自分のご都合主義の人生生きてるんです。それで、私としては、金城さんに起こされるのはそろそろ飽きてるので、迫神さんに……起こしにきてもらいたいなぁって。ほら、白雪姫のディズニー・バージョンです。王子様と白雪姫はかつて出会ってたっていう、無茶振りストーリーを挟んで、知らない女の死体にいきなり欲情するっていう身も蓋もないストーリーに修正かけようとした、あれのほう。私は王子様を知ってるし、丁度棺桶に入ってるし、キッスで目覚めない理由はないでしょ」
迫神はその無茶な理論に立ちくらみがしそうだった。もしかして、啓介とタメをはる馬鹿なんじゃないか……あいあいってのは。だったら、まずい、自分は絶対に勝てない。
「俺に王子様役は、かなり無理なんじゃないかと……」
気弱にも、手近なところから亜衣里の妄想ストーリーを切り崩しにかかってみた。
「そこは、妄想でカバーしますから、ご心配なく」
亜衣里は一刀両断した。
「保志総司官は、トロイの木馬のオデュッセイアになって、歴戦の勇者をコンテナに閉じ込めてジョリー・ロジャーを逮捕するって、そういう絵空事の主人公に、迫神さんをキャスティングしたいんでしょう?」
「別に、迫神にこだわらなくてもいいんだけど、結局この三人の中では半六の役所だと思うんだけど。もうここまできたら、それしかないかなって思ったりね……。まあ、何もしないより、ましかなって……その程度なんだけど」
「だから、保志さん、あいあい、こっちは勇者じゃないし……」
あいあいも、結局、破れかぶれの一か八か、リスクばかりの保志作戦を支持してるということかと思うと、迫神は頭が痛くなった。
「迫神さんは……なんで三分の一に応募したんですか?」
亜衣里がいきなり話題を変えた。ここにもう一つのおとぎ話を仕込めたら、完璧なのだろう。
「日常の隙間に非日常が挟まるのが……凄く好きだから。普通の生活をしながら、変なこともしてみたかった。息抜きっていうか……何というか……。面白みがない答えでごめん……」
とたん、保志と亜衣里が爆笑した。
「おもしれーっ。非日常が挟まるのが好きって、まさにトロイの木馬に入るに相応しい」
「迫神さん、そのとんでもない理由、宇宙に行ってみたかったってだけの私より随分いっちゃってますっ」
二人に笑われて……迫神は逆に途方にくれる。
「木馬……木馬……、世界はご都合主義で回っている」
「王子様……王子様、最高のキャラはもちろんお姫様」
ということは……勢いと、勢いと、勢いだけに押されて、イットリウム輸送船のコンテナの中で、計画どおり盗まれて、ジョリー・ロジャーをどついて、あいあい姫の棺桶までたどりついて……、そんなうまくいくのか?
「まあ、ほら、迫神さん、シンクロライドで行くんだから、死んでも痛いだけだし。迫神さんだけ殺された経験ないっていうの……ズルいし」
「……あいあい。あのね……」
保志も言う。
「一応金城さんの方も、宇宙人は桜田門を舐めるな宣言してたから、逮捕するまで追及やめないだろうし……」
亜衣里が付け足した。
「時間切れになったとしても……多分、絶対に諦めないで探してくれると思う。それだけは分かる。だから、私も……迫神さんに探してもらいたい……かな。だめ?」
「トロイの王子様……拝命しました」
仕方なく、相変わらず慣れない敬礼を迫神はした。
「自己中心野郎の三分の一ずつだけど……ハッピーエンド……いけると思う?」
迫神の了承を勝ち取った後で、今更ながら、亜衣里が保志に向かって聞いた。
「まあ、取りあえず、できることをやってみようか。セレ……聞いてるだろ? 歌と踊りの後は、演技だとさ……」
「マンライクを演じているオイラには、そんなん目新しいことじゃないけど、それよりオイラが入ると全部足して一と三分の一になっちゃわない? オイラ入れて要素を複雑にするより、シンプルな方がマシなんじゃない?」
保志が重々しく言った。
「何を今更……。どうせ人生なんてもんは、常に複雑怪奇だ……」
* * *
迫神は亜衣里のリクエストにより、彼女の身体をしっかりと抱き上げて静かに廊下を歩いていた。
「……これ、癖になる。こういうの、憧れてたのよね……」
楽しそうにクスクスと笑っている。認めたくはないが、亜衣里の消耗は目に見えてきている。心配をかけまいとして、明るくふるまっているのがいじらしい。迫神はかける言葉がうまく見繕えない。
「これ……東京でも……できる?」
亜衣里の方が話題を見つけた。
「……自信はないけど……鍛えればなんとか……」
「……じゃ、約束して」
亜衣里はそのまま迫神の胸に顔を押しつけた。
「この物語の最終シーンは、絶対に結婚式で……SATの連中が見てる前で、三歩は歩くこと。プラスドレスの重量だけど……絶対だからね」
「ま……何とかなったら……な」
「なんとか……して」
「がんばります」
亜衣里の棺桶部屋まで辿り着く。
「ね……迫神さん。シミュレーションしよう」
「何の……」
「金城チームより先に、私の棺桶見つけて、もちろんキスで起こすってアレの」
「……分かった」
もう、ここまできたら、能天気に信じきって、できることをできるかぎりやることで、幸運を鷲掴みにして無理に逮捕する以外、ハッピーエンドに至る道はありそうもない。
迫神は両手が塞がっていたので、足で蹴飛ばして、シンクロナイザ・レシーバーのスイッチを押して蓋を開けると、そこに亜衣里を静かに下ろした。
「……信じてる……からね」
亜衣里は、迫神の頭をがっしりと押さえると、その唇に、何かを奪うような勢いで食いついた。
「無味無臭……。でも……悪くない」
長い口づけのあと、亜衣里はぼっそりと言った。迫神は仕方なしに呟いた。
「生身な俺も楽しみにしててくれ」
亜衣里は横たわって目を閉じた。
「物語のエンドは、めでたし、めでたし……よね」
「まあ、がんばります……」
今度は迫神の方が、亜衣里の唇に深く自分のそれを重ねるのだった。




