20.七十二時間
迫神のポケットの中で、携帯が着信音をたてた。控えめな音にしていたけれど、深夜過ぎのせいか、いつもより大きく聞こえた。見ると、啓介からになっていた。まったく、忙しいときに、昼も夜もない芸能人時間で電話を掛けてくるとは非常識な。
と、そう思ってから、三分の一に参加して生活がハードになってから、啓介のとんでもない時間のコールが絶えていたことに気がついた。あんなでも、あんななりに、こっちの体調を気づかってるのかと思うと、なんとなく感謝の気持ちが湧いてくるから不思議だ。
――ピンフっ! 生きてるか?
通話にするなり、ハンズフリーモードでもないのに、啓介のがなり声が聞こえて苦笑する。この時間に電話で生きてるも何もないだろう。「起きてたか?」の間違いなら、いっそのこと、奴らしいというべきだろうか。
「おい、啓介、この時間に電話してきて、その言いぐさはないだろう。死んでないよ」
――知らないのか?
「何を?」
――で、出掛けてたんか? この夜中に……。ひょっとして女のとこ?
夜の外出で、それしか発想力がいかないのはタラシの啓介ならではだが、まあ、あいあいの件で出てることは間違いない。迫神は若干見栄を張った。
「悪いか」
迫神がそういうと、啓介の声は聞こえなくなった。何を言ってるのか聞き取れない。携帯電話を耳に当てると、啓介の声ではなくて、息づかいだけが聞こえた。
「おい、啓介、どうした? ……お前、大丈夫か?」
――馬鹿野郎。心臓が止まると思ったぜ。よかったよ……。二度と会えないかと思った。
大げさな言い方だけれど、ふざけているふうではない。長い付き合いだ。本気の発言か、ふざけているかぐらいは区別がつく。
――俺、お前の彼女に生涯感謝するぜ……。女の代わりなんていくらでも見つかるけど、ピンフの代わりはいねぇからな……。
女の財布で食ってるようなもののくせに、相変わらずのバカ発言だ。
「ちょっとこっちは立て込んでるんだ。生存確認で用件が済んだなら、またことが片づいてからにしてくれないか?」
――彼女のとこだってテレビぐらいあるだろ? ニュースつけろ。俺たまたま、夜中のニュースショーのゲストで来てたんだけどさ、あんまりびっくりしたんで、放送時間中に座ったまま気絶しそうになった。
「……学校占拠事件で新展開でもあったのか?」
仕事部屋の方にはテレビがなかったので、あの、乙女部屋のフリフリクッションが山積みになったソファの前にある小さなティーテーブルの上にあった、マルチリモコンらしきものをひっぱりだして電源を入れてみる。
電源を入れると同時に選択画面になる。ニュース番組や、時事解説の番組ばかりがリストにあって、ちらっと覚悟したようなケースケ追っかけを自称する者のメニューではない。ニュースを選ぶと、ニュースヘッドラインがだだだっと表示される。
最新のものと、今現在の視聴件数が一番高いものと、二列で表示されている。最新のものは、そこそこ動いて、徐々に下に押し流されていくが、視聴件数順の方は、それほどがしがし動かない。一番上が当然、今現在進行している都立小学校の正体不明武装グループによる占拠事件関係だ。
最新順の上の方に、『東京 未確認巨像作業ロボット、公務員官舎を破壊。テロの可能性?!』というタイトルに気付く。
未確認巨像作業ロボット……。その言い方が一般に分かりやすくするために敢えてチョイスされたものだろうけれど、飛閃のようないわゆる巨像型のロボットで、武装はしていずに、土木などの現場で働く、道交法上、特殊作業車扱いになっているマニ=コロのことだろう。
それを選ぶとよく知った風景なのに、どことなくよそ行きの印象になった自分が住んでいる官舎が映しだされた。そして、よりによって自分の部屋辺りのところが完全につぶれてなくなっている。建物にめり込んだ状態で、もう動いていないマニ=コロが彫像のように佇んでいた。ただ、あれが手にした巨大ツルハシの先が、見事に建物を崩したあとが見える。
「これ……。このマニ=コロがつっ込まってるところ、聞くまでもないと思うけどと思うけど、迫神君の部屋?」
画面を見た金城に聞かれ、迫神はやっとのことで頷く。あれじゃあ、もしあそこにいたらひとたまりもなかった。ぞっと背中に冷や汗が伝う。
「あいあいがどれだけ強くても、棺桶にはいってる状態なら無力。抵抗力のない女の身体を人質にとって、武装巨像型特殊車両(マニ=ア=コロ)をドライブして、輸送船を蹴りおとした男の方を、ついでにためらいもなく殺そうとした。卑怯者の典型ってやつ? こんなんが、正義を謳うなんて、ちゃんちゃらおかしいわよね」
金城が吐き捨てる様に言った。
「でも、スマイリー野郎……あなどれないわね。迫神君のとこのTAI、シンクロライドを監視していたのに、実際操作しようとするまで制御権を乗っ取られてたこと、感知できなかったんでしょう、話を聞くと」
「そうなりますね」
「この、マニ=コロ、どう見ても、誰か直接乗ってるんじゃなくて、リモートコントロールされてたって見え見えよね。あなたが、こっちからアバタドライブして、マニ=ア=コロを操作したことも知ってるってことよね。そうじゃなきゃ、武装してないとはいえ、マニ=コロ一台、あんなふうに捨てるような思い切ったことはしなかったはず。迫神君、よっぽど、警戒されたんだねぇ。あんたの命、マニ=コロ一台分だって」
迫神は怖かった。自分が殺されるところを、偶然生き延びたということも、その一つだけれど、なにより、あいあいの身体が、人の命を奪うことに何もためらいがない者の手の内にあるという事実が何よりも怖かった。
初めて生身のあいあいに触れるのが、趣味の悪い隠語でいうところのそれではなく、ホンモノの棺桶になっちまった走査器の中に横たわっているあいあいだなんていうのは、自分が死ぬより我慢ならない。
「私が死んでも、そんなに保険は下りませんけどね。女房子供もいないんで、葬式代が出ればいいかってぐらいしか掛けてないですから……」
「まあ、あいあい女房にする気なら、1億ぐらいは入っておいてやんなさいよ。高給取りの官舎住まいなんだから……そのくらい余裕あるでしょ」
「まだ付き合ってもらってもないのに、結婚後の保険金額まで心配しなくても」
迫神がつい言うと、金城がもう一度迫神の後頭部をど突いた。
「悲しい現実だけど、女には旬っつーもんがあるの。子供欲しかったらある程度急がないと、産むのも育てるのも大変よ。私なんか子供四十七で生んだからね。下手したら、ばあちゃんだよ、これじゃあ。兄弟なんてとんでもないし、成人まで死なないで稼いでられるかも微妙じゃん。子供もまだチビだからママ、ママって可愛いもんだけど、十年後に怒られない自信はないね」
迫神は自分の年を考える。確かに、学生のころとくらべて、年月を重ねただけ人間がマシになっている実感はない。けれど、少なくともあの頃より息が上がるのも早くなったし、随分体力がへたってきているのも間違いようがない。
時間はいつも、待ってくれない。今、レアあいあいを抱きしめるまで、時間が止まっていてくれたらとどんなに願っても、容赦なく時計の針は進んでいく。意識していても、していなくても、時間は立ち止まりはしない。
外が騒がしくなる気配がした。
「SITの連中が着いたみたいだね。どうする? こっちで一緒に棺桶探す? それとも、向こうでのこのこ出てくるスマイリー・ロジャーをどうにかする?」
「出てくる?」
疲労困憊で思考力が落ちてるのか、迫神は金城と同じ速度で考えが回らない。
「分からない? ブツ取りそこなってるんでしょ? だったら、あいあい人質にとって、ブツよこせって言ってるんだよ。結局は。身代金欲しさの誘拐のバリエーションだよ。じゃあ、人質が生きてる時間が交渉期限じゃないか。多分、大甘の甘ちゃんで見積もって、脳の後遺障害が残らないレベルのあいあいを保護できる時間切れが約七十二時間。まあできれば六十時間以内を目標にしたいけど。今までの経過をみれば、向こうがオマルの通信を監視できちゃってるって最悪な状態なのは間違いないでしょ」
――オマルの監視下で…できている。
迫神の背筋は、ぞくっと震えた。
「まあ、宇宙人は宇宙で万能なんだから、向こうに利があって当然。警察通信まで奴らはまだ把握してないだろうし、SATを釘付けしておけば、安全だと思ってる。私も忘れてたぐらいだから、こっちにはSITもあるんだってこと、誘拐事件なら堂々と連中を使えるってこと、多分考えにないでしょう。こっちからも当然、誘拐犯を追いかける。でも、保志総司官のところには、輸送船の監視を停止するようにそのうち要求が行くでしょうね、間違いなく。……迫神君、頭働いてる?」
「……ええ……何とか」
迫神は緊張していてるせいでしゃっきり見えているに過ぎなかったのだろう。どうやら自分が命を拾ったことを目の当たりにして、身体が疲労を思い出したらしい。金城は冷静に迫神を観察しつつ、話を続けた。
「迫神君ができることは、こっちであいあいの棺桶追いかける人たちを手伝うか、向こうで保志総司官に接触してくるはずのジョリー・ロジャーとやらを直接トッ捕まえるか、何もしないか、これだけよ」
「ちゃんとした組織に素人が混ざっても邪魔だと……前にあいあいに言われましたから……。もう一度、どっかで棺桶探して、向こうに行きます」
「……そうね、その方がいいかもしれない。……あいあいがドタバタして消耗しないように言う必要があったから言っちゃったけど、自分が人質に取られてて、しかも何もできないってのは、あの子の性分だと辛いだろうからね。向こうが手詰まりでも、迫神君が傍にいてやってくれるだけで……いいかもしれない」
「……あいあいを……絶対に見つけて……ください。頼みます」
やっとそれだけを口にした迫神の手から、金城は携帯を問答無用で取り上げた。通話がまだ切られていないことを画面で確認すると顔に当てた。
「電話の向こうの誰かさん、迫神君の友達?」
――あ、あなたが俺の恩人の、ピンフの彼女? 随分渋い声だなぁ……。まあピンフは幼女から老婆までだから驚かないけど……。
不必要に明るい声。どっかで聞いたことがあるような気がするけれど、気のせいだろう。
「だれだか知らないけど、あなたの恩人になんかなった覚えないわよ」
――あなたといたからピンフが死ななかったんでしょ。ありがとう、ほんっとにありがとう。俺、一生、感謝します。
緊張感もかけらもない。電話の向こうのこいつは、完全に迫神が無事だったことで何も事件が解決されたかどうなのかということや、今迫神がどういう状況なのかまで、全然考えが及んでいない。多分、間違いなく馬鹿なのだろう。でも、こういう単純な人間は、神経質にいろいろ疑わなくて済むから有り難い。
どう見ても迫神にはインターバルが必要だ。少しの休憩を挟まなくては使い物にならないだろう。
この一連の事件をしかけているジョリー・ロジャーとやらは、なりふり構っていない。保志総司官の憶測が正鵠を射ていたとしたら、そいつは一年以上も状況を観察して、ここが正念場だと一気に仕掛けてきたことになる。
一年待てる狡猾さ。たった一人の戦力を削ぐために、学校占拠などというとんでもないことをやらかせるやつ。捨て駒として、マニ=コロで官舎を破壊するなどという行動に出ることができるやつ。テロップをみれば官舎での死者、重軽傷者は十二人。小学校の占拠事件さえなけば、一週間はぶち抜きでトップ見出しをはれるインパクトがある事件だ。
一つ一つのピースは、臆病にも見えるし、狂人にも思えるが、全体を見るとただの利己主義、目的のためにはどんな手段を取ることもまるでためらわない、方向性を間違った強い意志だけが見えて来る。
けれど……背水の陣を引いたってことは、向こうは余裕がないということかもしれない。一年、資金源を干されるのはつらいだろう。ガタイが大きい組織ほど、ボディーブローよろしく、じわじわと利いてくるだろう。
そうすると、宇宙の辺境に生息しているコソ泥、ジョリー・ロジャーとやらが、昨日から始まる三日間で白黒がつくように勝負を仕掛けてきたのは、逆にいえば、ジョリー・ロジャーがどこの組織のパシリなのかは不明なままだけれど、少なくともそいつを潰せるならば、それを使っているどこぞの資金源を、しばらく絶つことができるということだ。
「車運転できる人だったら、迫神君を迎えに来てくれない。ちょっとエキサイトしすぎたみたいだから、休憩させないと使い物にならないんだけど、まだやる気十分で、ほっとくと休みそうにないのよ。あなた、五時間ほど彼に食事と水分と睡眠とらせるように監督できる?」
――分かりました、たくさん運動したあとで休みが必要なんですね。五時間強制休憩させるくらいできます。今からすぐ営業車で迎えに行くので、場所のデータください。
「了解、よろしく。ってわけで、いい? 迫神君、今の勢いでライドしても、向こうでも邪魔なだけだから、絶対に少し休んでから行動再開しなさい。災害救助と同じと考えて。救助者がついでに遭難されるほど、回りにとって迷惑なことはない。あなたは、今は休むのが最優先事項。いいね。寝すぎて活動できないなんてことないように、あなたの友達に五時間きっちりで起こすようにちゃんと言っといたから、分かった? お友達……なんて言う人か聞かなかったけど、電話の彼氏、営業車で迎えに行くとかいってたから、エントランスに出て待ってればいいと思う。彼、サラリーマン?」
啓介の営業車といえば、おしゃれで格好がいいのがアイドルの義務だとかなんとかいって転がしている、クラシック・スーパーカーのことだ。シリーズ最高台数を出荷したとはいえ、全世界で六百五十七台しか販売されなかった25thアニバーサリーモデルの1989年型ランボルギーニ・カウンタックの復刻版モデルだ。復刻版とはいえ、全部品職人の手作りの、安い家なら二、三は買えそうというくらいのシロモノだ。
――そんな目立つもんで迎えにくるな、馬鹿野郎。
言いたかったけれど、SITの捜査官や、お巡りさんみたいな警察官たちがどやどやとやってきて、車種の注文をつけるために電話をするようなのんきな状態ではなくなってしまった。
事情聴取には、金城が一人いれば十分だろう。捜査の邪魔にならないように一足先に帰ると伝えると、金城も頷いた。
「迫神君……」
歩きだそうとして呼び止められ、迫神は振り返った。金城がすぐにしゃべりださなかったので、ちょっとだけ見つめあう形になった。
「何ですか?」
「スマイリー野郎はそっちに任せるしかないから……、あいあいはこっちに任せて。こっちは最善を尽くすわ……」
あいあいを必ず助けると断言しないところに、非情な現場の人だった彼女の歩んできた道が見える。助けるといつも必ず言い切りたい。でも、命が助かることばかりではないのだろう、実際に。
「……はい。お願いします」
本当は、金城は、こう言おうかと思ったのだ。
六十時間経過しても、事態が何も動かなかったら、意識があるうちにあいあいを抱いてやれと。偽物の身体同士でも、まったく知ることがなく終わるより、あいあいにとっても、迫神にとっても悔いが残らないだろうからと。
でも、そんなエンディングなんか見たくもない。ウェデングドレスを着たあいあいを抱き上げるように囃し立てて、見事にコケようものなら迫神をこき下ろし、からかい倒すほうが楽しいにきまっている。心からの祝福を、二人に渡したいじゃないか。最後に、せめても、なんてのは、今から敗北を予言するようなものだ。
金城は再び歩きだそうとして向きを変えた迫神の背中をどやしつけた。
「あいあいが、何かバタバタしようとしくさったら、しゃらくさい……レイプしておしいまい。この際だ、私が許す」
迫神はこけそうになりながら、踏みとどまっていやそうに言った。
「勘弁してください。私は、そういうタイプじゃないんですから……」
「あいあいが暴走しないように、押さえとけって意味だよ。文字通り解釈するな、ぼけ。どんどん動けなくなってぶっ倒れることが確実なやつは戦力にはならん。捨て駒にすらなれないんだから、邪魔をするなと伝えといてくれ。人間混乱すると基本を忘れがちになるからね」
金城は微笑んでいた。迫神なりに納得するしかない。言うことはめちゃくちゃだけれど、金城は金城の最大限のやりかたであいあいを心配しているのに違いない。
* * *
車が動き出すとすぐに寝てしまったのだろう。迫神は豪華なベッドの中で目が覚めた。深い眠りだった気がする。けれど、ひどい夢を見た。
棺桶の中にあいあいが横たわっている。彼女はもう息をしていない。かき抱いても、呼んでも、その瞼は開かれることがない。唇を無理に重ねて舌を絡めようとしても、冷たく強張った身体は、まるで自由にならない。
おとぎ話だと、真実の恋人のキスで、棺桶に入ってる女は起きるんじゃなかったか? それとも、ただ思ってるだけじゃだめなのか? どんな馬鹿野郎だろうと、金持ちだろうと、愛情では負けるつもりがない。けど、そんなことは関係なしに、ただ王子様じゃないってだけで、魔法は使えないのか?
「よう、目が覚めたか。ピンフ。丁度起こそうと思ってたところだ。四時間ぐらいだ。お前が寝てたのは。風呂ためといたから、入ってこい。里佳子に飯作らせるから」
寝ていたのは、啓介の億ションのゲストルームのベッドらしい。自分で歩いた記憶がないので、啓介が駐車場からここまで運んでくれたのだろう。里佳子というのは、啓介の奥さんで、あいつにしては上出来すぎることに、ちゃんと常識をわきまえている、優しい美人だ。ガードががっちりした億ションを買ったのも、わけの分からないことを考えるやつが家族をターゲットにしないように、つまり里佳子さんを守るためだろう。
「……すまない。手間掛けた……ありがとう」
「よせやい。ピンフに礼なんか言われると、縁起が悪い。世界が終わっちまうよ」
「お前になんかにだれが言うか。里佳子さんに伝えといてくれって意味だ」
憎まれ口をたたいて、何とか身体を起こす。身体が強張っている。喉が渇いていて、腹が減っていると思った。飲まず食わずでいるしかないあいあいのことを考えると、風呂につかってのんびり食事をとることが後ろめたかったが、救助者がついでに遭難するが最悪だという金城は間違っていない。
「あっ……今何時だ? 後藤さんたちに連絡取らないと」
「……ああ、それは大丈夫だ。お前が寝てる間に、金城さんって人と何回か話しててね、ジョリー・ロジャーとやらを安心させるために、お前、行動不能ってことになってるから……」
「……へ?」
「死亡者で発表しちまうと、さすがにお前の知り合いが葬式の準備に大騒ぎしちまうだろうから、官舎への何てったっけマニマニ何とかってやつ、あれの突っ込み事件、すごいニュースになってるんだけど、そこの重傷者のリストに名前乗せて記者発表とかしてる。一応お前があのとき部屋にいれば、死んでても奇怪しくないからな別に違和感はないだろう。死に損なったのはスマイル何とかにしちゃ計算ミスだろうけど、少なくとも行動できないってことは、油断させる材料になりそうだからだとさ。お前が行動可能な駒でいることを隠せたら、役に立つかもしれないって。それから、心配させちまう親・親戚・友人・ご近所さま等、思い当たる一同には、後でちゃんとオトシマエつけとけって伝言。おばさんには、俺から伝えといた。死ぬほど心配してないから大丈夫。……あの金城さんって、おばさんだけどすげー頭いいのな。お前の女の趣味はぜったいに分かりそうもないけど」
「ばか……金城さんは人妻だ」
「げ、お前まさか、やるにことかいてふーりん?」
「それを言うなら不倫だろうがっ」
啓介の顔目掛けて拳を繰り出すと、啓介の手が、いつもの様にピシリっと気持ちいい音をたててその拳を受け止めた。……反射神経だけは、とことんいい奴。
「それだけ元気がありゃ、風呂入って飯食えば……こけないで乗れるな」
目が合う。啓介は笑っていない。その瞳は問いかけている。大丈夫かと。まったく、これだから啓介には勝てないのだ。仕方なく笑うと、すっと啓介の瞳が微笑みを帯びた。
それから、酷く下品に……にやっとばかりに表情を崩した。
「なんてったっけ、あいあいちゃん? 職場の女の子に手を出すなんて、三十過ぎた独身男はなりふりかまってないのね」
金城と啓介がどういう会話をしたのか、想像もしたくない。勝手知ったる啓介の家だ。風呂場など迷うこともない。
「風呂もらう……」
「おう、そうしろ。いつも言ってるけど、うちにあるもんは、理利菜以外なら、何だって好きにしていいんだからな……」
「里佳子さんは?」
啓介の殺気とともにぶん回された蹴りをガッキリとブロックしてやった。
受けられて非常に悔しそうな啓介を見ると少しは溜飲が下がる。ざまあみろ。
廊下へ至るドアがあいていて、女の子のかわいらしい顔が見えていた。理利菜だ。まだ寝間着を着ている。迫神と目が合うと、理利菜はバタバタと駈けだした。
「ママ~っ、またパパとピンちゃんが喧嘩してます~」
台所の方で里佳子の優しい声がした。
「ごあいさつと一緒だから、ほっときなさい。ああ、あぶないから近寄っちゃダメよ~」
「はぁ~い。分かってまぁす」
俺たちは危険物扱いかと思うと心外だけれど、まあ、言いたい気持ちも分かる。消化にいいものということで気遣いをくれているのだろう。キッチンから漂って来る匂いは、多分野菜スープだ。あいあいにも食べさせてあげたいなと、迫神は切実に思った。
* * *
湯船につかり足りなかったけれど、思い切って短く切り上げて、迫神は用意されていた啓介の服を着るとキッチンに向かった。啓介のパンツなど穿きたくもないけれど、下着なしよりはマシだ。野菜スープという予測は大外れで、迫神を待っていたのは野菜たっぷりリゾットだった。おいしく食べながら、迫神は頭が再び回り始めるのが分かった。
時間の余裕は目減りしたが、自分の余裕は取り戻した。
「お前んとこの棺桶壊れたんだろ? どこのチャーターして飛ぶんだ? よかったらここにどっかから棺桶運んでもらうか? 俺もその方が心配ないし。他人に殺されるぐらいなら、お前だって俺に止めをさされたいだろうが」
「やめてくれ、心残りが多すぎて幽霊になれたとしても、化けて出る先がお前なんかじゃ、化ける気も失せる……」
「ひでぇ奴。ところで棺桶って、すぐ注文して届けてもらえるようなものなんか?」
「……分からん。でも、総合司法庁の通信がどうやら盗まれてるみたいなんで、面倒だけど民間のシンクロライド・トラベル扱ってる旅行会社に駆け込んで、イットルビアに行こうかと思う。それなら監視ははずれるだろう。どっちみち、今俺が動けると、ジョリー・ロジャーが思っていないなら、あいあいの棺桶確保したところで、監視が揺るんでる可能性もあるけどな」
食べだすと、逆に止まらなかった。リゾット何かじゃ物足りないと思ってたら、里佳子は、何も言わずにおにぎりの皿を置いてくれた。啓介と里佳子が付き合っていたころから勘定すると十年超過する付き合いだ。細身の割に迫神がよく食べることは里佳子にとって常識だろう。
「でも、それだと、お前のあいあいちゃんのとこ行けないんじゃないのか?」
「だから、金城さんから何をどう聞いたのか知らないけど、あいあいは、三分の一の同僚……」
言いかけたが、また啓介の瞳がキリリと絞られていくのが分かって思い止まった。啓介の瞳が嘘をつくなと言っている。こういうときにごまかすと、後が怖い。
「……彼女にはまだ好きだって伝えてもいない」
「馬鹿か? 好きなんだろ。お前本当にトロいんだよな。告白して振られたらどうしようなんて青いのが可愛いのは十代まで。三十面さげて何考えてんだか。そんなんだから里佳子だって俺に取られたんだろうが。まあそれについちゃ、俺としても、お前が速攻得意じゃなくてありがとうだけどな」
「自分で言うな……」
啓介がにやにや笑っている。本当に、遠慮なしにぶん殴れる数少ないサンドバッグじゃなかったら、こんなやつ、とっくに縁を切ってる。
「まあ、こんなことちゃっちゃと終わらせて、あいあいちゃんに告白でもなんでもして、万が一お前なんかでいいという悪趣味な女性だったら連れてこいや。お前の彼女なら、俺の家族と一緒だから。里佳子も理利菜も喜ぶだろうし」
「そうだな、お前が生放送に出てて、絶対に家にいないときにそうしよう」
そういいかけて、迫神は止まった。迫神の脳内でその言葉が踊りだした。
「……家族……?」
迫神が呟いた。
「うん、家族……」
啓介が繰り返した。
「家族って言ったよな」
「言いました。家族。絶対家族、死んでも家族、血縁なくても家族」
「うるさい、黙れ」
迫神はポケットに手を伸ばそうとして、携帯が入っているはずがないのを思い出し、啓介を見た。
「携帯? ならここ」
迫神は啓介の手からもぎ取る様に携帯を奪うと電話帳から目指すものを見つけ出し、コールした。
* * *
「はい、保志」
ちょうど美耶子が朝シャワーをしていたので、渋々と電話に出た穣太は、名乗りかけたのが終わらないうちに、電話の向こうから明らかに切羽詰まった、若い男の声が洩れて来るのに顔をしかめた。
――保志先生のお宅ですか? 美耶子先生と話をしたいのですが、ご在宅でしょうか。
きっと風呂場は『宅』には入らないだろう。穣太はにべもなく言い捨てる。
「居ません」
この切羽つまり方は、きっと美耶子に捨てられたのだ。ざまあみろ。捨てられたら素直に泣き寝入りをしておけばいいのに、女々しくて鬱陶しい奴。
――じゃあ、あの、穣太さんでしょう? 穣太さんはご在宅ですか?
「あのね、しゃべってるんだからいるでしょうが。オイラに用なんてないでしょ?」
ぷっと向こうで小さく噴き出すのが分かった。どういうつもりなんだか失礼なやつ。
「これから出掛けるんで、三分後から留守です」
――すみません、今から大至急でお邪魔しますので、棺桶貸してくださいっ。
「棺桶貸してって? どういう……」
――すみません、用があるのは棺桶の方なんで、美耶子先生ご不在でも結構ですから。私が棺桶入ったら、お出かけになって全然構いませんし、何かお出かけのご予定があるのでしたらタクシー代も持ちますから、お願いします。もう少し出掛けないでいてください。
それだけ言い捨てられて、電話は一方的に切られた。どういうこっちゃと思う前に、多分パンツも穿いてないだろうバスローブ姿の美耶子が、髪から滴り落ちる滴をタオルで受け止めながら出てきた。
「穣太、朝っぱらから、電話だれ?」
「あんたのツバメから。居留守使っといたけど、なんか、押しかけて来るってさ。あんたらね、夫不在の息子同居してる家で不倫なんて、ちょっとタガ外れまくってんじゃないの?」
「はあ?」
美耶子には穣太の言うことが、まるでピンとこない。
「棺桶貸せってすごい勢いだったよ。母さんのことだから、どうせ遊んでポイっちゃったんだろ? あの人、オヤジぶっ殺しにいくつもりじゃないの? あんなやつでも仕事場で殺されたら、遺族年金だけじゃなくて、労災もつくよね。らっき~」
何のこっちゃという顔で、美耶子はしばらく考えていたが、取りあえず仕事に出かけるのが優先だ。アポイント時間に間に合わないなんて、冗談でもできるわけがない。急いで化粧しなくっちゃと、バスルームに戻っていった。




