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21.黄色に注意

「ろくちゃんの家からとは、考えたね、半六ちゃん。もし、向こうが見てても、保志さんの家から誰かがライドしたとしても、いつもの家族訪問で、まさか半六ちゃんだとは思わないだろうしね」

 耳元でセレの声がする。


 迫神は棺桶に横たわり、自分の今の状態全てが分析されていくのを待っていた。シンクロイドから下りるときは簡単だけれど、乗るのには時間がある程度かかる。データを読み取るのにまず時間がかかり、それから膨大なデータを転送するのに掛かり、その後、可変筐体が変形する時間もかかるから、飛閃にアバタドライブするような手軽さはない。


「会話、盗聴されてたりしないの?」

「多分データを監視してるだけだと思う。盗聴されてたら、ジョリー・ロジャーだって、東京の官舎に半六ちゃんの身体があるって思わないでしょ? あいあいの方を見に行くって大急ぎで帰ったんだから」

「……。まあ、いい方に信じるしかないか……。あいあいは?」

「頑張ってるけど、ちょっと弱ってきてる。お茶一杯飲んでこなかったのは、失敗だったってぶつぶついって、たまにお腹すいたーっとか叫ぶぐらいの元気はあるよ」

「意識ははっきりしてるんだな」

「……お腹すいたって言わなくなったら……脱水が進んでるってことだから……。まだ大丈夫かな……」

 迫神は少しだけほっとする。同時にお腹がすいても、喉が渇いても、何もできないあいあいが不憫でならなかった。代われるものなら代わりたいぐらいだ。


「そのオイラっていうの……穣太さんの口癖だったんだな……」

 ふと思い立って迫神が言う。

「うん、なんかしょーもないアニメに出て来るキャラクターが使ってた一人称らしいんだ。そんな言葉づかいするなって、ろくちゃんがガキのころの穣太さん叱ったらしくてね、それ以来、穣太さん、ろくちゃんの前でだけ、絶対に一人称オイラだよ」

 親子の対立というにはくだらない。それも保志らしいと迫神はほほえましい。


「まったく、穣太さんとろくちゃんは徹底的に合わないみたいだけど、だからって家族だよ。美耶子先生が忙しくて、料理作りに来れないとき、ここにきて料理していくのは穣太さんだからね……」

「あ、……そうなんだ」

「美耶子さんから頼まれたときに無視すると、お小遣い不払いの刑が待ってるからってだけで、オヤジさんに料理作りに来ないでしょ、普通の子は。あんなだけど一種試験持ちだしね、まあ、日本語的に言うところの、よくできてるほうなんじゃない? トンビとトンビだからトンビの子。タカとタカの子はタカ。そんな感じかな。でも、穣太さんは死んでもろくちゃんに、こっちにライドしてきてるの知られたくないっていうから、それでオイラが穣太さんの帰った後、アバタドライブするようになったわけ。穣太さんがふらふらしてるとこ見つかっても、『セレか』で済むじゃん。ああそう、ろくちゃんにバラしたら、オイラ基盤に砂糖液突っ込まれるらしいから、絶対にこのことだまっててよね、半六ちゃん」


 くくくっと迫神は笑いたくなった。同じ身体を使っている関係で、迫神はセレと直接会ったことがない。だから実際のセレというのが、どんなふうなTAIなのか聞いたことがあった。保志はセレのことを、「たまに料理をしながら、歌って踊ってやがる。狂ったんじゃないかって思うだろ? 第一、不気味だ」、と言っていた記憶がある。多分そのときの歌って踊れる召使サーバントは、セレではなく穣太さんだったのだろう。

 一風変わってるけど、保志さんところはいい家族だ。自分も啓介や保志さんのところのように自分を大切に思ってくれる人を、大切にしていく当たり前の関係を、あいあいと作ることができるのだろうか。


 棺桶から出ると、身体が浮かぶような感触があった。


「あれ……」


 全体的にいろいろなものが雑然として浮きまくっている。


「ああ、ろくちゃんが、あいあいの身体に負担が少なくなる様にって重力弱くしたから。あんまりいろんなもの固定してなかったから、後で片付け大変だけど、そんなんあいあいにやらせりゃいいだって。半六ちゃんも手伝ってやんなね」

「そうするよ……。あいあいはどこ? 保志さんとこ?」

「ううん、なんか、普通に食べたり飲んだりしてるの見ると腹立つからって、あいあいの部屋。ろくちゃんは、ジョリー・ロジャーが犯行予告をしてくるはずだから、それまで休むって寝てる」

「……冷静な判断だな」

「まあ、食べてたっていっても、ろくちゃんが、あんなもん人間の食いもんじゃないって普段毛嫌いしてる、高カロリーエネルギー補充ゼリーだけどね」

「……食べて飲んで眠ってって、ちゃんとやらないと壊れちまう。人間は不便だな」

「……でもいやいやしなくて済むように、全部気持ちいいんだから、いいじゃん」

「違いない……」


 素直に笑った迫神に、セレの声が聞こえた。

「ね……半六ちゃん。やっぱりあなたってどっか鈍いんだよね。何か、変だと思わないの?」

「何が……」

「オイラの声……どこから聞こえてる?」

「……耳元……?」

「どうしてだと思う?」

 スキャナに入ってから、シンクロライドに移行するまでの間、珍しくずっとしゃべっていたから、耳元でセレの声が聞こえ続けてることに、何の違和感もなかったのだが、よく考えるとおかしい。棺桶から出た直後から、壁に埋めてあるスピーカーから聞こえる遠い声としゃべることになるはずだ。

 立ち止まって考えようとするのだが、足は勝手に進む。低重力とはいえ、奇怪しい。考えようとするのだが、セレがうるさくて考えられない。


「ねぇ……半六ちゃん。あいあいのこと……好き?」

 ぶっと迫神は噴き出しそうになった。どうしてどいつもこいつも、あいあいが死ぬかもしれない、ジョリー・ロジャーが動いてくれないと何もできないだろうって、この状態で、そんなことばっかり気にするんだ。

 そんなのは、あいあいをちゃんと取り戻してからゆっくりやればいいじゃないか。


「それがどうした?」

「まあさ、その、最初っから勃ってるぐらいだから、キライじゃないとは思うんだけど、ろくちゃんは、そんなの男の生理で好き嫌いとは関係ないって言うし」

 最初から勃ってたというその表現に、文句はあるが否定はできない。セレは自分の身体の状態は全部把握している。どうなっているかを全部。

「だから何だ?」

 腹が立つ。指摘されて嬉しいことではこれっぽっちもない。あのときのあれは、男の生理で、好き嫌いとは全然関係ない。


「一応不合意の上に行為を強制するのは、犯罪だろうからさ」

「……セレ、どういう意味だ?」

「半六ちゃんの転送、実は完了してないんだよねぇ……」

「はぁ?」

 転送が完了していないということは、普通に考えたら、動けないということじゃないのか? 迫神は思い切り混乱した。大体、だったらなんで蓋が開くんだ? 普通に有り得ないと思う。

「で、何の機能を排除したかっつうと、運動機能なんだけどね……」

「今、歩いてるが」

「半六ちゃんの思い通りに?」

「若干違和感がある……気がするけど、それってこの低重力のせいじゃないのか?」

「まあ、それもあると思うけど……。今半六ちゃんの身体をコントロールしてるの、実はオイラなんだ。ゴメンネ。飛閃ドライブのときの逆バージョン?」


 立ち止まろうとしたが、なぜか歩くのが止まらない。

「どういう意味だ、こら、セレちゃんと説明しろ」




     * * *




 遥か彼方の地球、東京にある保志邸では、シンクロライド・システムの実行監視装置のいわゆる黄色ゲージ……すなわち、受信監視装置のシンクロイド率を示すゲージが、いつまでも振り切れないまま止まっていた。それに気付いた穣太が仕切りに首を傾げていた。


 朝一でクライアントとアポイントがあるとかで、母親は、ツバメの対応を任せると抜かして、さっさとでかけてしまった。三分どころか三十分待たせて到着した、見たことがあるような気がする男は、なれた手付きで操作して――つまり、何度も自分で操作してライドしているってことだ――向こうで動きだすのを見届けようとしていた。一応、我が家だし、腐っても母親だ。見ず知らずの他人がいつ戻ってくるか分からない状態で、ほいほいと出かけるのは躊躇ためらわれた。

 せめて、向こうで活動開始したのを見届けてから、自分も出かけようと思っていたのだが、どうにも監視装置がおかしい。

 向こうの棺桶はオープンになっていることはモニターで分かる。ということは、転送は完全になされたことになる。棺桶の中からぶつくさしゃべるのが聞こえて来るのは、多分、寝言に違いないが、それがそもそも怪しい。普通向こうに完全シンクロすれば、こっちの身体が動くことはない。なぜなら、行動しようという意志が送り出す信号は、ぜんぶあっちに転送されてしまうからだ。


 何か中でごそごそやっているような気もするが、うん、……単にモニター表示がずれているだけかもしれないが、このごそごそとうごめくのは、ちょっとシステムとしては、いただけない状態な気がする。

 まあ、万が一、本体の不調だったとしても、乗ってるのが自分と美耶子でなければ、問題はない。でも、次に使うのは自分かもしれないのだ。本格的な不具合なら困ると思う。こんなのでは危なっかしくて使う気になれない。


「あとで、オマルに電話して、メンテの人に来てもらっとけって、言っといたほうがいいかな……」


 ぶつぶつとひとり言をいって、そのままサンダルを突っかけて出掛けていこうとした。と、玄関を出るなり、家の前にごっついカッコいいことだけは確かな――古くさいのだか未来くさいのかよく分からない――真っ赤な車が止まっているのが見えた。少し驚いた。しかも、乗っている男が自分を見とめてサングラスを跳ね上げた。あの顔は……。


――リッパー・ケースケ? うちの前に? ……ははは、まさかね。


 車のドアが、予想を裏切って跳ね上がった。昆虫が硬質な羽根を立てたような、奇っ怪なフォルムになった。


「アンタのこと送れって言われてるタクシーだ。行き先はどちら?」

 リッパー・ケースケと瓜二つの……瓜二つの本人が、穣太に言った。




     * * *




「ちょっと待て、どういうことだ……これ」

 あいあいの棺桶部屋にまっすぐ至ると、自分はドアを開ける。開けたいのは自分じゃない。まあ、あいあいに会いたかったし、ここに直行するつもりでもいた。何も不思議も問題もない。……けど、俺は今は立ち止まって、セレとちゃんと話したい。

「……迫神……さん。お帰りなさい……」

 あいあいの顔色はますます悪い。迫神ははっと胸をつかれるようだった。あいあいに向かって歩くのはこれは自分の意志だろうか。それともセレの意志?


「セレ……やってくれた?」

「あいあいのご注文じゃ、オイラ断れない」

 自分の口からセレの声が出る。なんじゃこりゃ。

「ちょっと待て、あいあい、セレ、何を企んでる」

 今度は自分の声で言葉が出てほっとした。

「ごめん、怒るならわたしに怒って。……あのね、迫神さん。……さっき、私のことずっと好きだったって言ってくれたでしょ?」

 あいあいがちょっと微笑んだ。ああ、可愛いなと心から思う。迫神は頷く。これは、多分セレじゃない。


「何もしなくても可愛いって……いったよね。これ言質とったってつもりじゃないんだけど、声小さかったから、単に確認」

「言ったよ。それがどうした? いつからか知らないけど、惹かれてたみたいだ。ずっと気になってた。俺みたいな冴えない男じゃ、君みたいな若い子の眼中にはないだろうと思ってたから、好きだということをちゃんと気が付く前に、諦めてたみたいだ。こういう間抜けだけど……ちゃんと気が付いた。だからもう迷わないし、わりとこれでいて、しつこい方だと思う。あいあいが振り向いてくれるまで結構つきまとうかもしれないよ……。鬱陶しいと思うけど諦めて……うわっ」

 あいあいが飛んだ。低重力だから、軽く蹴るだけで済むんだろうけど、かっとんできた亜衣里にいきなり抱きつかれて、彼女の重量が重量ゆえにがっつりと受け止めるほどの甲斐性はない。迫神は彼女を抱きかかえる姿勢になって、そのまま二人で飛んだ。


「……抱いて」

「はあ?」

 耳元でささやかれて、迫神は間抜けた声をだした。

「体力消耗するようなことは、一切禁止だろうが。金城さんにも言われたはずだ」

「……それなのよ。頑張って、頑張って、頑張って何もしないで七十二時間かかって死ぬのって、私の趣味じゃないのよねぇ。普段から、死ぬときは一気って決めてるの。昨日のは下手を打っちゃって、じわじわ死んで、マジにしんどかった……」

「あいあい、金城さんを信じて。絶対に君を見つけてくれる」

「……死んでから見つかる確率だって、今のところどう考えても五割越えると思うのよ。私は……。くやしいけど、こういうことに関しては楽観主義になれないの」

「……というと?」

「脱水症状が進んで、意識混濁したらオシマイでしょ」

 当たり前だが、人の生死を間近でみるような仕事をしているだけあって、あいあいには楽観など紛れ込むことはなさそうだ。


 それでも迫神は言い募った。

「……信じろ。俺を信じろなんて言えないけど、金城さんのことは信用できるんだろう? それに、信じることで強く信じることで、願いというのはきっと力になる」


 いかにもケッという勢いで、亜衣里は鼻先で嗤い飛ばした。


「わたしはずっと信じようとしたけど……小さくも可愛くもなれなかったわ」

「……大きくて豪華なのもいいじゃないか。可愛いのは主観であって、絶対尺度があるもんじゃないし……。少なくとも、俺はあい」

 あいあいの口づけで、迫神のゴタクは塞がれた。


 自分の手が勝手に亜衣里をまさぐる。そのなんともいえない手触りについ陶酔しそうになる。が、そんな場合ではない。

「やめろ……セレ、勝手なことをするな」

「……セレ、止めたら穣太さんみたいに砂糖液なんて生ぬるいこと言ってないで、意識なくなる前に本体にグレネードランチャーぶち込むわよ」

「アイサー、あいあい。優しくするから、不満があったらちゃんと言ってね」

「大丈夫、初心者だから、上手いも下手も区別付かないから」

 セレが……というか自分が、女の喉に舌を這わせ、手が服の隙間から滑り込んでやわらかい塊を揉みしだく。

 亜衣里が小さく声をあげるのが耳を直撃してくる。真面目に脳味噌が沸騰しそうだ。


「やめろ……俺は……ちゃんと、俺の意志で……生身レアのあいあいを……」

「あのね、迫神さん……。私、意識があるうちにちゃんとあなたを知っておきたい。金城さんたちとか、SITの人たちが私を助けてくれて、生き延びたら、ちゃんとやり直せばいいだろうけど……駄目だったら、こんなところでプラトニックなんて洒落込んだの後悔すると思うわけよ、私。パパ・ママキスしか知らないで死ぬなんて、十代の女の子ならそれも儚げでいいかもしれないけど、私の柄じゃないわ。まあ、どうでもいいのとするのは、ここまで折角持ってるもんだもん、御免被るけど、たまたま好きだっていってくれる、人がいるんだもん。女の経験ぐらいしてみたい……って、人情だと思うわけ。だいたい、私なんかじゃバージンなんて、有り難くもないだろうけど、うまくこの場をしのげたら、結果として二度も楽しめるんだからいいじゃない」

「……え?」

 何を聞いたのか迫神は一瞬把握できなかった。バージンって……まさか。こんなに可愛いのに?


 自分の手がその間も大胆に、けれど乱暴のかけらもない優しさで動く。高ぶっているのに、身体が熱いのに、急ぐこともなく、身勝手でもなく、皮膚と皮膚で会話をするように、彼女の反応を確かめながらすべての肌をなぞるようにたどっていく。

「……いや…」

 亜衣里への入り口に指先がふれる。亜衣里の口からもれた言葉にセレの声がする。

「本当に?」

 表情筋が微笑んでいるのが分かる。目を閉じて、首を振って、亜衣里は自分の裸の胸に顔を押しつけて来た。

「……やめないで。お願い」

 やばいぐらいに……可愛い。


「……アイサー……あいあい……」

 指が深く女に刺さると、肉の襞が締めつけて来るのがわかった。

「力……ぬいて。怖くないから」


 腕の中できつく目を閉じた亜衣里がこくんと頷いた。くそ。


――セレ……お前、そのセリフ……せめて俺の声で出してくれ……。


「おい……セレ……お前、やけに……うまくないか?」

 時間をかけて女の身体をほぐし、開かせる。迫神の身体の下で、女の肌が上気し薄桃色に色づく。凄絶なまでに色っぽく声をもらし、ときに、狂いそうになる声を押しとどめるようにもだえる。どんなに触れていても、もっと触れたいという気持ちをとどめることはできない。


 自分だったらどんなふうにしただろう。ふと、どこかにいる冷静な自分が他人事のように考える。自分勝手に、暴走して、何も考えずに身勝手に突き進み、ひたすら押し込むことしかできないかもしれない。セレのやり方は……悔しいが練れている。亜衣里の息が上がる。迫神は胸を噛まれた。痛い。でも痛いのがなんとも癖になりそうだ。

 止めさせるために押さえつけて唇を口づけでふさいだ。熱い。考える力が全部とろけてしまう。ただどこまでもいくことしか思い浮かばない。きっと一人でやっていたらとっくに一回戦終了してるに違いない。こいつはなんで、こう粘っこいというか、何というか。そう、初々しさが足りない。自分もセレに翻弄されているようだ。


 苦しそうに眉をしかめ、目をきつく閉じて唇をかみしめて耐えている亜衣里を開き、中に男を沈める。自分かセレかどちらか分からない男が、締めつけられることで高まる快感に責められていた。もっと奥を求めて動くと、亜衣里が小さく喘いだ。


 耳元もとで……、もしかしたら鼓膜付近に直接なのか冷めた声がする。

「……まあ、情報元が……あれだし」

――げ……まさか、保志ご夫妻?


 亜衣里の中で激しく動いている自分がいた。全身の熱が背筋に集まって、一点に絞られていくのがわかる。

「あいあい、そろそろ……いきたい?」

 首に縋り付く様につかまって、何かに耐えていた亜衣里が、こっくりと頷くのが分かった。

「セレ、てめえ、砂糖液ぶっかけてやる。なんでいちいち確認するんだ?」


「だって、オイラの方は……気持ちいいっての、分かんないんで……加減がちょっと分っかんないんだよね。手順確認は、ほらTAIのサガというか。でも、一々聞いたら興ざめなのかな、半六ちゃん」


――今……聞くな、今……。

 苦しそうな息だけがもれる。あっけらかんと、セレが言った。


「いいなぁ、気持ちいいって、楽しそう。……まったく、人間ってズルいんだよなぁ」


――そういう問題じゃない……たのむ、セレ、いかせてくれ。


 迫神は言いたかったが、亜衣里に聞かれるのは何だか気が引ける。


 激しく女を穿っていながら、手はずっと柔らかな動きを止めない。それからセレが亜衣里の耳たぶをしゃぶりながら、ささやきをねじ込んだ。

「あいあい。可愛いよ……」

 迫神はようやくひと言紛れ込ませることができた。

「……そのくらい、俺に言わせろ……」


 とたん、ぷっと亜衣里が小さく噴き出した。

「やっぱり嫌だ、この音声多重……。ね……このタイミングで……聞くのも変だけと思うけど……私どっちに抱かれてる……の?」

「オイラ……快感の感受性ってないから……やっぱり、半六ちゃんじゃないの? もう、すごいよ彼氏。行きたくてたまらない……みたい。ホントなら、もうもってないと思うなぁ」

「セレ……てめえ……ぶちころす」

「残念でした。命がないものは死にません……、そろそろ半六ちゃんいかせてあげていい? あいあい。もうちょっとイジワルしてもいいけど。決めるのはそっち……」

「いい……もうだめ」


 男の快感は非常にシンプルにできている。その頂点は紛れもなく一つの行為で極まる。頂上はここら辺なのではなく、飽くまで一点だ。いったのか、いかされたのかそんなのはこの際どうでもいい。間違いなく快感の絶頂を感じて――直後、力なく亜衣里の上に崩れ落ちた。激しく息をしながら――この重力なら重くはないだろう――亜衣里の体温を感じる。信じられないほど気持ち良かった。


 一方で、残念なことに一気に冷める。あっちの棺桶の中で自分の生身がどうなっているのか、考えるのも嫌だった。ことが片づいて――あるいはタイムリミットで――身体に帰ったとき……考えたくない。

「お前ら……絶対レイプだからな……これ」

 やっと声を絞り出す。


 しばらく目を閉じて迫神の体温を感じながら余韻に浸っていた亜衣里が、ぱちっと目を開けてしばらく見つめ、それからたまらないというようにくすくすと笑った。

「……ね、これって噂に聞く3Pって……やつ?」

「……あいあい。頼む、怖いこと言わないでくれ」

 亜衣里は迫神の頭を抱きしめた。


「ね……迫神……さん。……絶対に助けてね。あーあ、失敗だったかな、こんなん、却ってあと引いちゃう。私、生身レアの迫神さん食べないで死んだら、ますます思いっきり迷っちゃって成仏できなさそう……。絶対未練残りすぎて化けて出ると思う……」


 迫神は自分の意志で深く亜衣里の唇をすった……のだと思う。どうにも、どこまでが自分で、どこからがセレなのか分からない。

「俺は幽霊はキライなんだ……。刺身でもフルーツでも、生が好きなんだ」

 もう一度くすっと笑ってから、亜衣里は目を閉じた。彼女の腕が確かめるように迫神の背中をたどる。

「ごめん……乱暴して。でも後悔してない」

 亜衣里が愛おしかった。知る前とは好きの色が変化するのを感じていた。


「……死にたく……ない」


 小さくふるえて、亜衣里は迫神の背中に爪を立てた。



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